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時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
17/26

復讐の夜は終わらない


 それは丁度、死神と騙って人間の魂を狩りにいく、補給の日だった。

 魂を回収して再利用するためだ。魂、特に若い魂はアンデッドの傷を治すのにとても役に立つ。


 そんな、死神にも襲われかねない仕事はチハヤの兄の担当だ。



 ───地下だというのにだだっ広く、照明が爛々と光輝く。



「死人を呼び出せる扉、黄泉帰りの扉……」


 チハヤの目の前に、金色に輝く扉がそびえ立つ。五メートルほどの高さの扉のトリガ、その装飾を撫でた。世界に唯一存在する扉。


「……今、呼び戻してあげるから。私が……」


 チハヤは、目を伏せてその拳を握る。鎧をまとった女戦士は、このときばかりは、か弱い乙女。


「待っててね、レーラ」


 優しく、その名を呼ぶ。


 チハヤの佇む扉の、そこから枝に別れるように水路が続く。あかい、水が流れている。それを見ていると、だんだん、眠くなる。


「チハヤ、いるか……」


 突如響いたしゃがれた声に、チハヤは夢現の狭間から意識を取り戻す。


「兄貴!?」


 兄の、その変わり果てた姿に、思わず大声をあげる。


 ずたぼろになった戦闘服。無数の傷が肌に蔓延る。火傷、のようなものも、じくじくと肌に染み付いている。


 急いで立ち上がり、兄の元に駆ける。チハヤが兄を支えようとするのと、彼が倒れるのは同時だった。


「なにが起こって!こんな、こんな……!」


「【緋狐ひぎつね】にやられた……。他の、皆も。偽物だと、ばれて……」


 その通り名を聞いて、わずかにチハヤは目を見開く。


 【緋狐】。組織で危険視されている吸血鬼の少女。


「……日本にいるとは聞いていたけど!やっぱり、もっと部隊を動かしておけば」


「そんなことしたら、ヘマしちまったら、幹部になれる道が、閉じちまうだろうよ……俺は、少し寝れば、治る……」


「……人を呼ぶわ。もう休んで……」


 インカムに手をやる。その手を、血だらけの手が制した。


「なぁ、チハヤ……。俺が死んだらよ」


「なにいってるの!?人間の魂を使えば、すぐにそんな傷よくなって───」


 兄の右手を、自分の頬に押し付けた。冷たい指先に自分の体温が伝われば良い。そう思った。


 だが、兄は首を横にふって。


 兄は、生を放棄しようとしている。その事実を認めたくなかった。


「【緋狐】は特別だ。それはお前も、よく分かってんだろ?」


 ひっ、と喉の奥がなる。そう。あの吸血鬼につけられた傷は、絶対に治らない。だから、あの吸血鬼は危険。


「きけ。俺が死んだらよ。国に、連れて帰ってくれないか」


「……そんな話、しないで。きっと、たすかるから……」


 涙混じりにうめく。でも、



 チハヤは、横たわる兄の、そのごわついた黒髪を撫でた。


「一緒に、帰ろう……」


 チハヤは荘厳に、死に損ないの死を無言で見ていた扉を、冷たい瞳で見つめていた。



 それから、考えた。


 黄泉帰りの扉を開くには、十二人の贄と吸血鬼が必要だ。贄はもう集まっている。あとは、吸血鬼だけ。


 その吸血鬼の役目を、【緋狐】に任せてしまえばいい。


 弱味を握って、利用して、それで、それで───。



 一緒に、兄と帰ろう。










 





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