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季節モノ拠点フェイズ  雛里祭り

あくまで例えばの事象のお話。

申し訳ないですが、夏祭りネタの続きはお待ちを。

雛祭りネタだけはこっちに上げたかったのです。



「皆さんに内緒で……良かったんでしょうか」

「いいさ。今日は雛里と二人きりで行事ごとを楽しみたいからな」


 蒼が広がる空の下。

 秋斗と雛里は桃の花が咲き乱れる場所でのんびりと過ごしていた。

 今日は休日。二人で必ず取る月一回の休日である。

 魏での行事ごとは皆で過ごす事が通例となって来ているのだが、三月三日の今日だけはと、秋斗が提案して皆に内緒にしてあった。

 実は店長でさえも知らない。まあ、料理は依頼してあったのだが。

 簡易で準備した筵の上には白酒とちらし寿司、あられに菱餅……そう、今日は雛祭りなのだ。


「あわ……しょ、しょれはうれ、嬉しいでしゅが……」


 頬を淡く染め上げて、いつものように彼女は帽子を下げて俯く。


 折り畳み式の座椅子が二つ、されども腰かけているのは一つ。あぐらをかいた彼の脚の間にすっぽりと雛里が収まっていた。

 そよそよと吹く昼間の優しい風が心地いい。

 雛里の帽子を静かに外した彼は、ゆっくりと蒼髪を指で梳かしていった。

 もう随分と前からこうやって頭を撫でられる事が多い雛里であるが、やはり未だになれないのかもじもじと恥ずかしげにしていた。

 そんな彼女に、彼は苦笑を一つ。せめて話でもして落ち着かせようと思考を回す。


「……雛祭りってのは女の子の健やかな成長を願う祭りなんだが……それを言っちまうと華琳の奴は皆を侍らせて楽しみかねん」


 些か罪悪感がある雛里の心も紛らわせるように口に出したのは華琳の事。

 それを受けて、雛里は深呼吸を一度。後に彼の苦手な覇王を思い出して口を開いた。


「ふふっ、春蘭さんや桂花さんははしゃいでいるのではないでしょうか?」

「あいつらは……クク、むしろ互いの脚を引っ張って叱られてそうだけど」

「確かに……では風ちゃんと稟さんはどうでしょう?」

「風はなぁ……なんだかんだでゆるゆるとお断りしてじらして、それを華琳も楽しむ。んで稟はそんな風と華琳に遊ばれて……あ、やべぇ、宴会の席が血の海になるのしか思い浮かばん」

「最近は少し落ち着いてきたはずですが……」

「未だに華琳の閨に行けてないらしいからなぁ……艶本程度では揺るがなくなったにしても、華琳から攻められるとダメなんだろうよ」


 すっと、杯から酒を飲み干す。合わせるようにお酌をした雛里の動作はよどみなく、まるで熟年夫婦のようであった。


「飲まないのか?」

「酔ってしまうと眠くなるので」

「その時はその時でいいさ。一緒にのんびりと昼寝するのも悪くない」

「で、では一口だけ……」


 今度は彼が雛里の杯を満たした。

 子猫のように舌で酒を舐める彼女の可愛さに、彼の頬が緩む。


「あ、おいしいですね。白酒と聞いていたのでもっときついお酒だとばかり思ってました」


 次いでコクリ、と一口。


「まあ、普通の白酒とは違うからな。店長に試作して貰ってる“日本酒”の亜種みたいなもんだ」

「そうなんですか」

「雛祭りでの本来の使い方はお供え用だったりする。ま、固い事は抜きって事で。雛里は子供じゃないし、何より“この世界の行事じゃないんだ”、普通の雛祭りに合わせなくていいや」

