07 刺衝 - 誘い水、時々三文芝居
再開です
「人参が好物なんだ」
「ああ、盗んで来てでも食べさせるよ」
「山城っ!芽が出てるっ!」
壺を覗き込んでいた潮がハイテンションで告げた。
「いや、まだ二日目だから芽じゃなくて、それ根な」
「そうなのか?」
暁は、甘味の話の後、直ぐにマリシェに麦を分けてくれるように頼んでいた。
ある程度、容易に手に入るものは、春撒き用の燕麦と秋撒き用のライ麦の二種類有り、暁は発芽温度を考慮してライ麦の方を選んでいた。その麦を借りてきた壺の底に敷き詰めて水を満たし、発芽を待っている状態にしている。
そして潮は、その甘味作りへの協力を積極的に申し出ていた。
「何か、面白そうな事やってんだな」
霧島響が潮の愉しげな表情を見て、苦笑いがちに呟いた。
「理科の実験さ」
「科学じゃなくてか?」
「ああ。
それで話って言うのは?」
この場には、青葉と若葉も同席し、響は川内榛名も連れ立って来ていて、総勢六人がこの小さな二人部屋にひしめいている。
しかし、余計な発言をしたくない為に女子チームは会話を暁に任せていた。
「時雨ちゃんがラトリグ神官長に抗議……って言うか要望の話合いに行って来た。
それでな──」
◇
「……食事の改善……ですか?」
ラトリグは困惑した表情をして聞き返した。
「大変、心苦しいのですが、子供達は皆、食べ盛りでしょう?栄養の観点から見ても現在の食事では……お判り頂けますわよねえ?」
時雨のどこか品を付けた話方にラトリグは、内心不快に感じてはいたが決して面には出さなかった。穏やかな表情で『成る程、成る程』と頷いてみせた。
「ただ、我々も自分達の僅かな畑と近隣の村々からの寄付、それに神殿に詣られる方々の寄進により生活を支えられてはいるのに過ぎない事を御理解いただけたら幸いです」
「……そうですか……」
微妙な間合いの両者の沈黙の後、ラトリグの方が思い出したように告げた。
「皆様の魔法の力を活用しては如何でしょう?」
「と言うと?」
「此処より西南に二日の所に大きな森が在り、鹿や猪が多くなりすぎて近くの村の農作物を荒らして困っているそうです。
その農害となる動物を狩れば肉も入手出来る上、村の者から感謝される事でしょう」
「……その……狩りって……動物を殺す……のですよね?」
「……」
「……」
「はい。
野菜ばかりでは皆様の口に合わないようですし、他にこれと言って思い付く物は有りません」
「成る程、一石二鳥という訳ですか……ですが私達は地理に不案内な上、こちらの世界の言葉も分からないのですが……」
「実は王都に駐在する騎士団が近くで演習に来ていまして、その長と私は旧知の間柄です。
勇者様と同郷の皆様の道案内と道中護衛を頼めるかも知れませぬ」
「……そ、そうですか」
「ただ……」
「ただ?」
「彼らは兵士であり、狩りについては専門ではありません。その宗、お気に留め置き下さる事をお願いします」
◇
「そんな訳で肉を求めて、狩りに行くらしい」
「へぇー、果たして葛城先生に動物を狩れるのかねー?
という疑問は別に、それがどうしたんだ?俺に話を持ってきた理由は?」
「一緒に行かないか?」
「……なんで?
魔法使えない俺じゃあ、役にたたなくね?」
「捕った獲物の所有権は、狩った奴の権利で好きに出来るって話みたいだ。
他の奴らが行かないオマエ達に分配するとは思えない。せめて俺達についてくるなら、ある程度分けてやれると思うんだが、どうかな?」
「……成る程、これが狙いか……」
「ん?狙い?」
「いや、こっちの話だ。
参加は、能力者の全員?」
「いや、目の悪い何人かは不参加だ」
「あー、眼鏡かぁ」
この世界に文字通り身一つで転移して困った事になったものの一つに眼鏡やコンタクトレンズを失った事である。
進学率の高い高校だけあって眼鏡使用率は高かった。殆どの者は、それ程日常生活に問題は無いが、中には裸眼視力が0.01以下で殆どまともに見えない者も数名いた。
「でも、野生動物を相手に狩りするなんて……スゴイデスネ」
「なんで最後、カタコトなん?
