表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘儀  作者: 雨宮 桜花
1/2

前編

 ふと意識が醒めてしまって、いたずらに窓の外を見ていた。

 まだ明け方を迎えていない空に、細く千切れた月が微かな光を放っていた。日が昇る頃には、月はもう沈んでいるだろうか。

 そんな他愛もないことに思いを馳せていると、夜着を纏っただけの身体はひどく冷えてしまっていた。ほんの少しベッドを離れていただけなのだが、その僅かな時間でも芯まで貫くような鋭い寒さは、当たり前だが好きにはなれない。

 我に返って、逃げるように布団へ包まる。私のそばには、莉乃が微かに寝息を漏らして眠っていた。

「りの……」

 温もりを求めて、彼女を胸元に抱き寄せる。寒さで意識が冴えてしまって、しばらくは眠れそうにない。

 けれどそれだけ、莉乃の体温が心地良かった。

 彼女の豊かな髪を指に絡め、梳るように撫でていく。毛荒れなどとは無縁なほど滑らかな手触りは、私を夢中にさせて離さない。

「おねえ、ちゃん……?」

 ふと、眠たそうに蕩けた黒の瞳が私を見る。深く眠っていたように見えたが、やはりベッドに入り込んでしまった冷気が、意識を夢の中から解いてしまったらしい。

「ごめんね、莉乃。起こしてしまって」

「うぅん。今日は、学校に行くの?」

「寒いし、今日は行かない。まだ起きるのも早いし……、もう少し、このままでいい?」

「うん……」

 布団に包まれ、まだ眠り足りないらしい目で、莉乃はこちらを見つめる。そうしてふたつみっつ、言葉を交わして小さく頷くと、腕を伸ばして抱きつく。

「お姉ちゃん」

「莉乃」

 身体をこちらに擦り寄せる莉乃の頬は、少し赤に染まっていた。そのせいか、目を伏せてこちらを見上げる表情は、幼い癖に不思議なほどの色香を漂わせている。

「キス、させて……?」

 本来なら自重するべきなのだと理解はできても、それを前にして狂わされてしまう。我慢できずにそう囁くと、莉乃は自ら求めるように顔を近寄せた。

 彼女の小さな顎に指を添え、心持ち上向かせてから、小さな唇に口づける。

 触れるだけで睫毛が微かに震え、その奥に覗いた薄目は熱を湛えていた。単なる目覚めのキスには、少しばかり妖美に過ぎた。

「りの」

「んっ……」

 夜明け前の空気にすらかき消えてしまうほど、小さな声で名前を呼ぶ。それだけで、莉乃はくすぐったそうに身体を捩らせた。

 どうやら、キスだけでは満足できないらしい。もっと、とおねだりするように、強く身体を擦りつける。

 稚拙ながら、本人なりの誘惑なのだろう。その初々しさが狂おしいほどにいじらしく、それに応えて愛し尽くしてしまいたい。獣のような衝動は全く抑えられなくて、私は耳元にそっと囁いた。

「少し、激しくしてもいい?」

 返答を待つだけ、我慢することもできなかった。何かを言おうとした唇を塞ぐなり、舌を差し入れる。

 中は蕩けてしまいそうなほどに甘くて、熱い。震える身体を思い切り抱きしめ合い、唇を甘く噛む。薄い夜着だけを通して触れ合う柔らかな肌は、早くも興奮によって熱を帯びていた。

 こんな行為は、きっと間違っているのだろう。分かっていても、いや分かっているからこそ、とめどなく満たされてゆく幸福と一緒に、後ろめたい背徳感が入り込む。

 対照的に、まるで禁忌を愉しむように莉乃は舌を絡めてくれる。そのことがひどく、私を昂じさせた。

 狭く小さな口の中で、唇と唇の僅かな隙間で。互いに息が続かなくなるまでキスを交わしあってから、ゆっくりと唇を離す。

 満たされるばかりではなく、ひどく昂った余韻が身体を物憂くさせている。だけどそれは不快なものではなく、むしろ支配欲の満たされた達成感に近い。気が抜けた、というのが正確だろうか。

 私を見つめる莉乃の瞳は、夢見るように細められていた。まだ興奮が抜けていないのか、時折身体が震えている。

 抱きしめていた腕を少し緩めると、糸が切れたように胸元にくずおれる。限界まで追いつめてしまって、吐息は荒くなっていた。

 しばらく呼吸が落ち着くのを待って、唇の端から零れた液体を指先で拭う。

 とろりと緩んだ、嬉しそうな微笑み。まだ幼なすぎるくらい幼いのに、悦楽の味を知ってしまった表情は、ひどく蠱惑的に映る。

「……悪い子だね、莉乃」

「あ……、っ」

 もう一度、キスをする。先のように激しくはせず、唇に口づけた。

 莉乃は少し戸惑ったような声を漏らしたけれど、すぐに続きを欲してか舌を伸ばす。

 ただ、もう一度おねだりに応えるつもりはなかった。魅惑するような仕草は半ば無意識のことだろうけども、懲罰と自戒を込めて。ただ触れるだけに留め、そっと離した。

 求めに応じなかった意趣返しなのか、莉乃は隙間を埋めるように身体を寄せる。

「おいで」

「うん……」

 満たされはしたけれど、まだ抱きしめ足りない。外は寒くてたまらなくて、何より起きるには早すぎた。

 莉乃の体躯は、小さくて、柔らかくて、そして暖かい。

 私の一番大事なもの、私の最愛のもの。私の側に居てくれるだけで安心できて、覚めてしまっていた意識は、莉乃に手を引かれて夢寐へと誘われた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