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その花、萎れて枯れるまで  作者: 岩塩龍
その花、萎れてかれるまで
2/5

一輪目・デートと共に?

 キーンコーンカーンコーン……


 金曜日の学校の放課後……それは、休みが来るという喜びからかどうかは知らんが、なぜか皆がはしゃいでいる時間帯だ。

 教室には明日や明後日の約束をしている人をしている人が目に入る。

 正直言って喧しいのであまり好きではない時間だ。と、いってもこのクラスは常に喧しいのでもともとあまり好きではないのだが。

「おう、坂下元気か?」

 一人の男子がそう声をかけてきた。

 声をかけてきたこいつは俺の数少ない友達の一人、西山にしやま かくだ。

 俺を見かけるたびに「元気か?」と言ってくる。基本調子は悪くないので、大体はスルーする。

「なんか用か?」

「ああ、ちょっとな。あのさ、前借りた金今週はちょっと返せないかも知れんから来週でいいか?」

 こいつが限定版のCDが欲しい。でも、小遣いがもらえるまで少し日にちが足らんとか言ってて、俺が仕方なしに貸した金だ。

「別にいいけど、なんかあったのか?」

「いやちょっと、今月から給料日が変わったらしくてもらえるのが来週になりそうなんだよ。まあとりあえずありがとうな」

 こいつはおそらく来週にはちゃんと返してくれると思う。

 なんやかんやで約束は高確率で守ってくれるから大丈夫だろう。

 あくまでなんやかんやでだが。

 ……本当になんやかんやだな……。

 過去を思い浮かべて、ぼんやりとそう思う。

「ほんじゃ、今度絶対返すからな、それじゃあな」

「ああ、じゃあな」

 殻は業務連絡のようなことを言って走り去っていった。家に……。

 あいつ、そこそこ筋肉はあるし運動神経も良いから部活でもやればいいのになと思ってはや三年くらいだがついに部活に所属することはなかったな、あいつ。

 もう、卒業間近なので、今更部活に入れる訳はなかろう。

 そんなことを考えていて、気づけば、教室には俺一人になっていた。

「それにしても、尼子さん来ないな」

 誰も居ないのをいいことに何時ものように独り言をボソッと呟く。

 尼子さんに放課後、教室で少し待っててと言われたのだが、一体なんだろう?

 実のところ俺は昨日の告白によって尼子さんとは仮の恋人となった。

 仮の恋人というのも、色々あるのだが、実は昨日、尼子さんが「明日の朝体育館裏に来て」と言って帰って行った。をして今日の朝言われたとおりに体育館裏に行ってみたら、こんなことがあった。


 ~ 以下、回想シーン ~


「昨日はごめんなさい用事があったのですぐにうちに帰らなきゃいけなかったんです」

「いや別に、そんな忙しいのに屋上来てくれたんだし、こっちこそわざわざ呼び出してごめんね」

「そんなことはいいよ別に。それより、昨日の話には続きがあるんだけどね。いい?」

「うん」

「あのね、卒業式にっていうのはね、まずは友達っていっても仮の恋人から始めようって意味なんですけれど」

「うん」

「そして、卒業式の時にまだ付き合っていたい、高校に行ってもこのままでいたいと思ったら、もう一度告白してください」

「ああ、分かった……えっ……」

「それじゃ、あ、あと今日の放課後少し教室で待っててね」


 ~ 以上、回想シーン ~


 と、まぁ、こんな感じだ。

 結果的には、卒業式で逃げられるか振られるかで終わりそうなんだが。

 むしろ、それしか考えられないのだが。

 でも、とりあえず、とりあえずは仮の恋人にはなった。仮のな……。

 けれど、何の関係もないよりはアピールするチャンスは増えただろう。

 だけどなぁ……なんかなぁ……見事に流されたされた感じがなんとなくするんだよなぁ……。

 なんていうか……別の高校行くからいずれ別れるとかそういうことなんだろうか?

