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後日談1話 ローザ 痴話喧嘩


いたっ!」


 ――野菜の皮を剥いていた包丁を滑らせ、包丁が傷つけた指から血が滲み始め、傷を口に運んで一舐めする。


 一舐めしてから傷口を見ると軽い切り傷。

 放っておいても血はすぐに止まりそう。


 そんなことを考えていると、包丁を滑らせる原因になった『大音量』を発生させた元凶が、2階でバタバタと大きな物音を立てている。


 その物音の響きからから察するに、怒りに任せて部屋から飛び出すよう。


 音の元の移動ぶりから、騒音の元と思わしき人物が、すぐにココにやって来るような気がしてならない。いや、間違いなく来る。

 傷を見られたら、きっとその人物は自分のせいだと思って落ち込むだろう。


 どうしよう。


 そう一瞬だけ思い気が付く。


「……って、私。

 回復魔法使えるじゃない。」


 穏やかな日々に気を抜いていると、昔の感覚が抜け切っていないのか、ただの村娘のままの感覚に戻ってしまう。

 でも、私はもうただの村娘ではないのだった。


 元凶が来る前に指の傷に回復魔法をかけると、一瞬の内に初めから傷など無かったかのような指に戻っていく。


 そして、傷が癒える。

 治った指に鼻が鳴ると同時に


 「信じられないっ!」


 と、シーツしか身につけていないであろうリリィが激昂しながら台所に入ってきた。


 その目には怒りと悲しみが入り混じり、どうにも感情をぶつける先を探しているように見える。

 というか私にぶつけられるのだろう。間違いなく。


 なんだか厄介な事に巻き込まれそうな雰囲気に気が重くなり、心の中で溜息をつく。

 だけれども、それをリリィには気づかれないよう包み隠し、長くなりそうな気配から、料理の仕込み用に剥いていた野菜や道具を端に片付けて、リリィに向き直る。


「……で? どうしたの?

 そんなに怒っちゃって。」


「聞いてよローザっ!!

 アイツ……私の事『エリィ』って呼んだのよっ!!

 ……しかも……しかもっ! 最後の最後にっ!」


 ……あぁ。

 やっちゃったわね。


 流石にこれはフォローできないわ。


 …………確かに似ているけれど。エリィとリリィ。


「それは……ヒドイわね。」


 どうやってリリィの気を落ち着けたものかと考えつつ、普通なら謝りながら追いかけて来るであろう彼が来ない事に疑問を抱く。


「で? その問題のアイツさんはどうしたの?」

「……たぶん……痺れてると思う。」


 大音量の原因はやっぱりリリィだった。


「……さすがに家の中で雷を落とすのはやめて欲しいわ。」

「でも……だって……だってぇ!」


 彼女は相当悔しかったのだろうか、今にも泣きだしそうな顔で次々と彼に対しての文句を言い始めた。


 ようやく文句を言って、それを聞かれても大丈夫なくらいの信頼関係が生まれたのね。


 なんてことを思いつつ、それでも精神面では何故か打たれ弱い彼には聞かせられない事まで言っちゃってるなぁと、ぼんやり考えながら相槌を打ち、リリィをなだめてゆく。


「ええ。……ええ。

 ……そうね。

 本当にダメよねぇ。」



 ――私も彼に名前で呼ばれるようになってからわかった事だけれど、

 彼が名前で呼んでくれるのは少し他と違って特別に感じられる。

 そこには意味があるように思う。


 で、彼はそんな大事な名前を間違っちゃった。と。


 …………そう考えると、私も少し腹が立つような気がしてくる。



 コレはお仕置きしなくちゃね。


「ねぇ。リリィ。

 流石にヒドイと思うから『ちょっとお仕置きした方がいいかな』って思うのだけど……どう?」


 彼女は私の提案に力強く頷く。


 こういった時にどういう風に動くかを考えるのは、気がついたら私の役目になっていた。

 リリィはギラギラとした目で私がお仕置きの内容を言ってくるのを待っている。


 私は人差し指を軽く顎にあて、思案する。


「…………最後の最後って……もう終わったの?

 それとも終わってないの?」


 リリィは私の言葉が予想外だったのか、流石に少し恥ずかしそうに、ちょっと目線を下に向けながら口を開く。


「……ま、まだ……終わってない。

 ……………と思う。」


「そう。まだ終わってないのね?」

「……うん。」


 リリィは恥ずかしさが増してきたようで目を閉じている。


「じゃあ、アレが使えるわね。」


 リリィは私の言葉に顔を上げ、不思議そうな顔を浮かべ少し首を捻る。


「アレよ。

 彼が『禁じ手』って言ってた方法。

 それでお仕置きしましょうか。」


「え? ……確かにお仕置きには……なりそうだけど。

 ……でも……それって……」


 リリィは戸惑いを隠せない様子で悩み始めた。


 それもそう。

 今日は私達が決めたスケジュールの内、彼とリリィが二人でゆっくりする日。


 リリィが彼と二人きりで過ごせる日。

 だけど、このお仕置きを実行する為には、私もその中に入らなくてはいけない。


「そうよ。お仕置きしたいんでしょう?

 お仕置きはイケナイ事をしたら直ぐにしないと効果ないわよ?

 ……ほらリリィ。どうするか決めなさい。

 私もちゃんと手伝ってあげるから。ね?」


 リリィは眉間にシワを寄せて悩み始める。

 ……ただ、こういう攻め方をされたリリィは間違いなく『うん』という。


「あぁ。そうだわ。

 部屋を汚さないように転移しましょう。

 あとお風呂も先に作らせちゃいましょうね。

 それだと魔界がいいわね。

 うん。コレもお仕置きの一環よ!」


 リリィは、まだ『う~ん……』と首を捻っている。

 けれど、かまわず部屋に向けて歩き出すと、そんな私に少し慌てながらついて来る。


 私は階段を上りながら、エプロンを脱ぐ。

 そして、これからの時を思うと自然と笑みがこぼれた。


 寝室のドアを勢いよく開けると、裸の彼がベッドの上で膝をついて頭を下げていた。


 きっと戻ってくる様子を感じて慌ててそうしたのだろう。


 なんとも申し訳無さそうに、情けなさそうな表情をしながら顔を上げる。


 そんな彼が愛おしく、私の口角は自然と上がってしまう。


 本当に可愛い人。



 そして彼は私を見て呟く。


「…………ローザさん。

 ……なんか、また笑顔が怖いよ」



 失礼しちゃうわ。本当に。


 そんな子には、お仕置きが必要ね。


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