復讐の夜は終わらない
それは丁度、死神と騙って人間の魂を狩りにいく、補給の日だった。
魂を回収して再利用するためだ。魂、特に若い魂はアンデッドの傷を治すのにとても役に立つ。
そんな、死神にも襲われかねない仕事はチハヤの兄の担当だ。
───地下だというのにだだっ広く、照明が爛々と光輝く。
「死人を呼び出せる扉、黄泉帰りの扉……」
チハヤの目の前に、金色に輝く扉がそびえ立つ。五メートルほどの高さの扉のトリガ、その装飾を撫でた。世界に唯一存在する扉。
「……今、呼び戻してあげるから。私が……」
チハヤは、目を伏せてその拳を握る。鎧をまとった女戦士は、このときばかりは、か弱い乙女。
「待っててね、レーラ」
優しく、その名を呼ぶ。
チハヤの佇む扉の、そこから枝に別れるように水路が続く。あかい、水が流れている。それを見ていると、だんだん、眠くなる。
「チハヤ、いるか……」
突如響いたしゃがれた声に、チハヤは夢現の狭間から意識を取り戻す。
「兄貴!?」
兄の、その変わり果てた姿に、思わず大声をあげる。
ずたぼろになった戦闘服。無数の傷が肌に蔓延る。火傷、のようなものも、じくじくと肌に染み付いている。
急いで立ち上がり、兄の元に駆ける。チハヤが兄を支えようとするのと、彼が倒れるのは同時だった。
「なにが起こって!こんな、こんな……!」
「【緋狐】にやられた……。他の、皆も。偽物だと、ばれて……」
その通り名を聞いて、わずかにチハヤは目を見開く。
【緋狐】。組織で危険視されている吸血鬼の少女。
「……日本にいるとは聞いていたけど!やっぱり、もっと部隊を動かしておけば」
「そんなことしたら、ヘマしちまったら、幹部になれる道が、閉じちまうだろうよ……俺は、少し寝れば、治る……」
「……人を呼ぶわ。もう休んで……」
インカムに手をやる。その手を、血だらけの手が制した。
「なぁ、チハヤ……。俺が死んだらよ」
「なにいってるの!?人間の魂を使えば、すぐにそんな傷よくなって───」
兄の右手を、自分の頬に押し付けた。冷たい指先に自分の体温が伝われば良い。そう思った。
だが、兄は首を横にふって。
兄は、生を放棄しようとしている。その事実を認めたくなかった。
「【緋狐】は特別だ。それはお前も、よく分かってんだろ?」
ひっ、と喉の奥がなる。そう。あの吸血鬼につけられた傷は、絶対に治らない。だから、あの吸血鬼は危険。
「きけ。俺が死んだらよ。国に、連れて帰ってくれないか」
「……そんな話、しないで。きっと、たすかるから……」
涙混じりにうめく。でも、
チハヤは、横たわる兄の、そのごわついた黒髪を撫でた。
「一緒に、帰ろう……」
チハヤは荘厳に、死に損ないの死を無言で見ていた扉を、冷たい瞳で見つめていた。
それから、考えた。
黄泉帰りの扉を開くには、十二人の贄と吸血鬼が必要だ。贄はもう集まっている。あとは、吸血鬼だけ。
その吸血鬼の役目を、【緋狐】に任せてしまえばいい。
弱味を握って、利用して、それで、それで───。
一緒に、兄と帰ろう。




