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落ちこぼれの二重人格  作者: 木嶋隆太
プロローグ
1/19

第1話 始まりの暴力

 力が欲しい。

 すべてを守れるような。




 日が落ちた街中。

 街灯が明かりをつけて、闇に沈んだ街を太陽に代わり照らしている。

 6月半ば。夜になればいくらか涼しくなるが、まだ地面は熱を持っている。

 私服に身を包んだ俺はその街を徘徊していた。


 特に理由があるわけではない。しいてあげるなら学校に居たくない。

 久しぶりに気の向くままに適当に歩いていたせいで、寮の門限には間に合いそうもない。


 10時までに帰らなければ酷い罰が待っている。トイレ掃除一週間。

 考えただけで身震いが止まらない。

 しくった。完全にしくじった。


 少しでも早く帰るために、普段は通らない裏道を俺は早歩きで移動中だ。

 街灯の光が届かない今のような時間帯には素行の悪い連中がたむろしていることが多い。

 それでも、貴重な時間をこれ以上欠くわけにもいかない。


「やめてっ! お願いします! そこをどいてください!」


 なぜだろう。俺は生まれたときから神に見放されているようだ。


(最悪だ……)


 裏道――このまま進むと、ぶつかるだろう場所で不良に絡まれている女性がいた。

 身長は小さく、暗闇でも目立つ髪は赤く染まっている。

 地毛か、染めたか。地毛だとしたら魔力が相当濃いことが窺える。

 赤は普通なら有り得ないらしいからな。魔力とかが異常にない限り。


 可愛い私服に身を包んでいる。彼氏とデートでもしていた帰りかもしれない。

 憎いなぁ、憎たらしいな。


 後ろから見えた情報ではそのぐらいだ。

 歩みを止める。

 このまま進むと、あの男達の横を通ることになる。

 女に夢中だからじろじろ見なければ、絡まれることはないだろう。


 だが、女はあっさり通してくれはしないだろう。

 助けてください、とか言われるかもしれない。 


 嫌だ、絶対にな。

 面倒事は嫌いだ。平和こそ一番だと、どっかの誰かも言っていたはずだ。


 引き返すか? 

 とはいえ、時間に余裕はない。

 どう切り抜けるか、注視しているとある事に気づく。

 

(あれは……中央高校の奴らか)


 絡んでいる不良三名は国立中央魔法高校の制服を着ている。

 暗闇で分かりにくいが、妹が通っている学校の制服だ。男の制服でも分かる。


 中央魔法高校は国内でもトップレベルの魔法使いが集まっている。

 そこを、卒業すれば将来は薔薇色だ。


 女の子はどこの学校の生徒なのか分からない。

 俺が知っている五つの学校のどれにも当てはまらない。


 三対一じゃ逃げるのは不可能だ。


(そういや、もうすぐ7月か)


 男達が通う優秀な学校にも不良は生まれる。

 一番の原因は学校のシステムだ。

 

