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七夕フェイズ

七夕に書いた拠点フェイズみたいな何かです

「あれは……」


 昼食後、華琳様と一緒に庭を散歩していると、秋斗さんが私達の前方を急いで横切って行った。

 大きな葉竹を持って駆けて、さらさらと葉っぱが柔らかい音を鳴らしていた。

 何故、と思った。竹なんか何に使うのだろう。


「雛里、秋斗は何をしようとしているのか分かるかしら?」

「いえ……分かりません。庭に生えて来ていたんでしょうか」

「それは無いわ。専属の庭師が整えているはずだもの」


 腕を組み、顎に手を当てて考える華琳様だったが、何か思い浮かんだらしくため息を落とした。

 私も彼と付き合いが長いから気付いた。

 彼が突拍子の無い行動をする時は、必ずと言っていいほど突然だ。そしてそれは楽しい事を考えている証。今回はどんな事をするんだろうか。


「……いつものアレか」

「きっと準備が整ったら明らかにしてくださると思いますので、お仕事を早い目に終わらせておくのがよろしいかと」


 呆れながらも、華琳様は楽しそうだった。

 初めから教えられては面白くない。今度は何をしてくれるのか、楽しませないと承知しない……そんな事を考えてるんだろう。


「……急ぎの事案も無いけれど、そうしましょうか。でも食後の散歩はもう少ししましょう。こんなに天気がいいのだから、仕事日とはいえ、籠ってばかりだと勿体ないわ」

「はい♪」


 手で影を作り、目を細めて、口元を綻ばせて空を見上げる華琳様にコクリと頷いて、また二人で歩き出す。

 最近は華琳様も幾分か余裕が出てきたようだ。ゆったりとした平穏の時間は暖かく、ジワリと胸を暖めてくれる。

 平穏をより楽しく過ごせるように彼が行うであろう事を思うと、私の心はワクワクと高鳴っていた。





 八つ時、店長さんのお店から取り寄せたお菓子を皆で食していた。

 今日のお菓子は『ぜりい』だった。

 ひんやりとしていて、プルプルしていて、暑くなり始めたこの時期には嬉しい。

 桂花さんはいつもこの時間になると上機嫌。ニコニコと優しく微笑んでいて、口に運ぶ度に顔を蕩けさせる。


「ぜりいが出たって事は天和達が帰って来てるのね」

「真桜が開発中の製氷機なるモノは硝石の入荷がまだなので完成しておりませんから、地和の術でしょう」


 上品に食べていた華琳様の問いかけに、桂花さんがハッとして答える。

 夏でも冷えたモノが食べられるのは地和さんがいる時限定だ。あの人の妖術は本当に便利だから。

 秋斗さんは『えたぁなるふぉうすぶりざぁど』って呼んでたけど。


「その真桜はどうしたのかしら? 沙和と凪もいないようだけれど」

「あー、真桜なら工房に籠ってるからしばらく出て来ないかも。一月後にする祭りで出す催し物の材料が出来たらしくてね。沙和と凪は祭りで着る服の試作に。沙和の目は確かだし、凪は着せ替え人形にさせられてるんじゃない?」

「この前皆の身体の採寸してたもんね。どんなのが出来るのかな?」

「……秋斗の発案を沙和が仕上げるのだから、皆に合ったモノを用意してくれるでしょう」


 詠さんの言葉に月ちゃんが不思議そうに首を傾げた。

 華琳様は納得したのか、ふっと微笑んでまたぜりいを口に運ぶ。そういえば三人の残りはどうなるんだろう。


「じゃあ……暖かくなったらまずいし……ボクが食べても――――」

「こら、季衣! 魔法瓶があるんだから冷やしたままに出来るでしょ? 真桜さんには後で持って行ってあげましょ」


 流琉ちゃんに怒られて、しゅんと落ち込む季衣ちゃんを見て、秋蘭さんが笑った。


「ふふ、なら私のをやろう」

「え? いいんですか!?」

「ああ、実は秋斗の手伝いをしたのだが……その時にお礼として他の甘味を食したのでな」


 もやもやと、桂花さんから怒気が上がる。

 先に他の甘味を食べていたから秋蘭さんは手を付けていなかったのか。

 それにしても、まさか秋蘭さんに手伝いを頼んでいるとは……秋斗さんは今日は何をするつもりなんだろう。華琳様は何も言わないようだけど、桂花さんからは怒気が上がっていた。


