月に恋する
要望:文章表現に凝ったもの、李白の最期
男は今まさに死のうとしていた。月に片思いしてしまったせいで。
――溺死。うん、溺死だな。これは。
月に恋い焦がれ、恋に溺れて死ぬ。だから、溺死。
「いや、間違いなく両想いだったな。お互いにそれに気づかなかっただけで」
男は今、母星に恋い焦がれていた。
少し前までは、あれほど月に焦がれたというのに。
月も今の男と同じだろう。同じように、あの青い天体に恋い焦がれている。
そうでなければ、あの星を飽きもせず眺め続けるなんてしなかったはずだ。
「――いや、気づいていたから会いに来たのかもな」
酸素の少なくなった宇宙船の中で、男は笑った。
男の乗っていた宇宙船は、当初の予定通り月に着陸した。しかし、その時、酸素タンクが爆発。
深刻な酸素不足、水不足、電力不足に見舞われたのである。
なんとか生存する道を辿ってみたものの、芳しい結果は得られなかった。
男の死は確定されていた。
「ああ、なんて恋をしてしまったんだ。我々は」
決して近づいてはならない恋人。一緒になった所で、到底幸せになれはしないだろう。
「それでも、我々はまた来るんだ。なんどだって、いつだって」
青白く輝く天体に恋してしまった以上、それはもう逃れられない運命なのだろう。
この場所が過酷であることを知りながら、それでも人類は手を伸ばす。
月に手を伸ばし、川へと落ちた詩人と同じように。
その衝動を止められはしない。
物書きちゃんねる(現在閉鎖)の要望に投稿した小説。
お題は、技巧に凝った小説、李白の最期。
李白には、あの湖面に写った月を掬おうとして溺死したという話があります。
それを基に書いたお話……なんだけどね、おかしいね、宇宙出てるね、地球に浮気してるね。
投稿した物を微妙に修正しています。