琥珀の死神
作中、グロテスクな表現があります。
苦手な方は注意してください。
取り囲むように黒服の、まぁ、そちら側であることが丸分かりの方々が、小柄な黒髪の青年に一斉に銃を向けていた。
「ねー。さすがに一対三十くらいはフェアじゃなくね?」
ボリボリ、と後ろ頭を掻いて、青年は欠伸をする。大勢に銃を向けられているくせに、呑気なものである。
「貴様、ここの秘密を知ったからには生きて帰れるなどと思うまいぞ」
リーダー格とおぼしき男が、その背中から黒い翼を顕現させる。カラスを連想させるそれからは、悪魔の香りが蔓延っていく。
それを感じてもなお、青年は物怖じすらしなかった。
「貴様を許すわけにはいかない。黒に忠誠を誓ったくせに我らを欺き、ましてや信徒を殺そうとするとは。……その悪行、見過ごすわけにはいかない!」
「手前らこそ、あんだけの悪行重ねて逃げ切れるとか思ってんじゃねぇぞ?人のこと言えたもんじゃねぇ。死神が裁きにくるぞ」
「なにを!そんな脅しは通用せん。そんなものは全て黒様が消し去って見せる!」
そんな、かなりの信仰のあつさに青年は引き気味だ。
ちなみに、この状況は、彼が潜入していた組織から逃げ出した結果である。単純で責任感がまるでない理由でだ。面倒くさかったから。
「その黒様が誰か知らねぇが、大したもんだな。一人をそこまで盲信できるってのは」
実際、信徒たちも『黒様』の正体を知らずに信仰してきたらしいから、驚いたもんだった。
「貴様……。我々が黒き祈りの導きたることを知らぬのか!?我らを敵に回すことは、黒き祈りを敵に回すことと一緒だ!貴様ごときを我々が処分してくれること、ありがたく思うんだな!黒き祈りの先導が貴様を下せば、貴様など骨も、血肉も何もかも残らん!」
「俺さぁ、宗教には興味ねーんだわ。あと言ってること意味不明。黒の祈りだがなんだか知らねーが、めんどくせーから、帰っていい?寝たい」
大あくびをする青年に、男はもう我慢の限界のようで。目を血走らせ、顔の筋肉がこわばっていく。
「貴様……!我々の前で、黒への忠誠を誓ったというのに……!」
歯ぎしりする男に、にたりと口角をあげて、ぎらついた歯を見せた。
「てめぇ大人だろ?本音と建前くらい覚えとけよ。社会のジョーシキだ。めんどくせーから終わらせる」
青年は右手を前に突き出した。その時、風が吹いて青年の髪をなびかせた。
何かに気がついたリーダー格は、目をはっとさせて、叫ぶ。
「させるな!!貴様!まさか!その黒髪と眼は!!」
ふわりと靡く、黒髪と、眼光がほとばしる琥珀の瞳。
それに応じて、彼を囲む者たちも、銃をしっかりと構える。その額には、汗が浮かんでいた。正体に、気がついてしまったから。
「顕現せよ、我が咎、我が罪。我が願いを叶えたまえ!」
「死神、千駄ヶ谷!!」
声と声がぶつかり合い、青年の手に大振りの鎌が現れる。険を帯びた鈍色の刃に、恐怖に怯えるリーダー格の顔が映る。
「言ったろ!?死神が裁きにくるぞってなぁ!」
青年、死神・千駄ヶ谷は空高く飛び上がって、鎌を大きく振りかぶる。
次の瞬間には全てが決まっていた。
少なくとも三十人はいたであろう男たちが、その首から上を胴体から切り離されて、そのまま崩れ落ちる。
吹き出した血が、地上に下り立った千駄ヶ谷に、雨のごとく降りそそいだ。
あのリーダー格の男も、せっかくの力を使うことなく事切れていた。
鎌が白い光を放って、千駄ヶ谷の胸のなかに吸い込まれていく。
それを確認して、千駄ヶ谷は目を閉じ、手を合わせた。
「【葬送】。冥府の主の名において、我、ここにその御霊を送り届けし……」
千駄ヶ谷が言葉を紡ぐと、無残な死体が、砂に形を変えて、風にさらわれていった。
死神の持つ葬送の力だ。
世界から疎まれたアンデッドの魂が冥府にたどり着くと、その依り代は自然に帰る。生と死の狭間に囚われたアンデッドを救済するための死神の特権。
千駄ヶ谷は目を開ける。
三十もの死体があった場所を一通り眺めて、息をつく。
携帯を取り出して、電話をかけた。
「千駄ヶ谷だ。こっちは終わった。……仕方ないねぇだろ、銃向けてきた。……だから。はぁ!?ふざっけんな。ぁ!?……あーもう、わーったよ。今から戻る」
携帯を閉まって、千駄ヶ谷はため息をついて踵を返す。
犯罪なら何でもござれの、大変危険なアンデッド宗教組織に、心身すり減らしながらも(本人談)、かれこれ一週間程潜入して演技をしていたが、今日をもってそんな生活ともおさらばだ。
思い出したくもない潜入生活だった。それだけは確実に言える。
できたら、今日から少なくとも三ヶ月は仕事したくない。潜入調査、しかも、超危険なアンデッド組織なんかと、もう二度と相手したくない。
だが。
千駄ヶ谷は琥珀色の瞳を憂鬱げに伏せた。
「……あー、仕事したくない」
たった今、三神から事務所が襲撃されて、任務中に七瀬と八重が消息不明になったと聞かされたばかりである。




