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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

青年と少女【ファンタジー】

作者: 四方

初投稿作品です。初っ端から残酷な描写がありますのでご注意ください。


 どっぷりと、肌に染み入る暗い森の一角で。

 何か重いものが地に落ちる音がした。

 剥き出しの黒土に転がったのは、針のように逆立った黒色の体毛と鋭い牙を備えた、狼型の魔物の首。

 その首の断面からは噴き出す血と共に多量の魔力が漏れ出し、火花のような閃光がパチパチッ、パチパチッ、と音を立てて散っている。

 数刻前、胴体から切り離される寸前までその身体に宿っていたその凶悪性、凶暴性も、魔力の流出に伴って大魔狼から漏れ出し、ただのむくろと変わっていく途上であった。

 鉄さえ一噛みで食いちぎる強靭な顎は弛緩し、その口の端は潰れた蟹のごとく泡を吹き出している。

 濁りを増して行く黄色の両眼は、口惜しさと憤怒の感情を映してくわりと見開かれていた。

 

 咆哮が轟いた。

 頭目を失った狼達の叫び声が、夜の森を満たす哀切な楽曲となって染み渡っていく。

 鋭利な刃物で切り裂かれ、先には噴水のごとく血しぶきを打ちあげた首面も、もはや絞られた雑巾から滴るがごとき微かな血の流出を見せるのみとなっていた。

  

 やがて、地に伏した魔狼のむくろに、一つの影が歩み寄ってきた。

 しかしその前方に、三頭の魔狼が立ちふさがったことでその足が止まる。

 乱杭歯を剥き出しに唸るこの三頭は、死に向かいゆく頭目に最後の忠誠を果たそうというのか。

 今まさに迫りつつある眼前の敵を、凶暴な眼光で睨みつけながら、各々持つ力を練り上げ、迎え撃たんとする。

 魔狼達の脳内では、攻撃魔法の術式が高速で組み上がっていた。

 ここに顕現するは、破壊の炎。

 すべてを焼き尽くす炎の矢が、魔狼達の口内に完成しつつあった。


 しかし、魔狼達にその魔法を放つ猶予は与えられなかった。

 魔狼が魔力を練り上げ、炎を顕現させんとする、その刹那。

 高速で飛来する氷の槍が眼前の敵より撃ち放たれていた。

 飛来した槍が三頭の魔狼の眉間を正確に貫き通す。

 そして飛翔の勢いを失わぬまま、進路先にあったの木に突き刺さった。その矢の中ほどに、いましがた打ち抜いた魔狼の体をぶら下げたまま。

 磔に処された魔狼の口から、完成間近だった炎の残滓が、燻る煙として漏れ出した。

 魔狼の眼から、命の光が完全に失われる。

 口惜しそうに持ち上げられたら首がだらりと下がり、その魂は死神の元へ送られた。


「……」


 斬撃と同時に魔狼の第二の心臓、「魔核」を氷魔法で正確に打ち抜いた存在は、左手の短剣に残心を残し、緊張を保ちながら周囲の状況に目を配る。


「最優先ターゲット…撃破完了。第二、第三、…以降のターゲット、攻性意思、低下」


 物言わぬ骸となった魔狼達の周りには、未だ群れの魔狼達が集い、グルルと威嚇の唸りを上げていた。

 群れの長を屠られた残党ではあるが、その数は未だ多い。

 しかし、数に勝るを以て圧倒できるほどの余裕もまた、見受けられない。

 円を描くように「敵」の周りを徘徊する彼らは皆、既に大小の手傷を負っており、全身から血を流して足取りの荒い個体もいた。


 狼達の敵、短剣を構えた小さな影が一歩を歩みだす。

 その歩みには、一切の躊躇も、恐れも、昂りさえも含まれていなかった。

 魔狼の群れは、行動を策定する。

 一斉にくるりと転身し、敵わぬとみた敵からの逃走という選択を、群の長を失い、戦力の大半を削がれ、遂に取らざるをえなくなった。

 円の陣形を崩し、四方八方に蜘蛛の子を散らすように逃れ、戦線を離脱していく。

 それまで戦闘の足場として使用していた木々を立体機動の足掛かりとし、爪痕を刻みながら。

 相手は、魔狼の群れの残存個体全てが協調し、全力を振り絞って戦えば倒せない敵ではないかもしれなかった。だが、そこまでしたとして、魔狼達が享受し得る利益はあまりに小さすぎる。魔物とはいえ、生物としての基本性質「自己保存」、「種の保存」を性質として持つ彼らにとって、逃走は実に理にかなった選択と言えるだろう。