つーか、ヤッパリ難しいか?」
「勢子って言って、追い立て役が居るならまだしも、自力で獣を探して魔法で射抜くんだろう?
こっちが近づく前に逃げられるんじゃね?」
暁の見解に唸り声を上げて響が黙り込んだ。例えば、これが魔法ではなく、銃だったとしても同じだろう。碌に経験や修練を積んでいない者がそう簡単に野生動物を狩れるものでは無い。当たり前である。
「俺は参加したいと思うんだけど、みんな、どーする?」
頭を抱える響を前に、暁は数瞬考えた後に他の無能組に聞いた。
「私は構わない……けど、刀がないと……」
「いいよ~。
でも、アタシも弓が無いと只のダメ人間だよ」
「と言う訳で扶桑も強制参加な」
「そりゃあ、いいけどさ。俺も狩りなんてやったこと無いから役立たずだぞ」
「オッケーオッケー、無問題。
それで霧島、頼みがある」
◇
「やっぱ、こちらから言い出す事を見越してたのかな~?」
霧島達が去った後、青葉が暁に聞いた。
「多分、そうだと思う。
ただ、意図が今一読み切れねなぁ」
「と言うと?」
「何か有るとは思うんだが、それが魔法を使った実戦闘を自分達からさせる辺りに目的があるのか、それとも他に何があるのかサッパリだ」
「ひとまず対処しなきゃならない事って有る?」
「相手の思惑に不確定要素が多過ぎて、対応の練りようがないなぁ。
狩りの獲物については、日本と同じなら鹿は人を感じたら逃げる。猪さえ気をつければ、大丈夫」
「フラグか?」
「フラグだ」
「フラグだね~」
「オマエ等……嫌な予想は止めて」
暁は、目頭を押さえながら、愚痴った。
「あれは、どーする?」
根の出始めた麦を指しながら、潮は聞いた。
「マリシェさんに頼んでいこう。
芽が出たら朝夕に二回、水に浸けて笊で水切りすれば良いから。往復で四日から五日だとすれば、帰る頃には丁度いい筈だと思う。
それに用意に借りたい物も有るしな」
「用意に借りたい物って?」
鸚鵡返しに潮が聞くと、暁は彼の足元を指差した。
「そいつで往復四日も旅歩きした上に、狩りが出来ると思うか?」
「あー、靴かぁー。
確かにこれじゃ長距離歩くだけでもキツイわな」
暁達が履いていた物は、木の靴底に布の帯を渡しただけの簡素なサンダルのような履物だった。この世界の低所得者層の一般生活向けは、これが通常かも知れないが運動を主目的にした物ではないのは明らかだ。
「後、基本的に狩りは主目的じゃないからな」
「ん?
