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「も、もう良いよ。良く分ったから。だけど孝雄と早紀の計画がどうして分ったんだ。普通は考えられないけど」

「そこなのよ。あの二人はよりにもよって私の病室で今回のシナリオを話し合ってたの。私が寝た振りをしていたとも知らずにね」

「それって普通は拙いんじゃないのか、有り得ないと思うんだけどね」

 理解し難い顔になって運転中の涼子の横顔を見詰めた。


「ええ、確かにそうね。これは私の推測なんだけど、早紀は孝雄と二人きりになりたくなかったんだと思う、貴方との事があるから。私が病気で寝ていたとしても三人なら安心だったんじゃないかしら」

「ふーん、孝雄のアパートじゃ彼も男だからね、狼になるかも知れないって訳か。成る程、それで?」

「雄介さんは早紀が物真似が得意な事は知っているでしょう?」

「ああ、勿論良く知ってる。レパートリーの広さだけは凄いよね」

「私と早紀とは背格好が同じ位だし、声質も似ているわ。貴方と出会う前の私達は遊び半分にお互いの物真似をし合っていた事があったの。

 ただ、顔は全然違うわね。でも暗い所だったら服装と髪型とお化粧とで何とか誤魔化せる。だから早紀は貴方のアパートには入ろうとしなかったのよ。明るい室内ではばれちゃうから」

「ああーっ、そうだったんだ。だから絶対に部屋に入ろうとしなかったのか!」

 次第に事情が飲み込めて来た。しかしまだ幾つかの疑問点がある。


「だけど涼子さんが死んだ事が嘘だと分ったら、返って逆効果になるんじゃないのか」

「その辺は抜かり無いわね。同じ病棟で亡くなった人が居たのよ。そのチャンスを待っていたの。朝になったらあれは人違いだったって電話する予定なのよ。

 そうすれば私の幽霊だけが事実として残る。恐怖に怯える雄介さんは私の病気が治ったとしても、私と付き合う事は無い。これが彼女の戦略なのよ」

「雨はどうなんだ。雨が降ってないと拙いんじゃないのか。それとも晴れの日は別のシナリオなのか」

「夜に雨が降る確率が高い事と女性患者の死と病棟が同じである事。この三つが重なる日を去年の秋位からじっと待っていたのよ。

 それが昨日の夜だった訳。本当に死んだのは昨日の朝八時。同じ病棟の女性で二十五才。私より一個下ね。病名も同じだし名前は木内亮子。待った甲斐があって名前まで似てる。これなら間違いだったって立派に通用するわ」

「だけど待っていたからといってそうそう都合良く死ぬかな」

「月に一人や二人は確実に死ぬのよ。ベットが開けば直ぐ順番待ちの患者さんが送り込まれて来る。この病気は若い女性に多いの。その気になれば去年の内にもやれたと思う。多分万全を期したんだと思うわ」

「じゃあ孝雄の見合いの話は……」

 辛そうに聞いた。


「完全な作り話よ。孝雄は早紀にベタ惚れで、彼女の言う事なら何でも聞くのよ。でもちょっとした手違いがあったわね」

「手違い?」

「薬が効き過ぎて貴方が孝雄を駅まで送って行った事よ。早紀のシナリオではアパートに一人残された貴方は、一晩中木下涼子の霊に悩まされる筈だった。

 勿論孝雄と組んであれやこれやと悪戯する積りだったのよ。ところが貴方は、多分そうだと思うんだけど一人だけになるのが怖くなって駅に行ってしまった。違うかな?」

「うん、その通りだ。弱いよね俺も、ちょと情けないな、うーん、あれ?」

 雄介は眠気を感じ始めていた。


「そんな事は無いわ。まさか親友が裏切って自分を罠に掛けるなんて誰も思わないもの。雄介さんが駄目なんじゃなくって、駄目なのはあいつ等の方よ」

「ははは、フォローしてくれて有難う。ちょっと嬉しいな」

「うふふっ、雄介さんとお話しているとやっぱり楽しい。……それでさっきの話の続きなんだけど、仕方無しに電車に乗って孝雄は自宅に戻ったみたいよ。恐らく早紀の指令だと思う。でも目的は十分に達成されたと思ってるでしょうね」

「念の為に聞くけど、俺が傘を取りに行っている間に、涼子に化けた早紀と孝雄が入れ替わりに出て来たけど、あれも演出なのか?」

「勿論よ。孝雄がね私の病室で言ってたわ。雄介なら間違いなく傘を取りに行くから、その間に交代すれば良いってね」

「じゃあ、後になってずぶ濡れで出て来たのも予め決めていたのか?」

「うん。私はレンタカーで早めに来て手頃な位置から一部始終を全部見ていたの。二人はワゴン車で近くまで来て、運転は早紀だったんだけど、そこを基地にして色々とやっていたわ。

 ずぶ濡れのシーンは面白かったわよ。ポリタンクの水を頭からかぶって、本当にぐしょぐしょに濡れた状態で貴方の所に行ったんだから」

 涼子は何とも楽しそうに言った。


「あははは、良くそこまでやるもんだね、呆れた。……ついでに聞くんだけど、駅前にたむろしている連中が急に帰ってしまったり、車通りが急に少なくなってしまったのは何故なんだろう」

