1話 アルクス プロローグ
私の名前は、アルクス・フォン・アーデルハイド。
エルデ王国に仕える誇り高き騎士だ。
今、私は驚愕の事実を知らされ戦慄している。
だが、私の仲間はその驚愕の事実すらも平然と聞きながし、既に的確な情報収集を始めていた。
そんな仲間の様子に私も冷静さを取り戻す事ができた。
彼が仲間で本当に良かった。
……そう改めて思う。
他の人間と比べると少しばかり顔の彫りが浅い感じはするが普通の容姿。
最も違う特徴としては、その黒髪と黒目が目を惹く。
彼は誰よりも強く、優しく、そして驚く程に謙虚。
些細な振る舞い一つをとっても、これまでの人生を真面目に生きてきたことを感じさせる。
本人はいつも否定しているが、私にはその振る舞いが聖人のそれとしか思えない。きっと特別な人間なのだろう。
私自身、彼との冒険の旅の最中に何度となく命を救われた。
にも関わらず見返りを求められた事は一度たりとて無い。
そればかりか彼は静かに気を回し、パーティメンバーの僧侶であるクリスティと私の仲までとりもってくれた。素晴らしい女性とそういう仲になれた私は、彼に足を向けて寝ることなんて考えられない。それほどに感謝している。
彼の力量を考えれば、あり得ない事ではあるのだが、万が一、彼に何かあった時には私はこの身を盾とする覚悟がある。命に代えても何とかしてみせる。
恩からという気持ちも大きいが、それ以上に……彼がこの世界にとって重要すぎる人間だからだ。
その重要さを本当に理解するには、過去に遡り昔の話が必要になるのだが、万人に分かり易くいうとすれば……
彼は『勇者』だ。
我がエルデ王国の姫様が勇者召喚の儀を行い、この世界に招いた異世界人。それが彼だ。
召喚早々に王国の秘法である『言語理解のオーブ』で作った指輪を付ける事で言語を理解するようになった。そして能力を測る為に用意された『測定のオーブ』に触れた。
彼がオーブに触れた途端、測定のオーブが彼の持つ力に耐え切れずヒビ割れ、そして砕け散ると言う奇跡が起きたのだ。
これは前代未聞の事であり、全ての能力に置いて人智を超えている事が容易に推測できた。
――実際に彼は凄まじかった。
王国で訓練を開始し、開始から間もなく測定のオーブは不具合ではなく真実であり、王国の中で彼に敵う人間や獣人などは存在しないという事が知らしめられた。
……恥ずかしながら私がその知らしめるきっかけとなったのだが……今となっては彼と縁を繋ぐよいキッカケだったと思っている。
私は当初、測定のオーブが不具合を起こしたと決め付け、力を持つ者にあるまじき振る舞いから彼をバカにし侮辱的な言動を多々とっていた。
王国一の騎士と謳われていた私は、愚かにも『私が負けることなんてあり得ない』そう自惚れていたのだ。
が、彼はそんな私の安いプライドを一撃で壊してくれた。
挨拶代りの一撃で……だ。
侮辱を重ねていた私に対し、さぞ胸のすいた事だろうと思い彼の顔を見上げてみれば、
「本当にすみません! 大丈夫ですか!? ここまでやるつもりは無かったんです。すみませんっ!」
と、泣きそうな顔で謝罪と気遣いまでしてくれた。その表情と言葉には偽りはなく、心から心配しているように見えた。
……その時に、私は彼には絶対に敵わないと思い知らされた。
思い上がっていたの私。彼の平身低頭な振る舞いこそが真の強者の振る舞いなのだと理解した。
私はそんな彼の姿に自分が未熟者であることを痛感し、その時から心を入れ替え彼のサポートを申し出た。
私も真の強者となりたい。いや、なるなど烏滸がましい。可能な限り近づいきたいと――
結果、召喚した姫様、姫であり騎士でもある姫騎士エリィと、そして我が国至高の回復魔法の使い手であるクリスティと共に魔王を倒す旅に出る事ができた。
旅は過酷だった。
盗賊や悪徳商人を改心させたり、壊滅的だった村の復興を支援したり、街の危機を未然に防いだり、裏切り者の奴隷商人を改心させたりと……数えればキリが無いくらいの出来事に行き当たり、その都度、彼が新たな能力に目覚め、力だけではない方法で解決へと導いてくれたのだ。
そして……私達は長い旅の末に魔王を倒すことに成功した。
だがその時に『魔王を操っている存在』真なる邪悪に気づくことになったのだ。
が、驚く事に彼は、魔王を操っていた存在である『魔王神』すらも容易く撃破してみせたのだ。
この時、私は彼はもしかすると神を超えているのかもしれない。
そう心から感じた。
そして世界は平和を取り戻した……
………はずだった。
全てを終えた王国への帰路の中、魔王の配下であった悪魔神官が魔王を復活させる為に暗躍している事が分かり、我々は連戦と決戦に疲れた体にムチを打って探した。
そしてようやく悪魔神官を見つけ、追い詰めたのだ。
悪魔神官は魔王と比べれば弱く、魔王神すら倒す我々の前では敵ではなかった……真の平和が目前だ。
そう心の片隅で思っていた。
だが、悪魔神官が放った言葉は
「我は逃走しながら災厄の種である、わが子を世界中にばら撒いた」
という衝撃の物だった……
なんということだろうか。
私は無力感に襲われた……まだ戦いの日々が続くのだと。
真の平和には程遠いのだと。
…………ただ。
それでもどこかで『彼なら何とかしてくれる』
そう思ってしまうのだ。
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