 国立中央高校は少し特殊な学校で、7月と1月に在校生の交換が行われる。

 7月の実技試験と筆記試験の成績の低い人たちが他の学校――あらかじめ決められている――の生徒と交換されるのだ。


 学校としての大義名分はより優秀な生徒を獲得して、他生徒のモチベーションをあげるため。


 実際はどうなのかは俺のような一介の高校生が知ることはできないが、あまり俺は好きじゃない。


 男達の荒れている理由は分かったところで、集団にも動きがあった。


 女の子が連れて行かれるのだ。

 この先、何が行われるのかはわからない。簡単に食事をするだけかもしれないし、最悪エッチなことを要求されるかもしれない。


 さすがにまずいか。


 そんな子を見捨てるのはまずい。とはいえ、俺に何かができるわけもない。

 身代わりになる? という手もあるが……なぜ他人にそこまでしなくちゃならないという考えもあるのだ。


 格好良く助けられる力があるなら、別なんだけどな。


「た、助けてください!」


 俺の心を揺さぶる、声が響く。

 発信源は女の子。男達に掴まれて、もがいているうちに俺を視界に捕らえたらしい。


 なんて、最低な子なのだろう。これでは逃げるに逃げられない。


 あまり気は進まないが、助けに入らなければならないのか。


「おい、なにか用か?」


 男三人のうちの一人が気味の悪い笑みを浮かべながら近づいてくる。

 制服の胸部分についた校章を見せつけながら。


「金を置いていけよ。そうしたら見逃してやるぜ?」


 ムカツク野郎だ。立場はどう考えても逆じゃないか。

 ぶん殴ってやりたい。俺に冷静な思考がなければ今頃奴は空を舞っているはずだ。


 とはいえ、仕留めるのは無理。

 殴ることはできてもそこまでだ。


 雷でも落ちないかな、と見上げた夜空は星が綺麗に見える。

 憎たらしいくらいに天気もいい。


 男は、俺のだんまりをびびってると勘違いしたのか、笑みを濃くして顔を近づけてくる。

 やめろ、お前はホモか。


 顔を横に逸らして直視から避けることに成功する。


「こっち見やがれ。てめぇ、舐めてんのか?」


 絶対に腐ってるから舐めるわけがない。

 仕方ない。ここまで目をつけられればやるしかない。

 決意しろ、俺。


 男の生き様をあの子に見せ付けるんだ。あわよくば惚れてもらいたい。


「ゾンビは食わねぇよ、俺は」


「ああん? どういう意味だよ」


 男が、襟首を掴んできて無理やり正面を向かされる。

 ドアップに男の顔が。意外と整ってるから苛立ちが加速する。


 思いを拳に、俺はこの後のリンチに涙しながら男を殴り上げる。


「悪い、男の顔のアップは無理だ」


 顎を目掛けて一直線。風を掻き分け進む拳は命中。

 零距離で外すわけがない。


 魔法使いでも脳を揺らされればさすがに復活に時間はかかるだろう。

 俺は驚いている男たちに、膝のばねを使って距離をつめる。


 女の子は、結構優秀な学校の生徒のようだ。

 俺が一撃を与えて油断した敵に対して、噛み付き攻撃で応戦している。


 良い度胸だ。できれば一人でどうにかしてほしかった。

 噛み付かれている方にとび蹴りを加える。


 全体重が乗った一撃。俺は無様に倒れこみながら男を巻き込む。

 女の子は、魔法を使って余った男に雷撃を決める。


 上下にジグザクとした雷の線が男に当たり――いや、ガードされた。

 風使いなのか、風の障壁に阻まれた。


 どっちも優秀だな。敵さんはほとんど反射的に魔法を使っている。

 溜めもないしな。


 と、完全に忘れて下敷きにしていた男がむくりと上半身を起こす。

 俺はやばいと、冷や汗が吹き出て男と見詰め合う。


「お、おはよう。早いですね」 


 引きつった笑みを浮かべながら優しく会話を試みるが、口をぴくりとも動かさず、火の玉をぶつけてくる。


 熱くはない。熱量とかを操作したのだろう。

 さすがに目立つ傷は残したくないようだな、彼らも。


 俺はごろごろと地面を転がる。女が焦ったように目を見開く。

 その背後に男が迫る。俺はすぐさま立ち上がり、靴を飛ばす。


 俺の魔法――シューズショット。

 中距離魔法だ。予め靴をしっかり履かないでおけば誰でも簡単に使えるはずだ。


 これには自信がある。

 小さい頃によく練習してたからな。ブランコに乗って遠くまで飛ばしたりしたし。


 女の子の横を通り、男の顔面にヒットする。