「……秋斗さんは……」


 子供じゃない、と言われて、


――私よりも……星さんとか明さんとかと一緒の方が……楽しい時間を過ごしている気がします。


 続きを紡ごうと思うも少し悩んだ。

 こうして二人の時間を作ってくれるのは雛里としても嬉しい。一人の女として自分を見てくれているのも嬉しい。


――私の事を一番に想ってくれるのは凄く嬉しくて……でも……


 ただ、彼に好意を抱いているモノが幾人も居るのは雛里も知っているし、自分でつり合いが取れているのかといつでも悩んでいた。

 雛里が多くの内の一人であればきっと違う悩みを持っただろう。されども彼が選んだのは雛里で、他の子に対しては答えを出さずに逃げ回っているのが現状。

 華琳が怒るのも無理は無い。それくらいの甲斐性をもって皆の想いに応えろと彼女が言うのは、その程度出来るだろうと認めているが故ではあったが。

 胸を見下ろす。女性らしさが余りに少ないその胸にため息が零れた。


「どうした?」


 不思議そうに見やった彼は、頸を傾げて問いかけを一つ。

 無意識のため息を付いてしまった事に、慌てて雛里はフルフルと首を振った。


「あわっ……な、にゃんでもありましぇ……あわわぁ……」


 恥ずかしくて噛んでしまうクセはいつまで経っても治らない。これでは大人な女性になど見られるはずも無い、とまた心が落ち込んで行く。

 クスクスと彼が小さく笑った。ゆっくりと頭を撫でてくれる手が優しくて、でも恥ずかしくて、彼女は耳まで真っ赤に染め上げる。


「雛里は可愛いなぁ」

「……そんなことないでしゅ……ない、です」

「そんなことあるさ」

「ないです」

「そうかい」


 またゆったりと時間が流れる。

 彼は別段何も言わない。何を話そうともせずに温もりを確かめ合っているだけの時間も好きだった。


 そわそわと雛里が身体を揺らした後、衣擦れの音が鳴った。

 膝の上、身体を反転させて向き合い、じ……と上目使いで雛里が彼を見つめる。

 優しい光を宿す黒瞳は桃の花を見ていた。


「桃の花言葉には“天下無敵”とか、“私はあなたの虜”……とかがあるらしい」

「花の王様ではないですから、天下無敵という花言葉は少し違う感じがしますね」

「まあ、牡丹が花の王様って言われてるもんな。どんな意図でそんな花言葉が考えられたのか……聞いてみたいもんだ」

「桃は実がたくさんなりますし、魔除けや供物にもよく使われるのできっとその事も関係しているのではないかと」

「ああ、だから雛祭りでは桃の花で健やかな成長を願うのか」


 納得だ、と言いつつ舞っていた花びらを一つ手に取って優しく包み込み、ゆっくりと目を瞑る。


「……どうか、雛里がこれからもずっと健やかであれますように……」


 そんな彼の握った手を両手で包み込んだ雛里は、自分も目を瞑った。


「どうか、秋斗さんがこれからずっと健やかでありますように」

「ちょっと待て」


 肩を竦めて、彼は雛里を訝しげに見やる。


「ど、どうかしましたか?」

「俺は女の子じゃないから祈らなくていいんだが?」

「でも私も祈りたいです」

「……嬉しいけど、今日は雛里の為の日だ。だから俺だけに祈らせてくれ」


 気恥ずかしくて、秋斗は目線を逸らした。雛里が握る手は振り払うわけにもいかなくてそのままであった。


「嫌でしゅ」


 拒否を示す為に決して手を離そうとしない。

 少し強く出られるようになったのは成長なのか、はたまたわがままになっただけか。

 強い視線に押されて、彼は緩い息を吐き出す。


「……ま、いいか。雛里がそれでいいなら」


 彼女の為の日だと言ったからにはそれもありかと一人納得する。

 また目を瞑って、雛里は彼が……“このままで居られる”事を願った。


「また“世界”に干渉されないように、でしゅ」


 異端の彼がこの世界に居れるように。

 もう二度と誰かの思惑に縛られぬように。

 偽りの命であろうとこの世界で幸せに暮らせるように。


 誰にも話していない彼と彼女だけの秘密の話。

 彼が何処から来たのか、そしてどうしてこの世界に来たのかを知っているのは、雛里だけ。


「きっと大丈夫だよ。世界は変わったんだから」

「それでも……もう離れたくありません」


 うるうると涙を滲ませる瞳は懇願を表し、彼は優しく頭を撫でやった。


「俺もだよ。それに約束したからな、乱世で失わせた分まで、最大限幸せになるって……だから」


 手を離して、腕を回した。此処に居る彼の温もりを感じ取って、雛里の胸にじわりと暖かさが来る。


「私は……あなたと一緒に居られるだけで幸せです」

「俺も雛里と一緒に居らるだけで幸せだ」


 見つめ合うこと幾瞬。

 自然な動作で、二人の唇が短い間重なった。

 互いの想いを分け合う行為は、外であるからかそれだけに留めた。


「でも、秋斗さんはたくさんの人を幸せにしないとダメです」


 胸は痛むが、それがいいと彼女は望む。

 何度か話しては見たモノの、いつでも彼の返事は一つだけ。


「……考えとく」


 まだ時間が必要だった。二人だけの時間を、彼は望んでいた。

 その想いを知っているから、雛里の心に歓喜が湧くのは当然で、皆への罪悪感が積もるのも必然。


 穏やかな時間が過ぎて行く。


 騒がしくて楽しい時間も代えがたい宝ではあっても、せめて彼女の真名を冠したこの日くらいは、彼女と共に過ごしたい。

 きっと怒っているんだろうな、と秋斗は皆を思い出して苦笑する。


――多分、華琳に話していたら準備した雛段の最上段に連れて行かれて、とっかえひっかえカメラの前に並ばされた事だろう。やっぱなぁ……


「おだいりさまとおひなさまが、ふたりならんですましがお……って柄じゃねぇや」

「……?」


 急な発言に首を傾げる雛里。


「おひなさまと二人きりで居たいなんてわがままを言うおだいりさまの方が俺らしいってこと」


 恐れ多いけどさ、と付け足す彼の表情は楽しげであった。


 まだ肌寒い春の足音が近づく日。

 彼と彼女だけの雛祭りはまだ半分が過ぎただけ。

 グイ、と酒を呷って、彼は熱い吐息を空に溶かした。

 身体を預ける雛里は安心しきった表情で目を瞑り、彼の温もりに寄り掛かる。


 平穏な日常の一日を、二人はゆったりと過ごしていた。



別に祭りらしい事はしてないですけども。

本編が重たい話ばかりなので、甘めの日常を書きたかっただけです。お許しください。


ではまた

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