「駅前に居る人達が急に帰ってしまった理由はちょっと分らないわね。でも車通りが急に少なくなった理由は事故のせいね」

「事故?」

「そうよ、上りと下りの両方で大きな事故があったのよ。おかげで渋滞に巻き込まれて大変だった。どお、これ位ですっきりしたかしら?」

「大体は分った。最後に一つだけ。涼子さんどうして君は今ここに居るんだ。ああ、その前に俺の何処が良いんだ。何の取り柄も無いと思うけど。孝雄と同様フリーターだし。住んでる所はあばら家だしさ、ああ、ううむ、おかしいな……」

 眠気は更に増して来ていた。


「そんなに自分を卑下する事は無いわ。私達は奇跡を見せて貰った。二、三才位の聞き分けの悪そうな男の子がワンワン泣いていたのを、お母さんでさえ持て余していたのに貴方は一言で黙らせた。

 叱ったり怒鳴ったりした訳じゃないのに、穏やかな一言でピタッと止まった。それも二度も三度もよね。信じられなかった。あれはどういう風にしたの?」

「ああ、いや、特別な事は何も。ただ泣いている理由を聞いただけですよ。『どうして泣いてるの?』ってね。そしたら何かびっくりして泣き止んじゃったんだよ」

「えーっ! 私達だって同じ様に聞いてるわよ。何が違うのかしら」

「ひょっとして涼子さんは泣き止ませようと思って聞いていませんか」

「勿論よ。それが普通でしょう」

「俺はそうじゃない。純粋に理由を聞いているだけです。例えば歯が痛くて泣いているのに泣き止ませよう、とされたら辛いだけでしょう。かえって泣くでしょう?」

「ああ、成る程、簡単な事に気が付かなかったわ。やっぱり雄介さんは凄いわ。それでねそういう貴方を私や早紀や他の女性達が尊敬していたのよ。その尊敬の気持ちが何時の間にか恋の心に変ったのよね」

 思い出し、感慨にひたりながら噛み締めるように言った。


「ふーん、俺は大した事じゃないと思っていたけど、随分高く評価してくれてたんだな。全然知らなかった。でもそれだけじゃ食って行けないんだよね。

 俺が涼子さんを振ったのは、貴方に不満が有る訳じゃなくて、俺自身に不満が有る。……せめて定職にでも就いていれば良かったんだけど、当分無理そうだしね、ううむ、眠い」

 遥か向うの方にかなり大きな交差点を認めた涼子はしばし沈黙した後、

「私ね、もう二十六才になったの」

 先程までの少しうきうきした雰囲気とはガラリと変って沈痛な面持ちで語り始めた。


「普通の人ならただの通過点。私にとっては、……絶望の通過点」

「ぜ、絶望?」

「そうよ、さっき言ったわよね、自然治癒の確率は三割って。そう医者から聞かされてた。でも私はインターネットで調べたのよ。

 英語で書かれた海外の文献に詳しく載っていたわ。英語が出来なければ良かった……。資料を読んでいる内に恐ろしい事に気が付いたの。

 三割というのは二十四、五才位までの事で、それ以降はゼロ。若くして全員が亡くなっているのよ。……例外が一件も無いんだって」

「えっ! それは……」

 雄介は言葉を失った。


「ははは、可笑しいわよね。たった三割に必死にしがみ付いて来たのに、それが幻だったなんて、もう笑うしかないわ」

「辛いなんて生易しいものじゃないね。……ひょっとすればそれでこんな事を?」

 言いながら雄介は車を止めさせようとしたが、異常なほど眠くて身体が思うように動かない。


「そう、無断で大学病院を抜け出して来たわ。事実を知ったのは去年の末頃。それ以前は貴方に早紀達の計画を知らせようかどうか迷ってた。

 でも生き延びる可能性が無いって知ってからは、便乗させて貰う事にしたの。入念に計画して待っていたのよ。貴方と二人きりで最初で最後のドライブが出来るようにね」

「涼子さん、ひょっとして睡眠薬を……」

「うふふふ、どうやら薬が効いてきたみたいね。私も飲ませて貰おうかしら」

 車は真近に迫った大きな交差点を左折して暗い岸壁の方へ向かった。一旦停止し涼子は睡眠薬入りのコーヒーを存分に飲み、再び運転を始めて眠っている雄介に語り続けた。


「ごめんなさい雄介さん。私は弱いのよ。テレビドラマに時々出て来る人達みたいに、死を目前にして立派に生きて、潔く死んで行くなんて出来そうも無い。……怖くて、怖くて、堪らないのよ」

 涙がぽろぽろ零れたが拭きもしないで運転を続ける。


「でもたった一つだけ、少しはましに死んで行ける方法が見つかったわ。……雄介さんと一緒に死んで行く事。それだったら怖くない。

 ……最低の女よね。でもどうする事も出来ない。もう一度強い発作が起きたら、もうそれでお終いだって分るもの。……あーっ! 星が綺麗だわーっ! ……雄介さん! ……行くわよ!」

 車は凄いスピードで岸壁から海へ落ちて行った。

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