第16話 謝罪
次回の更新が遅れます。五日後くらいになると思います。すみません。
人が誰かを怒らせたとき。
許してもらう方法はいくつかある。
「なぁ、いい加減機嫌治してくれよ」
純粋に謝る。
この方法は、太古からきっと使われていただろう。
口頭でが基本だろうが、言いにくいのなら文書で。
今時はメールなどが圧倒的に多いだろうか。
俺は相手に想いを伝えるのは言葉が基本だと思うので、大事なことは直接話す。
最悪電話だな。メールはない。
そして、俺が怒らせた愛音は携帯を持っていないしな。
愛音は相変わらず俺にたかって夕食を食べていた。
今日は土曜日。本来は学校は休みだが、二年生の部のトーナメントが行われた。
明日の日曜日はさすがに休みだ。
土曜日が潰れることで愚痴たれた者もいるが、夏休みが一日伸びるらしい。
なら今休みをくれてもいいだろう、と思うのだが学校側にも色々都合があるらしい。
無言のまま、愛音は目を瞑ってむすっと怒ってますアピール。
原因は、昨日の出羽事件だ。
思いのほか会話が弾み、出羽の元で何時間も居たのだ。
慌てて部屋に戻ると、涙目でティッシュを引き裂いて暇を潰している愛音が出来上がっていたのだ。
「櫂よぉ。女を泣かせるって、男として最低じゃね?」
お前はいつも奇天烈な行動で引かせてるだろ。
街中でまだ幼稚園くらいの子供を泣かせてただろうが。
将也が駄目だな、となぜかドヤ顔で肉をかっくらっている。
強引な食べ方だ。肉が悲鳴をあげてるぜ。
「か、櫂。さっきから愛音ばかり構ってません?」
俺の右には相変わらずリミットブレイクして行動の真意が掴めない若葉が不機嫌顔だ。
勘弁してくれ。両サイドに魔物を配置しないでくれ。
「ああ、若葉。さっさと部屋に戻ってくれ」
いられると邪魔だ。退室を願う。
「……」
ほらみろ。俺が若葉と話した途端に愛音の圧力が三割増しだ。
どうしろというんだ。この局面はいかなる英雄も突破できないぞ。
「櫂、あなた私に対して冷たくありませんの?」
愛音を立てれば、若葉が立たず。
二頭の獣に囲まれた俺は一体どうすればいいのか。
救助を要請しようか。
将也のほうは、駄目だな。より混沌とする。
かといってナイラに頼るのもな。
ナイラはご主人様である若葉を立てるに違いない。
肉をおいしそうに食べている将也。
いいな、お前は悩みに縁がなさそうで。
肉を食べ終え、腹をさする将也。
幸せそうだ。
不意に目がかちあう。
やめろ、嫌な予感がする。
「そういや、明日は暇だったな。櫂、遊び行こうぜっ!」
遊びに行きたいさ。できれば今すぐに。
「遊び……? それですわ!」
若葉はぱちんと手を打つ。
どっかにぴんときたようだ。俺に不利益がないのを祈る。
「櫂! 明日暇ですわよね!?」
「今しがた将也に誘われたんだけど……」
「なら、暇ですわね!」
「おおい! テメッ、オレの約束がどんだけ凄ぇのかしらねぇのかよ?」
俺も知らない。
将也は椅子の上に足を乗っけて、若葉に顔を近づけてがんを飛ばす。
「ナイラ! うるさいゴリラは任せましたわっ」
「はっ」
一言も喋らずにヨーグルト食べていたナイラが、きりっと目を開く。
将也が拳を構えて、ぺっと唾を自身の皿に吐き出す。
どこか笑みが漏れている。好戦的な二人は、トーナメントの観戦という暇に飽きていたようだ。
やめてくれ。廃校させたいのか。
俺が止めに動こうとすると、若葉に腕を掴まれる。
「明日、朝から二人で! 遊びに行きますわよっ」
顔をぐいっと寄らせてくる。
ち、近い。
周りの空間を無理やり飲み込み自分の物へと変えてしまう力強い彼女の美貌。黙っていれば大和撫子なのに、性格一つでここまで変わっちまうんだな。
嫌いではないが。
「二人ぃ?」
あれ、今の将也の言い方に似ているぞ愛音。
ぎぎっとさっきまで険しくしていた愛音から表情が消えた。
能面のように無を貫き、俺を睨む。
なぜ、なぜ、俺なんだ!
「櫂! あたしもついていくから! 絶対ついていくからね!」
「なに言ってますの! 後から約束取り付けるなんて、横取りですわ!」
うん、お前だからねそれ。
「うっさい無駄乳!」
「まぁ! 私だってありませんわよ! 無駄乳っていうのはナイラのようなことを言うのですわ!」
若葉が大振りで指差す。
ま、まじで戦ってやがる。
拳と鞘がかち合いながら、将也とナイラが戦闘狂な笑みを浮かべてやり合っている。
誰も止めないのか、これを。
周りには人がいたが、どいつもこいつも見て見ぬ振り。
それもそうだ。誰が嵐のぶつかりあいに口を挟むんだ。
最近俺に構う奴が少なくなって嬉しかったが、そりゃこんな戦いに巻き込まれたくないわな。
ナイラは若葉の大声に恥ずかしかったのか刀を置き胸元を手で隠す。
「わ、若葉様! 大声で言わないでください!」
赤面しながらの絶叫は背徳を感じるな。
「もらったぁっ!」
将也が容赦なしに足を踏み込む。衝撃で食堂の床が凹む。
どんだけ強化してるんだ、あの馬鹿!
