第11話 閑話 別視点
三人称です。
これでストックが終わりましたので更新は遅くなります。三日に一日程度になると思います。
闘技場内。
倒れた櫂の元へと駆け寄った、若葉と愛音はすぐに治癒魔法をかけた。
だが、櫂の怪我は酷くはなかった。
クレイズに開けられた腹の傷は既に愛音が治していた。
残りの傷は筋肉を酷使したことによる内部の疲労だけだった。
若葉はもう一人の怪我人であるナイラの元に駆け寄り、身体の下に手を忍ばせて持ち上げる。
「若葉様? 大丈夫ですか?」
ナイラは揺らされて目を覚ます。
「だ、大丈夫ですわ。ナイラは! ナイラは大丈夫ですの!?」
瞳に涙を溜めて、必死に治癒魔法をかける。
外傷はすぐに塞がった。
「若葉様、もう大丈夫です」
自身の魔力で内部の治癒を行ったナイラは若葉の腕から抜けて、立ち上がる。
立ち上がり、一度回る。
傷が治ったことを証明してくれたようだ。
よかった。と若葉は安心して身体から力が抜けていく。
ナイラがそっと体を支える。
「あれから、どうなりましたか?」
ナイラは痛みでしばらく気絶していたの状況を知らない。
「櫂が、敵を倒しましたわ」
信じられないといった顔と、だが同時に浮かんだ嬉しさに若葉は頬を緩める。
「櫂が、だと?」
「そ、そうでしたわ! 櫂が目を覚まさないのですわ!」
若葉は速やかに櫂の元へと戻る。
そこにはでかぶつもいた。
「て、てめぇは三良坂! 生きていやがったのか!」
将也は目を引んむいて指をさすが、
「黙れ、デカブツ。消え失せなさい」
若葉はほとんど見ることなく、櫂の顔を覗き込む。
顔色は悪くはない。さっきみた赤の髪も消えている。
「まだですの!? 外からの救助は!」
怒鳴りつけるが、壁をどんどん叩く音のみが闘技場内に響く。
結界を破ることができない。
魔物の侵入を阻む物だから仕方ないのだが、電源を切れば効果は消えるはずなのに。
若葉は、もどかしさに唇を噛む。
「おい、三良坂。あの壁ぶっ壊しても怒られないよな?」
「寝言は寝ていいなさい、アホ」
将也は相変わらず馬鹿だと若葉は嘆いていた。
こんな男と櫂が一緒にいれば櫂も馬鹿になってしまうのではと杞憂している。
「あんだと!? テメェが寝ろや!」
「結界ですわよ? 魔物の侵入を防ぐ物がたかだかEクラスの人間如きに出来ると思ってます――」
どがぁぁぁぁん!!
「な、何してますのー!」
闘技場がどれだけお金かかっているのか知ってますの、この人は!
将也の無謀な攻撃により、闘技場は揺れた。
だが、壁は凹んだだけだった。
「いよっしゃぁ! もう一発くらいやが……れ?」
将也の巨体がぶれて闘技場内に倒れる。
ナイラが近づいて様子を確認してきた。
「白め?いてます。どうやら魔力切れのようです」
報告を聞いて、馬鹿だと呟く。
魔力を切れるまで使う人間は普通いない。
気絶するから、零になる一歩手前でやめるのだ。
思考をめぐらせていると、将也が倒れた辺りの壁が、壊れた。
「どうやら、馬鹿のおかげで開通が早まったようですね」
「ば、馬鹿力ですわね」
有り得ないことをした将也に驚愕する。
壊れた壁から一番最初に現れたのは理事長だった。
「ま、ママ?」
真っ直ぐにこちらに向ってくる。
鬼気迫る表情で。
ひぃっ!? と若葉が身構えていると、
「よかった……っ!」
ガシッと抱きつかれる。
「もう、本当に! 心配したんだから!」
「ま、ママ。く、ぐるし!?」
理事長の背中を懸命にタップする若葉。
「ああ、ごめんね」
離れた理事長に今度は若葉は思い出したとばかりに掴みかかる。
「櫂が! 櫂が目を覚まさないんですの!」
「大丈夫よ。ほら。あそこ」
理事長が指差す先には、治癒魔法を使える三年生や、保健室の先生などが集まっている。
本学の三年生は化け物揃いだ。
いつ死ぬか分からない最前線に赴いた者も数は少ないがいる。
死線を潜り抜けるのにもっとも大事なのは治癒魔法師。
レベルの高い治癒魔法を素早く効率よく使うことが出来るものがいなければ生きて帰る可能性は極端に低くなる。
彼ら、彼女らに任せておけば櫂はすぐに全快する。
希望を抱けるほどに優秀なのだ。
「それじゃ、一番元気なあなた達に事情を聞かせてもらうわよ?」
理事長は、愛音、若葉へと微笑んだ。
ナイラも一応怪我人なので治療部隊に連れて行かれた。
理事長から解放されたのは、午後になってからだ。
まだ、櫂が大丈夫なのか目で確認できていない。
愛音は終わってすぐに、櫂の元へと飛んで行ってしまった。
