残り三十九時間。事務所にて
規則的な機械音が鉄の部屋中に響き渡っている。ベッドには金髪の青年が横たわっており、その体からはたくさんの管が走っていた。
その傍らには沢山の医療器具が佇んでおり、中央の青年を無機質に見守っている。青年の横たわるベッドシーツには赤い血が染み付いていて、青年の深手が伺える。
ーーー儀式まで残り三十九時間を切っていた。
一方、死神・千駄ヶ谷は欠伸をしながら事務所の扉を開いて、嵐の過ぎさったような光景を目にしていた。
「……おいおい。これ見たらパッキンが発狂するぞ……きったね」
ご丁寧にも、がらくたを退けて作ってくれたのであろう道を歩く。物という物がひっくり返り、 パソコンやファイルなどの事務用品もことごとく破壊されている。
なんだこれ。金目当てか?
テレビのドキュメンタリーで見るような、空き巣に入られたあとの惨状。
電話を寄越してきた三神や、引きこもりの悟すらいない。奥にいるのか?
千駄ヶ谷は悟にあてがわれている部屋の扉をゆっくり開けた。
「……おい、三神?悟?」
返事はない。何かあったか?千駄ヶ谷の目は険を帯びて、何が起こってもいいように気配を巡らす。腰に装着しているダガーナイフを構える。
足で扉を思い切り開け放ち、ナイフを投げる。
空気を切り裂き、ナイフは一直線に、回転しながら部屋にカットイン。
「ひいっ!?」
恐怖の声が聞こえて、千駄ヶ谷はそこで初めて部屋の中を覗く。
怯える悟と、その横で何事もなかったように右手でナイフを掴む三神。柄を握っているため怪我はしていないようだ。
「千駄ヶ谷……。あんたね、なんで凶器を投げてくるのよ。ここに立ってたのがあたしじゃなくて悟だったら、死んでたわよ」
「……お前も素手で掴むたぁ、成長したな……」
「感心するとこじゃないでしょ……?千駄ヶ谷がナイフを投げてくるのが悪いわ」
うんうん、と千駄ヶ谷は顎に手を当てて感慨深そうに目を閉じる。
だが、すぐに三神に呆れ顔を向けてため息をついた。
「てめーなぁ。一回名前呼んだだろ。それで気付けよ、この鈍感オンナ」
「あんたが気配消して小声で言うと聞こえないのよ!!」
三神はすっかり頭に血が上っているらしい。三神はナイフを千駄ヶ谷に投げて寄越す。頭に血を上らせた本人、千駄ヶ谷は片手でそれを掴んで元の場所に収めた。
「ま、お前の特訓は後でパッキンに押し付けるとして……、で?パッキンとお嬢はどうなってんの」
パッキンとお嬢、つまり七瀬と八重が失踪した。それだけ聞いていた千駄ヶ谷、詳細は知らない。
新米の死神が、べそをかきながら死にそうになっているという話は、その手の界隈ではよく聞く話だが、七瀬も八重も、それなりの場数は踏んでいる。だから、失踪、行方不明といった類の言葉は、千駄ヶ谷にはあまり聞きなれないものだった。
「……ブラックプレイって知ってる?」
「あぁ。人殺し集団の奴らか。俺が潜入してた組織がその傘下だった。頭おかしかったわー」
「……どうやら、穏便には行かなかったみたいだね」
悟がやっとそこで口を開く。彼の着ている黒パーカーには濃い染みがついている。パーカーだけではない。髪、ブーツ、手袋にも。
「……よくもそんな、今にもコナン君が飛び込んできそうな格好で街を歩けたわね……」
「まぁ、夜だからばれなかっただけだ」
千駄ヶ谷は特に気にしているわけではないらしい。
洗濯が大変そう。だが、そんなことを考えている場合ではない。三神は首を横に振って悟の座っている椅子に手をかけた。
「今日、七瀬たちは依頼人と会う予定だったの。でもね、出掛けたらしくって……」