「……何食べたのよ?」

「試作段階の甘味を、味見としての意味もあったようだ」

「えー!? ずるいですよ秋蘭様ぁ!」

「すまんな、役得というモノだ。だが、霞と姉者も食べたぞ」

「ちょ、秋蘭! それ言うたら……」

「へぇ……なら二人のぜりいも渡して貰いましょうか」


 凄みのある笑みで華琳様が言うと、


「申し訳ありませんでしたぁ! どうぞ華琳様!」

「ご苦労。店長と秋斗の作る甘味は一日最高でも一品、という制約を破った事は不問としましょう。流琉は季衣に秋蘭から貰った分を半分分けて貰いなさい」


 当然だというように春蘭さんが差し出した。というか、動きが速すぎて見えなかった。


「じゃあ霞ちゃんの分は風が貰いますねー」

「隙あり、です」


 小さなすぷーんが二つ、普段の二人からは想像も出来ないような速さで動かされた。

 風ちゃんと朔夜ちゃんが霞さんのぜりいを……まだ八割ほど残っていたのに全て持って行った。

 たちまち一口で食す彼女達は、リスのようにほっぺたを膨らまして可愛い。


「あー! ウチのぜりいがぁ!」

「ふん! 娘娘のおやつは一日一つの制約を破るからよ!」

「秋斗殿も酷な事をしたモノですね。このひんやりとしたぜりいを減らさせるような事態を作り出すなんて。秋蘭は線引きがしっかりしている事も分かっていたはずでしょうに」


 稟さんの言に、にやりと、霞さんがそれを聴いて笑う。


「ええもん。ウチらもっとおもろいもん食ったし。なあ、春蘭?」

「ん? ああ、あれは……凄かった」


 ほわーっと、春蘭さんが蕩けたような表情に変わる。

 そんなにおいしかったのか。一体何を作ったんだろうか。


「女の欲望番外地……」


 春蘭さんの訳のわからない一言に皆が首を傾げた。ホントに、何を作ったんだろう。


 一応皆が食べ終わり、それぞれの仕事に取り掛かろうと席を立とうとした所で、徐晃隊の人からメモを届けられた。

 夕食後に練兵場に集まってほしい、とのこと。

 何が待っているのか楽しみで仕方なくて、相変わらず彼のいたずらが可愛くて、私は心が暖かくなった。

 彼が頭脳労働の為にと作ってくれた『琥珀飴』を口に入れて、高鳴る胸をそのままに執務室へと歩みを進めて行った。








「七夕パーティへようこそ。歓迎しよう。盛大にな」


 焚かれた篝火はあまり多くない。淡く照らし出された練兵場の中央では葉竹が幾つも立てられ、ひらひらと棚引く紙が幾つも枝に括りつけられていた。

 中心で、彼の後ろにはせっせと動く店長さんとその手伝いをしている天和さん達が居た。


「七夕、ぱあてぃ?」


 疑問を向けるのは月ちゃん。

 華琳様はつかつかと笹に歩み寄ってつけられている紙を確認していた。


「……まだ七夕は有名じゃ無いのか。ここいらの時期が逸話の発祥だと思ったんだが……」


 独り言を零して、考え込むように頭を抱えて、彼は悩み始めた。

 決まって、こういった時は言うか否か迷っている時なのだ。しかし……


「話しなさい秋斗。そうやって悩む時はいつも私にとっての些末事でしかないでしょう? あなたの悩みなんか聞いてから判断出来る」


 こうやって華琳様に嗜められる。

 大きくため息をついた彼は、パチパチと火が音を鳴らす練兵場で、集まった皆に一つの物語を語った。


 天によって引き離された夫婦の話。

 この日のみ、出会う事が出来る星達の話。聞きながら、皆は一様に満天の星空を見上げていた。

 きゅうと胸が締め付けられた。

 それは……引き離されたという点に於いては余りに感情移入しすぎてしまう話であったから。……彼にとって、思いを込めてしまうのは詮無き事だ。

 しかし怠慢が原因だとしても、その罰はあまりに行き過ぎていないだろうか。


