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死神は。

作者: 住人。

「うー。くっそ。視界が歪んで歩きづれぇ」

長瀬春樹は酔っていた。大学の先輩につれられて行った飲み会はほぼいじめの容量で飲まされるため、酒の弱い春樹には苦難であった。

「やっぱ人間の帰巣本能ってすげーよな。こんな酔ってフラフラでも付けるんだから・・・」

そういいながら1LDKのアパートの鍵を開ける。昼開けっ放しにした窓からは、秋の匂いの風が吹き込む。まだ夏とは言えど8月末。朝夕は冷えた。が、春樹には窓を閉める余裕なんてない。家に入ると同時にベットに倒れ込んだ。遠い意識の中で夢を見ていた。まだサンタさんを信じていて、将来は正義のヒーローになりたくて、今は亡き優しい母がいた頃。優しい母は俺が物心がつく頃から病院にいた。消毒液の香りと、狭い病室から見える桜があたたかな日差しを頬に当てる。どこからどうやって入って来たのかわからない猫をなでながら母さんは俺に話しかける。いつの頃かも忘れてしまっていた淡い記憶が雨のようにしとしとと流れ落ちていく。

「春樹は猫嫌い?」

「嫌い・・っていうか怖いよ。だってこいつら引っ掻いてくるんだよ?」

「フフフ。そうね。でもね、猫にはお仕事があるの。」

「お仕事?」

「そう。彼女のおかげで私はもう怖くないの。」

「・・・?どうして?」

「だってね、この子の仕事は・・・」

なんで今、このことを思い出したんだっけ?この後母さんは何をいったんだ?あ・・・そういえば窓閉め忘れていたな。現実なのか夢の中なのかわからない、宙にフワフワ浮かんでいるような感覚がする。ぼやけてる視界に窓から月の明かりが差し込んでくる。秋の風は薄いカーテンを遊ぶようにかき分けていく。視界はぼやけているのに、なぜかその姿だけははっきりと見えた。柔らかい薄茶色の髪が風に吹かれて、まるで重力など無いかのように自由に舞っている。今にも溶けてしまいそうな白い肌に海の色のワンピースがよく似合っていて、薄い青の瞳の中には俺が写っている。まるで絵の中からでて来たような少女が俺の目の前に居た。彼女がどこから来たのか、どうやって入って来たのかなどはなぜか彼女に問わずとも伝わって来た。まるで、俺のそばに元から居たかのような安心感がまた眠りに誘う。その誘惑のままに俺は再び瞳を閉じた。


蝉の声がうるさく感じる朝も、今日だけは俺を現実に結びつける縄になったから迷惑ではなかった。目の前には昨日の彼女がいた。彼女は何も語らない。でも、その瞳が魔法をかけるように俺を操る。俺は命令もされていないのに、彼女の瞳に操られて朝食を作る。米とみそ汁と冷や奴を二人分。彼女の前に朝食を持っていくと、ご丁寧に葱だけを取り除いて食べ始めた。どうやら葱は嫌いらしい。そして、薄味を好むようだった。濃い味を好む俺が作ったみそ汁は口をつけなかった上に、葱を取り除いた冷や奴は醤油をかけずに食べていた。

「じゃ、大学行ってくるわ」

と、返事をしない彼女にむかって報告をして家をでる。大学につくと昨日散々飲み明かした先輩が頭が重そうに講義を受けていた。その様子からは遊びに遊んで単位がとれないかもしれないという必死さが伝わってくる。軽く会釈をし、席に着く。2日酔いに悩まされている先輩をみると今自分の頭が軽いのがとても不思議に思えた。講義が終わると友達にいっしょに飲まないかと誘われたが、家に彼女が居ることを伝えて断るととても不思議な顔をされた。電車にのって一駅。玄関の鍵を開けると彼女の姿があった。窓の外をゆったりと見つめている。俺は夜までレポートを作っていた。夜になると腹が減ってきたので夕食を作った。全体的に薄味にして葱を入れないように気をつけた。彼女も腹が減っていたらしく勢いよく平らげた。こんな時間に寝るなんてどんなに久しぶりだろうと思いながら10時に眠りに着いた。嫌な夢を見た。俺は父親と仲が悪かった。父は俺が子供の頃からいっしょに居て楽しくなかった。俺が何をやるにも反対してきた父親は大学に入ると同時に一人暮らしがしたいという俺の考えにももちろん反対した。最終的には無理矢理家出をするように東京に出て来てからは連絡を絶っていた。そんな頑固親父を思い出す夢は俺にとって悪夢としか言えなかった。


