2話 ド外道はじめます。
……コイツ
……なんて言った?
なんてことを……言いやがった?
「……オイ。もう一回言ってみろよ……オマエ……何をしたって?」
「フハハハハハ! 何度でも言ってやるとも! オマエは確かに魔王様を倒した!
だが、この世は平和になどさせんっ!」
「そこじゃねぇよ……その方法」
「むっ?
……我の子孫が世界中に散らばり『災厄の種』となるからだ。フハハハハ!」
「違う。その前。はよ。」
「む、むぅっ? ……えっと……あ。
人に近い我は、お前達から逃げる間に人間の女を誘拐・洗脳し、そして我の子を仕込んだ! 悪魔神官たる我の血を引く子は瞬く間に成長し、様々な能力を身につけ……必ずやお前達の前に立ちはだかるであろう!」
「………何人だ?」
「フフ……フフハハハハハハっ! 仕込んだ数など数えておらぬわ!!
百……いやぁ、百人などではきかぬなぁ……二百人……あるいは三百人。いやいや、はたまた千人かもしれぬなぁ。フハハハハハハっ!」
俺の拳を作る力が強くなる。
「貴様っ! なんということをっ!」
「ひどいっ!」
「……すぐに対応を打たなくては。」
いつも勝手に付いて来てるヤツラが後ろで騒いでるが、もう俺の怒りが止まりそうにはない。これまで堪えていた全てが、我慢していた何かが少しずつ崩れるように口が勝手に動き出す。
「俺が………やりたくもない……討伐だの……手助けだの……息つく間もなくやらされてたってのに……その敵は………
ハハッ! 女を誘拐しては犯してました。洗脳ハーレム作ってました……ってか?」
どこからともなく風が吹き、ギリギリと震える拳に吸い寄せられるように、その風が集まり始め、そして鈍く光りを放ち始めている。
先ほどまで笑い、大仰な口をきいていた悪魔神官だけでなく、パーティの面々も、その拳から漏れ、溢れ出る魔力に圧倒され声すら出せない。
「……俺が…なーんのご褒美もなく………
あれ? これブラック企業も真っ青だよね? と…思いながら働いてる時に……
お前さんは………日替わりで女抱きまくってました……ってか? いや、日替わりどころじゃなく同時に何人もか?」
拳に込められた魔力は、その拳の持ち主により辛うじて抑え込まれている。
だが、それでも抑えきれない魔力が漏れ出しているのか、まるで電気がショートするようにバチバチと風と魔力が音を立て始め、その放たれるオーラーに悪魔神官とパーティの面々は動く事すら出来ない。
「ぅぅ羨ましいんだよっ! コンチクショーがぁぁぁっ!!! うわぁぁぁっぁあぁんっ!!!!」
盛大に泣きながら振るわれた拳から、抑えられ、溜めこまれていたエネルギーが一斉に放出される。
そのエネルギーは、その場に居た全員の視界を、ただ真っ白に染める程だった。
――パーティの面々が眩んだ目を慣らそうと瞬きを繰り返し、やがて目が慣れると塔の中の一室、書庫であっただろう光景は一変していた。
前にいたであろう悪魔神官は跡形もなく吹き飛んだのか、もはや形跡すら確認出来ない。
そしてそれだけでなく、悪魔神官の居たであろう場所の後ろ、本の詰まった本棚だけでなく、その後ろの壁すらも広範囲が吹き飛んでしまい、外が見える。
彼の一撃で、30階はあろうかという塔の薄暗い最上階は、絶景が眺められる展望台に変わってしまっていたのだ。
「勇者殿っ! お見事ですっ!」
と、騎士アルクスが褒め称える。
「やりすぎですよ勇者様っ!」
と、姫騎士エリィは諌める。
「災厄の種……なんとかしないと………どう動きましょうか勇者?」
と、僧侶クリスティは未来を見据える。
それぞれが口にした言葉は勇者には届かなかった。
いや、正しくは彼の耳には入っていた。だが、勇者であろうと踏ん張っていた心が崩壊した彼の心には届かなかった。
--*--*--
……その場に膝から崩れ落ち、そのまま倒れ、天を仰ぐ。
「どうなされた勇者殿っ!?」
「まさかお怪我ですか勇者様!? クリスティっ!」
エリィの言葉にクリスティが駆け寄り、回復魔法をかける場所がどこか触診を始める。
いつもであれば、目を閉じ薄目を開けてクリスティの豊満な胸の動きをこっそり確かめるのが楽しみだった。
…………が。
『あ~、も~ど~でもいいわ。』
ですわ。
はい。
『も~ど~~でもいいですわ。』
だって、コイツら二人ともアルクスに惚れてるし、俺の扱いなんて『便利な壊し屋』もしくは『大量破壊兵器』くらいにしか思ってね~んだもん。
あ~……
も~ヤになった。
あ~も~やってられない。
まお~もその上のヤツも倒したけど、
俺、ま~だチヤホヤされない。
も~やだ。
敵ですらハーレム作って千人切りかましてるのにさ、俺なんてまだコッチに来て誰も相手にしてくれないんだぜ。
なんせ次から次へと色んな事あるしさ。忙し過ぎもマックスですよ。
えぇ。そのおかげもあって未だ童貞ですけどなにか?