「……。……、状況クリア。目標、推定達成」


 足早に自身から遠ざかっていく魔狼たちを、小さな影が第六感のレベルまで鍛え上げた感知能力で知覚する。

 これ以上の襲撃の心配はあるまいと、確信する。

 そして緊張のレベルを一段階下げ、構えていた短剣を下ろした。

 戦闘態勢を解いたその人物は、ゆっくりと首を巡らせて周囲の光景を確かめ始める。

 深い森の中。わずかに漏れる月明かり以外の光源が存在せず、視覚の当てにならない環境であったが、その者にとって、暗闇はさしたる障害にはならない。

 金色に輝くネコのような瞳を見開き、夜の暗闇を見通していく。


 その人物は足元に転がる魔狼の首、その額を貫いている氷の槍を確認した。

 槍は魔核に突き刺さり、完全に魔狼の息の根を止めていた。

 「推定」が「確定」になったことを確かめて、緊張を完全に解く。


「……ふう」


 そっと嘆息し、人影は帰り支度に意識を切り替えた。

 戦闘用ナイフに付着した血のりを、地面の草葉を利用して手際よく拭いとる。

 綺麗になったナイフを指ではじき、損耗の程度を確かめると、そのまま腰元の鞘に納めた。どうやらナイフの寿命はまだ訪れていないらしい。

 そして今度は、大ぶりのナイフを別のホルダーから取り出した。

 肉を割く大刃と、骨を砕く鋭錐のついた、解体用のナイフだ。

 そのナイフの用途を示さんと、小さな人影は地に転がった数匹の魔狼の皮に刃を当てた。

 手慣れた様子で用途の多い毛皮を綺麗に剥ぎ取り、次は筋繊維を切り分けて肉の解体に取り掛かる。

 作業で生じた額の汗を拭った人物の顔が、木々の合間から射した月明かりで照らし出された。

 眩しそうに目をきゅっと窄めたその人物は、まだ幼さを感じさせる顔立ちをした、小さな少女だった。

 返り血に塗れた狩衣に身を包み、目元を覆う手入れの甘い長髪が彼女の印象を荒んだものに変えてしまっているが、決して不細工さを感じさせない。美しい少女だ。


「ん、……。今日の仕事、達成」


 その呟きは鈴の鳴るような柔らかな声で紡がれた。

 しかしその言葉に乗る感情の色は薄い。

 まだ10代とみえる少女には似つかわしくない、淡々とした声だった。


 一日の「仕事」を終えた少女――ルル・アルネンエルベは、獲得した戦利品を「んっ」、と気合を入れて背負うと、真っ暗な森の中に歩を進める。

 その歩みは危なげない。木々の葉に覆われ、月の光すら差さない暗闇の下であっても決して木の根につまずくことは無く、すいすいと歩を進めていく。

 金色に輝く瞳をまっすぐ前に向け、迷いない足取りで草を踏み、木の根で盛り上がった地面を乗り越える

 体全体を効率的に動かし、音も立てず、体力消費まで抑える。見る人が見れば驚嘆で息を飲むような、非常に高度な歩法。

 そんな彼女の足はしかし、ほんの時折不可思議な無駄な動きを繰り返していた。

 彼女自身ですら或は気づいていないかもしれない一つの感情によって、意味のないステップを刻んでいた。

 スキップ、と呼ぶのが一番近いだろうか。

 小躍りしたい気持ちを抑えきれず、足を跳ねさせる。

 その行動を引き出している感情は、おそらく「喜び」。


「……♪」


 彼女が「造られた」経緯を鑑みるなら、それは決して彼女に芽生えるはずのなかったものだ。

 彼女本来の姿――純粋な兵器や道具のような存在には、必要とされないものだった。

