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01 訃報 - 始まりは教室から

 それは、いつもと何一つ変わらない朝だった。


 春らしかった風がいつのまにか緑の香りを運び、初夏へと移り変わりを知らせてくれる。


「ユラッチは、今日もダメだってさー」


 【日向(ひなた) 若葉(わかば)】は、眠そうな目でいつも通り朝のショートホームルームが始まるギリギリの時間にテンションの低い声で挨拶しながら教室に入ってきた【伊勢(いせ) 青葉(あおば)】にそう報告した。四日程前から同級の女生徒である【由良(ゆら) 弥生(やよい)】が風邪で休んでいた。


「ありゃ、結構こじらせてるね~。

 お見舞いでも行く?」


「うーん、そうだねー。後でメールで様子、聞いてみるよ」


 若葉は、道場を経営する家庭で上に兄が二人居る長女として育った。学校では部活動には入っては居ないが剣道の腕はかなりのもので将来、どちらかが道場を継ぐ筈の兄達より才能では上ではないかと言われている。


 青葉は、父が神社の神主をしている上、その神事の関係の為、幼い頃から弓術と馬術を習いながら学校でも弓道部に所属していた。腕前として的中度は並外れて高く、なんと国体でも昨年見事に優勝を飾ったが、幼い頃からならっている弓の作法と全国高校弓道の公的な作法とでは、かなりの違いが有って苦手としてるらしい。そう以前、若葉に愚痴をこぼしていた。


 二人は、クラスでも葉っぱコンビ等と揶揄されているが、同じ古武術に関わるものとして、お互いの存在は同年代としては本当に稀少な存在だし、毎年、神事奉納の儀式として青葉の実家で行われる流鏑馬と堂的といわれる長距離射撃を見事に的中させるのを見物に行くのは楽しみの一つであった。


「由良、まだダメなのか?」


 二人の会話を聞いて、近くの席だった【扶桑(ふそう) (うしお)】が良く日に焼けた肌を不安に曇らせながら聞いてきた。彼は我が椚崎高校の野球部員であり、弥生はマネージャーをしていたので、心配なのは当然と言えた。


 今年は春の大会で地区予選決勝ので駒を進めた野球部だが、惜敗を記した。その雪辱を晴らす為に夏には是非、甲子園の土を踏む事が野球部を初めとした目標になっていた。


 特に潮にとっては、その夏が最後の大会になる。彼はポジションはセンターだったが、強肩と足の速さを生かした守備範囲の広さと盗塁は、地区予選とは思えないスコアを叩き出していたのだ。全国大会の甲子園と言う大舞台での彼の長所が行かせられる機会をある目的の為に渇望していた。


「うん、でも熱は大分下がって来たって、朝にメール貰ったから、もうすぐ体調も戻るんじゃないかな?」


「そっかっ」


 

 そんな話を終えた辺りで担任の【葛城(かつらぎ) 時雨(しぐれ)】が入ってきた。教壇で朝の挨拶をしようとした所、教室の扉がノックされ事務員が時雨を呼んだ。


 小声で何か話しているようだが、度々こちらの方を見遣る。何か有ったのか?と全生徒の頭の上に見えない疑問符が浮かび上がると時雨は、一人の生徒の名を叫んだ。


「暁君、ちょっと!」


 時雨は、【山城(やましろ) (あきら)】を呼び寄せた。


 何か話しているかは良く分からないが、時雨から話を聞く暁の表情は見る見る暗く落ち込んでいく。


 学校に連絡が来る。それも授業などの最中に割って入る事など大概、内容の相場は良くない事と決まっている。


(だけど……彼の家族は、もう……)


 若葉と弥生、それに暁は家が近く幼馴染として育った。暁は幼い頃から若葉の実家の道場に通っていて共に剣の腕を磨いてきた仲だ。幼馴染の中で、暁だけが男なので中学の後半くらいから一緒に遊ぶ事は久しくなくなったとは言え、若葉は多少ではあるが暁の家の事情を知っていた。


 暁の両親は既に死去していたのだ。


 中学後半で疎遠になったのは、それも一つの原因だと若葉は思っていた。


 当時、道場でも二人の剣の腕は拮抗するほどで、ギリギリ若葉が上と言ったところで良い修練相手だったが、両親の無くなった事故以来、道場に来なくなり、なんとなく改まって話をする機会を逃して、ズルズルとそのままになってしまっていた。


