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10 業間 - 持たざる者の目に映る景色

 道中は晴天に恵まれ、心地良い微風のお陰で然程暑くもなく、快適な徒歩の旅になる……はずだった。


 初めの二時間半程の道程は、まだ殆どの者が遠足のような感覚で小休止の際にも明るい表情も見えた。


 が、そんな表情もそこまでで、その後の二時間半の行軍後の大休止の時には、態々聞いて廻らずとも分かる程、食事も喉に通らなくなるまで疲弊した者がはっきりと見て取れた。


 そして現在。大休止後出発して一時間半程度で、脱水症状を起こし動けなくなる者や足のマメを潰した者、それまで酷くなくても水脹れになっている者も多くいた。運動部系に所属しているものは問題無かったのだが、文系や帰宅部の者には、やはり負傷者続出という惨状になり行軍を停止せざる負えなくなっていた。


 しかし、その中で全く疲れを見せない強者達もいた。


「行ったぞーー!」


 駆けながら周りの草を長めの木の枝で叩きながら大声を上げる暁。その風下で身を屈めながら待ち受ける青葉。


 立ち上がりながら同時に斜め前方からの弓の引き起こし。日置流の特色とも言える動作で、的を(しぼ)る。そして放たれた矢は、急に前方に現れた青葉に驚き、方向転換した獲物の進路を予知したかのような正確さで、その体を貫いた。


「ほぉ、見事なものではないか

 初手の牽制目的の修練しかしていない我々の弓の扱いでは、ああは行くまい」


 遠目でも獲物を射抜く様子を見たガザットは、そう評したが隣に立つロナーの表情は、どこか翳りがあった。


「どうした?何かあったか?」


 その表情を不審に思ったザガットが聞いた。


「実は、閣下のお耳に入れておきたい事が……」


 逡巡した後、ロナーが出立前に目にした若葉の剣技について語った。


「ほぉ、お前の目から見ても、それ程のものか!?」


「あの剣速と踏み込みを速さ、なによりその軌道の迷いの無さは背筋が寒くなる思いでした。あれほどの域に達するには、一朝一夕にはとても…」


「勇者殿の故郷は、戦の無い土地と伝え聞いていたが、なかなかどーして、大したモノではないか」


「はあ……ですが、魔法の加護を授からなかったとは言え、あれほどの剣や弓の技量を表に出さなかった思惑が解せません」


「……何かあると?」


「……」


 ロナーは()えて言及を避けたが、ガザットはそれ以上の追求はしなかった。


「今、分からぬ事にかかずりあっても仕方在るまい。それよりも現状の問題を考えようではないか」


 二人は、疲労と極度の脱水症状で動けなくなり、馬車の荷台に寝かされた者数名に視線を向け、大きな溜め息をついた。






 時雨とセルシスもその件で話し合っているようで、なかなか結論が出ないようである。


「その内、お呼びがかかるかな?」


 諦め顔の響が呟く。


「だろうな」


それに対して暁は、苦笑気味に応えた。


「どうしたもんかな?」


「どーするも何も送り返すより無いと思うぞ。多分、脱落する奴はまだ増えるだろうから、ヤバそうな奴は自己申告させた方がいいんじゃね?」


「確かにその方が最善かぁ~」


「……渋る奴がいそうなのか?」


「まぁ、いるだろうな。他にも無理を隠して行こうとする奴も」


「貧すれば貪す……というより群れからの逸脱による孤立を恐れてるだけか。日本人らしいな。

 お前のチームは大丈夫なのか?」


「ああ、お前達に引っ付いて水も分けて貰えたし、なにより事前に布を足に巻くように教えてもらっていた分、大分マシになったみたいだぜ、助かったよ」


 暁は、頷くように小首を傾げ、まるで大した事でも無いと態度で示した。


「霧島のチームは、お前以外女子ばっかだけど、体力の方は保ちそうか?」


 火を熾す為の薪になりそうな枯れ枝を集め、抱えて来た潮が問い掛けた。


「うちの子達は、ほとんどがついこの間までテニス部の現役の子だったからね。体力的には、まだ大丈夫」


 ドヤ顔で胸を張って答える榛名。


 響は、男子テニス部の、そして榛名は女子テニス部の部長をこの春まで任されていた。本人達は付き合っているとは公言してはいないが、云わば公認のテンプレカップルとして学内では有名だったりもする。