 とりあえず卒業式のときにもう一度告白したら一応、正式な恋人になるんだろうが、お互い別の高校ということで次第に会う機会が減り、結局別れそうだな。


 ……怖い。


 だからこそ、そうならないように尼子さんを惚れさせるための努力をするしかない。そうすれば、きっとなんとかなる。多分。

 そんな一種の被害妄想を脳内で繰り広げていると、尼子さんが後ろから声を掛けてきた。

「ごめん、少し待たせちゃって」

「別にそんなに待たされて無いよ」

 細やかな気遣いは大切だ。

 事実、妄想してたからあんまり時間が経ったとは感じてないんだが。

「えっと、栽治くん!! あ、あの……明日……空いてます?」

 明日は特に用事は無いが……。 やはり、俺になんか用でもあるのだろうか?

「うん、明日は暇だけど……どうしたの? 用事があるなら聞くよ」

本当は西山が「金を返すついでにカラオケ行こうぜ」って言っていた日なのだけど。

 別にいいだろう。

 西山の返金は来週に延期されてるし、だいたい金が無い西山がカラオケに行けるわけも無いだろうし。

「あのね、一応、形では付き合ってることにしてるから。その、デートしたいなって思って」

 ふむ、なるほど、そんな用か……。

「……ん?」

 あれ?な、なんだって?

 ちょ、ちょっとよく聞き取れなかったぞ、うん、なんて言ったんだろう。

 ま、まさか本当にデートな訳無いよな。俺の聞き間違いだよな。

「あ、あの? いま……なんて……?」

「だ、だから明日デートしたいなって」


 え?


 なん……だと……

 でーと……だと……


 聞き間違いではなかった。

 本当にデートだった。

 まさかいきなりデートとは……昨日告白したばかりだってのに。

 尼子さんって以外と……積極的なのか……?

 よ、よく分からないけど、こ、これが普通なのだろうか。

「だめ……かな?」

 いや、そんなこと考える前に返事をしよう。デートのお誘いをスルーして物事を考えるのは良くないだろうし。

「いや、特に用事は無いし、別に……大じょ「ありがとう!!じゃあ、明日十時に駅前で!!」

「あ、ちょっと待っ……行っちゃった……」

 尼子さんは集合時間と場所を言うと足早に去っていってしまった。

 でも、まさか尼子さんから先に誘われるとは思いもしなかった……。

 こうなると分かっていたら先に自分から誘うべきだった。

 それにしても、よく尼子さんから誘われたなぁ、俺。

 でも待てよ、ちょっと考えてみようきっと理由がある……考えろ……考えろ……なんか理由があるはずなんだ……。

 

その時、栽治の脳内回路がそこそこの速度でそこそこの回転をした。……ネガティブ思考の……。


 はっ!!そうか!!


 そして、大抵外れる栽治式推理のろくでもない答えが出た。

 尼子さんが俺をデートに誘う理由、それは、卒業が近い尼子さんはいろんな人に告白されるので、俺をただ仮の恋人として置いておくんじゃ無くて、俺をダミーの彼氏として使うつもりなんだ。きっとそうだ。それ、以外在り得ないだろ、あのモテモテで学年のアイドルの尼子さんと俺がデートなんて。

 そうだ、それに違いない!!さすが俺、名探偵並みの考察力と推理力だぜ。

 まぁ、なんにせよ俺にとってはアピールの場ができたので嬉しいことに変わりは無い。明日を楽しみにしよう。


 {尼子 己織}


「あと、二週間……か……」

 私は再来週の日曜日の朝十時で十五歳を迎える

「そっか…結局……」


 このままでいるって決めたはずだけど……だめなのかなぁ。


「私……だめだなぁ……」


 今まで、我慢してきたけど……台無し……でも、そのかわりに…思い出くらいは……。


「思い出くらい……いいよね……だから、ああ、言ったんだし……」

 私は、心のどこかで喜んでいるようだった。

 でも、少しもったいないとも思ってしまう。ああ、いままでの我慢がもったいない。

「明日のデート楽しみだな」

 とりあえず、気づかれないように振舞わないと。

 そんなことを考えつつ、どこかうきうきした気持ちのまま私は眠りについた。


 {坂下 栽治}


 それにしても、ま、まさかいきなりデートになるとは思っていなかった。

 「やったー、超うれしいぜぇぇえええ!!ヤッホー!!」と、心の中では叫びながら、現実では小声で呟いただけだった。まぁ、ご近所さんから変な目で見られたくは無いからな。

