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時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
13/26

吸血少女は提案する

「……」


 八重の軟禁生活が始まって数時間経った頃だった。吸血少女は、ベッドに寝転がりながら、用意されたクッキーをついばみながら、用意された少女漫画を読んでいた。その最後のページの『続く』を確認して漫画を横に置いた。


「メイドさーん、この続きってある?」


「申し訳ありません。そのシリーズは、今しがたお客様が読み終えた物が最新刊となります」


 横に控えていたアムベルが言った。彼女は、紅茶を空のティーカップに注いで、ベッド脇のミニテーブルに置いた。


「ねぇ、メイドさん。メイドさんは、アンデッドなの?」


「はい。私は一度死んだ身ですので。ブラックプレイに命を救われまして、今はここで働かせて頂いております」


「ブラックプレイ?」


 先のチハヤの話には出てこなかった言葉だった。聞かされたのは、扉の計画についてのみだったからだ。だが、その言葉には聞き覚えがあった。


 しかし、同時に衝撃を八重に与えた。


 あくまでも、扉を開きたいチハヤ。それに賛同する人狼の手下たち。高々そこまでの小組織だと思っていたから。


「……その拠点がここだと?」


「はい。左様でございます」


 メイドはうなずく。ここまで従順に答えてくれると、かえってむず痒いものを感じる。だが、八重はその思いを頭の片隅に追いやって、別の事に策を巡らせる。


「ブラックプレイ……。そう、なかなか大きな組織が絡んできたこと」


「……ちょっとアムベル。なんで色々教えちゃうわけぇ?」


 その最中、不機嫌そうな声を出したのは、その言葉遣いと似合わなすぎる、美しき人狼の女人だ。


「チハヤさま」


 メイドは深々と礼をして、一歩後ろに下がる。


 レストランで見た姿とは違って、チハヤは揺蕩う黒髪を後ろに一束ねにして、その身には鎧を纏っていた。


「ごきげんよう、お姫様。……って、なんで私が食べようととっておいたクッキーを、お姫様が食べてんのよっ!アムベル!!」


「はいチハヤさま」


「それだけは出したらダメって、言ったわよね……。ちょっと!?まさかクッキー触った手で漫画読んだわけ!?染みがつくじゃない!」


「……お母さんかな?」


 小さく呟いた八重に、険を帯びた睨みを一聞かせ、チハヤは軽く咳払いをしてスツールに座った。


「……まぁいいわ。この作戦が終われば、好きなだけ主さまに買ってもらえますから」


「……主さまって、ブラックプレイの頭領ボスのことかしら?」


 八重の探るような物言いに、チハヤは舌を打って、アムベルを睨んだ。


 そして、唇を噛みしめた後に「そうよ」と忌々しげに呟いた。


「それが分かったからって、お姫様には何もできっこないわ。部屋から出られないのは変わらないでしょ。こっちには人質もいるんだからね」


「それは知ってるわよ。でも、ブラックプレイがどーのってあたりは初耳ね」


 眉をひそめる両者。


「私は貴方に協力して、扉をあけてあげる。それは、七瀬の身が危険だからよ。でも」


 そこで一度言葉を切る。


「七瀬を治療してくれる、とまで貴方は約束してくれてない」


 あくまでも、瀕死の状態にある七瀬を殺されたくなかったらば、『黄泉帰りの扉』を開く手伝いをしろとのことだ。


 七瀬の治療。これをカードにしてくるとは。


 だが、それはかえってチハヤに有利なカードとなりうる。


 勿論、八重にとっては『貸し』を作ることになるのだから不利となる。


「……その治療の代わりの見返りは?」


「無いわ。というか、貴方に七瀬の治療を頼みたい訳じゃないから」


 その言葉にチハヤはさらに眉を潜めた。どういうことかわからない。なぜ七瀬を治したいと思わない。


「どういうことですか」


「治療してくれなくていいわ。今の七瀬の状態をキープする、貴方が今までしてきたことを続ければいいだけよ。私がほしいのは、貴方と私の信頼関係だから」


「……信頼関係って、どういうことです?私とお姫様に信頼もなにも無いと思いますが?」


「ええ。その通り。何もないわ。だから私は貴方の信頼が欲し

いの。扉開けてやるから、信頼しなさいってこと」


「ブラックプレイの情報を、信頼の証として教えろということですね」


 それは確かに八重にとって有利なもののはず。


 まぁ、確かに情報を小出しにして、なんとか操作できれば……。


 チハヤは目を伏せ、考え込む。




「そーよ。ブラックプレイっていったら、欧州の殺人アンデッド集団じゃない。そんな危険集団が、黄昏の扉を開こうとしている。興味湧いて、寝れないわよ」


 自分の仲間よりも、あくまで情報を優先するか。


 だが、まだ利はこちらにある。チハヤは冷や汗を感じながらも、薄笑いを浮かべた。










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