若葉もとぼとぼとまずはナイラの様子を見に行くと、
「若葉様。申し訳ありません」
土下座で迎え入れられた。
「ナイラ、新手のギャグですの?」
「違います。私は不甲斐ないのです。若葉様のピンチを守ることも出来ずにのほほんと気絶していて……」
「気絶ってのほほんとするものですの……?」
若葉のどこかずれたツッコミを受けながらナイラは決意を込めた瞳を向ける。
「かくなる上は、この私――夕飯のプリンをあげる所存でございますっ」
「ナイラ! 駄目ですわ! 私は今朝プリンを食べましたわ。ママから一日、一個と申し付けられてますもの!」
若葉とナイラは基本的に抜けている。
だからこそ会話は不思議とかみ合うのだ。
「ですが! 私は納得できません! 何か罰でも!」
「むむむ……ですの」
こうなるとナイラは頑固だ。
長年一緒にいるので性格は良く分かっている。
どうしようもない。
「そうですわね。ひとまず、私は櫂の様子を見てきますわ。罰はそれから報告をします」
「は、はい」
ナイラはいつも通りだった。
ナイラがいる保健室2を出て、櫂がいる保健室1へと向う。
途中で、考えた。
(助けてもらった、お礼をするのは当たり前ですわ)
櫂に助けてもらわなければ自分は死んでいたかもしれない。
想像すると体が冷たくなっていく。
自分の体を温めるように抱きしめたから首を振る。
(お礼……お礼……傷。そうだ、何か冷やすものですわ!)
内部に届く治癒の魔法が込められた湿布。
少々値段は張るが、若葉に買えないレベルではない。
(で、でも今月お菓子買いすぎましたわ)
財布の中身を見て、入っているのは一万円一枚のみ。
常人からすれば十分だし、湿布も大して高くはないから買える。
とはいえ、金銭感覚が狂っている若葉はこの額に不安を抱いたまま、学園を出た。
どこに湿布が売っているのか分からない。
だが、友達である出羽咲にメールを送ると電話がかかる。
「メールで返事してくださる?」
ちょっといらっとした声で若葉が返すと、
『ああ! もう! 私がメール嫌いなの知ってるでしょ!? それじゃ、言うよ! 何でもコンビニで売ってるよ! バジリスクの目玉とか、オークの斧とかもねっ! 定価だけど、若葉ちゃんには問題ないよね!』
耳が割れそうなほどに声が大きい。
「そ、そうですの。こんびに? とやらはどこにあるんですの?」
若葉はコンビニを知らない。
『学園の外にいるの!? だったら、校門でて右に真っ直ぐ行けばすぐにつくと思うよ! 7のマークがあったらそこだよっ! いえぇーい!』
「う、うっさいですの! 耳から血が出ますわ! ま、まあ、ありがとうございます」
『ううううー! やっぱり若葉ちゃんは可愛いなぁ、ぺろぺろぺ――』
咲が狂いだしたので若葉は一方的に電話を切った。
「右でしたわね……」
若葉は歩き出すが、7のマークは見当たらない。
しばらく歩いて……はっ! 気づく。
ふたたび電話をかける。
『はいはい! 若葉ちゃんの愛人の出羽咲でーす! 何か用かな!?』
「校門って、もしかして裏門ですの?」
おそるおそる聞くと。
電話先からぱちぱちと拍手の音が混じる。
『ピンポーン! いやぁ、わざと教えなかったんだけどさすがだね! よっ! 天才! 若葉ちゃんが不安そうに歩いてる姿可愛かったよぉーん』
若葉はぞくぞくと背中にいやなものが走って周囲をきょろきょろ。
「み、見てましたの!?」
『かまかけたのさっ。今、びびって見回したでしょ』
「どこから見てますの! 吐きなさい!」
『ごぼ、おえぇぇ……』
「ぎゃぁぁ! 吐しゃ物じゃありませんのぉぉ!」
『冗談さっ。それじゃ、よい旅を……黄泉への』
「不吉なことを言わないでくださいましっ!」
携帯に当たるように強く電話を切る。
それから裏門に回って、目的の7を見つけた。
「ここ、ですのね……」
買い物を一人でするのは初めてだ。
ナイラと一緒にもっと大きな店へ買い物に行くが、こんな小さな場所にあまり来ない。
(ここは、トイレですの? 小さいですわね……)
店の人が聞いたらおよそ気分を害する失礼な言葉を内心で呟きながら店に入る。
いらっしゃいませーと言われて反射的にファイティングポーズ。
それから、ただの挨拶だと知りごほんと咳払い。頬がちょっぴり赤い。
一人でいるせいでいつもよりもびくびくしている。
目的の物を手に入れるために、目をかっと見開いて店に並ぶ品物を物色する。
(冷たいもの、アイス?)