「――――ってなわけで、この日は二つの星が出会える唯一の日ってわけだ」

「一年に一回しか大切な人と会えないなんて……そんなの哀しいよぉ」

「そうですよ兄様。職務の怠慢が原因でも、酷すぎます」


 季衣ちゃんが少し涙を流し、流琉ちゃんが指摘した。

 ふるふると首を振った秋斗さんは、月ちゃんと華琳様を交互に見て、一つ頷いた。


「天の法が厳しいのもあるだろうけど、それだけ立場ってのは重要なのさ。絶対に有り得ない事だが、華琳や月が色恋に溺れて我欲の為に堕落したら……民はどう思うだろうな」

「そんな事起こるわけないだろう!?」

「だからありえない話だよ春蘭。まあ、俺も想像できないからさ、劉備や孫策でもいいや。他の国の王が色恋に溺れて、職務を怠慢にしていたらどう思う?」


 言われて皆が思考に潜り出す。真っ先に苦笑を漏らしたのは華琳様。


「ふふ、厳罰を与えるわ。それこそ首が飛ぶ事も有り得るでしょう。物語の二人は完全に会えなくされても文句は言えないのだからまだ甘い程よ」

「華琳姉さまの言う通りです。しかしお話の人達はただの後継ですから、後の働きによって考えてもいいですね」


 月ちゃんも合わせて答えて、皆は聞き入っていく。


「そのようなモノに平穏など作れない。国と民と、今まで繋いだ想いの為に。

 私達は多くのモノを犠牲にしてきた。欲しいモノを手に入れる事に全力は尽くすに決まってる。それでも……世界か一人かを選ぶしかないとなったなら、皆が望んだ悠久の平穏を選ばずして何が王か」


 華琳様の言葉でビシリと張りつめた。

 二人の想いは、これまでにあった事柄からぶれる事は無い。

 会える日を楽しみにして仕事を頑張れる、物語の二人の気持ちも理解出来る。

 失ったモノがあったから、無くしたモノがあったから、彼女達はそれの意味を知っている。

 でも比べぶるべくもない。色恋を選ぶ時点で私達が想いを馳せた、悠久の平穏を作らんとする覇王では無い。

 何処か華琳様の作る世界を肯定しているような物語に思えた。

 そして彼がいるから、彼女達はもう……王であり、一人の女の子になれた。


「難しい話になっちまったが、そうさな。ま、そんな感じで、相応の罰だったんだろうよ。これは悲恋モノでもあるけど、一種の教訓みたいな物語なんだろ。怠ける事なかれ、例え愛しいモノと結ばれようと堕落せず、自身を律せよ……なんてな。全ての事柄に当てはまるかもしれん……なあ、沙和、真桜」


 にやりと笑った秋斗さんに呼ばれて、ギクリと肩を跳ねさせた二人。


「そそそ、そうなの! サボるなんてもっての他なの!」

「せ、せやな! ちょーーっとくらい休憩する事は許されても、怠けたらあかんよなぁ!」


 一度目は警告、二度目は無い。

 ある程度は許されるけど、きっと二人は警備隊の許容範囲を超えたんだろう。区画警備隊は凪さんが纏めてるはずだけど、優しいから厳しく引き締めるには少し足りない。

 サボったら罰として徐晃隊の訓練に参加させる、なんて言ってるのかもしれない。


「そろそろ他の事を聞きたいのだけれど……いいかしら?」


 華琳様の声で皆がそちらを向いた。


「括りつけてある紙には願い事を書いてあるようね。これはなんの意味があるのかしら?」

「実はそこまで詳しくは俺も知らん。武芸や技術の上達を願うってのは知ってるんだが、いつの間にか願いをぶら下げたら叶うって曲解されているらしい」

「ふぅん。子供のような夢が多いようだけど?」

「ああ、休みの徐晃隊の中に無報酬で手伝ってくれる輩が居てな。そいつらに字が書けない子供の分も書いて貰ったんだ。あ、秋蘭と春蘭と霞は昼飯を店長と食ってたから視察ついでに手伝って貰った」


