第18話 開始まで
休み明けの月曜日。
この日は最高学年のトーナメント戦が行われる。
いや、行われた。
三年生の戦いは、人智を無視した超人達の世界だ。
たとえ、模擬戦だろうと油断すれば命を落としかねないほどだ。
終わったのだが。
それはもう凄かった。
空を舞い、魔法が咲き乱れる。
幻想のような、未知の世界。
言葉じゃ表せやしない。
まあ、終わったのだが。
俺たちは、終わった後は学年ごとに後夜祭のような感じで楽しむものだ。
第一体育館と第二体育館はそれぞれ、三年、二年が使用する場所だ。
一番位の低い、一年生は面積も小さい講堂が宛がわれる。
全くこれだから、先輩というやつは嫌いだ。
だからって、来年一年に譲るつもりはないのだが。
講堂の隅には、長机が置かれ白い布が敷かれている。
上には綺麗な皿に食事が並べられている。大きな肉とか肉とか。将也が張り付いて居場所を完全ディフェンスしている。
講堂には上品な音楽が流れ、食事が置かれていない中央部ではダンスなどを踊っている。
ここはダンス会場らしい。
生憎、そういうのはあまり好きじゃない俺。
盛り上がるっていうタイプでもない。講堂の隅でほこりのように小さく縮こまっている。
「もう、櫂もちょっとは混ざろうよぉ」
愛音は、多少おしゃれをしながらも両手には皿を持っている。
「ちょっと、そういう気分じゃないんだよ……」
しっしっしっと手を振ると、愛音は隣に腰を下ろす。
追っ払ったつもりなのだが、彼女にはこっちに来いと思ったようだ。
伝わらないジェスチャーに頭を悩ませながら、俺はもう一つの考え事をする。
理沙には、あれから連絡がつかない。
電話も、メールも全く届かない。
あいつが一体何を考えているのか、俺にはさっぱり分からなかった。
だけど、あいつがいつか襲ってくることだけは漠然とだが分かっていた。
講堂の音楽が変わり、踊っていた人たちの何人かが隅に移動する。
代わりとばかりに、隅から異性を誘って参加する。
「あたしも踊りたいなぁ」
「踊れるのか?」
「無理」
なら言うなよ。
なぜか、期待したような目が向けられる。
俺も踊れないんだぞ。お前、俺が何でも出来ると思ってはいないのか?
「櫂、何してますの? 隅で苔のように張り付いて楽しいですの?」
どうやら踊っていたようだ。額には汗の玉が浮き出ている。
隣で控えるナイラからタオルを受け取り拭っている。
彼女はこの会場で一番気合が入っている。
純白のドレス。もう、そのまま結婚会場行ってこいよとぐらいだ。裾は長くはないが。
ちらちらと胸元が見えているが、そこまで大きくないのが救いだな。
「楽しむのはトーナメントだろ?」
俺が片手をあげて、諭してやる。
みんな、間違っているんだ。
「ふう、これだから櫂は……」
若葉は、俺が間違っているような顔つきになる。
なぜだ。
「楽しむのは、食事だろっ!?」
将也が、掻っ攫ってきた肉を頬張りながら割り込んでくる。
「た、たれをこっちに飛ばすなですわー!」
驚きの回避力を発揮して、将也の散弾を避ける。
将也はうまそうに肉を口に含む。悪気はないようだし、悪い事をした自覚もないな。
「と、に、か、く! 一度踊りますわよ」
無理やり腕を引っ張ろうとする彼女の手を払う。
「悪い、今日は気分が乗らない」
とはいえ、いつだろうと踊るつもりはないのだが。
「気分が乗る日があるんですの?」
「ないな」
「なら、今日にしますわよ」
腕を引っ張るが、俺は駄々をこねるように床に張り付く。
しばらく、そんなやり取りをしていたのだが若葉は中々立たない俺に業を煮やしたのか、
「べーっですわ! もう、知りませんからっ!」
若葉は子供らしくべろを出し、瞼を引ん剝く。
ちょっとホラー気味に剝かれた目玉。
そのままナイラを伴って去っていく。
「ご飯とってこよー!」
愛音はしゅたたと小刻みに器用に立ち上がり、食事が並ぶエリアに舞い戻る。
そこを男子がダンスに誘っているが首を振って断っている。
断られた男子が俺を睨んでくるのだが、あいつはどんな断り方をしているんだ?
