九、遠き日の夢
父様からの話があった後、私の部屋に訪れたのは・・・昔よく一緒にいた、従弟でした。
昔でこそ、彼の姉であり私も実の姉のように慕っていた従姉に舞や雅楽を教えて頂きに行き、そこで彼が練習風景を見たりしていましたが。
お互いに学ぶことが増え、従姉の姉様も嫁いでしまってからは、会うことが少なくなっていました。
「・・・りゅう・・・いえ。栄龍さま。私に御用でしょうか?」
昔ならばいざ知らず。今はもう、元服をした方。
気軽に名を呼べるような間柄ではありません。
そんな私を、栄龍さまは少し寂しげな目で一瞥されてから、話しだしました。
「・・・殿から、話は聞かれましたか?」
「はい・・・今しがた。・・・栄龍さまが、私を選んだというのは、本当なのですか?」
「えぇ、本当です。」
今朝、父から聞かされたのは・・・私の、結婚が決まったということでした。
「・・・父様の願いで・・・ですか?」
兄様がいなくなってしまった今、時期当主の最有力候補は先代の次女、舞叔母様の長男であるりゅう・・・栄龍さま。
父も、できれば自分の血を引いた子に継がせたいと思っていたはずですし・・・。
将来、私の子が国を継げばそれは叶います。
栄龍様はまだ独身、そして父様は現当主。
命令ならば、通るでしょう。
「・・・それもあります。」
やはり・・・そうでしたか・・・
「しかし、断ることもできました。それをしなかったのは、私の判断です。」
「へ・・・?」
どういう意味なのでしょうか・・・?
「私も、嫌なら断るということです。・・・もう察してるかもしれませんが。殿は私に、姫との縁談の話と共に・・・この国の跡継ぎにならないかという話も提示なさいました。」
「やはり・・・。」
「残った姫に、国長の正妻という地位を与えたい・・・という思いもあるのかも知れませんね。」
父上が、私に・・・?
父上の愛情の現れならば、喜ぶべきことなのでしょうか?
でも・・・
「私は・・・地位なんていらない。夕香義姉さまは、巨大な隣国の殿の正妻になられました。でも、それが幸せといえますか?義姉さまには、お慕いする方がいたのに・・・国のために・・・て。義姉さまも、私も・・・普通の家の子として生まれればよかった!姫でなんかなくていい、殿の妻になれなくたっていい・・・ただ、好きな方と一緒にいられれば・・・!」
「・・・姫には、お好きな方が?」
「・・・いいえ。お慕いする方がいましても、義姉さまのようになってしまうのなら・・・と。そのような人は・・・」
つくろうとしませんでしたし、そのような人も現われませんでした。
「ご安心ください・・・というのも、おかしな話かもしれませんが。・・・私は・・・国を継ぐ気はありません。殿には申し訳ないとは思いますが・・・私のような者には、殿の地位はふさわしくありません。私は、戦を好まない。だから・・・殿には、武に優れた、志那殿を推挙しました。」
「志那さまを・・・?」
「はい。・・・他者に押し付けてしまう形になるのは申し訳ないのですが、志那殿には才気があります。だから私は・・・かつて殿を支えた父のように、志那殿の支えになれればと思っています。」
栄龍さまのお父上・・・私の叔父は、知略に長けていらっしゃる方で、戦の際には、戦略を立てるのに一役かっている方です。
「ですから、跡継ぎの件は、断ったのです。しかし・・・あなたとの件は、断りませんでした。・・・つまり・・・その・・・」
「少なからず、私に好意は感じている・・・そう、受け取ってもよろしいのですか?」
「・・・はい。昔・・・姉と共に舞を舞っていらしたあなたの姿に、幼いながら、憧れを抱いておりました。」
「私に・・・?」
私は、自分が憧れの対象になるなどとは、考えてもみませんでした。
「はい。・・・恋というものとは違うかもしれませんが・・・私は、あなたなら、愛せると思いました。ですから・・・姫も・・・。今は、私のことなど考えられないかも知れませんが」
「そんなこと・・・」
「でも、私が断らなかった以上、婚礼の算段は進んでいってしまうでしょう。けど・・・私のことが、嫌いでさえなければ、結婚してくださいませんか?」
「龍くん・・・」
「年下の私では、頼りないかと存じますが・・・大切にします。あなたに、姉上のような思いはさせません。だから・・・」
昔は小さかった体が、とても大きく、なったように感じました。
「栄龍さま・・・ありがとうございます。・・・私、由美香は・・・あなたの元へ、嫁がせていただきます。」
こんなに、私のことを考えてくださっている龍くんに、答えたいと思いました。
これが、恋なのかと言われれば、違うのかもしれません。
でも・・・
順番は違っても、少しずつ・・・この人を、好きになっていけたらいい。
この人なら、好きになれる。
そう、思ったのでした。
.




