32.安全講習は人によっては不安全
一部、過激かつグロテスクな描写がございます。生理的に苦手な方はどうぞご注意ください。
夏と言えばホラーの季節ですね。というわけで今回は、背筋がぞっとする話をいたします。けれど恐ろしいことに、これはお化けや幽霊の類の話ではないのです。グロい描写が苦手な方は、ご注意ください。
中国では、企業や学校などで安全に関する講習が義務付けられています。いきなり、「明日は消防署から担当の人が来ますから、ちゃんと参加してくださいね」って通達が来るのです。中国の予定は、会社も学校も突然決まります。明日やります、明日行きますというお知らせは、日常茶飯事です。逆に言うと来週以降のアポイントメントはお願いしていてもあっさり忘れられることが多いのです。まさに今を生きる方々だと言えないこともないですね。
さて、中国在住時に受けた安全講習は今でも私のトラウマになっています。もう二度と参加したくありません。当日の体調が良くなかったのも運が悪かったのでしょう。何もわからず消防署のお姉さんの目の前に陣取った私が馬鹿でした。あまり中国語ができないので、基本的に声がよく聞こえる位置に座るのが私の癖です。英語もそうなのですが、母国語ではない言語は音が大きい方が私は理解しやすいのです。恥ずかしがって後ろに座ると、何言ってるか理解できないですもん。そして始まる安全講習。ええ、私は知らなかったのですよ。企業や学校で、消防署がどんな安全講習をやっているのかを。
いきなり消防署のお姉さんはパワーポイント片手に演説、最近の火事についての話が振られます。火事の原因は、タバコの不始末や子どもの火遊び、そして台所からの失火が多いのだとか。そういえば、この間も大きな火事があったなあなんて思いながら話を聞いていると、台所で燃え盛る中華鍋の写真に映像が変わります。(上海は高層ビルが多いので、火事になると大変です。また中国の北のほうは乾燥しているので、火事になるとなかなか消火できません)
そして燃え上がる中華鍋にどう対応するか聞かれたのです。うーん、土をかぶせて酸素が行き渡らなくするのが良いのだけどまずそれを中国語で説明しにくいなあなんて思っていると、水をかけて良いか聞かれました。これはその場にいた全員が、ダメだと口々に答えます。その答えに満足そうなお姉さん。にっこり満面の笑みでパワーポイントを切り替えました。映るのは全身がケロイド状態になり真っ赤に爛れた人体です。ひっと思わず悲鳴をあげる私をよそに、周囲は涼しい顔。さらにお姉さんは、この写真の人物はこんなに可愛い少女だったのだと別の写真を映します。わかります。言いたいことはわかるんです。不用意に油が燃える中に水をぶち込めば、一気に高温に達した水蒸気に炙られて危険だということは理解できるのです。でもね、なぜにこんなに本物志向なの。
その後も出てくるリアルなお写真の数々。お姉さんは外国人の私にもわかるように、簡潔にわかりやすく教えてくれます。「化繊の服は一気に火が燃え広がるので近づくのは大変危険です。服に火がついて大火傷をしたら、服を無理に脱がせてはいけません。そうでないとこうなります」と言って見せられたのは、またもや火傷をした少年。先ほどとは別の写真です。実際、ひどい火傷の時は服を無理に脱がせてはいけません。皮膚がめくれてしまいますから。
その後も指が欠損した写真を見せられたりと、火事の怖さを散々味わったところで何が始まるのかと思ったら、実演販売です。油の入った鍋にかぶせて消火することができる特殊な布。自分を覆えば、火事の際の避難に役立つと力説される商品は、瞬く間に参加者によって購入されていきます。安全講習って言うより、ここだけ見るとテレビショッピングです。
次に見せられるのは写真ではなく映像。高速道路で自損事故を起こした男性の映像です。事故後も車から離れずうろうろしていた男性、危ないなと思っていた次の瞬間、後ろから走って来たダンプカーと事故車両の間に挟まれ轢死しました。私は一人吐きそうでしたが、周囲はやっぱり平然としています。みんなどうしてあんなにタフなんでしょうか。その後は事故車両から離れず乗り続けた結果、炎上し死亡した家族の写真などが見せられ、もう私は具合が悪くて倒れたくて仕方がありませんでした。その後は、発煙筒やライトなど、車両事故用のグッズが紹介、販売されていました。やっぱり映像付きのせいか、結構売れるのですよ。
それにしても私は、思うのです。この写真の相手にちゃんと撮影許可はとっているのかと。撮影許可を取り、この写真を使用することで被害者にお金が入っていれば良いのですが、絶対無断転載ですよね、あれ……。リアル志向すぎる安全講習は、グロ画像がダメな人間にとっては恐ろしい講習です。時間にして、一時間〜二時間続きます。長い。
ちなみにですね、以前に中国のバスで見た「子どもに火遊びをさせるな」というCMもインパクト大でした。画面が二つに切られていて、片方はライターで遊ぶ子どもがきつく叱られ、片方はなあなあで済まされます。その後、きつく叱られた子どもは順調に大きくなり、温かい家庭を持ち、三世代交えて楽しそうな食事をします。なあなあで済んだ子どもは再び火遊びをし、家は全焼、家族は自分以外死亡、経済的にも困窮し、家族写真の前でただ一人質素な食事をするというCMです。内容がわかりやすく、かつ日本のCMや教育よりもストレートなんですよね。
でもね、実際にこの講習の教えてとしてはその通りなのです。今一度、ご自宅や車の中に防災グッズがきちんとあるかご確認してくださいね。備えあれば憂いなしは、まさに事実なのです。




