最終話 ドゲドーと
緑の丘。
美しい草原が広がり、一陣の風が優しく草木を撫でていく。
少しずつ花も咲き始め、誰の心も落ち着けてしまうような優しい風景が広がっている。
今、その景観に相応しくない魔物が雄叫びをあげていた。
その魔物は 『竜』
竜は、目の前に居る矮小な存在である人間に対して、怒りを露わにしている。
目の前の矮小な存在は、その怒りを全身に浴び、小さく身を震わせていた。
……ソレはもう動く力すらないのか、その場に座り込んだまま動かず。
竜の顔をなんとか見上げているその表情にはただただ悲しみが浮かぶ。
そして……寂しそうに、名残惜しそうに、ゆっくりとその目を閉じた。
その閉じられた目からは、一筋の涙がこぼれ落ちる。
……竜はその様子を見て、少しだけ満足したのか喉を鳴らし、やがてソレの命を狩り取る為に爪をかざす。
そして、躊躇することなく振り下ろした。
振り下ろされた爪は小さな肉体に当たり、
ザク っと肉を切る様な音が響く。
……人間の体は傷つき、竜の爪から赤い血が伝ってゆく。
風は何事もなかったように、また優しく草木を撫でていく。
…………
……
…
「………っイッテェーーーっ!!!」
竜の爪は男の肩に食い込んでいる。
……ちょびっとだけ。
男は自分の肩に食いこんだ爪を掴みながら、首を捻り自分が誰に何をされたのかを見る。
竜の存在を把握した男。
男は自分の前に座り込む女に目を戻す。
女からは生気が感じられなかった。
その女の様子を見た途端。
男が掴んだ竜の爪が、握りつぶされ割れた。
痛みを感じた竜は男が敵である事を理解し、噛み砕こうと牙を向けた。
「……こ…んの……クソトカゲがあぁぁぁああーーーっっ!!!」
拳を振るいを殴りとばす男。
ぶっ飛んでいく竜。
まるで竜の質量など無いかのように飛び、草原を水面を跳ねる飛び石のように跳ねていく。
竜を殴り飛ばした男は目の前に座り込んでいる女に向き直る。
「赤毛ちゃん!? どしたっ!?? 大丈夫かっ!?」
焦り、必死に抱き寄せながら、回復魔法をかける男。
すると無くなっていた女の意識が、ほどなく戻ってきた。
「………あ…れ?
……天国?
…………私……死んだの?」
「バカ言うな!
全然死んでないよっ。」
「……で…も…あれ?」
「よし。落ち着け。」
男は女の頭を優しく撫でる。
「とりあえず……
あのクソトカゲが赤毛ちゃんをひどい目にあわせた事だけはわかった。
……ちゃんと万倍にして返してくるから、ココで見てて。」
男は女に優しく微笑む。
そして立ち上がり竜に向きなおると、その表情は怒りに染まり、優しさの欠片も感じられ無かった。
竜は殴られた事に一層怒り、雄叫びをあげながら向かってくる。
男はその様子を憎々しげに見つめ竜に向けて歩き出す。
その全身からは徐々に強力な魔力が漏れだし始めた。
「……クソトカゲ……てめぇ……」
竜の動きも雄叫びも、ピタリと止まる。
漏れ出す魔力に危険を察知し、本能に従って男の真逆へ向き直り、逃走しようと飛びたつ。
「……俺の大事な女に……何するつもりだったんだよ」
竜の目の前に、突然男が現れる。
空間転移だ。
そう。魔王からは逃げられないのだ。
竜は逃走を諦め地上に降りたつ。
そして、許しを請うように地に平伏し、男に服従の態度を示した。
「よしよし。
……だが許さん。
くらえぇぇっっ!!」
男が拳を振り下ろすと、特大の雷が竜に落ちる。
万雷のように落ち続ける雷に、竜は消炭へと姿を変えた。
男はまた瞬間移動をし、女の前に立つ。
「ごめんね遅くなって。カタつけてきたよ」
男は女に優しく微笑む。
すると女の表情がみるみる変化する。
「……怖かったぁっ!」
女は男にしがみつき、その肩を震わせる。
男は、優しく女を抱きしめ。
女が落ち着くのを静かに待った。
「……死ぬかと…思った」
「そっか。
……ゴメンな」
「死ぬんなら……少しだけでも会いたいって思った」
「そっか。
…………ありがとね。」
女から涙がとめどなく溢れてくる。
「……ねぇ……私、死んでないよね?」
「安心して。ちゃんと生きてるよ。」
「わかんない。
わかんない…から……実感させて。」
男は少し悩み、唇を重ねた。
そして、指に魔力を少しこめ、女に静電気を当てる。
パチッ
「ひゃん!」
「ね? 生きてるでしょ?」
「ビリビリいらないっ!!」
「ゴメン。」
女は男の顔を見て訴えた後、再度顔を男の胸にうずめるように抱きつき、その手に強く強く力をこめた。
男もそれに応えるかのように女を優しく包み込む。
――いつしか女の涙は止まり。
その表情は優しいものへと変わっていた。
「……なんで……私が居るところがわかったの?」
「ん~……心配だったから、
いる所っ! って思ったら来てたよ」
「……そっか。」
「俺もよくわかんないんだけどね……
すぐに会いたい。
って……そう思ったら、ここに居たんだよ。」
「うん。
…………嬉しい。」
女は心から嬉しそうだ。
男もまた、それを見て嬉しそうに唇を重ねた。
俺、今更だけど……ようやく確信できた事があるんだ。
……聞いてもらっていいかな?」
女は男を見つめる。
「……何を言いたいのか、わかっちゃった。」
そう言って微笑む。
男はバツが悪そうに少しその表情を崩した。
「……でも、あなたの口から聞きたい。
ずっと聞きたかった。
……お願い。 聞かせて。」
女の言葉に、男も微笑む。
「好きだ。
誰にも渡したくないくらい。
誰にも触れさせたくないくらい。
心から好きだ。」
また、女の瞳から一筋の涙が流れていた。
「……ようやく……ちゃんと言ってくれた。
ありがとう……
私も、もちろん大好き。」
二人は唇を重ね……静かな時が流れてゆく。
「……なんか、時間がかかってゴメンな。」
「いいよ。
今……すごく嬉しいから。」
「……で、だ。
もう『赤毛ちゃん』って呼ぶのはやめようと思う。
ちゃんと……キミの名前を呼びたい。
……まぁなんだ。
みんな呼んでるし知ってるけどさ。
改めて、俺に自己紹介してもらえないかな?」
「ふふふ。
なんだか今更だけど、喜んで。
私は『リリィ』。
あなたの事が……誰よりも大好きなリリィです。」
「ありがとう。
リリィ。
そして……その……なんだ。
俺にも自己紹介をさせて欲しい。
そしてリリィには、その名前で呼んで欲しい。
……俺は『ドゲドー』って名前じゃない。
それに『勇者』って名前でもない。
生まれた時につけられた名前があるんだ。
………その名前は――
優しい風が二人を撫でる。
リリィは彼の名を呼び、
そして微笑む、
彼もリリィに優しく微笑み。
そして強く抱きしめた。
心から 幸せそうに。
最後までお付き合い有難うございました。
次話より後日談となります。