(オレも混ぜやがれ!)
そういや、俺の中にも戦闘狂がいたな。
一般人の俺は、ナイラと将也の間に入ろうとするが、当然間に合うこともない。
ま、必要はなかったようだが。
「無断で校内で魔法を使うことは禁止されています。二人とも風紀委員室に来てもらうわ」
風紀委員長だ。名前は……忘れた。別に仲いいわけでもないし。
何度かお世話になったことはあるがな、将也のせいで。
あれだけ騒ぎが派手になれば、気づくか。
危機が去ったことにほっと胸を撫で下ろす。
将也は床に頭を埋めてぴくぴく動いている。
いい鎮静剤だ。常に近くで見張っててほしい。
「ありがとうございます」
俺が委員長に近寄ると、睨まれる。
「あまり、事件を起こさないでほしいわ」
「俺もですよ」
それから、若葉、愛音と眺めてから。
「大変そうね」
「分かります?」
俺が苦笑を浮かべると、風紀委員長も鼻で笑う。
馬鹿にするような笑い方だな。
委員長は将也とナイラを連行していく。
「ま、待ってくれ! 私はっ! 若葉様ーー!」
ナイラがこちらに救いの手を伸ばしている。
若葉は、微妙そうに両手を合わせて黙祷。
俺は、これ幸いとばかりに食器を片付けて逃げる。
明日は一日休ませてもらうぜ。
日曜日。多くの人が休みである本日。
昼頃まで寝るのが至福である。
だが最近、若葉回避のために早起きをするようになった俺は、例に漏れず学校に行く時間に起きてしまった。
適応力のない俺の体め。
起きてしまったのなら仕方ない。
俺はぼさぼさの頭をかきながら、部屋をゆったりと歩き着替える。
いつも通りのおしゃれとは無関係の黒いシャツにズボン。
服なんて着れればなんでも同じだからな。
愛音は、ベッドで寝ている。
愛音にベッドを使わせて俺は布団を敷いている。
別に寝れればどこでもいいさ。
机のあたりを漁り、ゲームでもしようとすると。
がちゃり。
玄関が開けられる。
「櫂? 起きてますの?」
な、ぜ、来たんだ若葉。最近しつこいぞ。
昨日出かけるとか言ってたが、本気だったのか。
白のワンピースに身を包んだ若葉は、帽子までも被っている。
完全日光対策だ。この頃あっちぃからな。
「櫂。出かける準備はできましたの? 愛音が来る前に行きますわよ」
日光を全力で集める黒尽くめな俺は外には出たくないぞ。
俺の腕を掴んでくる若葉。
「櫂っ!?」
俺と若葉の会話に反応したのか、愛音が起きてくる。
寝癖がアンテナのように二本立っている。先が鋭く凶器だ。
う、ううん? ちょっと待て。
今まで俺の部屋に愛音がいるのを若葉は知っていたか?
昨日から、愛音は俺の部屋に戻ってきた。
一週間ほど若葉は俺の部屋に通っていたが、愛音が住んでいたと疑えるような物品はなかったはずだ。
となると、これってまずくね?
理事長が話していれば事件は起きないが、もしも知らなかったら。
若葉の事だ。変な誤解をするに違いない。
俺が変態だ、と叫ぶ可能性大だ。
「か、櫂? どういうことですの?」
「……どう思ったんだ?」
「愛音! 櫂に何したんですの!?」
そっちか。
なら、いいや。このままで。
「へっ? 何もしてないよ。いきなり何?」
愛音の脳はまだ寝ているのか、言葉の端々が小さい。
「ここに、住んでますの?」
「うん」
「いつから?」
「こっち来てから」
「……」
「……」
黙りこむ。
愛音は、動き出した思考から何かを悟ったのかふふんと胸を張る。
こいつは、なぜ威張っているんだ。
若葉は悔しそうに歯軋りをする。
やめろ、うるさい。
「即刻! 女子寮に移りなさい!」
「嫌っ」
「ママに頼みますわよ!」
「できるならやってみろっ」
愛音と若葉が喧嘩を始めたので。
眠る猛獣を起こさないような忍び足でゆっくりと二人の間から移動する。
もう、構わないでくれ。休みの日くらい一人にしてくれ。
体力が持たないだろ。
「櫂! いこっ!」
愛音に腕を掴まれる。
若葉の横を通り過ぎようとするとき、逆の腕を若葉に捕らえられる。
「櫂? 何してますの?」
左右からの圧迫に俺は、屈するしかないのか。
「はぁ、分かった。朝、食ってから出かけるか……」
俺が二人に言うと、多少腕の握力も下がった。