第12話 傷の回復
一週間後。
俺の傷は完全に癒えて、学校の闘技場も優秀な土属性魔法使いによって修復完了した。
あれから、組織の話や能力についての進展はない。
組織は大体の概要は分かった。
能力はよく分からない。
もう一人の俺がいる。たぶんこれは間違っていない。
戦闘中に俺に話しかけたのがもう一人の俺だ。妄想でないのなら。
――ドンドン!
あれから変わったことがある。
「櫂ー! 起きてますの? 早く朝食に行きますわよー!」
若葉が理事長の娘という権利をふんだんに使って俺の部屋の合鍵を作りやがった。
常軌を逸した行動に理事長に異議を打ち立ててるが。
『いいじゃない、面白そうだから』
個人的な嗜好によって敗北した。
だから、最近の俺は極端に平和な時間が少ない。
愛音と一緒に住んでいることはばれていない。
ここ一週間、俺は自分の怪我の治療に専念していた。
愛音は邪魔するのは悪いと今は将也の部屋にいる。
本当は、理沙の元に預けたかったんだけどな。
何でも用事があって、学校にも来ていないらしい。
メールには『実家に用事があるから帰省中! おみやげを買う予定はないよぉ』と携帯に着信があった。
将也も男だ。
だけど、あいつは胸以外がモデル体型の貧乳が好きだ。
本人は無自覚だが、普段からの洞察で分かっている。
第一、彼女、とか。エッチとか。
あいつは情欲からかけ離れた仙人みたいな奴だ。
そんな暇があるなら、己の肉体を鍛える。
それがあいつなのだ。アホなのだ。脳筋なのだ。
若葉にばれると、なんだかやばい気がする。
俺の本能が察知して、部屋に愛音の物は少ない。
とはいえ、今日には戻ってくる。
俺の傷も治ったからな。
一生怪我人でいたかったが、時が癒すのだ。
非情だ。
「今日は、トーナメントですわね」
若葉がにっこりと微笑み、近くから俺の制服を掴んで渡してくる。
「ナイラは?」
「先に席を取っておくように命じておきましたわ」
「そりゃ、嬉しいねぇ」
朝は時間帯にもよるが結構混む。
普通の人は大体七時三十分に朝食をとる。
部活で朝練がある人は大体八時くらいだ。
現在は七時二十四分。
俺はワイシャツを着て、制服に袖を通すだけなのですぐに終わるから食堂には三十分頃だ。
これでも最近は早起きだぞ。若葉に起こされるからな。
「お前、最近何か良い事あったのか?」
「ふふふ、なんだと思いますの?」
くるっと、スカートを翻す若葉は。
か、可愛いぞ。不覚にも見とれてしまうような蕩ける笑顔を浮かべていた。
答えを期待するように、若葉は上目遣いに見上げてくる。
幻覚の尻尾がふりふりと振られている。
「新しい首輪でも買ってもらったか?」
犬ぽかったのでイメージそのままに答えると、
「違いますわよ! 現在進行形ですの! ……なぁぁ! 今のなしですわ!」
現在進行形?
それってつまり、俺の部屋に来ることが嬉しいのか?
「ま、まさか。毎朝眠気に苦しんでいる俺を起こして楽しむなんて……」
「そんな、変態的な嗜好はありませんの!」
なら、なんでだ? 他に俺の部屋に訪れる理由が分からない。
モヤモヤが生まれたまま、俺たちは食堂に向った。
食堂は、まだピークには達していない。
それでも時間の問題だ
朝食に俺はヨーグルトを頼み、若葉は健康的なランチを頼んだ。
サラダ、味噌汁、魚、ご飯、味付け海苔。
ありきたりなメニューだ。
「おーい、こっちだぜ!」
将也が豪腕を振るってアピールするので席は見つけやすい。
近くによると、体もだが特徴的なツンツン頭がさらに目立つ。
「ぐ、貴様! 若葉様は許可していないぞ!」
すっかり元気なナイラは将也に噛み付いている。
今日もいつも通りのメイド服だ。だが、腰には刀も刺さっているし、ポケットは少々膨らんでいる。
たぶん、この前の襲撃から装備を整えているんだろうな。
あの形状なら粒の薬だろうな。魔力を回復したり痛みを一時的になくしたり……様々な錠剤があるからな。
若葉も優秀なメイドを持ったな。
果たして、戦闘を行うメイドが素晴らしいのか俺には判断つきかねるが。
珍しいな。普段は逆なのに。
「いいじゃねぇか、友達の友達は友達だぜ?」
将也の、彼にしか通用しない無茶苦茶論を返されナイラはぐぬぬと歯軋りする。
「ナイラ、いいですわよ。アホには何を言っても無駄ですもの」
将也がぴくっと眉を揺らす。
今日も胃もたれしそうな肉、肉、肉づくしのメニューを飲み込む将也。
「テメェ、オレを馬鹿にしてんのか?」
目つき鋭く、将也は箸を動かす。
「してませんわよ」
若葉はふふんと勝ち誇った態度を崩さずに腰掛ける。
「へ、ならいいぜ」
将也は、ば、馬鹿だ。
なぜかこちらも自慢げな顔で目を瞑っている。
馬鹿にされたことに気づいていない。
「櫂、怪我はもう大丈夫?」
俺が席につくと、俺の横に移動してくる愛音。
今日もバッチグーな身長の低さ。
だが、反比例する銀髪を……今日は珍しくツインテールにしている。
「怪我は大丈夫だ。それより、髪型どうしたんだ?」
「あ、気づいてくれたんだ。えへへ、ありがとう」
指摘しただけで愛音は崩れる。
ど、どうしたんだ。筋肉でも抜き取られたか?