「さっさと逃げろっ!」


 できれば俺も連れてってください。そう付け足してやりたい。

 女は、戸惑いの目で俺を見てくる。


 ――くそ、何してやがる。

 俺は本気の眼差しで睨む。

 これ以上、関わるなよ。という意味を含めてな。


「大丈夫だから、とっと行きやがれ!」


 口調荒々しくぶつけると、女は叩かれたようにびくりと跳ねて、そそくさと逃げた。

 ああ、かっこいいな今の。


 俺は立ち上がり、状況の把握にかかる。

 俺に火の玉をぶつけた、男は右斜め前。左斜め前には風の障壁を張ったと思われる男が。


 背後でふらふらとしているのは俺が顎を殴った男。

 復活早いな。どうやら本当にゾンビらしい。


「てめぇ、ざけんなよ……」


 火の魔法使い――おそらくこいつらのリーダーだ。

 そいつが顔を憤怒に染めている。


 一応、エリートだからな。こけにされるのを嫌うんだ。

 俺はその目線に曝されながら、不敵に笑ってみせる。


「ざけるな? そりゃ、こっちの台詞。将来は国を背負う、お偉いさんになるような奴らが、女の子を虐めてるなんて許せない。いや、お前等は落ちこぼれのほうか」


 俺は嘲笑する。いつも自分がされているように。

 馬鹿にするという行為はあまり好きじゃない。他人を見下すのは弱い奴のすることだからな。


 それでも、逃げた少女を追いかけようなんて気を起こさないために、俺に注意を向けなくてはならない。


 餌だ。かかってくれよ、野獣さん。


 男三人は……沸点が低いようだ。

 見事に嵌ってくれたようで、顔を険しくしていく。


 いつ飛び掛ってもおかしくない剣呑な空気。

 ぴりぴりとした風が肌をつついてくる感覚。


 辛いものは好きだが、こういうのは苦手だな。


「お前、覚悟はできてんだろうな?」


「覚悟? 当たり前だ。それよりも貴様らはどうなんだ? 覚悟はあるのか?」


 こいつらは、あの子に何かをしてそれがばれれば大きな害を被ることになる。

 それが分かっているのか。たぶん、何も考えていないな。


 一時の感情に流されているだけだ。

 落ち着けばきっと自分の過ちに気づくだろう。


「覚悟? 意味わからねぇよ」


 ぷるぷると震える。怒りも限界のようだ。

 なぜだ。なぜ、あいつらは冷静じゃないんだ。俺が危険じゃないか。


「覚悟の意味も分からないで、こんな馬鹿げたことをしたのか。なら、今から覚悟するんだな」


 やめろ、俺。これ以上挑発したら死ねる。


 俺が大仰に両手を広げる。

 男たちは警戒の色を強めて、構える。


 俺は真っ直ぐとリーダーの方に向き――


「ごめんなさい、許してくださいな」


 頭を下げる。戦う? 無理無理。背後から武器を持たされた状態なら分からないが、正面きって戦うなんて不可能だ。


 勝てるわけがない。

 リーダーと思しき男は顔をさらに振るわせる。必死で怒りを抑えているような、そんな風に見える。


「ばかにしてんのか!」


 火の魔法を飛ばしてくる。やはり熱量はない。

 徐々に迫ってくる火の玉。避けようとすれば可能だが、ここはぶつかる。

 

 足にふんばりを利かせていたが、衝撃は中々でかい。自転車に衝突されたくらいだろうか。

 俺の体は耐え切れずに近くの壁にぶつかる。

 

「ぐっ……!」


 口から空気が弾き出され、背中に鈍い痛みが走る。

 痛い、何度も味わってきたが慣れることはない。


 何とか立ち上がろうとしたとき、雷が周囲を覆う。

 顎を殴った男が発動した拘束魔法のようだ。


 蜘蛛の巣のように細かく、手を伸ばせば感電だ。

 動けない。


 男達は下卑た笑みを浮かべている。


「落ちこぼれは、お前みたいだな」


 風を使っていた男か。こいつ雷も使えるのか。風と雷は似たような分類を受けていたな、そういえば。


「ああ、知ってるさ」


 俺は、無駄な目力を使って威圧する。

 男は、一瞬ぐらついたがすぐに優位性を思い出して雷の網を狭めてくる。


 身体全身にビリッとした痛みが走る。静電気よりもちょっとばかし痛いのが断続的に襲ってくる。


 引いては、迫ってきての波のような攻撃に耐え切れず、俺は倒れる。

 よくやったよな。女の子も助けたんだから。よくやったさ。


 自分を褒めてやりながら、後はもう何も考えない。


 雷の魔法が解除されると共に、口元の血を拭いながら男が胸倉を掴んでくる。

 殴られようが、蹴られようが――殺されようが。

 

