記憶のやって来た日
作者がのんびりと書いている小話をのんびりと投稿していきます。よろしくお願いいたします。
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◇記憶のやって来た日◇
私は、茶師のクアダン。
ドクダミ沢からヨモギ林を巡って、燻した葉の茶を売って暮らしている。家は、アラカシヶ丘のてっぺんにある大岩で、とにかく頑丈なのが売りだ。
嵐が来たってうんともしないし、家ん中で燻しをしたってすんとも言わない。前に住んでた楠の家は、ボヤを起こして追い出されたからなぁ。
閑話休題。
そんな私に前世の記憶が蘇ったのは、雨のザーザー降るシケの月のことだった。
どうでも良いことだが、雨が降ると私はどうもご機嫌になる。
特別、雨が好きってわけでもなくて、窓の外の雨降り模様を眺めながら落ち着ける家の中でのんびりと茶を啜るのが好きなんだ。
で、なんでだか思う、今日は仕事に行かなくて幸せだなぁって。
昔っから、これが不思議だったんだ。だって、私は雨の日に外で仕事したことなんて一度もないんだから。
それに"仕事に行く"っていうのが良くわからなかった。
そんなことを考えながらシケの大雨を眺めていたら、突然前世の記憶が降ってきたんだ。
私が前世で見た最期の記憶。
ザーザー降りの雨と眩しい光。
私は、郵便局員だった。お客の家と家をバイクっていう赤い乗り物に乗って回って、テガミっていう便りを配るのが私の仕事だった。
前世の最後の日はシケの月みたいな大雨で、私は仕事したくないなぁと思いながら出勤した。
そして、死んだんだ、雨で視界の悪くなったトラックにひかれて。
ポチャンと手元の湯呑みから音が聞こえた。
知らぬ間に溢れ出た涙は、頬を伝ってお茶に溶け込んで行く。
鼻の奥がツンと痛む。
ああ、今日は絶対に仕事をしないぞ。
意地でもしてやるもんか。