清い体のままですけどなにか!?
………
……あ。
ムカついてきた。
どうしようもなくムカついてきた。
泣きたいくらいムカついてきた。
あああああああ
ああああああああああーーー
プツン
何かが切れる音が聞こえた。
幻聴だが確実に聞こえていた。
そしてその聞こえた音をキッカケに途端に視界がクリアになり、本当に何もかもがどうでもよくなり、逆に思考がスッキリと落ち着いてゆく。
気が付けばガバッと半身を起こし、自然と口が開いていた。
「俺……勇者やめるわ。」
「「「へ?」」」
…………言ってやった。
言ってやったった。
やったったった。
「あとはお前らの好き勝手にやれば。
俺もう好き勝手に、俺の自由に生きる。」
「ゆ、勇者殿っ!? いかがなされた!
混乱の魔法でもかけられたのか!?」
うるさいうるさ~い。
そうだ。この際だからコイツラにも思ったこと全部言っちまおう。どうせもう逃げるんだ。
「うるせーっ! いたって正常だよ! アルクスっ! おめーのお守りはもうたくさんだっ!
なんなんだよ! いっつも頼んでもね~のに次から次へと依頼を持ってきやがって、しかもこなすのは俺……なのに、いっつもお前ばっかりキャーキャー言われやがってよっ! もうオメェの引立て役は沢山なんだよっ!」
いざ言葉に出し始めると勢いって勝手につくもんなんだな。
スラスラ言葉が出て来るわ。びっくり。
アルクスが青い顔をしている。
だが動き出した口は止まらない。止まらないぜ! だってもういいんだもん!
「それにエリィっ!」
エリィがビクっと反応する。
「おめーは勝手に俺をこの世界に呼び出しやがってよ! ふざけてんの? ふざけてるよね?
あまつさえ厄介事ばっかり押し付けやがる! 世界平和の為だぁ? はんっ! ご立派です事……でもどうだかねぇ! お前の押し付けてくる厄介事は、どうにもお前ら王族が世界に向けて『いい顔したい』ってのが裏に透けてることばっかりだと思うんですがねぇっ! ご立派な世界平和だなぁオイ! ったく王族ってのはクソだな。
まぁ、そんなことはどうでもいい事だがよ、それよりも……だ。
毎度毎度、事ある毎に俺に気を持たせるフリばっかりしやがって!
真に受けて俺がちょっと勇気出して誘ってみた日にゃあ
『私など勇者様に相応しくありませんわ……』
とか言って逃げまくりやがってよ!
お前の行動からは『どうせなら不細工な俺よりアルクスとくっつきたい』って本音しか見えねぇんだよ! ほんと死ねばいいのに!」
「ゆ、ゆう・・しゃ・・さま」
「クリスティっ!」
呆然としている女を見る。
「おめーはアンアンアンアンウルセーんだよっっ! マジでっ!