 彼女を作った帝国。その滅びと共に役目を失ってこの世から無くなるはずだった彼女が、新たに獲得したものだった。


 闇夜で一方的に敵を屠るため、亜人の目を模して改造された彼女の両目には今、無機的な兵器の色彩でなく、生物的な感情の色がうっすらと浮かび上がっていた。


 それを獲得した原因は、言葉にすればとても陳腐なものだ。

 おそらくこの世界でもありふれた、ごく当たり前のものだ。

 そして、きっと手に入れようと思ったとしても簡単に手に入れられないものだ。

 暗殺の才能を見初められ、その能力のみをただひたすらに鍛え上げられた彼女。国益に反するもの全てに罰を与える道具。決して「人間」とは呼ばれないものになっていた彼女に、心を与えたきっかけとなった、とても普通な人の心の動きだ。


 暗い闇の中を、少女は進む。

 うっそうと茂る森は、闇夜においては木々の合間に危険な魔獣達を潜ませる危険な場所だ。

 人が入り込むべき場所ではない。

 しかし少女は知っていた。この森が決して危険なだけの場所ではないことを。


『この森の奥には私のとっておきのピクニックスポットがあるんだ。ああ、奥って言っても魔力地帯の方じゃないぞ、あの川を上流の方にたどっていくとだね、繁った森の中に行くつかひらけた空間がある。色とりどりの花畑だったり、魚の泳ぐ川の畔だったりね』


 帝国の崩壊と共に生きる場所を失い、それと共に生きる目的を失い、毎日をただ飯を食し、寝るだけで過ごしていたルル。そんな自分を強引に外に連れ出し、村の隅々まで案内してくれた『彼』のことを、ルルは思い出していた。


『ほら、この花を知ってるかい? ルルっていう花だよ。君と同じ名前だ』


 いつの頃だったか、少女が半ば無意識のうちに採取していた毒や薬の原料となる野草、花の束を見た『彼』が突然花に凝りはじめ、書籍を読み漁って種々の草花の名称から「草ことば」「花言葉」までを網羅するまでに至った。

 挙句に庭に少女のための花壇まで作成してのけたが、それを見せた少女が花を一つ一つ手折り始めたのを慌てて止める羽目になる。


 その時手折った花であるルルの花は押し花にされ、後日別の形で少女にプレゼントされた。


 少女の長髪を留める髪飾りが月の光を反射してきらめいた。

 いつの間にか少女は森の魔力地帯から抜け出していたようだった。

 多くの魔物・魔獣が犇めき、よそ者たる人間を寄せ付けない魔力地帯。

 魔力で異常成長した木が月の光を遮ってしまうそんな場所を、少女は既に抜け出していた。ここは、少女が教えてもらった危険なだけではない森の場所に通じるところ。満月と星の輝きが暗闇を取り払っている場所だった。


 やがて、歩みを進める彼女の両目が、進行方向に浮かぶいくつもの明かりを捉える。


 それらの明かりは、何本も掲げられた松明によるものだった。


 彼女は知らない。その松明を掲げた集団が、夜遅くに行方をくらませた彼女が書き方を習ったばかりの文字を使って残した「森の魔狼をやっつけてくる」といった旨の書置きを見たとある青年が慌てて村中を駆け回って編成した捜索隊だということを。


 彼女は知らない。その青年が、存在意義を失ってとある村近くで行き倒れていた異国の少女を、両親に捨てられたか生き別れになったショックであまり喋れなくなっているのだと勘違いし、「運命神アリアン様の司祭として、この少女は見捨てられない。私が責任をもって育てる!」とのたまい、村長を務める彼の父を嘆息させつつ、強引に村民として登録せしめたことを。