 とりあえずはだ、虫除け役とはいえ形だけでもデートしてくれるということは嫌われてはいないということだろう。たぶんそうだろう。そうだったらちょっと嬉しいな。

 明日の計画を立てて、高感度を上げる。

 それが、俺の尼子さんを振り向かせよう大作戦の、第一ミッションだ。

 自分でそんなことを考えておきながら、作戦ってなんだ、ミッションってなんだと思ってしまうが気にしない努力をする。それがいつもどおりであまり気にはならないとことだと思い込む。でも、いつもどおりなのは今日までかな?と、さらに意味の分からない方向へ……まぁ、いっか。

 とりあえず明日の計画を立てておこう。

 待ち合わせは駅だし、ある程度のところまでだって行ける。

 そう、電車の行先は輝かしい未来に繋がっているのだ。

 隣町までいって、ご飯食べて、それで……ショッピングして、どっかになにかを見に行って……その後は……。

 なんやかんやで徹夜になりそうだった。



 俺は、今朝早起きして、いろいろ準備してからすぐに家を出てきた。

 今日がかなり楽しみで、家でじっとしていられなかったので、家を出て待ち合わせの三立駅に来ているのである。

 朝の駅前。

 日曜にもかかわらず休日出勤のサラリーマンと思われる、スーツ姿の人がちらほら見かけられた。

 とても大変そうであったが、自分も将来こうなるのかと思うと少し憂鬱な気分になる……わけがなかった。

 だって、デートだぜ。

 偽デートかも知れないといってもデートですよ。

 栽治はテンションMAXだった。そして、テンションMAXの栽治は腕時計を見た。針は七時二十分を指している。


 ………

 …………

 ……………えー


 何?この時間。ちょっと早すぎるでしょうよ、栽治さん。

「さすがに早く来すぎた……」

 待ち合わせは十時である。

 それにしても栽治よ、早く来すぎだろう。何でこんな早く来たんだ、俺。

 もう早いとか言う次元の話ではないぞ。十時まで、何もすることがないじゃないか。

 ああ、暇だ……。

「はぁ……後、二時間半何してようかな……ん?」

 駅の時計の下辺りにかわいい女の子がいた。

 綺麗な黒髪の短髪で、身長は若干低め、胸は……平均より小さめだが、とても可愛い女の子だった。例えるとしたら、そう、桃の花のような……。

 べ、別に心移りしたわけじゃないぞ。

 た、確かに凄く可愛いけど、心移りした訳じゃない。

 俺は、尼子さんが好きなんだ。尼子さんが可愛いから好きなんじゃなくて尼子さんだから好きなんだ。

 だ、だから、決して他の人を好きになるはずが、ってよく見たら、あれ、尼子さんじゃ……?

 ……やっぱり尼子さんだ。

 ほら、心移りしてなかった、だって本人だもん。

 心移りじゃない、心移りじゃないっと。

 そうとして、なぜここにというより、なんでこんな時間に?

 もちろん早く来るとかそういう次元ではないしな。

 まぁ、とりあえず声をかけてみるか。

「うーん……その辺うろついててもな~」

「あ、尼子さん?」

「わっ!! なんだ栽治くんか~……って栽治くん!?」

 そんなに驚くこと無いんじゃ……ってでもまぁこんな時間に俺がいたら驚くよな~って違う違う。

 今、気にするべき事はなんでこんな早くに尼子さんが、ここにいるかだ……と言っても俺も人のことは言えないのだけども……。

「それは今日が楽しみで……な、なんでもないっ!!」

 楽しみにしてくれてたのか。嬉しい限りだ。

「で、でも、栽治くんだって早く来てるじゃん」

「それは、尼子さんとのお出かけが楽しみだったからだよ」

 こちらだって楽しみで仕方なかったさ。

「そ、そんなはっきり言われると……ちょっと恥ずかしい……かな」

 何でそこで恥ずかしがるんだろうか?俺には分からないな、乙女心は難しいというやつだ。

 それにしてもさっき楽しみって言ってたよな。ということは、少なからず好意は持ってくれているのだろう。

「だいぶ早い時間だけどそろったし……デート……しよっか」

「……あ、うん、そうだね」

 それにしても、尼子さんは可愛いと思う。

 それは、ずっと中学入ってからずっと思っていたことだった。

 けれども、尼子さんはいろいろな人に告白されても、その人たちと友達になったという話もあまり聞かないし、こう言ってしまうと悪いが、誰かと話している姿もあまり見たことがない。意外と友人が少ないのかも知れないし、もしかして、こうやって誰かと出かけるのは久しぶりなのではないだろうか?それなら楽しみにしていたのも納得できる。と、言うよりそうでもないと、俺とのデートが楽しみだったなんて考えられないだろう。

