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8.やっぱり「美女」と呼ばれたいのです。

 突然ですが、田舎育ちの私は声をかけられたら基本的に立ち止まります。なんせ出身地は観光地。老若男女、国籍問わず、道を聞かれるのは日常茶飯事です。とはいえ外国語での道案内は不可能なので、基本的にお連れすることになるのですが、その間の会話のキャッチボールが微妙にしんどかったりするんですよねえ。


 就職活動で東京に来てみて、初めて「すみません」と声をかけても立ち止まってもらえないことを知りました。そしてキャッチセールスの恐ろしさを知ることになるのです。やっぱりツボとかエステのチケットとか買わされるんでしょうか。いつかついて行ってみようかな。


 というわけで本日のお題は、中国の道ばたで見知らぬ相手に声をかけるときにはどうしたらいいかというお話です。ほら、道に迷うこともきっとあるでしょうからね。


 むかしむかし、それこそ1980年より前くらいの中国でしたら、『同志(tongzhi)』と呼んでOKだったそうです。けれど今では気軽に『同志(tongzhi)』と呼びかけられない言葉になってしまいましたよね。(第2話参照)


 それじゃあ何て声をかけたらいいのかなあなんて思ったりしませんか?

 疑問に思ったら早速、先生に聞いてみましょう。ちなみに私の授業、そのときそのときで私が疑問に思うことを、手当たり次第聞いております。一応先生オススメの教科書も購入していますが、1度もページを開いたことはありません。何というムダ金!


 「先生、私が道に迷ったとしますよね。それで私と先生が見知らぬ人同士だったと仮定して、そういうときは何て声をかけたらいいんですか? 」


 日本語みたいに、ちょっとすみませんっていう感じの言葉があるのかなあなんて思いながら聞いてみましたところ、先生はドヤ顔で答えてくれました。


「ふふふ、そうですね。石河さんが私に声をかけるなら、『美女(meinu)』って私のことを呼んでくれてもいいですよ」


 まさかの上から目線で、美女発言がきました。ということは私も道を歩けば、『美女(meinu)』呼ばわりしていただけるのでしょうか。おお、ナンパされてるみたいなむずがゆさがありますね。それ、本当に私に言ってる? 振り向いて違う人に声をかけてたらどうしようというあのドキドキ感が味わえるのでしょうか。


「残念ながら、石河さんは私より年上だから『大姐(dajie)』ですね。いやギリギリ『美女(meinu)』でも大丈夫かな?」


 まさかの大きいお姉さん発言きました。ギリギリって、爽やかに年増扱いが酷すぎるのです。なんでですか、先生! 私だって『美女(meinu)』がいいですよ! そりゃあピチピチの女子大生には負けますけど、まだいけるはずです!(何が?)


「石河さん、『美女(meinu)』っていうのは、女性が若い女性のことを呼ぶ言葉です。男性が『美女(meinu)』と呼びかけるのは良くないですね。そんな風に女性を呼ぶのはしつこいキャッチセールスの男性たちくらいですよ。もし男性にそう言われても、誰も足を止めません。若い女性は危機意識が強いですからね」


 中国にもいるんですね、キャッチセールス! そしてやっぱり声をかけるときには「ちょっとお姉さん」ということなんですね。ほほう。でも先生、私は『大姐(dajie)』はそれでもやっぱり嫌ですよ。『美女(meinu)』って呼んで欲しいです。


「別に変な意味ではないんですけどね。中国北部では、結婚しているある程度の年齢の女性のことは『大姐(dajie)』、うんと年上の白髪が出てきた女性なら『阿姨(ayi)』と呼びかけるのが習慣なんですけれど。石河さんみたいに嫌がる人もまあいますし、はっきり年齢がわからないときは『请问(qingwen)』と呼びかける方がいいかもしれないですね」


 なあんだ、先生、そんな便利な言葉があるなら別に全部『请问(qingwen)』って呼びかけたらいいじゃないですか。日本語の「すみません」並みに便利そうです。そんなズボラな私に、すかさず先生はツッコミを入れてくれます。


「中国語では、相手を呼ぶときに相手の『家庭称号』で呼ぶ方がより親しみを感じるんです。いくら便利でも、『请问(qingwen)』で済まさない方が、相手との距離感はぐっと近くなりますよ」


 お茶を一口飲むと、さらに先生は付け足しました。


「それから中国語は、誰が誰を呼ぶかということがとても重要なんです。同じ言葉でも話者によって意味合いが変わります。例えば、『阿姨(ayi)』という言葉は、石河さんが使うと白髪のおばあさんくらいの年齢の女性を呼ぶことになりますが、一方で子どもたちは自分より年上の結婚した女性のことはみんな『阿姨(ayi)』と呼びますよ。まあ、最近はちょっと年が離れた女性でも独身なら『姐姐(jiejie)』と呼びかけた方が喜ばれるんですけどね」


 わお、こういう点は日本も中国も同じですね。自分にも覚えがあります。今は結婚して子どももいますので、自分から「おばちゃんはね」なんて子どもたちに話しかけていますが、20代後半の独身の頃は、自分のことを「おばちゃん」だなんて呼びたくありませんでしたもん。美人の友人が、さらりと「おばちゃんはね」なんて子どもに話しかけているのを見て、やっぱり美人は懐がでかいと思ったものです。


 ちなみに先生、見知らぬ男性に声をかけるときにはどうしたらいいんでしょうか。


 今日一番の笑顔で、先生は答えてくれました。


「若い男性なら『先生(xiansheng)』年配の男性なら『大叔(daye)』ですね」


 おや、男性の場合は覚えるものが少ないみたいです。これは灰色の脳細胞を持つ私にはありがたいことです。しかし、もちろんそうは問屋がおろさないのです。


「そうそういい忘れていましたが、発音には注意してくださいね。『大叔(daye)』の後半を上げ調子(=二声)で発音すると、『黒社会』の方々の意味になりますよ」


 『おじさん』と声をかけたつもりが、まさかの『おやっさん』とか『オヤジ』というヤクザな意味になるなんて怖い…….。そして語尾上がり気味な日本人は、きっとそう呼んじゃっているんだろうなあと思ってしまいます。


 それにしても本日も先生は絶好調なのでありました。

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