 つらつらと説明していく。

 言い伝えが曲がっていくのはよくあることだ。きっとこれも一つのカタチなんだろう。

 そこで思い至る。

 彼は私達にも書いて欲しいんだ。


「先程の物語とは全く関係が無いのね」

「んー、そうでもないんじゃないか? 天の主が二人が会える日を祝って気分が良くなって、気まぐれで願いを叶えてくれるかもしれないだろ」


 言うと、華琳様がじっと秋斗さんを見つめた。


「あー、華琳が自分で叶えるからそんなのはいいってのは分かってるからさ、天の主に宣言してやればいいじゃないか」

「……それは名案ね。天に対する戦線布告。ふふ、中々面白い」


 相変わらず華琳様の事を良く分かってる。二人の関係がちょっとうらやましいな、なんて考えてしまう。


 それから私達は簡易の机の前に並んで、一人ずつ願いを書いていく。皆、誰にも見られないように。

 五色の紙が吊るされただけの一際大きな葉竹を倒して、そこに願いの紙を括りつけて行った。

 秋斗さんがそれを起こして、誰の願いも見れないようになった。一番上に括られた華琳様の紙だけは大きくて、達筆にして大きな字で書かれている願いが見えたけど。


「雛ねえさまは、何を書いたんですか?」


 朔夜ちゃんに問いかけられる。言ってもいいのか、と秋斗さんに目くばせすると、


「朔夜、聞いてもいいが、口に出すと叶わない気がするからやめとけ。こういうのは様式美なのさ」

「そういう、モノでしょうか。私はもう叶っているので、書いてませんが良かったのですか?」

「いいんじゃないか? 毎年あるし、違う願いが見つかったら書けばいいし。白紙の願いの分だけ、他の人の願いが叶えられるかもな」


 その時、パン……と手を鳴らす音が響いた。後に、ひんやりとした空気が地を這った。涼しくて心地いい。

 地和さんが妖術を使ったらしく、幾つかの桶の中で水が凍りついていた。


「お、シロップと餡子が出来たか」


 声を一つ残して、秋斗さんは店長さんの方へ行って、皆に大きな声を上げた。


「もう夏が来る。その前に、涼を味わうってのもいいと思うんだ。店長、行けるか?」

「ふふ、私を誰だと思っているのですか。くっきんぐふぁいたぁを舐めて貰っては困りますね」

「上々だ、なら……やってくれ」


 桶の氷を取り出した店長さんは大きな包丁を取り出し……みるみる内に削り取っていく。

 天和さん達が器を並べて、大きなレンゲでそれを盛って行った。

 次に並べられたのは幾つかの瓶。色とりどりの液体が一つ一つに入っていた。


「お見事。ふんわりのモノと荒いモノを分けてくれるとは、さすが店長」


 大道芸のような店長さんのその技に、皆見惚れていた。やはり店長さんは刃物の扱いも凄かったらしい。


「それはなんなのかしら?」

「夏の風物詩、かき氷だ。一気に掻き込んだら……クク、幸せな気分に浸れる」


 そのいじわるな笑みを私と月ちゃんと詠ちゃんは知ってる。

 反対の事を言ってる時にしかしないモノだ。つまり、これは急いで食べてはいけないモノという事。

 後で皆にどやされるはずなのに、悪戯したくてしょうがないみたいだ。

 さすがに華琳様は気付いたみたいで、私達三人に向かって黙っておきなさいと、楽しそうに目で合図していた。


「さ、お好みのシロップを掛けて食べてみてくれ。右からイチゴ、ミカン、蜂蜜、砂糖水、リンゴ、抹茶だ。ちなみに抹茶は餡子との相性がいいから餡子も置いてある」


 一掬いして抹茶のしろっぷを氷に掛けた秋斗さんの様子を見て、皆はそれぞれ手に取って好みの味を掛けて行く。

 中々楽しい。自分好みの味を選べるというのはいい。

 私はふんわりした氷にイチゴを掛けた。きらきらと光る氷に赤い色が掛かっていて、何処か不思議な感じだった。


「行き渡ったな? じゃあ……華琳」

「ええ……まずは店長に感謝を。このバカの思いつきにいつも付き合ってくれてありがとう」

「いえいえ、楽しい食事こそが大事なのです。皆さんに楽しんでいただければ私も満足でしてね」

「ふふ、またよろしく頼むわ。では皆、夏の始まりに……仲を引き裂かれた二つの星が幸せな夜を過ごせる事を願ってあげなさい。そして私達は幸せな、この平穏な時間をこれからも天に示して行きましょう。では……頂きましょう」