 それにしも、なんで俺はよくて他の人が駄目だったんだろう。

 素朴な疑問だ。

 もしかして、俺の告白を本当に受けてくれたのだろうか……まぁ、それはないだろうけど、一応デートの後に聞いてみよう。一応、ね、気になるし。

「じゃあ、行こう!!」

「うん」

「で、栽治くんどこに行く?」

「そうだな……いろいろ考えてきたんだけどだいぶ早く集まったしなぁ」

 予定は10時だったので結構かなり早く集まったている。というか早すぎる。待ち合わせの時間とはなんだったのか。

「あ、そうだ早く来たんだから遠くまで行こうよ」

「うん、それがいいかもね」

 待ち合わせは犠牲となったのだ。

 俺たちは予定の隣町ではなく、隣町からさらに離れた町に行くことになった。

 そう、待ち合わせの犠牲の元に。



 この町はあまり来たことは無いので、新鮮な気持ちで色々見て回れるかもしれない。

「あ、栽治くんとりあえずケータイのアドレス交換しようよ」

「あ、うん」

 そういえばまだアドレス交換していなかったな。アドレス交換をしておかないと、今日逸れたときも困るし、何より、高校に入ったら会う手段がかなり少なくなってしまう。交換しないとやっぱり困るな。

 交換しておいて損はないし、しておこう。

「で、この後、どうする? 栽治くん?」

「う~んそうだな~」

 時計は九時を指している。

 元々集まる時間より、一時間も早い時間である。それにしても早く集まったなぁ。

「その辺でウインドウショッピングでもしていく?」

「う~ん、そうしようかな」

 俺の腹が ぐ~ と音を立てた。そういえば家を飛び出してきたものの、起きてから水一杯しか飲んでいなかったことを思い出す。

「あはははは、でも、先にご飯にしよっか栽治くん!!」

「そういえば朝ごはん食べて無かったよ」

 ぐ~、そこで、尼子さんのお腹も鳴った。

 尼子さんは、少し恥ずかしそうにしている。

「あ、私も……朝ごはん……食べてなかった……」

「じゃあ、そこのカフェで軽食でも取っていこうよ」

「うん……」

 俺たちは駅前にあるカフェで軽食を摂ることにした。

「いらっしゃいませ~」

 落ち着いた雰囲気の店内に入ると、店員のお姉さんがどこの店でも言われているであろう歓迎の挨拶で迎い入れてくれる。

「ご注文は何にしますか?」

「コーヒーとハムサンド……尼子さんは?」

「う~ん 私は……私も同じのでいいや」

「では、コーヒーとハムサンドが二つずつですね?」

「あ、はい」

「コーヒーは、先にお持ちいたしましょうか?」

「後でお願いします」

「私も後でお願いします」

 少しして、ハムサンドが関

 俺と尼子さんは席について、それぞれ食べ始めた。

「はむっ……このあとは、どうする?」

 尼子さんは、サンドイッチを頬張りながらそう言った。はむっ、って口で言うんだ。なんか……あざといな……。うん……。

「うーん、そうだな~ 尼子さんは何処か行きたいところある?」

「あの、栽治くん?」

「なに?」

「その……私のこと……己織って呼んで」

「えっ……と」

 うーん、名前で呼ぶ……か……それにしても、尼子さん結構展開速いな~、というかなんというか、あざといだけなんだろうか?