毎晩毎晩毎晩アルクスと盛りまくりやがってよ発情期か? 年中発情期なのか?
聖職者じゃなくて性色者なんですよね。わかります。って、うるさいわこのビッチがっ!」
愕然としている3人。
うん。
うんっ! なんか溜まった物がガッツリ出た気がする。
スッキリしたっ!
「ふぅ……てなわけで、
おれ、おまえら、だいきらい。
……もう俺は自由にやるからな。邪魔すんなよ。」
「ゆ、勇者殿!お待ちくだされ!!」
「あ? いま邪魔すんなつったばっかだろ? なう。ばかなの?」
「いいえっ! どきませぬっ! 勇者殿に不満ばかりを抱かせていた事に気づかず……このまま別れてしまっては、私は一生の後悔を抱いてしまいます」
「俺は後悔しねーよ。てか、もう後悔したわボケ。」
「この命に代えてもここは譲りませぬっ!!!」
「じゃあ死ね。」
即答し、親指を下に向けて手を落とすジェスチャー。それに合わせてアルクスに向けて電撃を落とす。
「ガアアアアアアアアアアアアアアっ!!!」
イケメンは死ねばいい。
「「 あ、アルクスっ!! 」」
おー。黄色い声。
羨ましいですね。くそが。
「一応のよしみで命まではとってねー…………と思う。 ……うん。多分。多分?
助けたかったら、すぐに回復魔法でもなんでもするんだな。」
かけた言葉に我に返ったクリスティがアルクスに駆け寄り、回復魔法をかけ始めた。
ちらりと横目で光景を眺めるがクリスティの表情は見えない。
あー、そうですね。愛しの彼が一番ですものね。はいはい。
首をコキリと鳴らし、心機一転、外に出ようとすると姫騎士エリィが両手を広げ行く手を阻んだ。
「……なんだよエリィ?
オマエもビリっと痺れたいのか?」
「ど、どきません!」
震えながらも両手を広げ動かないエリィ。
そんな様子を気にせずズカズカと近づいていく。
距離が狭まるにつれ、エリィの怯えが大きくなっているのが分かる。
なんせ一番のお荷物だけど姫様だから、いつも怪我しないように守ってたからな。俺が。ええ俺が。まもてましたよ、はい。
本人も力量差を分かってるだろう。
エリィの目の前に立ち、ゆっくりと手を伸ばす。
「ヒッ!」
エリィが小さく悲鳴を上げ、グっと目を閉じた。
モミモミ。
固い。
「ちっ、帷子着てるせいで全然やわらかくね~でやんの。つまんね~の。
あ。ちなみに俺もう転移使うから、そこに立って入口塞いでも意味ね~ぞ。」
無防備に目を閉じるから、鎧の隙間に手を突っ込んで胸を揉んだのだ。
だが、さらに奥に防具を着込んでいて揉めなかった。くそう。
エリィは少し口を開けたまま、これまでに見せたことの無いような呆然とした表情を浮かべていた。
なんとなく悔しかった。
「オマエがさ……俺に尽くしてたら違ってたんだろうな。」
負け惜しみなのはわかってた。
自嘲気味な笑いも漏れるわそりゃ。
「あ。そうそう。勇者やめるから、もう俺の事を勇者って呼ぶなよ。
……そうだな。
ド外道……
うん。俺はこれから『ドゲドー』を名乗ることにするぞっ!
なんか聞かれたら死んだとでも言っとけ。
……ていっても、もう会うこともないだろうけどな。
じゃあな。」
呆けるエリィにこれまでのありったけの気持ちを込めて無理やり唇を奪う。
そしてすぐに塔の入口に転移した。
ただその場に立つ。
虚しい気持ち。
全てが終わったような気持ち。
だけれども晴れ晴れしい。
全ての鎖から解き放たれ、まさに解放されたような心地。
一陣の風が優しく草木を撫でていき、そして頬も優しく撫でてゆく。
目の前に広がる光景が、これまでと違って見えた。
俺はこの世界で無敵の力を持っている。
さぁ。自由だ。
好き勝手してやるぜ。