アキちゃん、それって、どゆこと?」
「外の世界がどーなってるかを確認するのが一番の目的かなぁ」
「あ~成る程~。確かにそれをある程度、掴まないとダメだよね~」
「それと、神殿の食事から考えて問題無いとは思うけど、異世界人の俺達がこの世界の肉を食べて大丈夫なんて保障も無いからな」
海藻類を消化吸収出来る酵素を腸内に持つのは、日本人特有という話がある。この世界にも特有の環境下で人間が適応しているかも知れない。それを持たない異世界人の我々には対応出来ない食べ物も在るのでは?と、暁は憂慮していた。
「ひとまず、肉食うわよ。
肉!」
「お~!!」
そんな暁の憂慮をどこ吹く風の本物肉食系女子達は、決意表明をするのであった。
◇
いくつもの丘陵。
草原。
その間を縫うように踏み固められた道が出来ている。流れる風は、元の世界と変わりない。どこか牧歌的な雰囲気で草原に寝ころびたい衝動に駆られる。
暁にとっては、修行中の馴染みの場所と多少、木々が少ないが遜色ない光景だった。中世ヨーロッパでは、木々を建材と燃料に大量に消費した為、著しい森林不足に陥ったが、この世界でも他の選択肢の少なさから同じ道を辿っていそうだと暁は考えていた。
響の話を聞いてから明けて翌日、朝から暁達四人はクラスメイト達と合流し、護衛の騎士団を待ちながら神殿を背後に初めての異世界の外界を満喫していた。
無能組である暁達への反応は様々で、これまでと変わりない者、明らかに蔑んで半場、存在ない者のように無視を決め込む者、態度を決めかねて、ぎこちない態度を取る者とに別れていた。周りから微妙な空気が漂ってくるのを何とはなしに感じながら、この生徒の中でどれほどの数がこれからの苦行を正しく認識しているのだろうと暁は疑問に思っていた。
『現地まで二日の行程』とラトリグは言ったそうだが、街道がある程度整備された江戸時代でも二日の行程といえば、距離にしても片道六十キロメートルだ。途中休憩を挿むと考えて一日当り十時間の徒歩。走り込みをしている運動部の連中ならまだしも、文化系や無所属の連中が丸二日歩き通しで、その後に獲物を追い駆ける事など出来るのだろうか?という点。又、狩り自体に関しても獲物の足跡等の痕跡を手繰れるノウハウを持つ者がいるかも首を傾げざる負えなかった。
「あら?山城君達も参加するのねえ?」
暁達に声を掛けたのは、正直に言えば今一番遭いたくない今期ナンバーワンの人物としてダントツのオッズを誇る葛城時雨だった。
「ええ、他の奴らの邪魔にならないように気を付けますよ」
「そうね、身の程を弁えてるのは良い事だわ」
「『身の程』……ねぇ、成る程。で葛城先生、動物愛護の活動は、お休みされたようですね」
時雨の表情が音が出そうな程、キッとなったのを見た暁は、即座に背を向けた。
突き刺さる視線を感じたが、暁は二度と振り向く事は無く、時雨も不機嫌を隠さずにその場を離れた。
「……こえー。険悪過ぎぃ。
山城、お前、時雨ちゃんとそんな仲悪かったっけ?」
「それが俺にも何で目の敵にされるのか、よく分からん。どういう訳か、こっちの世界に来てから敵意剥き出しなんだが原因が全く思い浮かばねぇんだ」
「つまり、元の世界からの鬱憤とか~?」
「進路は、もう中学から決まってるし、個人的に絡む様な事も無かったのに……昔の別れた元カレに似てるとか、どうせそんなオチだろ」
「アキちゃんは、本当に思い当たらないの?」
「全く……てか、何、その疑いの眼差しは?
マジで知らねぇーし」
「ううん、そう言う意味じゃ無くて、相手の思考の先を読むのが上手いアキちゃんなら、何か予想が立ってるんじゃないかなぁーって思っただけ」
「まぁ、何パターンかはな。
ただ、こればっかりは確証は無いし、其処まで深く知る必要も無いだろ?
放っておけばその内、構ってこなくなるだろ」
暁だけで無く、無能組の誰もが時雨の問題を同様に考えていたし、その対象が暁だけだと思っていた。
しかし、時雨の問題は無能組が考えてているより深く根ざしたものである事をこの時、誰も気付いていない。 実際には、面倒な事案の対処を先延ばしにしたに過ぎないのだが、その未来を予見しろと言うには若い暁達に多少酷な話ではある。
現実の世界に形となって芽吹いた小さな歪みは、後々、暁達にとって憂いを残す結果を向かえる事になる。
お読みいただき感謝です。
本編の『王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-』
http://ncode.syosetu.com/n4997cj/
も、よろしくお願いします。
2016年01月22日:初出