「だって恋人なのに苗字で呼ぶっておかしいでしょ」

「う、うん、まぁ」

 このくらい、他の人が見たって本当に付き合ってるのかを怪しまれるかどうかも微妙だとは思うが、好感度と仲の進展のために変えたほうがいいだろう。

 変える努力はしよう。

「だから名前で呼んで」

「えっと、こおり……さん?」

「さんも付けなくっていいよ、いや、付けないで呼んでよ」

 いままで苗字で詠んでた人を名前で呼ぶのって結構緊張するな。

 なんていうか、ある程度大きくなってから『ママ』から『お母さん』へと初めて呼び方を変えるときのような感じの緊張感だ。

「じゃ、じゃあ、こ、己織」

「うん、そう呼んで栽治くん」

 俺はあんまり女子を名前で呼ばない人だから、こういった呼び方は慣れないな。

 今日のうちにできるだけこの呼び方を多用して慣れよう。

 数を重ねれば人間慣れるものだ。

 というか、俺は女子どころか男子でさえよほど仲がいい人以外は名前で呼ぶことがないからな……。

 まぁ、とりあえず慣れよう。高校でも役に立つだろうし。

「わかったよこ、己織」

 それにしても、ちょっと不思議な気分だ。

 今まで好きだった人とこうして、店で喋りながら二人で食事を取っている。

 それって、結構なんか不思議な気分になるものなんだな。不思議な気分だが、悪い気分ではなく、とても楽しいような、嬉しいような気持ち。俺の語彙力の所為かどうかは知らんが、例えようがない気持ちだ。

 ただ喋りながら食事を取っているだけなんだけど、不思議と楽しい。好きな人といるっていうのはこういうことなのだろうか?