「焚き火の準備?騎士団の人がやってくれるって話だったんじゃないの……?」


 現在、響と榛名は暁達のチームの元にやってきていた。負傷者続出の為に急遽、行軍を中止してこの場で一先ず野営する事になったのだ。時間的に手持ち無沙汰になったのも合ったが、今後の方針を如何すれば良いか暁に相談する為でもあった。


「ある程度、他三人にも火の熾し方を見せておこうと思ってな。騎士団の人には断った」


「へー、やっぱり木と木をゴリゴリ擦り合わせたりするのか?」


「霧島~、お前、この世界の文化発展度見くびり過ぎだって」


「そうなのか?」


「ほら、こいつ」


 そう言って暁は自分の腰の得物であるバスターソードを鞘から半分ほど引き抜いた状態で二人に見せた。


「剣?」

「刀?」


 榛名のように西洋剣を見ていても、長物の刃物は全て(かたな)と総称してしまうのは、日本人の(さが)なのかもしれない。


「未開拓のジャングルや無人島に飛ばされた訳じゃねぇんだから、……ちゃんとこうして鉄を精錬する技術があるって事は、火打ち金が作れる事の証明なんだ」


「なる程、火打ち石か」


 響の解答に頷きながら、荷物の中から火打ちセットを取り出し響達に見せる暁。これもマリシェに頼んで用意してもらった一つである。


 現在の現実世界に存在するキャンプ用品としてのファイアスターターほど火花を飛ばせる事は出来ないとは言え、この世界に普通に製品として供給されている。もちろん、機械化による大量生産ではなく、ひとつひとつ手工業による生産だが。日本人にとって馴染みの深いのは某時代劇で火消しの親方が外出の際、奥方に厄除けに打って貰う物であるが、製品自体は全く遜色ないものである。


 但し、扱いには多少の熟れが必要な為、初めて使う者が簡単に火を熾せるものでは無いが、暁は初試行に拘わらず見事な手並みで火口(ほくち)に火をつけて見せた。


「おー」


「随分と……上手いもんだな……そういやぁ、野外用品にそういう火を熾す道具ってあったんだっけ?」


 榛名は感嘆の声を上げ、響も見事な手際に現実世界のキャンプ用品を思い出して、暗にキャンプによく行くのかと聞いた。


「ああ、ファイアスターターな。でもあれはマグネシウムが入ってるから、かなり火が着きやすいんだ。こっちのは多分、それなりにコツがいるんじゃないかな?」


「コツって……ホント、お前って、器用に何でもこなすな」


 苦笑い混じりに響が呟く。


「そうか???」


 響の感想に暁は不思議そうに首を傾けながらそう返した。


「それが青葉ちゃんが仕留めたヤツ?」


「ああ、さっきセルシスさんに聞いたら、この世界の野鼠らしい。普通に食用にしてるみたいだぜ」


「ネズミ……にしては、デカいな」


「大きいわね……」


「お前らの鼠のイメージって、実験マウスのハツカネズミ辺りが強すぎるんじゃね?

 確かに兎並みにデカいが、プレイリードッグみたいなのだって俺達の世界にはいたから、似たようなもんじゃないかな?それに……」


「それに、なんだ」


「雑食らしいが、主食は木の実が多いって話だから、見た目に反して肉は淡白で美味いかもな」


「へー」


「本来ならもう少し血抜きに置いときたかったんだけど、ウチの欠食児童どもが食わせろ食わせろって(うるさ)いんでな、晩飯だ。

 切り分けたら、そっちにもお裾分けだ」


 獲物自体は既にある程度の血抜きは済んで内臓を取り出した状態だった為、皮剥と肉の切り出しはさほど時間は掛からないと暁は踏んでいた。


「マジ?山城君、オットコマエー!