 頂きます、と幾つも声が聞こえて、皆がすぷーんで氷をしゃくしゃくと口に入れて行く。秋斗さんの言葉通りに、ほとんどの人が掻き込んでいた。

 私は一口だけ食べる。冷たくておいしい。ほんのりと優しいイチゴの味が冷たい氷に染み込んで抜群だった。思わず顔が綻んでしまう。


「……っ!」

「ぐはっ、なんやこれぇ!?」

「あ……くぅ……」


 ところどころでうめき声が上がる。

 声を上げた人達は皆、頭を抑えていた。

 秋斗さんは笑いを必死で堪えていた。


「ちぃも騙されたけど、秋斗って性格悪いよね」

「クク、経験してるのに止めないお前も大概だけどな」

「うーん、私はあのキーンってなるの結構好きだけどなぁ」

「姉さんって……」


 三姉妹と楽しそうに話す彼は、悪戯が成功した事に大喜びの様子。

 ホント、子供みたいな人。

 それが可愛く見えて、余計に好きになってる私はおかしいのかな。


 結局、秋斗さんはその後に霞さんと春蘭さんに追い回されて正座させられ、挙句の果てに桂花さんに精神的に追い詰められていた。

 華琳様は楽しそうに声を上げて笑って、その様子を見ていた。

 皆も楽しそうで、こんな平穏をいつまでも続かせたい、と心から願った。


 楽しい催しが終わり、葉竹は練兵場の端に飾っておいて、片付けも終わった頃、秋斗さんに呼び出された。





 †





「最近暑くなってきたし、息抜きにはなったかねぇ」


 ゆったりと話す彼は穏やかな表情に達成感を浮かべていた。

 彼の膝の上で、二人で星を見上げている。

 流れる時間は穏やか、地和さんが作ってくれた氷の余りを貰って風上に据えたからか、ひんやりとした風が心地いい。


「あれが彦星、あれが織姫。一夜だけの幸せな時間は、雲が覆い隠さず、雨が降らない限り達成される」


 二つの煌く星を指さして、小さく声を流した。

 この人は今、何を考えてるんだろうか。

 自身の事を重ねているのではないだろうか。

 コツンと、頭を彼の胸に当てて見つめた。気付いた彼と目が合い、そのまま見つめ合う。


「大丈夫。俺はもう、お前を悲しませないから」


 いつかのように額に口づけを落とした彼は、照れたのかふいと顔を背けて頬を指で掻いた。


「あわわ……」


 恥ずかしくて、額を抑えて俯いてしまったけど……彼が可愛くて、愛しくて、自然と幸せな笑いが零れた。


「ふふ、大丈夫です。華琳様も、月ちゃんも……皆で――――すから」


 最後まで言うと、彼は優しく微笑んだ。


「ははっ、やっぱり敵わないなぁ。雛里には」


 幸せな時間は、これからもずっと続いていく。

 やっと戻ってくれた彼と、信じ合う皆と一緒に、ずっとずっと続いていく。


「日輪と真月の光を妨げる雲は、皆で払って見せます。私達が作った空は、いつまでも綺麗な色を映して貰いますから」

「ああ、そうだな。これからもずっと、皆で、な」


 私の願いは私が……否、私達皆で叶える。天に叶えて貰う必要は無い。

 もう既に叶っていて、これからも叶え続ける願い。


――――彼と一緒に平穏な世界を作っていく


 満天の星が煌く夜天に目を向けて、私達はしばらくその美しさに見惚れていた。

 静かな夜の空気は私達を世界から隔離しているようで少し寂しい。でも彼がくれる温もりが私の心を満たしていた。

 そんな夏の始まりの夜の出来事。


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