「栽治くん」

「ん? 何?」

「この後は、いろいろと店を回ってみようよ」

「うん」

 俺が食べ終わったころに、尼子さんも食べ終わったようだ。

「栽治くんも食べ終わったみたいだし、そろそろ行こっか」



 俺たちは食事後にウインドウショッピング(といってもまったく買ってないけど)してから、デパートの洋服店ではなく町の洋服店に入った。

 アニメや漫画でしか見たことがなかったけど、デートで洋服店って実際あるものなんだな。

「あ、栽治くん、この服、私に似合うかな?」

「あ、うん。似合うと思うよあま……己織」

「む……名前……五回目……」

「ご、ごめん」

 いままで、尼子さんと呼んでいたためにどうにもなれない。

 呼び名を変えてから慣れるのにはやっぱり結構時間がかかるものだ。

 というか、数えていたのか。

 どうやら俺はウインドウショッピング中(なにか買ったわけじゃない)に四回も間違ってたらしい。

 己織は不機嫌そうに試着室に入って、今日着てきた服に着替えてから出てきた。

「さっきのこと……悪いと思っているなら、これ……」

 不機嫌そうなまま、そう言って、さっきまで試着していた服を差し出してきた。

「俺に買えと……」

 コクコク……己織は頷いている。

 どうやら、買えということらしい。

「わ、わかった……」

 値段は……3000円……。服としては安い方だろう。

 栽治の持ち金は、現在13000円+小銭……栽治は地道に金を貯めてたので、中学生にしては地味に金を持っていた。

「ありがとうございましたー」

残金:¥10000

 といっても、このペースで買い物を続けていたら、尽きるのは時間の問題だろう。

「次は、あそこに行こう!!」

「お、おいちょっと……」

 次に入った店はアクセサリーショップだ。

 アクセサリーショップといってもそれほど高価なものを置いている店ではなく、比較的安値で買えるものが多いようだ。

 とはいえ、何個も買ってしまうとすぐに金が尽きるだろう。

「あ、これ可愛い」

 そんなこと思っていると、己織はそう言って、木製の小さな熊を手に取った。

 買うんだろうなー。

 俺が。

「これ欲しいな……」

 そう言って、こちらをじっと見つめてくる。最近話題の上目遣いというやつだ。

 買えと言うことだろう。俺が。

 ダメですよ、その目は。断れないじゃないか。

「か、買ってあげるよ」

 そういって、己織からその熊を受け取りレジに持っていく。

「1000円です」

 うわっ……結構するなー。相場は知らんがこれで千円か。

 そう思いながらも、俺は千円札をレジに出す。

残金:¥9000

 そうこうして店を回ってたまに買い物をするというのを繰り返しているうちに、ちょうどお昼時を迎えていた。

「この後は……ご飯食べてから……あ、そうだゲームセンター行こうよ」

 己織はお腹が空いたのか俺に気を使ったのかは分からないが昼食の提案をしてきた。

 昼食を挟んでゲームセンターなので、時間的にゲームセンターが最期のスポットだろう。まぁ、でもお金が尽きることは多分ない場所だろう。

 買い物続けたら、たぶん金が尽きるだろうし、良い提案だ。

 それにしても、女の子って凄く金使うんだな。

「そうしよっか己織」

「お昼はファミレスでも行こう」

 食べ物の好き嫌いにあまり左右されないファミレスなら片方が食事に困るということはないだろう。

「ファミレスかー、それならあそこでいいかな?」

 俺はあたりを見回してどこの県にでもあるであろうチェーン店を指さす。

「うん、そこでいいよ」

 己織の同意も得られたところで、そのファミレスに入った。



 俺たちは、ファミレスで食事を取ってから(もちろん代金は栽治が払った)ゲームセンターに入りいろいろと遊んで回った。

食事代:¥2150 ゲームプレイ代:¥3000 残金:¥3850

「己織、そろそろ帰りに乗る予定の電車が来るから次で最後のゲームにしよう」

 時計は三時二十分を指している。

 予定では三時四十五分の電車に乗る予定である。

「最後か……栽治くん、じゃあ、これやろうよ、これ」

 そういった、己織はクレーンゲームを指差している。

「クレーンゲームか、俺も久しぶりだな」

「私はやったこと無いから、栽治くんのお手本見せてよ」

「わかったけど、お手本って言っても、俺もやるの久しぶりだからほとんど手本にならないと思うぞ」

「それでもいいから」

 二百円で三回か。

 俺は、百円硬貨を二枚投入する。

 とりあえず、あの取りやすそうな位置にあるマグロのぬいぐるみを狙うことにする。

 ウィーン...

 クレーンを前に移動する。

 そして、左に移動する。

「栽治くん、もうちょっと先……」

「もうちょっと先か……」

 ウィーン...

 クレーンが降下する。

 アームがマグロを掴むが、落としてしまう。

 というか、あのマグロぬるっとしてなかったか。あとアームの馬力はそこそこあるはずなのに全然持ち上がらなかった。

「あれは形と、重さからして相当上手くないと取れないかもしれないな」

 というか、多分無理だろう。

 どっかのタグとかに引っ掛けても多分とるのは無理。不可能。というか、まずタグが針金で出来ていて、その針金の途中に紙がある。

 その紙には『大間産 本マグロ』と書いてある。

 本物じゃ……ないよな。

「こ、己織、他のを狙ったほうがいいと思う。まぁ、マグロなんていらないとは思うけど」

「うーん……じゃあ、あのネコさんを狙ってみる」

 己織は景品を一通り見回して、猫のぬいぐるみに狙い目を付けたようだ。

 ウィーン...

 アームを動かして狙いの小さい、猫のぬいぐるみに近づける。

 そして、アームを下ろす……。

 アームは猫の脇腹の部分に下りて、空気を掴んでから、脇腹を撫でるように上がっていき、アームの定位置に戻る。

「も、もう一回!」

 そういって、また、アームを動かして猫に近づける。

 それも、さっきと反対側のわき腹をなでただけで終わってしまう。

「も、もう一度……!」

 ゲームセンターで遊ぶときは、俺が金を払うという暗黙の了解がいつの間にか出来ていたので、俺は、何の疑問もなく百円硬貨を二枚投入する。

「よし今度こそ……!」


 そして、何も取れずに十一回目


 これが最後である。

 最後というのもあって、普通にゲームセンターに遊びに来ているだけ人はあまり感じないであろう緊張感が俺たちを包んだ。

 ゲームセンターにガチで臨んでいる方々はいつもこんな感じなのだろうか。

「これだけは……取りたい……」

 己織は全集中力を使ってアームを操作し、ネコのぬいぐるみの真上に持っていく。そしてアームはぬいぐるみをしっかり掴みゆっくり持ち上げた。

 アームはぬいぐるみをしっかり掴んでいるし、少しずつ出口に近づけていたので、おそらくこれは取れただろう。

 景品の取り出し口の上にたどり着いたアームはゆっくりと爪を開いた。

「やった……やった!! 取れたよ!!」

 己織は、初めて景品を取ることに成功したのが嬉しかったのか今日一番の笑顔を見せた。

 ぬいぐるみもゲットしたことなので、俺たちはゲームセンターを後にする。



 今日は服、アクセサリー、昼食、ゲームセンターというようにいろいろなところで金を使った結果、一日で一万円も使った……。今まで貯めてきたので、足りたけど、もし、俺が浪費家だったら絶対金が足りなかったであろう金額だ。