自分の食べたいものへと考えをシフトしそうになった頭をぶんぶんと振る。
分からない。
「あ、あの、すみません」
悩んだら人に聞く。
若葉は素直に実践すると、人当たりのいい店員がにこりと笑顔を返してくれた。
「なんでしょうか?」
「こう、熱い場所を冷やすための者って売ってませんの?」
手で朧なイメージを形作るかしっかりと伝わらない。
「熱い、ですか? ドラゴンの鱗とか?」
店員は若葉にとっては相性のいい天然な人だ。
だが、目的遂行のためにはただの障害だ。
「そう! それですわ!」
自分の意思が伝わり、小躍りしそうな若葉。
違う。人間に当てたら凍傷しそうな物を買いに来たのではない。
だが、咎められるものは――誰もいない。
「それでしたら、あちらに魔石があります。氷魔石がいくつかありますよ?」
「ま、魔石じゃなありませんわ。ええと、紙みたいな……こう……んん?」
考え込んでしまう。
(ああ、咲に聞いて置くべきでしたわ……)
「神? 神様を冷やすんですか!? どうやって!?」
「違いますわー! 紙ですの! ぺ、ペーパーですわっ」
英語は苦手な若葉は下手糞な発音で。
「あっ、ペーパーですね」
妙に英語の発音がいい店員に劣等感を抱く。
「紙で、冷やすもの……それはずばり、冷えピタです!」
「ひ、冷えピタ! 聞いたことありますわ! それです、きっと!」
櫂へのプレゼントは遠すぎず近すぎないものに決定したようだ。
「それなら、これです! 『恋の熱にも効きますよ! 次には冷めた感情むき出しよ! 恋冷えピタ』」
店員が勧めてきたものに、若葉は拒否を示す。
「きゃ、却下ですわ! 櫂の私に対する恋心を冷やすわけにはいきませんの!」
「きゃ、お客様! 大胆です! それならこの普通の冷えピタで決定ですね! 毎度アリでーす」
ようやく、会計を済ませた若葉に対して、店員はにこりと微笑む。
「温めますか?」
「温めませんわよ!」
金を叩きつけて、しっかりお釣りを貰ってコンビニを後にした。
(よ、よし。これで櫂は喜んでくれるはずですわ)
ふふふと頬が緩むのが押さえられない。
若葉の機嫌のよさは櫂が見れば身震いするほどだ。
(そ、それでお礼だ、とか言われて頭撫でてもらったり、だ、抱きしめてもらったり。きききキスとかもするかもしれないですわーーー!)
若葉は、やたらと美化された櫂を脳内に出現させて自分との妄想をしていた。
自分の世界に旅立っていると、櫂がいる保健室1の近くまで。
「髪型は、問題ない。服装も……大丈夫ですわね」
ポケットにしまっておいた手鏡で短くチェックする。
よし、と再び歩き出して。
前方から理沙が血の気の引いた顔で走ってくるのを目視してしゅばっと隠れる。
(な、なんで隠れてますの?)
自分の奇怪な行動に疑問が生まれる。
(もしかして、恥ずかしい? そんなわけありませんわ!)
自信を持って前に突き進む。後ろは見ない。
そんな傍迷惑な信条を胸に生きているのだ。
「ん? テメェは……三良坂!」
「なぜあなたが沸きますの?」
でかい図体。獣のような性格の持ち主である将也だ。
「オレはな、ちとトイレに篭ってたんだよ。でっかいのが出たぜ」
ひっとなぜかかっこつける将也に、顔を真っ赤にして若葉が怒る。
「下品な話をするなですわー! 向こう行きなさい、虫!」
「バナナもびっくりな長さでよぉ、誰かに見てもらいたくて今徘徊してたんだけどさ。見に行くか?」
「さっさと流しに行けー!」
若葉の魔法を喰らい、吹き飛ぶ。
若葉は正しいことをした。
この世の悪を懲らしめた若葉はふうと一息をつく。
(恥ずかしくは! ないですわ。ですが、理沙とかいう小娘がいなくなるまで待ちますわ。別に! 恥ずかしくて、とかじゃないですけど)
しばらく、獲物を狙う猟師のような面持ちで若葉が保健室を睨んでいると。
がらがらと、ドアが開き愛音と理沙が出てくる。
理沙が愛音と手を繋いで、どこかへと消えていった。
(チャーンスですわっ!)
目がキランと光、駆け出した。
いざ、保健室の前まで行き、勢いがなくなる。
(なんて話しかけて入ればいいの……)
ドアに項垂れかかる。
(正直に、心の赴くままに話そう。それがきっと一番ですわ!)
ドアをゆっくりと開けて。
「か、櫂? います?」
(ああ、何でこんなにへっぴり腰ですのー!?)
それから、彼女は自分なりに満足のいく話し合いをしてナイラの元へと帰り。
罰としてプリンを貰って後にママにばれて、怒られたのだった。