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秘儀  作者: 雨宮 桜花
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後編

 目が覚めたのは、朝と昼の境目といった時間。

 お互いかなり寝入ってしまったのだろう。本来なら起きなくてはいけないけども、心地良さそうな寝息を立てて眠る莉乃を、無理に起こすのは忍びなかった。

 シーツへ惜しげなく零れる莉乃の髪を撫でて、今日の朝食をどうしたものかと思う。遅くなってしまったから、朝昼兼用にしてしまおうか。そんなことをぼうっと考えていると、莉乃が腕の中で小さく身じろぎをした。

 頃合いからして、莉乃も目を覚ましたらしい。普段なら挨拶を交わしあうのだけど、その声をかける瞬間を待っていたかのように、柔らかな感覚が唇に伝わった。

 とっさに反応する機会を逸して、半ば強引に舌が入ってくる。それが不快なわけではないが、思わぬ積極さに驚いてしまう。

 思っていた以上に、莉乃は未明のことを根に持っていたのかもしれなかった。あまり深いキスは、今になっても相変わらず躊躇いのような感覚はあるにせよ、彼女が望むなら吝かではない。

 莉乃に導かれるように舌を絡めあって、脇の下から支えるように腕を回して抱きしめる。莉乃も首筋に腕を通して、離すまいと力を込めてくれる。

 主導は莉乃に委ねているけれど、私がするのと遜色ないほど激しい口づけ。莉乃にリードされてのキスは、慣れていないのもあって、普段より少し早く交わりを終えた。

「り、の」

 キスすることは一向に構わないけれど、予期できなかったし、心構えというか、そうしたものも準備できなかった。だから、できるなら少し間を取りたかった。

 しかし、莉乃はまだ満たされ足りないのか、一呼吸の僅かな息継ぎだけで再び口づけてくる。勢いのまま、捻り入れるように舌が差し入れられ、液体を啜るような音が耳朶を侵す。

 火照った肌から伝わる熱と柔らかさを身体で感じて、汗をかいたのかいつも莉乃が纏う甘い香りが濃密に匂い立つ。

 ぼうっと靄がかかったように意識は明晰ではないが、それは全く不快ではない。むしろ余計に興奮と悦楽が高まって、半ば溺れるように応えて舌を絡め合わせる。

 一方で、何の用意もできていなかった身体が、限界を訴えるのもそう遅くはなかった。耐えきれず自分から離してしまいそうになった刹那、莉乃が精根尽きたように口づけを解いた。

 彼女自身も限界だったと見えて、胸を弾ませるように荒い呼吸を繰り返す。熱気のせいか汗ばんだ肌は朱を帯びて、気怠そうに細めた瞳は満足げに蕩けている。そこに情事の後を連想してしまって、視線を逸らそうとしたけれど身体が動かせない。

 まさか莉乃がそれを察したのでもないだろうが、ゆるりと、甘えるように身体を寄せる。無邪気でいて、そのくせひどく艶めかしく思えて。矛盾しているはずの感覚は、しかし莉乃に相克なく映されていた。

 ふと、内心でざわめくようなものがある。我ながらどうしようもない、暴力的な衝動。従ってしまえば戻れないだろう、そう分かっていても自制は効きそうにない。

「……莉乃。嫌だったら、言って」

 いたいけな、小さく可愛らしい唇を奪って汚してしまいたかった。自分でも、どうしてそんなことをしたいのか、理由が見いだせない。ただ、そうしたいのだとしか、形容できない。

 名前を呼びながら腕を解き、極力怯えさせないように小さな身体を組み伏せる。そこまでしておきながら、莉乃は怯えているように見えなかった。初めだけは困惑したような様子にもとれたけれど、ベッドに押し倒されるような形になって意図に気づいたのか、むしろ嬉しそうに微笑んでみせる。

「ん……、いいよ、お姉ちゃん……」

 想人に乞うような、甘く誘惑する囁き。それは私から余裕を奪うのに十分すぎて、ほとんど襲い掛かるように口づける。

 莉乃の反応を待たずに舌を入れ、半ば苛むように唇を重ねた。

 首筋に、細い腕が回される。ずっとこのままかもしれない、そう朧気に思いながらもすぐに忘れてしまう。

 僅かな身じろぎ、合間に漏れる吐息、交し合う唾液の立てる音、全てが麻薬のように心と体を侵していく。後先を顧みず溺れ、中毒のように求めてしまうのを、他に例える言葉が思いつかない。

 最も、それならそれで佳いのかもしれない。莉乃がそれを否定しないのなら、それでいいのだと頷いてくれるのなら、私は堕落してしまうのだろう。甘美で、心地の良い蜜のような堕落。

 莉乃がそのように望むなら、私は際限なく堕ちてしまいそうな自覚が在った。半ば押しつけるように身体を抱いて、ときおり痙攣によってかびくりと震える感触が伝わった。

 愛おしいと同時に恐ろしく無防御な姿を見せながら、なのに嫌がるどころか離れようとする様子もなく、細めた瞳から涙さえ零してまで、私に応えてくれる。

 普段、そして先のキスと比べても長い。そろそろ離さなくてはならないのだけど、どうにもできなくて。もはやキスしているのかされているのかも分からずに溺れてしまいながら、ふと魔が差した。

 上体を押し付けるようにして、ほとんど圧迫するように、力任せで抱き伏せる。ベットのスプリングが軋んで、肺から空気が押し出されたのか、莉乃が苦しげに息を吐く。

 苦しいだろうとは思う。だからこれ以上されるのは嫌だと、拒んで欲しかった。

 なのに、莉乃はそれを拒むどころか、力強く身体を寄せただけ、緩んだ腕を強く抱きしめる。終には離れることさえままならなくなって、溺れていく以外に何もできなかった。

 互いを苦しめるように、慈しむように強く抱き合い、僅かな息継ぎさえ許さず口づけあう。時間の感覚などとうに失い、求められるまま、求めるまま交わして。

 そんな次第だったから、唇をどちらから離したかなど定かではなくて、それを思い出すことすら物憂い。何かを考えようにも思考が回らなくて、やりすぎてしまったという罪悪感さえ、朧気にしか出てこなかった。

 不随意に身体が震えて、こんなにも興奮してしまっていたことに今更ながら気づく。今はただ、何も思うことなく、後ろ暗い快楽の余韻を感じていたかった。

 緩めた腕で莉乃の背中を軽く抱くと、ふと視線が合う。潤んだ瞳は蕩けきっていて、白皙の美しい頬は赤く染まり、そして涙と唾液で汚れている。それがあまりに妖艶で、私は声をかけるでもなくただ見つめていた。

「おはよう、お姉ちゃん」

「うん、おはよう……」

「ごめんね、やりすぎて……」

「ううん、いいの。ありがとう」

 褥の中で交わす普段の言葉が、奇妙なぐらい場違いに聞こえる。気怠くて自分から話そうとも思えないが、それでも言っておかなければならないようにも感じた。

 でも、莉乃は苦言を口にするでもなく首を振った。代わりに顔を近寄せれば、まだ熱を帯びた吐息が頬を撫でる。

「また、してくれる……?」

 くす、と微かに笑った。私は何も言えなくて、抱き寄せる腕に力を込める。汗ばんだ身体と思考が落ち着くには、まだ時間が欲しかった。

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