十、大切な人
1996年、夏。
・・・久しぶりに、昔の夢を見た。
松岡さん・・・辰郎さんと結婚して、一年が過ぎた。
今まで暮らしてきた場所とは、まるで違う世界。
戸惑うこともたくさんあったけど、辰郎さんが支えてくれた。
・・・結婚してから、見ることがなくなっていた夢。
やっぱり、前世だなんて勝手な妄想だったのだろうか・・・そう、思い始めていたのに・・・
感じる〈私〉の心が、これが・・・この気持ちが本物だと訴えてくる。
「奥様。失礼します。」
・・・今だに、この呼び方には慣れない。
「奥様御気分はいかがですか?」
「大丈夫です。」
「何かありましたら、すぐにお呼びくださいね。大切なお体なのですから。」
「ありがとう。」
別に、病気なわけじゃないし、彼女が過保護というわけでもない。
ただ・・・今、私は・・・妊娠している。
予定日はもうすぐで、そろそろ入院の準備も始めている。
「おいっしょっと。」
掛け声とか年寄り臭い・・・そう思うけど、二人分の体は重い。
お腹は張ってるし、足元うまく見えないし・・・準備だって楽じゃない。
お手伝いさんに頼めばやってくれるだろうけど、下着とかめあるし・・・恥ずかしいから。
早めに準備を始めて、後はもう、確認するだけだ。
「・・・うーん・・・何か忘れてる気が・・・。あ!お守り・・・」
みんながくれた安産のお守り。
引き出しにしまってあったんだった・・・。
「お父さんとお母さんからのと、お義父さまとお義母さまからのと、お義姉さんとお義兄さんからのと・・・」
結婚の前に聞いた、辰郎さんのお姉さんとその旦那様。
結婚が決まってすぐに、辰郎さんは紹介してくれた。
とっても明るくて、優しい雪菜さんと、穏やかで、しっかりしていて頼りになる幸隆さん。
義妹の私に、二人ともとてもよくしてくれている。
「あれ・・・辰郎さんがくれたのは・・・」
お守りが足りない。
一番大切な・・・辰郎さんにもらったお守りが・・・
あ。そういえば・・・
私は、胸元に手を忍ばせる。
あった!
やっぱり・・・昨日、無くしたくないからって、首にかけたんだった。
「よかった。」
辰郎さんは、私にとって・・・すごく大きな存在になった。
仕事が忙しい人で、帰りが遅くなったり、出張も多かったりするけど、遅くなっても絶対帰ってきてくれるし、出張中も毎晩電話をくれる。
大事にされてる、と思う。
それが、嬉しいと思う。
でも・・・こんなに辰郎さんは私によくしてくれるのに、私は・・・妻としての役目を、果たせているのか。
それが時々、不安になる。
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