 若葉も結構、直情傾向型の脳筋気味あっちな方向なので実情は、なんと声をかけて良いか分からなかったというのが本音ではあるのだが。中学生という年齢で気の利いた言葉を掛けろというのが無理な話ではある。スルーを決め込んだ若葉の反応は、ある意味正しいと言えた。


 そんな彼は、自分の席に戻るとどこか心ここにあらずといった感じで帰り支度を始める。


「えー、暁君の身内に不幸が有ったらしくて、早退する事になりました」


 時雨から概要のみの発表があり、教室内に言葉に出来ない雰囲気が漂う。


 教室内から出て行こうとする暁に対して、出入り口の扉の近くだった若葉が暁の袖を掴んで留め、「誰が――」そう聞こうとすると、それを察したのか若葉が言い終わる前に、「師匠が死んだ」と暁は簡素にそれだけ答えた。




 その時、それは突然、現れた。




 教室内で急速にざわめき始める。


「うわっ!?」


「なんだこれ??」


「……綺麗……」


「なんですか?誰の悪戯ですか?早く仕舞ってください!

 ホームルーム始めますよ!」


 

 それは、バスケットボールほどの大きさの光の球体だった。


 それが教室の天井から50cm下辺りに浮かび、ゆっくりと自転し微妙に光の振幅を繰り返しながら、ゆらゆらと揺らめく。


 徐々に生徒の声が無くなり、それを皆が見入る中、静かに小さくなっていく。


 消えてしまうと思った瞬間、




 弾けた。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 1クラス教師一名+生徒三十九名中で一番最初に目覚めたのは、山城 暁だった。


(裸が……)


 ぼんやりと覚醒した暁の視界にクラスメイトの若葉の顔が入った。


 若葉は、まるで眠り込んだように目蓋を閉じて動かない。位置的に肩口までしか見えないが衣服を身に着けないまま寝かされているようだ。


 状況の把握が出来ていないが、現状、体に力を入れる事が出来ず、何か石畳のような床の上に横向きに寝かせられている事。自分も裸である事だけは、伝わる冷たい感覚で判った。


 何とか出来ないかと体に力を込めようとした時、戦慄するものを暁は視界に捉える事になる。




 そこには目があった。




 見開かれ、その持ち主の男の口からは血が流れ、明らかに死亡しているのが判る瞬きの無い瞳がこちらをじっと恨めしそうに見ていた。


 倒れているのは、その者だけでは無い。こちら側からは顔が見えないものも居るが、ピクリとも動く気配が無い。まるで判を押したように同じ服装をしているその者達の中には立っているものも数名見えるが、どの者もその表情に激しい消耗感を漂わせて青い顔をしている。暁の見える範囲だが、その何倍もの人間が倒れたままだ。


(一体、何が……)


 その意識が言葉に発する事が出来ずに脳裏を駆けた時、暁の視界は柔らかな布に覆われた。


 全身をその布で包まれて担架の様なものに載せられて運ばれている感覚はあるが、指一本動かせないままなので、どうする事も出来ない。


 その場には日本語ではない言語が飛交っている。英語でも中国語でもない。どちらか言えば発音的にラテン系の言葉ではないかと思われるが、暁には詳細について確証する知識は無かった。


 暁は諦め、そして愚痴った。


(なんて厄日だ)


 二番目と三番目は、日向 若葉と扶桑 潮だった。二人は、既に移動され祭壇から離れていた別々の場所で、ほぼ同時に目覚めた。若葉は既に運び込まれた小さな部屋でベットに寝かされた状態で、潮はまだ担架の上での事だった。


 身体的な状況は、暁のそれと同様に自由が利かないままで有ったが、違う事もあった。


「ダイジョウブ。

 ネル。 

 オキル。

 ウゴケル」


 カタコトではあるが日本語で二人にそれぞれ声を掛ける者がいた。それによって何とはなくであるが自分達に敵意が無い事は理解できた。


 言いたい事や質問は山ほど有ったが、声も出せない上に何か花のような匂いの小瓶を嗅がされると静かに眠りに落ちていった。




 四番目は、伊勢 青葉だった。


 だが体の自由が利かない事が判るとそのまま眠りについたので割愛する。





お読みいただき感謝です。


本編の『王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-』

http://ncode.syosetu.com/n4997cj/

も、よろしくお願いします。

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