09 鑑眼 - 供えるべき物と備えない者
メインPCのご臨終が確定的に明らかになったので、今回から全文を携帯からの投稿になりますた。
推敲が難しいので多少、読みづらい点や誤字脱字があるかと思いますが、生温かい目で見て下され。
ラトリグは、ガザットの肩に両手を乗せて再会を喜んだ。旧知の仲と言う話だったが、ラトリグは六十過ぎ、ガザットは四十半ばと外見上は年齢に一周りほど違いがあったので、同世代の知り合いと言う事では無いらしいと、暁は観察した。
二人がある程度の連絡事項を確認した後、間合いを見計らったロナーがガザットに話し掛けた。どうやら無能組の方をチラチラと見ながら話しているところから、暁が頼んだ事が伝えられているものと思われる。
「チカラを授からなかったと言うのは、そなた達か?」
ガザットの発した言葉はこの世界のものだった為、暁は思わず頷きそうになるのをギリギリで堪えて、他の三人に反応してくれるなよと心の中で祈りながら、ラトリグの方に向き直した。
「女神の加護を得られなかった不運な者達か?、と聞いています」
「はい」
「中古の、それも廃棄予定の物で構わぬとの事だが、それは誠か?」
「騎士団の皆様がお使いの物など、我々には一生縁の無いものだと思っていました。
高価な物をお借りしましても宝の持ち腐れ、扱う技量を持ち合わせておりません。
ましてや我々は女子供、騎士様のような大きな重い物を扱うのに適しているとも思えません」
ガザットは暁の見解を聞き、『ほぉ』と感心した呟きを漏らした。自分の部隊には居ないが、貴族なら質よりも装飾の豪華な、実力をより大きく見せたい者はそれ同様に大振り得物を欲しがるのが常。
しかし、目の前の成人を迎えたばかりに見える青年は、実に地に足の着いた考え方をしていた。
「だが、本当にに良いのか?」
「はい、幸いにも元の世界で研ぎの技術は習っていました。多少のモノならなんとかなります」
「ほぉ、職人とな?その年で其処まで言い切るとは余程だな」
中世ヨーロッパでもそうだったように一角の職人は、在る一定の地位が確約され優遇措置が取られている。
大多数の人口を抱える都市ならば、それぞれの職のなり手も一定数いるが、地方の小規模の村などは引く手数多というやつだ。
例えば、鍛冶職人などは、村に無くてはならない存在だが、技術の伝達手段が限られている上に経済的にも貧窮する場合が多い。鉄の材料費やそれに反比例して村での仕事は、穴の空いた鍋や農機具の修理などで、決して実入りの良い職ではなかったのだ。
農機具にしても現代のように全部に鉄を践んだんに使った物は高価で、一般的な貧農である農家が所有出来るはずもなく、木材造りの物の土に触れる作業部分だけを鉄板で覆ったものであり、変形程度は各家庭で直して使ったりしていた。
職人のいない村では、近隣の村から来てもらうか、此方から修理品を持参して直して貰うしかなかったのだ。その為、集落が一つの『村落』として成立するのに自活出来るかどうかという点が重要であり、職人の存在は不可欠だが、僻地ではなり手が少ないと言うジレンマに陥っていた。
中世ヨーロッパでも同様で、それを解消する為に当時、存在自体が珍しい職人育成の『学校』がギルド主導で建てられた程である。当時、学校と呼べるものは貴族、商業ギルド、そして職人ギルドのものだった。
「良かろう、未熟者の訓練に使っていた物を下げ卸そう。後、短刀数本と言うのも構わぬが、弓は小振りの物しか無いが……」
「構いません。ただ、矢の方だけは、廃棄予定の物と言う訳にもいかないので、それだけはお願いします」
そう、暁が響を通して頼んでいたのは、武器の融通だった。
「なんか、すんなり借りれそうだね、山城ッチ」
「『狩りに使う為』。そういう名目なら、ある程度抵抗も少ないだろうと予想していたが、霧島を通して頼んだお陰かな?」
小声で話し掛ける青葉に暁は、そう返した。
「もしかして、霧島ッチに頼んだのって、断りにくくする為?」
「さぁて、ね」
「まぁ、恐ろしい子」
笑いながら青葉は評したが、その予想は当たっていた。暁達無能組の存在が、ある意味の引き金となり、クラス内カーストが暗黙の内に出来上がっていたのだ。絶対支配などと言う状態では無いが、魔導ランクの三名の発言権は自然と高くなっていた。
但し、霧島は川内と他に数名の小グループとして纏まっていたし、舞風は何処か他人から距離をおく人付き合いの仕方だったので、実質は時雨が行動指針を決める場合が多かった。
その内、ロナーが抱えた物をガチャガチャと音を立てながら近づいて来た。
そのまま、暁達の目の前の地面に置かれ、並べられていく。幅の広めの片手剣が二本とそれより一回り刃渡りの長い直剣が一本。小振りのナイフが八本。短弓と、それ用の矢が二十本。
ロナーに礼を述べてから、暁はまず剣を丹念に見て取り、直剣の方を若葉に渡して頷いた。
「片手半剣、バスタードソードってヤツだ。
振ってみてくれ」
若葉は軽く頷き返し、ゆっくり鞘から引き抜くと確かめるように『握り』を何度か返し、静かにという表現がぴったりする佇まいで下段に構えた。
微かな、それでいて深い呼吸が周りの無能組やロナーにも感じ取れた刹那、鋭い踏み込みと同時に一閃させた。
若葉は、一歩の踏み込みという瞬間的な合間に下段から右肩上に担ぎ止めて、袈裟懸けに振り下ろしたのだ。基本中の基本。流れるような一切の無駄も無く、それでいて無理のない動き。
暁以外の周りで見ていた者は息をのみ、目を見張り、その剣技に見惚れる者と反応はそれぞれであったが、基本中の基本である動作だからこそ、若葉の卓越した技能を剣の門外漢であっても否応無しに理解したのだった。
「印可は貰えたか?」
左側後方へと延びたまま静止する剣先。それとは反対に半眼のままで実際に切り倒した敵がまだ其処に存在するかのように前を見据える若葉。そのブレの無い残心に納得したように暁が聞いた。
「うん、この春に 」
印可とは、謂わば現代風の段級位制が無い時代の格付けである。
これは武術だけではなく職人や華道や茶道など文化系のものでも使われていた。流派によってそれぞれではあるが、若葉の家の流派は切紙、目録、印可、免許、皆伝、口伝の六種。大雑把に解説すると切紙は初級、目録は中級、印可は師範、免許は流派の道場を起こす事を許可され、皆伝は口伝以外の技を習得した事を意味し、以後独自の流派を興せる。
つまり、若葉はこの年齢で師範代としての技量を持っていると認められた事を意味する。それは段級位制で云えば最低でも六段以上に相当した。
「どうだ?」
「う~ん、刃渡りは大脇差くらいだけど、重さは打刀と変わらないから何とか扱えそうかな?