 そろそろ今月分の小遣いが貰えるのと、西山の返金で、また少し入るし、そもそも俺もあんまり使わないから別にいいのだが。

「ねぇ、栽治くん。美術館行かない?」

「美術館? でも、次の電車は5時15分のやつだから帰りが遅くなるよ」

「いや、栽治くんがこの後用事あったりするなら無理しなくてもいいんだけどこの辺に美術館があったのを思い出して。ちょっとみてみたいな~と思ったの」

「己織がその時刻でも大丈夫なら……」

「私は、別に大丈夫だよ」

「なら、うん、わかった、行こっか。それにしても美術館か……始めていくな。己織は何回か行ったことあるの?」

「ううん、私も始めてだよ。でも、小さいころお父さんとお母さんと私で、この町に来たときに大きい美術館があるっていってたから、ちょっと気になってたの」

 そんなこと話しながら歩いていると大きな建物が見えてきた。

 見た目からして、たぶんあれが美術館なのではないだろうか。

 白を基調としたゴシック調の外観で、入り口がもうすでに、美術品のようだった。

 というか、あの外観で美術館じゃなかったら、なんなんだよ。

「そっか……あ、美術館ってあれ?」

「うん………たぶん……」

 やっぱりこれ美術館だったのか。

 それにしても大きいところだ、この辺では、一番大きい建物だろう。

「入館料は一人600円となっております。二名でよろしかったでしょうか」

「あ、はい」

「じゃあ、1200円となります」

 俺はお金を払い、己織と美術館に入った。

 美術館には初めて入ったが、すごいものだった。

 精巧に作られたものや、迫力のある絵画なども見ていてなかなか飽きないものである。

 入る前は、美術品など見ていてすぐに飽きてしまうのではないかとまで思っていたが、今日その考えを改めさせられた。

 作品を見ていったところ、どうやら今月は花や果実を題材とした作品が多く飾られている。

 ちなみに、三ヶ月前は魚だったらしい。

 別にそれはどうでもいいのだが。

「それにしても、すごいな……」

「栽治くん! これみて」

 人もほとんどいない静かな館内に桃の花のような声が響く。

「ん?」

「綺麗だよね、こうゆうの」

 己織の指差すほうにはガラスで作られた色々なものが飾られていた。そこは、ガラス工芸を集めたガラス工芸のコーナーみたいな場所のようだ。

 なんか、ここにいると、壊してしまいそうで怖い。

 あ、りんごだ。

「あ、りんごだ」

 同じものを見ていたのか己織はそう言った。

 精巧に作られたガラス細工のリンゴである。

「これ、食べられないだろうな」

「あはは、当たり前じゃん、栽治くん、これガラスだもん」

 まぁそりゃそうだな。ガラスは食えん。

 それにしても、この林檎すげーな。ガラスでできているから独特の光沢感があり、祭りとかで売っているりんご飴のように見える。

 チラッと見ただけだと食べ物として見ちゃいそうだな。食えないけど。

「栽治くん、見て見てこの花きれいだね」

 己織は隣のショーケースを指さす。

 そこには小さな花があった。梅のような桜のような桃のような花だった。単に俺があまり花に詳しくないから三つの内のどれなのか知らなかっただけなのだが。

「これ、すぐ壊れちゃいそうだよね」

「たぶん触っただけで壊れるんじゃない?」

 触るどころか、ケースを揺らした振動ですら壊れてしまうんじゃないだろうか? そう思うくらい、脆く見えた。展示しているということは、さすがにそんな脆くは無いんだろうけど。

「花は枯れちゃう本物より、枯れないほうがいいと思うんだけど。栽治くんはどう思う?」

 そう言った己織の顔はどこか、沈んでいるようにも見えた。

「そうかな?それぞれの良さがあると思うけどな」

 枯れないというのは手入れがいらないが、生け花とかがあるくらいなんだから必ずしも造花などの枯れない花がいいとは限らないだろう。

「栽治くんはそう思うの?」

「まあ、ね」

「私はやっぱり作り物でも、枯れない方がいいな」

 己織は、どうやら枯れないほうがいいようだな。

 それが、手が掛からなくていいからなのか、枯れるのが好きでないかは知らないが、考え方は別に人それぞれだし、それに関しては何とも言えないしいうつもりもない。けれども、一つだけ疑問に思ったことがある、この花の質問の直後から己織の表情がほんの少し曇り始めて生きている気がする。

