吸血少女は提案する
「……」
八重の軟禁生活が始まって数時間経った頃だった。吸血少女は、ベッドに寝転がりながら、用意されたクッキーをついばみながら、用意された少女漫画を読んでいた。その最後のページの『続く』を確認して漫画を横に置いた。
「メイドさーん、この続きってある?」
「申し訳ありません。そのシリーズは、今しがたお客様が読み終えた物が最新刊となります」
横に控えていたアムベルが言った。彼女は、紅茶を空のティーカップに注いで、ベッド脇のミニテーブルに置いた。
「ねぇ、メイドさん。メイドさんは、アンデッドなの?」
「はい。私は一度死んだ身ですので。ブラックプレイに命を救われまして、今はここで働かせて頂いております」
「ブラックプレイ?」
先のチハヤの話には出てこなかった言葉だった。聞かされたのは、扉の計画についてのみだったからだ。だが、その言葉には聞き覚えがあった。
しかし、同時に衝撃を八重に与えた。
あくまでも、扉を開きたいチハヤ。それに賛同する人狼の手下たち。高々そこまでの小組織だと思っていたから。
「……その拠点がここだと?」
「はい。左様でございます」
メイドはうなずく。ここまで従順に答えてくれると、かえってむず痒いものを感じる。だが、八重はその思いを頭の片隅に追いやって、別の事に策を巡らせる。
「ブラックプレイ……。そう、なかなか大きな組織が絡んできたこと」
「……ちょっとアムベル。なんで色々教えちゃうわけぇ?」
その最中、不機嫌そうな声を出したのは、その言葉遣いと似合わなすぎる、美しき人狼の女人だ。
「チハヤさま」
メイドは深々と礼をして、一歩後ろに下がる。
レストランで見た姿とは違って、チハヤは揺蕩う黒髪を後ろに一束ねにして、その身には鎧を纏っていた。
「ごきげんよう、お姫様。……って、なんで私が食べようととっておいたクッキーを、お姫様が食べてんのよっ!アムベル!!」
「はいチハヤさま」
「それだけは出したらダメって、言ったわよね……。ちょっと!?まさかクッキー触った手で漫画読んだわけ!?染みがつくじゃない!」
「……お母さんかな?」
小さく呟いた八重に、険を帯びた睨みを一聞かせ、チハヤは軽く咳払いをしてスツールに座った。
「……まぁいいわ。この作戦が終われば、好きなだけ主さまに買ってもらえますから」
「……主さまって、ブラックプレイの頭領のことかしら?」
八重の探るような物言いに、チハヤは舌を打って、アムベルを睨んだ。
そして、唇を噛みしめた後に「そうよ」と忌々しげに呟いた。
「それが分かったからって、お姫様には何もできっこないわ。部屋から出られないのは変わらないでしょ。こっちには人質もいるんだからね」
「それは知ってるわよ。でも、ブラックプレイがどーのってあたりは初耳ね」
眉をひそめる両者。
「私は貴方に協力して、扉をあけてあげる。それは、七瀬の身が危険だからよ。でも」
そこで一度言葉を切る。
「七瀬を治療してくれる、とまで貴方は約束してくれてない」
あくまでも、瀕死の状態にある七瀬を殺されたくなかったらば、『黄泉帰りの扉』を開く手伝いをしろとのことだ。
七瀬の治療。これをカードにしてくるとは。
だが、それはかえってチハヤに有利なカードとなりうる。
勿論、八重にとっては『貸し』を作ることになるのだから不利となる。
「……その治療の代わりの見返りは?」
「無いわ。というか、貴方に七瀬の治療を頼みたい訳じゃないから」
その言葉にチハヤはさらに眉を潜めた。どういうことかわからない。なぜ七瀬を治したいと思わない。
「どういうことですか」
「治療してくれなくていいわ。今の七瀬の状態をキープする、貴方が今までしてきたことを続ければいいだけよ。私がほしいのは、貴方と私の信頼関係だから」
「……信頼関係って、どういうことです?私とお姫様に信頼もなにも無いと思いますが?」
「ええ。その通り。何もないわ。だから私は貴方の信頼が欲し
いの。扉開けてやるから、信頼しなさいってこと」
「ブラックプレイの情報を、信頼の証として教えろということですね」
それは確かに八重にとって有利なもののはず。
まぁ、確かに情報を小出しにして、なんとか操作できれば……。
チハヤは目を伏せ、考え込む。
「そーよ。ブラックプレイっていったら、欧州の殺人アンデッド集団じゃない。そんな危険集団が、黄昏の扉を開こうとしている。興味湧いて、寝れないわよ」
自分の仲間よりも、あくまで情報を優先するか。
だが、まだ利はこちらにある。チハヤは冷や汗を感じながらも、薄笑いを浮かべた。




