04 密議 - 狭き小さき部屋で
汝、人狼なりや
「マジかよ……」
暁の衝撃の発言で時間が止まった部屋で、始めに呻く様に声を上げたのは潮だった。
「根拠は?何かあるんだよね?」
若葉の促しに暁は、淡々と話し始めた。
「まず一番に引っかかったのは、神官長の『無能者が発現する確率が一割』という言葉だ。
これはある程度、統計を取れる程に召喚をやってなければ、言える答えじゃない」
「……え?
ちょっ、ちょっと待て!
……それって……
他の国じゃなく、この国が俺達を召喚したって事か?」
暁の考察に堪らず、潮が疑問を挟んだ。暁はそれに言葉では無く、微かに数回頷く事で肯定を示した。
「この疑いは、俺の限られた情報からの推論でしかない。もし、否定出来る要素があったら、幾らでも出して欲しいんだ」
「う~ん、スパイとかを使って手に入れた……っていう可能性は?」
「青葉の指摘は、無い話じゃない……というか当然あるだろう。
ただ、戦奴……つまり、戦争用奴隷とは言え強力な魔法使いの情報を簡単に洩らすとは思えない。なによりそんな詳細な統計情報を入手していながら、実際に大本の召喚術に関する詳細さえも解かっていないのが変だ」
「ふむ~、確かに」
「あの神託……だったか?神様に教えてもらった可能性は?」
潮の指摘に暁は、数秒考え込んだが首を横に振って否定した。
「それも同じだ。インターセプトの儀式関連の情報を授けた時と同時で無くて良い、後からでも帰還の方法の『神託』がある可能性の話を神官長が一切口にしていないのは何故だ?」
「……成る程、神様が神託をくれない事を既に知っている訳だ」
「ん?どゆこと???」
潮は一発で理解したようだが、若葉には理解出来ていないようだったので暁が丁寧に説明する。
「えーと、つまり神殿なんだから当然、神様主体の考え方になるよな?
仮に『神様がフェゼルシュタインって国が召喚の儀式をするから』と教えてくれる。それどころか多分、召喚の日にちだけじゃなく正確な時間まで教えてくれたはずだ。でなきゃ横取りの儀式なんて合わせられないだろ?もしかしたら、その横取りの儀式の方法まで教えてくれたかもしれない。つーか、神官長の口ぶりから考えても今回が初めてか、そんな感じだろう。
そこまで相手国の情勢や保持してる情報をそんなに正確に覗ける神様なんだから、今は何か事情があって無理でも将来的に教えてくれる可能性が有ると考えるのは自然じゃないかな?
ってより相手国を倒して手に入れるより、『そっちの方が早い可能性もある』って考えるのが普通だと思うんだけどな。なんせ、何人も生け贄に死なせても構わない程、全面的に信頼している神様だぜ。
その事に一切言及が無いのは、扶桑が言った様に神様がお告げをくれない事を神官長は既に知っているからだと思う。
この場合、なんらかの事情でもう神様と今後交信出来ないか、そもそも元から帰る方法がないのか二択の可能性が高い。前者なら一大事で俺たちに構ってる暇なんか無いだろう?そんな様子は見られない。
なら現状、後者だけが残る」
暁の説明の一つ一つに「うんうん」と相槌を打って聞いていた若葉だったが、最後の言葉を聞いて不満げな表情になった。
「成る程ね。それなら先に言ってた件も含めて、神様がどうの、他国がこうのってより、始めから一から十まで神殿が仕組んだ事って考えた方がしっくり来るって訳ね。理解したわ。
アキちゃん……全部吐け」
「え?」
暁は、幼馴染から昔の愛称で久々に呼ばれた事も含めて、若葉の言わんとする事の意図が理解出来ずに少々戸惑った。
「アキちゃん、最初に『一番気になった』って言ったでしょ?って事は二番とか三番も有るんでしょ?