だだ、ちょっと『先重心』ね……振り止めが難しいかも」
日本刀の質量は八〇〇グラムから一.五キログラム程度だが、その二尺四寸(約73センチ)が平均と言われる刀身の丈から考えれば、西洋剣よりもかなり軽い部類に入る。しかし、その重さは一概に質量で変わるものではない。刀は振るう事によって本来の用途を満たすが、振るう事で遠心力と慣性の法則で飛躍的に重量が加わる為に重心によっては一キロの刀が一.二キロの刀より『重い』時があるのだ。
古き時代、佐々木巌流小次郎が物干竿と呼ばれた備前長船という長刀を使いこなしたと云われる。小次郎はあの時代には珍しい長身の体躯付きだった為、三尺余(約一メートル)と言われるの刃身は当時の平均的な身長の一般人には持て余しただろうが、彼にとってはそれほど苦もなかっただろう。
しかし、その長さ故に重心の場所によって扱いやすさの違いに大きく関わってくる。注目すべきは、彼が会得した『燕返し』である。正確な『振り止め』と『切り返し』を行える小次郎の技量と備前長船の重心の適性がどれほど高かったのかを物語っている点だろう。
剣先寄りに重心を置く『先重心』の剣は威力は増すがコントロールし辛く、逆の『手元重心』にすれば威力は落ちるが扱いやすい。
「まぁ、この世界の剣の思想は、圧し切りが基本みたいだしな。鋳物じゃ無く、鍛造な分だけマシだ」
「何が違うん?」
と、宣う若葉を暁がジト目で見返す。
「いや、ほら、使う身としては、自分に合ってるかどうかが重要であって……」
最後の方はゴニョゴニョと口の中の呟きに変わって聞き取れなかったが、暁の溜め息が今の感情を物語っていた。
「鋳造は型に流し込んで固めたもの、鍛造は叩いて鍛えている。鍛造は、その時に不純物をある程度飛ばして折れにくくするが、鋳造はどうしても硫黄なんかの不純物がそのままで折れたり、『刃切れ』を起こしやすいかな」
「へー、そうだったんだー」
「そうだったんです。
二人の方はどうだ?」
潮と青葉の方は、というと既に勝手に自分担当の武器を手に取り、興味深げに振り回したり、弦の張りを確かめていた。
「良いのか悪いのか全然、分からん……」
「短弓は、英国まで行って試して来た事有るから扱いは大丈夫~。でも、この弦と矢だと『薬練』が欲しいね~」
「なんか、聞き捨てならないセリフが聞こえたが……まぁそれは措いといて、薬練……松脂かぁ~。
一応、道すがら確認して大休止の時でも調達しよう。ただ、他の材料や調合は専門外だぜ?」
「それは、なんとかする~」
「できんのかよっ!?
もしかして、伊勢の流派の秘伝とかじゃないよな?」
「えへへ~良く秘伝だって分かったね~。山城っちってば、凄~い」
「薬練の製法が秘伝とか伊勢、お前んトコの流派は?」
「日置流左近派だよ~」
「思いっ切り、実戦派じゃねぇか!
道理でどっかの剣バカと気が合う訳……痛てぇぇぇ、若葉刺すなっ、刺すなよ!」
「若葉、おちゃめさん~」
「ほら、騎士団が動き出したぜ。俺達もいくぞ」
暁を先頭に続く女子組。武器を得た二人からは、普段の高校生らしい無邪気さは消え、その表情はどことなく引き締まって見えた。
「いや、俺、武器の扱いとか全然分かんのだが……」
潮の抗議を聞き流しながら、無能組が、そしてクラス全体が歩み始めた。
殆どの者が新しい世界への期待に多かれ少なかれ高揚感を募らせての出発だった。
凄惨な未来が、鋭い牙の連なった巨大な顎を開き、待ち構えている事とは知らずに――。