「あーあ、つまんねぇな」
もう満腹なのか。
将也は腹をさすりながらどがっと腰掛ける。
とはいえ、こいつはもうかなり食い捲くっている。厨房ではコックが何人か倒れただろうな。
「それだけ食って、文句かよ」
「まぁな。いつもなら、ここらで千明が参上して邪魔しに来るんだけどな」
「お前って、結構理沙の事気にかけてるよな」
てっきり嫌っているのだと思っていた。
将也は背中を壁に押し当て、頭の後ろに組んだ手を回す。
「まあ、いないと静かでいいんだけどさ。一日くらいなんだよ、そう感じるのは。あとはいないとなんか変な感じがするっつうかさ」
将也は天上を見上げながら、遠い目をしている。
俺も真似して天上を見上げると、ポケットが震える。
一応マナーモードにしていた携帯が唸り続けるので引っ張りだすと。
『千明理沙』
ディスプレイに表示された文字に一瞬で覚醒する。
なんで、このタイミングで。
色々と考えたがすぐに出た。
「……もしもし」
『やほー、元気してる? 今頃、食事中だよね?』
「ああ、パーティーだ。うるさいぞ、こっちは。お前はどこにいるんだ?」
『学校の校庭だよ。今は人は誰もいなくて静かだね』
学校!? 俺は即座に講堂にある大きな二つ扉を見る。
嘘かもしれない、罠かもしれない。
だが走り出さずにはいられなかった。
「どうしたんだ? 櫂!?」
将也がいきなり全力疾走しだした俺を呼び止めようとするが、俺は電話の送話口を押さえながら、
「愛音を頼む! 絶対守ってくれっ!」
敵が一人とは限らない。
さすがにこれだけいる講堂内を奇襲するとは思えないが万が一のために将也に任せた。
「あ、ああ」
戸惑いながらも頷いたのを確認するのと同時に講堂を飛び出した。
『やっぱ、こっち向ってる?』
「当たり前だっ。今まで何してたんだよ!」
『うーん、愛音を捕まえる作戦を立ててたかな。だから、櫂くんを呼び出すんだよ』
「俺?」
確かに、護衛をしているから俺から離すのはいい作戦というか、当たり前だろう。
『うん、私と勝負して私が勝ったら、愛音は連れ去る。櫂が勝てば私の負け。後は櫂の自由に。簡単でしょ?』
「ふざけんな!」
俺は、靴に履きかえて校庭に飛び出す。
部活用のライトも今日は照らされていない。
頼りになるのは月明かりだけ。
それもそこまで明るくない。
闇を切り裂くように走り続けると、校庭にフードを着込んだ人間が立っている。
「何が、目的なんだよ」
まだ、俺は俺だ。カイに体は渡していない。
「そんなの、答えなくても分かるよね?」
指をつきつける。
フードを被っているのは、どう考えても理沙だ。
「俺は、理沙。お前の真意が聞きたいんだよっ!」
敵の目的は簡単だ。
愛音を奪い去ればいい。
「甘いね。櫂くんは甘いよ」
だけど、理沙はどうなんだ。
理沙は答えを言おうとはしない。
フードを外して、拳銃を構える。
拳銃とはいえ、魔力を充填して撃つタイプだ。
今時、実弾など手に入らない。
魔力式拳銃は、連射と装弾数に限界がないが一発の威力が低い。
頭にくらっても死なないレベル、といえばその弱さが分かるだろう。
だが、連射と装弾数は、自身の魔力が許す限り無限につぎ込める。
拳銃という、片手で扱える小さなものが機関銃なみに撃てるのだ。
「理沙、俺は知らないからな。お前が怪我しても」
俺は、カイに体を渡す。
カイはゆっくりと剣を取り出して、構える。
突きをするような構えだ。
(殺さないように戦えるか?)
(ああ? 元々殺すつもりはねぇよ。女ならな)
カイがにいっと悪い笑みを浮かべた。