08 法則 - 外の世界への一歩
本腰を入れようとした途端に忙しくなるのは呪いかっ!?
「それ、どしたの?」
川内榛名が暁達の靴を見て、興味深そうに聞いてきた。
靴底となる部分の材質は木で、その裏側に外周と並行するように直角三角形のような形の楔形の溝を掘り、そこから側部に紐を通せる穴を穿って布を縫い付けたものだ。靴底の木材とそれを覆う布の接合部の縫い目が見た目には見えないように、つま先側の裏地から縫いつけ、それを引っ繰り返しながら周囲を縫い渡した。本来ならその外周を押縁と呼ばれる革で補強し、その押縁をもう一枚底革で繋ぎ止めれば、ハンドソーン・ウェルテッド製法と言われる現代でも通用する革靴の製法になる。近代に工業化が進み、ミシンを使って製造されるグッドイヤーウェルテッド製法の一歩手前の技術だ。乏しい材料の中で簡素だが技巧を凝らしていると言える。
暁は一晩でこれを四人分仕上げた。時間や材料が有れば、もう少し元世界に近い『靴』と呼べる物が出来たが、無い物強請りをしても仕方が無いときっぱりと諦めていた。
「良い子にしてたらクリスマスにサンタがくれた」
「何、そのアメリカンジョーク的なのは?
山城君が作ったの?」
「お前等は魔法があるから狩り自体はそんなに激しく移動しなくても良いだろうが、俺達は動いてナンボだろうからな」
「ふーん」
「ただ、これからかなりの距離を歩くかもだから、靴はどうしようもないが靴下代わりの布を足に巻いて、少しでも靴擦れを防止した方が良いぞ」
暁達の足元は、つま先からゲートルを巻いたような揃いの格好になっていた。
「なんか、上の服装とちぐはぐ過ぎて、なんて言うか……ファンキー?」
川内は軽く首を傾げながら、そんな感想を述べた。
「なんで疑問形なんだよ。意外か?」
「ヒビキ君は、君の事、器用な人だって言ってたけど、こんなの作れちゃうんだぁー。山城君とはあまり話した事無かったけど被服系希望なの?」
「いや、違う。けど、一応、そっちも多少関わりのある分野なんでサラッと基礎位は勉強してる」
そんな風に当たり障り無く答えたが、暁の言う『勉強』とは、とある事情からとんでもなく深いものだった。
「それにしても、『お前等、そんな装備で大丈夫か?』」
「ん?」
「えっ?」
響と榛名は、何の事を言われたのか判らずに戸惑った。
「ほら、これ」
暁が示したのは、その肩から掛けられた皮袋だった。
「山羊の胃袋を加工したこの世界の水筒。
お前等、道中の飲み水、どうするつもり何だ?」
思いもよらぬ事に問われた二人は呆然とした。確かに足まわりの事も有るが、旅支度など一切していなかった。よく見れば、無能組は全員それぞれ厚手の布を丸めて担ぎ、それに加えて潮は少し大きめの鍋を担いでいる。
「マリシェさんの話では、俺達の分の食糧は神殿から騎士団の人に渡して預かって貰うらしいが、それ以外には何も聞いてないそうだ。
気候的に日本の初夏って感じだけど、夜はまだ寒いだろ?雨は少ないらしいが、もし降られでもしたらキツイぞ」
「……マジかよ?」
「そう言えば、敷波の奴が水の魔法使えたんだっけか?あれを飲み水に出来たりするのか?」
「出来無くは……ない。だけどMPみたいなものか使用回数に制限があるのと、時間が……」
「時間?」
「水魔法の場合は、少し時間が経つと消えてなくなるのよ」
言いよどむ響に代わって、榛名が答えた。
「なんだそりゃ!?」
「体に入っちゃえば、そのままみたいなんだけど貯めて置いとくと、なんかこう煙みたいに、ぽやーと?」
「だから、なんで疑問形?