 ウチの子達も喜ぶよ!」


「いいのか?」


 不安そうに聞く響。


「ん?」


 それに対して意図が理解出来ずに暁が聞き返す。


「折角穫れた貴重な肉を……」


「ああ、保存の問題も有るんだ。

 一応、塩は持って来てるが、量が在る訳じゃないからな。変に腐らせるのも勿体無いねぇし、遠慮すんな」


「成る程、じゃあ有り難く頂くよ」


「おう」


 暁は女子チームを呼び寄せると、少し大ぶりのY字の木の枝の左右の両端に獲物である野鼠の後ろ足を蔓でそれぞれ縛り上げ、その枝を地面に突き刺し、逆さ吊りにする形にした。


 それから後ろ足の縛り上げた部分のすぐ下にぐるりとナイフの刃を一周させると足の内側を腹部に向かって皮に切り込みを入れ、皮と肉の隙間をなぞる様な感じで刃先を走らせ、見る見る内に皮剥の工程を勧めて行く。


 始めの内は“生き物の皮を剥ぐ”と云う行為に顔をしかめていた暁以外の全員だったが、何時しか、その流れる様な手捌きから目が離せず食い入るように見入っていた。


 結局、暁は正味十五分も掛からず頭を残し他の部分の皮を剥ぎ終えてしまった。


 その後、皮剥と同様にさして苦もなく関節部に刃先を滑り込ませ、前脚を切り取る。


「なんつーか、淀みがなさ過ぎて言葉も出ないわ」


 さっきまで青葉と薪拾いそっちのけで短弓で遊んでいた若葉が呻くように洩らす。


「こんなもんは慣れだ。

 この獲物は脂肪が殆ど無いから良いけど、鹿や、特に猪なんかは体格の大きさもあるけど、脂肪が多くてもっと手間が掛かるもんなんだ」


「脂肪があると大変なの~?」


「油分で刃の切れ味がすぐに落ちるんだ」


 青葉の問いに暁は答える。こういった話は実体験が無ければ、なかなか学習出来ない事で、暁の狩りの手伝いをしていたと言う話を図らずも実証する結果になった。


「後は食いやすいように切り分けだな」


「あっ、山城、俺やらしてもらってイイか?」


「ああ、じゃあ、俺達の口に合う味なのかまだ分からないから、一口サイズの半分か三分の一位の大きさで頼む」


「了解」


 引き受けた潮は、意外にも刃のストロークを充分に活用した刺身を切るような呈で切り分けていく。


「前脚一本分は霧島たちの分な」


「おけ~」


「はぁー、こうみるとホントにスーパーで売ってるお肉と変わらないわねー」


 榛名が複雑な表情で呟く。


「じゃあ、残りを騎士団の方に渡してくるよ」


「ああ、こっちの火の番は俺が見とく」


 そう言って獲物の残りを括り付けた枝ごと引き抜き、担ぎ上げた暁に潮が応える。


「なんと言うか、マメだな」


 暁の後ろ姿を見送りながら、響が呟いた。


「全部、食べちゃってもイイと思うんだけど……この中でアキちゃんが一番、社会経験があるからね。目上の大人との付き合いは任せる事にしたの」


「成る程な。俺達のようなお荷物の世話は、流石に兵隊さん達に取っちゃ迷惑以外の何物でも無いもんなぁー。余計な軋轢生まない為ってことかぁ」


 若葉の話に響も納得した。


「私達学生には、確かにその辺の配慮って、なかなか思い浮かばないよね」


「山城の場合、大人に混じって修行してるんだろから、俺達よりもソツなくこなすさ」


 榛名の感想に潮が自身の見解を示しながら切り分けた肉を渡す。


「ではでは、有り難くー」


「サンキューな、扶桑」


「おう」


 潮は自分達のチームの元へ戻って行く霧島達を見送りながら、誰に言うもなく「俺達は山城がいて良かったよ」と呟いた。


「お肉も手に入ったしね~」


「ねー」


 そこかよっ!?っと自分のチームメイト二人に心の中で突っ込みながら、先々の行動のシュミレーションを行い、実際の行動でもソツなく、というより隙無く動いてくれる暁には感謝しか浮かばない。


 本来、潮自身は親の被扶養下にある一般的な高校生よりも自立している“境遇”にあるのだが、実際に社会人に混じって修行している暁と比べ、その対応に到らない点があるのは事実。仕方がない事とはいえ、余り役に立てず暁の負担になっている自分に少々、自己嫌悪する潮であった。




お読みいただき感謝です。


本編の『王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-』

http://ncode.syosetu.com/n4997cj/

も、よろしくお願いします。


誤字脱字の報告は、活動報告の方へお願いします。


2016年07月24日:初出

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