プロローグ 一人のストーリー始まり
冬の寒さはほぼ感じないくらいの気温に肌を包まれながら、俺は屋上にいた。
屋上の鍵はいつも開いているとはいえ、常に雨風に晒されて、あまり綺麗ではないので放課後にわざわざ来る人はいない。
そこで、俺は一人緊張して立っていた。
俺はなぜ緊張する?なぜ、今、緊張している?
それは、これからやることが影響しているからだろう。
俺は今日告白する。
そう、告白するのだ。
だから、こんなに緊張しているのだ。
告白するっていってもなんて言ったらいいんだろうか……。
それは、告白する俺にも分からない。
正確には今の俺が分からない、と言うべきか。
カツ………カツ………カツ………
これは、四階から屋上へ上ってくる足音だろう。
彼女が……上ってくる足音……それもまた俺を緊張させるものの、一つであるだろう。
告白する、思いを伝えることだ。
それは、ひとつの始まりの合図になるかもしれないもの。
カツ……カツ……カツ……
足音が、少しずつ大きくなっていく。
その音が迫ってくるほど俺の心拍数は上がっていく。
それは、心臓が破裂すると思うくらい早くなっていく。
この告白は、始まりの合図になるのだろうか?
カツ…カツ…カツ…
心做しか足音の間隔が段々短くなってきているように感じた。
足音の間隔と俺の心拍数の間隔は比例するように短くなっていく。
今日こそ、今日こそ告白するんだ。
今日告白できないならもうずっとできないだろう。だから……告白をするんだ。
自分の思いを確認し、もう何度目かも分からないが、自分の胸に深く刻み込む。
カツカツ……トン……トン……
リノリウムの階段を上り終えた足音は、屋上の鉄筋コンクリートを歩く足音に変わっていって、俺の緊張は先ほどとは比べ物にならないものになる。
「さいじ……くん?」
可愛らしい、例えるなら桃の花のような声で、自分の名前を呼ばれる。
名を呼ばれたことによって、心拍数はまた上がっていき。これ以上緊張することがないとまで思われたこの状態から、さらに緊張する。
こんな状態でこの気持ちがしっかりと伝えられるか心配になる。
何度も練習したから、大丈夫と自分に言い聞かせ続けるが、緊張のあまり、体も頭も言うことを聞いてくれず、まったく動いてくれない。
その感覚はまるで、金縛りにあったようだった。
「え、えっと……なに?」
言わなきゃ……早く言わないと……ここで…このチャンス……逃すわけにはいけない……。
気持ちだけでも伝えるんだ。
「あの……屋上に呼び出して……なにか……よう?」
何を躊躇っている。俺は、この気持ちを伝えなければいけない。この後、どんな結末がまっていようと……伝えないと……。
金縛りは未だ解けず、声を発生しようとしても口が開かない。
本当に緊張しすぎて自分が情けない。
でも、それでも、この気持ちを伝えなければいけない。決して彼女のためではなく自分の為なのは明確であるがそれでもこの気持ち、言わなければ……言うんだ言うんだ言うんだ……言うんだっ。
金縛りは、ふとした瞬間に解け、この気持ちは決壊したダムから流れ出る濁流のように、言葉として口から勢いよく飛び出した。
「ずっと前から好きでしたっ!! 付き合ってください!!」
口から発せられた言葉は練習のときより短く、シンプルで、飾り気も無いストレートな告白になっていた。
うまく伝えられたかどうかといえば微妙かもしれない。けれど、それはそれでよかったのかもしれない。うまく動いてくれない脳と体で、着飾った言葉を使ったとしても逆にこんがらがるだけで、この気持ちを伝えられなかっただろう。
気持ちは伝えた……後は、彼女の答えを待つだけだ……。
「……もうちょっと、待ってください……」
待つ……もう、卒業は近い。
これは、振られたのか……。
やっぱり……俺には高嶺の花だったのかな……。
いろんな人から告白されても断ってきたんだ。俺なんかの告白を受けてもらえるはずなんかない。
心のどこかで、そう思っていたのもあってなのか、思っていたより気持ちは沈まない。
この告白は、もともと吹っ切れるためのものだったのかもしれない。
「あの……卒業式までまって……もらえますか? それまで友達でいて……卒業式のときに……返事をしますので……そのとき、もう一度告白してくださいますか?」
やっぱり、これは多分、遠回しに振られたんじゃないか。
友達からっていうのは俺を傷付けないようにやんわりと断る方法のひとつだと聞いたことがある。
けど、もう一度告白できるチャンスがある。それがこの告白でわかった。
なら、卒業式のときにもう一度告白しよう。
どっちにせよこの子と同じ高校にはいけない。
卒業まではあと、三週間くらいしかない。俺たちはそれぞれ行きたい高校の入試を受け、二人とも受かった後なのだ……だから、もう、気持ちを伝えるチャンスはそこしかない。
この、三週間で彼女の気持ちを俺に向かわせてみせる。
「分かった……卒業式までは、友達として……だな……」
絶対に気を引いて、気持ちを俺に向かせてやる。
そこから、この俺、坂下栽治と俺が告白した彼女、尼子己織はちょっとした関係は始まった。