今朝は一段と寒く感じた。布団からでた足が氷のように冷たく感じて布団のなかで暖める。気づくと足の当たりになにかが触れた。触って確認するとどうやら彼女は寒くて俺の布団へ潜り込んできたらしい。しとしとと雨が降っている。道理で寒いわけだ。朝食は温かいお粥にすることにした。彼女は粥が冷めるのを待っていた。俺が食べ終わり家を出て行く頃、ようやく彼女は食事を始めた。

「行ってきます。」

そう一言かけても彼女は見向きもしなかった。鍵をかけて小走りで駅へ向かう。大学に着くと講義は既に始まっていた。しかし、寒くて布団から出られなかったのは俺だけではなかったようで、ほとんど人が来ていなかった。講義を受けている中、次第に雨は勢いを増してきた。講義が終わる頃には大雨になっていた。冷たい雨が傘をさしていても風に吹かれて体に当たる。真冬のような寒さに凍えながら家に着くと彼女の姿はなかった。彼女のことだから布団に潜って昼寝でもしているのだろうと思い布団をめくってもいない。家を隅から隅まで見渡しても見当たらない。こんな時にどこにいるんだ?不安が心から上がってきそうになったとき、足にしびれるような冷たさを感じた。数ミリ開けられている窓から雨が入り込み、小さな水たまりができていた。俺はその瞬間息をするのも忘れていた。そして急いで彼女を捜しに外へ出た。傘をさし忘れるほど必死だった。もしかしたらどこかで凍えているかもしれない、川に落ちているかもしれない・・・そんな不安と恐怖が混ぜ合わさったものが体中に伝わる。必死で彼女が行きそうなところを探しまわった。公園、路地裏・・・しかし彼女の姿はどこにも無い。焦りがさらに俺の思考を惑わせる。冷静な心がついに尽きる・・・と思った時どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。近所の行きつけのコンビニの店員さんで、仲良くなったおばちゃんの川上さんの声だった。

「春樹君!?こんな時にどうしたの?びしょ濡れじゃない。大雨で危険だってニュースで言ってたから早く家に入らないと・・・」

「彼女を・・彼女を捜しているんです。薄茶色の髪をした、ワンピースを着た・・・」

焦りと寒さ舌がうまく回らない。早くしなければいけないのに。

「・・・とりあえず人を捜しているのね。警察に届けを出して・・・」

川上さんがそういいかけた時、彼女の姿が見えた。泥だらけでびしょ濡れだった彼女の姿をみて思わず走り出す。

「・・・みつけた。どこに行ってたんだよ・・・」

そう言いながら彼女を抱きしめる。彼女の体温が俺の冷静さを取り戻させた。川上さんにお礼を言うと川上さんは眼を丸くして口をあけて驚きと不思議な顔をしながら

「は・・・春樹君?どうしちゃったの・・・?」

と言った。俺は川上さんの言っていることが理解できなかったがひとまず家に帰ることにした。家に帰ると温かい風呂に入り、布団へ潜った。彼女は布団が暖まるまで待った後、潜り込んできた。雨のざあざあという音が次第に眠気によって静かになった。夢は見なかった。


朝起きるとどうも頭が重い。熱を計ると高かった。彼女に風邪をうつさないようにマスクをして寝た。夕方になって目が覚めると眼の前に彼女が居た。どうやら腹が減ったらしい。少し寝たら楽になったからお粥を作った。昨日と同じメニューでも彼女は文句を言わなかった。今日も俺が食べ終わる頃に彼女は食べ始めた。腹が満たされると眠りについた。昨日ざあざあ降りだった雨も静かに降っていた。今日も父の夢を見た。正確に言うと母さんの葬式の夢だった。母さんが死んでも父さんは涙を見せなかった。そんな父さんをみて俺はどんだけこの人は冷酷なんだろう。と思っていたが、この夢ではその頃とは何かが違う気がした。子供の頃冷酷に見えた葬式のときの父の表情は大人になった俺が見ると、だいぶ違ったように見えた。父の顔は冷酷な人間ではなく、母を無くした子供を不安にさせないように必死に涙をこらえている表情に見えたのだ。その瞬間、自分が大きな勘違いをしていた気がしてきた。そこではっきりと夢が覚めた。目が覚めたと同時にパソコンを開いた。検索したのは、母が死んだ原因となった病気だった。いままでそんな母さんを殺した病気を知りたくもなかったし、あの頃の記憶を汚されたくなくて調べなかったが、居ても絶っても居られなくなったのだ。もしかしたら父さんは・・・その予感は的中していた。母さんを殺した病気は遺伝するものであった。だから父さんは心配して俺がやりたいと言ったことに反対していたのだ。そう考えるとすべてに納得出来た。自分の無知さと鈍感さに苦しみと後悔がこみ上げて涙が出てくる。彼女は俺を撫でた。あふれて止まらない涙を止めることを諦めて泣いていた。