「お前、何か悪い物食ったのか?」
将也の部屋には色々危険物が置いてあるからな。
賞味期限が一年くらい過ぎた牛乳とか普通に置いてある。
聞いただけで腹を壊しそうな恐怖の倉庫だ、将也の部屋は。
表情にモロに出してしまったようで、将也がむっとする。
「なんかオレが食わせたみてぇにいうじゃねぇか。生憎、愛音には特別にお茶を出したんだぜ?」
「愛音! 今すぐ吐き出すんだ!」
「うおぉぉい!?」
愛音の命がまずい!
「ふえ? だって、コンビニで買ってきてくれたんだよ? お菓子とか、お菓子とか」
気を遣うなんて芸当ができたのか。
とはいえ、愛音はまだまだ子供だ。
お菓子を食べすぎて虫歯にならなければいいのだけど。
「櫂は昔から小食ですわね」
若葉が、無理やりに俺と愛音の間に箸を入れてくる。
「「……」」
あ、愛音と若葉が。
にらみ合っている。後ろには犬の幻影が殴り合っているように見えるぞっ!?
どうやら、最近休んでばかりで逆に体が疲れてしまったようだ。
「あ、ああ! 俺は小食なんだよ」
乱闘騒ぎに割り込む警備員さながらに俺は二人の溝に割り込み壁になる。
「そうなんですの。ちゃんとご飯は食べないと大きくなれませんわよ?」
「いや、もう十分なんだが」
180近い身長に文句はない。
どうせなら180まで行ってほしいけど、無理する必要もない。
「肉食え、うめぇぜ?」
将也が皿をこちらにずらしてきたので、ナイラの方へと受け流す。
「成長をあきらめた駄目ですわ。ほ、ほほほほら、私のサラダを仕方なく。致し方なく。本当はさっぱり、欠片もあげたくはありませんが私が恵みますわ。わ、私が直接食べさせてあげて」
「いらん」
野菜は嫌いだ。
きっぱりと一刀両断すると、若葉が急に小さくなる。
「……べ、別にた、食べてほしくなんてありませんでしたし? か、悲しくなんてありませんわよ?」
目元に涙を溜めて、サラダを掴む箸がぷるぷると震える。
こ、こいつはこんなに情緒不安定な奴だったのか?
最近俺に対して異常に接してくるのはてっきり、闘技場でのお礼とかそんなもんだと思っていたんだけど。
病気かもしれない。
天明ともいえる答えが舞い降りた。
「櫂っ、もう傷は治ったよね!?」
――ごき。
愛音が、無理やり俺の首を回しやがった。
アンデット系モンスターではない俺にはこの無理な動きはつらい。
おかげで両手が変な風に宙を揺れる。
傍からみたら変態だぞ、今の俺の動きは。
「あ、愛音。人間の首は曲がっても90度くらいが限界なんだ。180度曲がればギネスに載るんだよ」
「だって櫂がその女ばっかり見るんだもん。いやらしいよ、不潔だよ、浮気だよ!」
出た。愛音得意のツッコミどころ満載ボケ。
これを捌くには相当の体力が必要になる。
俺はコップに入った水をあおり、体力の回復。
ごほごほと喉の調子を整えてから、
「わか「櫂! 櫂はロリコンですの!? そっちばっかり見てないで、さっさとサラダを食べさせなさい!」……」
見事に被せられた。
俺は……悲しいぜ。
若葉のボケに俺はもうツッコム気力はなかった。完全に削がれてしまった、やる気を。
俺は左右から飛んでくる言葉の弾丸を耳を塞いで避ける。
俺に対して反応がなくなってからは直接対決になった。
愛音と若葉が醜く罵倒しあっている。
俺に注意が向いていない隙を狙って、ヨーグルトを飲むように胃へ注ぎ食堂を後にする。
喧嘩が行われている食堂。俺がいなくなったことには気づいていないだろうな。
将也やナイラは二人の喧嘩の仲裁をしてくれるはずだ。
最近、俺の平和な時間がなくなっています。