 俺は、答えの選択をミスしてしまったのだろうか。

「栽治くん、あれ見てみて、あの歯車」

 その後、美術館の中を見て回っているうちに、時は流れ、日は沈んでいった。

 楽しい時間は流れるのが早いものだ。好きな人と一緒に居ると楽しい。

 これらを合わせると、好きな人と過ごす時間は短く感じるということになる。たぶん間違ってはないんだろうな。

 なぜなら、俺がそうだから。

 この時がもっと長く続けばいいのにな、俺はそんなことを思いながら夕日の紅を見ていた。

 立ち並ぶビルの後ろに夕日は入っていくが、まだわずかに顔を出している太陽がビルに光が反射させ町を夕焼け色に染めている。

「もう、こんな時間だねそろそろ電車に乗らないと」

 駅の時計は五時を指し示している。降りる駅までは一時間二十分くらいかかるので、五時十五分の列車に乗らないと次はかなり遅くなるのだ。


 

「今日は、すごく楽しかったよ」

 俺は聞かなければいけないことがある。

 それは大事なことだ。

「己織」

「何?」

 今から、あの告白を受けてくれていたのかを確かめる。

 今朝の軽い気持ちとは違い、今は重要な事になっていた。

 一日行動を共にして、初めて見る姿も沢山あった。

 そして、美術館の一件から曇り始めたとはいえ、それまでの見たこともない楽しそうな姿が頭に浮かぶたび、胸がドキッとしてしまう。

 そこそこ人が集まる待合室よりのホームに対して、人がいないホームの端には屋根がなく太陽が赤い光を射してくる。

 告白の時ほどではないが、少し緊張する。

「聞きたいことがあるんだけど」

「ん?なに?」

 物語の一歩は、自分で進めなければいけない。

「己織は、一昨日の告白をさ」

「告白がどうしたの?」

 待っているうちに、一本、また一本と道は消えていくだろう。

 だから今、聞かなくては。

「ちゃんと受け取ってくれたの?」

 こう聞くと少しおかしいのかもしれない。

 受け取ってくれていたから今日があるわけで、聞き入れてくれたのは分かる。だが、これが友達としてなのか、恋人としてなのかがよく分からなかった。だから、それを聞こうとしたのだが、結果的にはよくわからない聞き方になってしまった。

「うーん、どうだろうね」

 己織はいたずらっぽく笑いながら、そう答えた。

「今日一日一緒に居て分かったと思うけど……私……いつもと違ったでしょ……」

 たしかに、普段より元気というかなんというか、凄くテンションが高かった。

「これが、本当の私なんだ。いつもは、こういうのが目立つと思ってね。私はあんまり目立つのは好きじゃないから、静かにしてるだけなんだ。本当はこうしていたいんだけどね。いつもと違う私ですけど、これでもまだ好きでいてくれますか?」

「俺は己織が好きだったんだから告白したんだよ……で、答えはどうなの?」

「んー、やっぱり少し待ってくれるとうれしいかな」

「うん……でも、次はちゃんと返答頂してね」

 結果的に一歩を進めることは出来なかったのかもしれないが、新しい道を開くことは出来ただろう。

「私ね、あの屋上の告白はちゃんと受け取っているつもりだよ。でも、栽治君の気持ちが変わるかもしれないし、卒業式の後にそのときの気持ちを聞かせてね」

「じゃあ、楽しみに待っててくれ」

『5時15分発三立駅行き車両がまもなく到着します』


 しかし、物語はそこがピークだったのかもしれない。


 電車の中ではいつもの己織のように物静かで無口な己織だった。

 会話のない時間の中、日は完全に沈み夜が訪れる。

『三立駅、三立駅、お忘れ物にご注意ください』

 駅に着いた後も、会話の無い静かな時間が二人の間に流れた。

 そして、次の会話はさよならであった。

「今日は……ありがとうね……じゃあね」

「じゃあまた、明日な」

「じゃあね……」

 じゃあねという別れの挨拶。

 そういった彼女の笑顔はどこか寂しそうだった。

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