全部吐きやがれ」
暁は両手を軽く挙げて降参のポーズを取るとすらすらと疑問に思った事を話し始めた。
「この神殿が主導で召喚したと思うのは、まずは由良の存在がキーだっだ。
風邪で休んでいる由良。本来ならあの教室から召喚されるのは、葛城先生を除き、由良を含めた四十名だったんじゃないかと思ってる。
先生にも確認したがこの中で誰か神殿関係者から『これで全員か?』と聞かれた記憶はあるか?」
三人はお互いの顔を見やった後、暁に向き直り首を横に振って否定した。
「先生も聞かれてはいないそうだ。俺もな。
仮にも初めて行う儀式で失敗の可能性を考慮せず、成功を確信している神官長に違和感を覚えたんだ。もちろん人数を神託で知ったっていう可能性も考えたが、さっき言った理由から却下だ」
「……それって……もしかして、元の世界が覗けてる?」
青葉の質問に暁は、彼女の勘の鋭さを再認識して頷いた。
「元々、何故大人数を召喚するとして学校の、それも正確に四十名もの人間を掻っ攫う位置を特定出来た?俺達の世界を覗き見ることの出来る何らかの方法が有るのは間違いないと思う。
だからこそ人数を把握出来ていて、俺達に誰かが欠けているかなんて聞く必要が無かったんじゃないかと思ったんだ。
後は奴隷の話だな」
「何かおかしな話だったか?」
「フェゼルシュタインって国は、戦争用の奴隷がいるのに普通の奴隷がいないと思うか?」
「普通にいるんじゃないかなぁ~」「いるだろ」「いるんじゃない?」と三者三様に述べた。
「ですよねー。
じゃあ、何でマリシェさんの村を襲った時、彼女達を連れて行かなかったんだろうな?」
「……まさか、そんな……でも、なんでそんなクソみてぇな事が……生け贄にする人間をここに集める為に自分の国の村を襲ったってのか?」
導き出された答えに潮は片手で顔を覆いながら吐くように聞き返し、女性陣も暗澹たる表情を顕にしている。
「似ていると思わないか?」
「なにが?」
「日本人は見掛け的に欧米人からは若く見られるらしいからな。洗脳とまでは言わないが、煽って乗せるのに子供は好都合だろ?」
「私達を誘拐した理由って、もしかしてそれ?」
「全部じゃないかも知れんが一つの要因かもな」
「……ねぇ、山城ッチ……これって詰んでない?」
「かなりな。
ただ、まぁ、最初にも言ったけど、これが俺の勘繰りってだけで偶然そんな風に見えただけで、本当に敵国が攻めて村を襲ったのかもしれないし、この神殿が単純に行為で俺達を救ってくれたのかもしれない。フェゼルシュタインに帰還の方法が有る可能性だってある」
暁は慰めにもならない言葉を述べたが、この場の誰もが信じてはいなかった。暁自身を含めて。
「で、これからどうするつもり?」
若葉は両手で頭を抱え俯きながら暁に聞いた。
「ひとまず、この件は他の連中、神殿関係者にはもちろんの事だけどクラスの連中にも絶対に話すな。仮定通りに自国の村を襲って、生け贄を平気で使う奴等だとしたら結果は見えてる。話をした相手も含めてな」
「時雨ちゃんにも話さないの?」
「それは余計にダメだっ!」
青葉の問いに強い口調でNGを出したのは、意外にも潮だった。
「魔法試射の時の時雨ちゃんの顔を見たか?
あれはヤバい。絶対にダメだ!」
「同感だ。若葉、お前にも経験があるだろう?実力が付いて来た頃、その力に振り回されて天狗になってた事。ありゃあ、あの状態だ。どうにもならん」
暁も潮に同調し、若葉は無意識に左腕を擦りながら、あの時雨の表情を思い出して軽く身震いした。
“自分もあの時、あんな顔をしていたのだろうか?”
そんな想いが若葉の頭の片隅に過ぎり、嫌悪感から来る身震いだった。
その高くなっていた若葉の鼻を左腕ごと圧し折ったのは、紛うことなく目の前の暁が振るった剣の結果だった。後にも先にも暁に剣で遅れをとったのはその一度きりだったが、その苦く痛い思い出がれが後に若葉の剣に対する姿勢を謙虚にし、さらに飛躍的に上達させる事になったのは皮肉か必然だったかは、彼女自身にも判断できなかった。
「少し、……クラスの奴等とは距離を置こうと思う」
暁がそうポツリと洩らした。
「具体的に何をすれば良いとかある~?」
青葉が聞き、暁が口を開こうとした瞬間、潮が「待て」と微かな声で人差し指を自分の唇に当て制止した。
素早く移動すると部屋の扉の前まで移動すると内開きの扉を勢い良く開けた。
「ヒィッ!?」
そこには今まさに扉をノックしようとしていた体勢のまま、驚いて小さな悲鳴を上げたマリシェの姿があった。
「あーごめんね、マリシェさん驚かせて。
扶桑の奴、トイレを我慢してたみたいで慌てて出て行くところだったんだ」
暁に対して一瞬不満げに何かを言いたそうに口をパクパクさせいてた潮だが、話を合わせる必要性に直ぐに気付いてマリシェに一言「すいません」と詫びて退室した。
「ごめんね~、不作法ものが多くて」
青葉にまで有らぬ濡れ衣を着せられる潮を可哀想に思いながら、もちろん若葉も否定はしない。マリシェも「イエイエ」と気にしてはいない様子だ。
潮も戻り、マリシェの淹れてきてくれた飲み物を五人で口にした。季節的に初夏とは言え、やはり温かい飲み物は心を落ち着かせる。薄いお茶のような色が付いているその飲み物は野草の煮出し湯で、この世界では一般的なものだとマリシェが教えてくれた。
そんなゆっくりとした落ち着いた雰囲気の中で暁がマリシェに切り出した。
「マリシェさんに頼みが有るんだ」
「ワタシ、デキル、デスカ?」
「この世界の言葉を教えてほしい」
それが四人の無能力者が、この世界で生き抜く為の第一歩だった
お読みいただき感謝です。
本編の『王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-』
http://ncode.syosetu.com/n4997cj/
も、よろしくお願いします。
後々微妙に絡み合ってくるような(ry
2015年10月21日:初出
2015年11月21日:誤字修正