でも……成る程……魔法に起因して発生させたものは、通常の分子結合じゃ無い可能性が高いって事か。
それは魔法、魔術、魔導全て共通なのか?」
「魔術は分からないが、魔導はそんな事ない……ような気がするな」
「そぉーいや、霧島は魔導系だったか?」
「ああ、使い所が今一微妙だけどな」
響の能力は、霧を自在に発生させる事だった。時雨と比較しても名に因んだ能力と言う事でも無く、只の偶然が重なっただけだろう。
本人は、直接的な攻撃型の能力ではない為に『微妙』と言ってはいるが、魔導系と判定されただけあって、その効果範囲、制御において絶大で、濃度にしても『一寸先は霧』と言えるほど視界ゼロを作り出す等、自在にコントロール出来る。その上、霧の中の動くものは全て影絵を観るように感じるらしい。
暁はこの能力を聞いた時、『攻撃型より、よっぽど使えるじゃん』と率直な意見を述べた。事実、感知型の魔法力を所有している者は数的に少ない。響の場合は、その上、対象の知覚阻害も兼ねている。但し、魔導クラスと言うだけあって制御と範囲の関係上、膨大な魔力が必要で確かに使いどころが難しい。
「それにしても魔法ってのが、三種類に分別されるとは思わなかったな」
基本的に魔法、魔術、魔導はそれぞれ発動原理に違いがある。
魔法は、自分の持つ属性を自分の周りの自然界に存在する中から方向性を指示してやるもの。その分、自分の身体自体を一種の依り代とする。同時に触媒代わりとなる魔力は多めに消費する。威力も弱く、範囲も狭いものが殆どだ。
魔術は、いわば魔法の感覚的、感性的な部分を呪文により制御する事により魔力の消費率は魔法より減り、効果の上昇が見られるが使用者の資質が限られる。
そして魔導は、魔法や魔術から一歩外れた存在だと定義されているらしい。
実際に理読みの水晶で判断されるだけで魔導自体の解明は、その圧倒的数の少なさで進んでいないのが実情と、響は自分について指導してくれた神官から聞いていた。
響達とそんな話に興じていると別のグループがざわめきだした。街道の先を指差している者もいる。
二頭の馬……らしきものに乗った軽兵装の兵士らしき者達が軽快に駆けてきて、こちらの集団の前に降り立った。
「我等は、王国騎士団ローディヴァル隊隊長であるガザット・ローディヴァル子爵が家臣、ロナーとフェイイット。先触れとして参りました。
この度、護衛の任を請け此方に赴きました宗、取次をお頼み申したい」
実に簡素だが形式に則った その口上は簡素ながら必要最小限でまとめられ、先触れに遣わされる末端の兵士の質の高さを物語っている。
暁達の元の世界の中世ヨーロッパにもこういった先触れは無論存在していた。隣国だけでなく、近隣領地とも争いが絶えず、農民の虐殺や生産物の略奪などは相手の兵站、牽いては資本力を削ぐ有効な手段とされていた。目的が移動だろうが訓練だろうが兵を動かす事で緊張を招く為に、このような『先触れ』は必至だったのだ。
「ようこそおいで下されました、歓迎致します。私がこの神殿を任されております神官長のラトリグと申します。
こちらからの急な申し出、受け入れて下さり感謝の念に堪えません。
訓練後に慌ただしく立たれたことでしょう、ご休憩なさいますか?」
「いえ、これも騎士団の役目、お気遣いは無用です。
それでは……」
「それでは私は本隊へ知らせに戻ります」
ロナーは水を向けるように目線で合図するとフェイイットは頷き、一言つげると颯爽と馬…らしきものに乗って元来た道に駆け出した。
その後、ラトリグはロナーに今回、神殿側の同行者兼通訳のセルエスと言う青年を紹介に移り、その後に時雨を引き合わせていた。 クラスについては大人数の為に各個人の紹介は無く、代表して生徒の内から魔導使いの二名である響と『鹿島 舞風』という女生徒が引き合わされていた。
その時、響は暁から頼まれていた事を忘れてはいなかったようで、大きな動作で暁達を呼び寄せた。
「そなた達が勇者と同郷にも拘わらず、不運にも魔法力を授からなかった者達か?」
ロナーは年は四十代半ばといったところの如何にも前線で戦う兵士と言うべき体格で、肌は日に焼け浅黒く、短めの赤みがかった髪が良く映えていた。
「……はい」
ロナーの会話の内容を理解しながら、敢えてセルエスに通訳してもらい、返事を日本語で返す暁。
「そうか……要望のあった件については私から隊長に話してみよう。
……何事も腐らずにな」
どうやら同情されたようで四人は内心、微妙な気持ちになりながらも表情には出さず、礼を言って頭を下げた。
正直言って、今まで経験も無い魔法が使えない事を憐みを持って見られても、実感も何も無い。悔しくないどころか、魔法を使える事自体、厄ネタにしか思えなかった。
天の采配かどうかは分からないが、無能組の四人は良くも悪くもマイペースで高い順応性を示していた。それは天性の資質ではなく、それぞれの家庭環境が一般的なものと違っていた為に自然と培われたものだった。特に男子コンビは決して幸福とは言えない過去を乗り越えてきた。その過去の教訓が必死に危険を避ける為のアンテナであり、習性でもあった。
そんなやり取りの後、又しても生徒の中から歓声とも呼べるような声が上がった。フェイイットの駆けて行った先から、こちらにゆっくりと向かってくる騎士の一団の姿を確認出来たからだ。
フルプレートアーマーでその身を固めたファンタジー小説の勇。それを実際に目にして生徒たちが盛り上がるのは、ある意味において必然と言えた。
「あの隊の中央付近の銀の鎧を着ていらっしゃる方が、我が主です」
セルエスの声を通じて伝えられたロナーの言葉に反応して、暁達はその方へと目を凝らす。
その時、その話題の主である銀鎧の頭は冑で覆われていたが、暁は此方を見ているような気がした。
それが後々、関わりの深くなるガザット・ローディヴァル子爵との邂逅だった。
お読みいただき感謝です。
本編の『王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-』
http://ncode.syosetu.com/n4997cj/
も、よろしくお願いします。
2016年02月14日:初出