 この世界で生きていても表舞台に立つことはない。

 どれだけ努力しようが魔法がなければどうにもならない。


 何も、できないし、守れない。


 母、父、姉、妹。

 俺は五人家族で皆優秀な魔法使いだ。父、母、姉は世界中に飛び回り困ってる人を助けている。

 妹は目の前の男達と同じ学校の主席だ。


 そんな家に生まれたにもかかわらず落ちこぼれ。

 家族に迷惑をかけるわけにはいかない。


 いっそ死んだほうが、と考えたことは何度もある。


 顔に鈍い痛みが走る。

 暗い海の底から引っ張り出すような痛みが現実に戻す。

 殴られたのだ。今まで何度も殴られた。


 痛みは、苦ではない。

 何もできないことに比べれば全然優しい。


「な、なんだよこいつ。さっきから反応ねぇじゃねぇか」


 殴る蹴ると好き勝手にしていた男は、ようやく落ち着いたのか現状を把握し始める。

 声が震えている。今さらながらに、やばいと思ったようだ。


(おせぇよ)


 さっさとあきらめてくれ。俺には何もない。身一つだけだ。財布も持ち歩いていないから戦利品もむしれないぜ。

 

 携帯は盗らないよな、さすがに。

 と、僅かに心配しながら、状況を見守ると、


「これ以上はまずいって、逃げるぞ!」


 彼らはまがりなりにも優等生だ。

 他人に暴力を振ることなどほとんどしたことはない。


 口ではどれだけ強がっても、心は弱い。

 決して悪いことではないけどな。


 強がって、それが本当にただの虚勢よりかはな。


 こんな状態になり、恐怖する。もしもやばい怪我を残してしまったら。

 不安が彼らを後ずらせるのだ。


 何度もこんな経験をしているから、うっすらと分かる。


 男達は俺を見ることなくさっさと消えた。

 ……なんで、俺には力がないんだろう。

 

 あんな、奴らでさえエリートなのに、何で俺は。俺には力がないんだ。

 だが、神は俺に力をくれることはない。


 どんなに祈っても、届くわけがない。そんなものいるわけがないのだから。

 やるせなさに苛まれながら、俺は起き上がり、携帯を確認。


「とっくに時間過ぎてるな……ははっ」


 顔がはれ上がりながらも、携帯を仕舞いふらつく足を押さえて立ち上がる。

 口からは、自嘲する笑い声が漏れる。


 どれだけ酷い顔をしているのだろうな、今の俺は。

 学校の門限はとっくに過ぎている。


 学校の警備体制は完璧だ。

 有名な家の人が何十人も通っているからな。


 携帯で時間を確認すると。


 タイミングを狙ったように震える。

 誰だ、と思うと三良坂みらさか理事長とディスプレイに映る。


 私立三良坂学園。俺が通う学校名だ。分かりやすく、三良坂の者が理事長だ。

 家系に伝わる伝承では、名前を考えるのが面倒だったそうだ。だが、国内でもトップレベル。そのおかげで三良坂の名前も国内に知れ渡っている。


 狙ってやったんじゃないのかと疑いたくなるよ。


『もしもし、櫂くん。ちょっといいかい?』


 久留間くるまかい。俺の名前だ。


「ええ、まあ」


 痛みを悟られないように努めて声を抑える。

 実の息子のように心配するからな、あの人。


 理事長が電話をくれるのは決まって俺の父親が何かを寄こしてきたときだ。

 魔道具だったり、魔剣だったり。そういうやばいものを預かっていてくれと理事長伝いに送りつけてくるのだ。

 

 大体、一週間くらいで母親が取りに来るのだが。


『また、送られてきたんだよ。だからちょっと学校出てきてくれない? 私から連絡は入れておくから』


 現在進行形で抜け出している。

 が、これで誤魔化せるだろう。

 

「まあ、分かりました」


『ごめんね夜分遅く。ああ、迎えが校門にいると思うから、よろしくねー』


 鼻から来ることが前提の言い方だけど、こちらも断ることは滅多にないからな。


(全く、親父も迷惑だってこと考えろよ)


 親の失態がモロに見える理事長には頭が上がらない。

 俺はなるべく素早く歩き出し、学校に戻る。 



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