 彼女は知らない。青年が彼女のことを何の力もない非力な少女だと思っているということを。

 間違っても村の回覧板に乗っていた害獣「魔狼」の被害を説明する彼の言葉を聞き、確実な排除を試みるために帰巣中の魔狼に夜、襲撃をかけようと思い立つなど思ってみもしないことを。


 彼女に明かりの方に何があるかは分からなかったが、そちらの方へ向かうべきだという直感に従い、そちらに接近する。

 やがて、松明をかざす男達の視界にも、接近して行く少女の姿が入ってきた。


 彼女の姿を見た村人達が騒ぎ出す。

 そして、その騒ぎの質は段階を踏んで変化していった。

 最初は正体不明の何かが近づいてくることに対する警戒心からの騒ぎ、次に、返り血で黒く染まり、背に魔狼の毛皮を負った人影に対する恐怖による騒ぎ、最後に、その人影が自分たちの探し人だと気づいた者がやや遠くにいたリーダーの青年を呼ぶために。

 村人達の下にたどり着いた彼女の所に、一人の青年が近づいてくる。

 少女の格好に気圧され、やや距離をとっていた村人が作っていた小円の中に、ちょうど彼女と青年だけが残された。

 青年は少女の格好を見て一瞬目を見開いたが、少女のどことなく不安そうな雰囲気を感じ取り、直ぐに笑顔を作って、彼女の下に歩み寄る。


「おかえり、ルル。まったく、心配かけすぎだ。どれだけ探したと思ってんだ。」


 言葉をかけながら、青年は少女の頭に手を伸ばす。

 魔狼の血をたっぷりと吸った少女の髪はいまだ乾ききっていなかった。

 粘度の高い血液が少女の髪の上を滑る青年の掌に吸い付いていく。

 けれど青年は、完全にいつも通りの調子で頭を撫で、軽く叩いてやる。

 

「ん、……。ただいま。」


 慣れ親しんだ心地良い感触に目を細めながら、少女は一言、帰投の挨拶を青年に告げた。とても嬉しそうに。

 少女捜索隊の村人達の大半は最初、血まみれの少女を恐る恐るといった風に覗き込んでいた。しかし、普段通りの調子で青年と言葉を交わしている様を見て落ち着きを取り戻し、胸をなでおろして離れていく。 

 少女が抱えていた荷物は、その場にいた村の商人達が引き取ることになった。

 受け渡しはその場で終わり、毛皮の運搬人の役目は少女から街の若集へと受け継がれた。


 「魔狼の毛皮が3枚に――ん? こいつは帝魔狼か? いやいや、まさか……。確認は明日の朝にするから、代金はそん後でもいいだろ?」


 そして、目的を達成した捜索隊は探し人を伴い村へ帰還する運びとなった。

 青年と少女の二人を、松明を抱えた村人たちが囲むようにして行く道を照らす。

 少女は村人達に労いと軽い叱責の言葉を受け、それに正直な謝罪の意を述べながら、青年はそんな少女のすぐ横で村人たちに手伝ってくれたことに対する感謝の気持ちとととりなしの言葉を口にしながら、明るい夜道を歩いて行く。

 これからは絶対に俺に何も言わずにいなくなるようなことはするなよ、と青年が心配そうに釘をさす。青年の隣を寄り添うようにして歩いていた少女は、こくりと頷いて首肯を返した。


「ん、……。大丈夫。絶対、いなくなったりしない」


 なら、いい、と言葉を返そうと口を開きかけた青年。が、少女がまだ何か言葉を続けようとしている気配を察して、自分に向けられた少女の瞳を不思議そうに覗き込んだ。

 青年の注目を一身に浴びた少女は、奇妙なこそばゆさと面映ゆさを感じながら「だって……」と言葉を続けた。


「わたしが、――」


 一瞬自分が言うべき言葉が見つからず、目を伏せかけた少女。

 けれど、目の前の青年の顔を見てすぐに自分が言うべき言葉を悟った。

 胸の内の思いを、そのまま正直に告げる。


「わたしが、……大好きだから」


辛口の批評、誤字脱字の指摘等大歓迎です。

少しでも感想を頂けると幸いです。

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