あれから何時間経っただろう。どうやら眠っていたらしい。起きたら彼女は俺のそばに居てくれた。眠ったままの彼女を起こさないように洗面台へ顔を洗いにいく。泣きながら寝たせいかひどい顔をしていた。しかし、俺の心は晴れていた。顔を冷やし、しばらくしたら腹が減った。朝食を作っていたら匂いにつられて彼女も起きてきた。なにも無かったかのように彼女は黙々と飯を食べる。食事を終えると支度をした。バイクの鍵をもってドアを開けると彼女も着いてきた。後部座席に彼女を乗せて何時間もはしらせる。風景が徐々に変わってきて、山が出てきて空気が澄んでいく。建物がしだいに減ってきて懐かしさがこみ上げてくる。5時間走ってたどり着いたのは実家だった。ドアに手をかけると鍵は空いていた。元々泥棒が入らないこの地域では鍵をほとんど掛けない。玄関に入ると線香の香りが漂っていた。

「ただいま」

そうボソっとつぶやくと家の奥からガタガタと音を立てて人影が出てきた。それはずいぶん身長が縮んで、髪の毛もザビエルさんのようにっていたが父さんだとすぐにわかった。父さんは俺を見るなり涙を零しながら家へ招き入れてくれた。それからたくさん話をした。母さんのこと、俺が出ていた後のこと・・・俺は真っ先に父さんに謝罪をした。父さんはそんな俺の姿を見て謝り返してきた。父さんは悪くないのに・・・と思ったがそれよりも父さんと話が話がしたかった。俺は彼女のことを話した。そうすると父さんは一瞬驚いた表情をしながらも、俺が彼女のことを話すと覚悟ができていた様な素振りを見せた。父さんから話を聞くと、彼女は人間ではないそうだ。正直初めにきいたときは驚いたが、なぜかすぐに受け入れられた。彼女は俺には人間に見えているが、周りには猫に見えているらしい。思い返すとなぜ、母さん以外の女性が苦手だったのに彼女はすぐ受け入れることができたのか、なぜ川上さんがあんなに心配していたのかがよくわかる。すべて辻褄があっていた。父さんによると、母さんにも彼女が見えていたらしい。話をしている間、父さんは泣き続けていた。年をとって涙腺が緩くなったのか、俺を大人と認めて泣けるようになったのかは分からないが、父さんには俺の未来が見えているようだった。


次の日、俺は家に帰ることにした。別れを告げた父さんの瞳は覚悟ができている人間の眼だった。父さんはもう泣かなかった。彼女を原付の籠にのせて来た道をもどる。たった一日居なかっただけなのに家が懐かしく感じた。家に着く頃にはもう夕方だった。窓を開けて風を通す。涼しい風が家の中に吹き込んできた。俺にはもうどうなるかが理解出来ていた。部屋を片付けて彼女と夕食をとる。今日は少し豪華な食事にした。風呂に入って電気を消してベットに寝転がると彼女に話しかけた。

「ねえ、俺の母さんは死ぬ前なんて言ってた?」

「私のことを決して恨んでいないようだったね・・・。息子のことと父親のことをよろしくって言われたよ。そのせいでここまで苦労しちゃった。まったく。」

「ハハハ。それは悪かったよ。父さんは悲しむと思う?」

「さぁね。でも君がいつかそんなことを言いだすんじゃないかってずっと考えていたみたいだから覚悟はできたんじゃないの?まあどうせいすぐに私のことが見えるようになるから心配要らないと思うけど。」

「そっか・・・。じゃあそろそろ眠るよ。おやすみ」

「・・・おやすみなさい。」

そういうと俺は眼を閉じた。秋の風が心地良い。三日月が照らす光が頬を撫でる。意識が沈んでいる中夢を見た。

「春樹は猫嫌い?」

「嫌い・・っていうか怖いよ。だってこいつら引っ掻いてくるんだよ?」

「フフフ。そうね。でもね、猫にはお仕事があるの。」

「お仕事?」

「そう。彼女のおかげで私はもう怖くないの。」

「・・・?どうして?」

「だってね、この子の仕事は死神なの。人間の生命の時間か終えると魂を回収しにくるの。でも怖くないわ。だって彼女は美しいし優しいもの。」

「ふーん・・・。僕にもいつか見えるのかな?」

「いつか・・・ね。そのときが遅いことを願うわ。」

「うん」


彼の呼吸が聞こえなくなった。彼女はそれを確認すると「ニャー」と一言だけ鳴いて秋の風とともに姿を消した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編ではありますが、読み応えのある良い物語でした。 初めにある母との会話。優しさのある口調であったためか、特に気にすることもなく読み進めてしまいましたが 理由がわかると『彼女のおかげで私は…
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