1.The first snow of the year
1.The first snow of the year
あなたが先に眠りについてしまったから、私はこの時期とても落ち込んでしまって外に出ることができなかった。
なのに、あなたは前と変わらない笑顔を見せて、私を外に誘い出す。
「聞いてる〜リウ?」
二階の部屋から目を丸くして、口をあんぐりとあけている理由を彼は問う。問題は自分にあるって思わないのだろうか。
「下りてきて、リウ」
目を細めて笑う彼の顔は十年前の笑顔と何一つ変わってなかった。
もれる声を食いしばってこらえ、私は部屋を飛び出した。
家を飛び出して、一目散に彼の腕の中に飛び込んだ。
暖かさも、背中に回った腕も、笑顔も何も変わってなかったけど、たった一つ変わった。あのころに比べて、とても大きくなっていた。
昔は身長なんて変わらなかったのに、今は十センチ以上も差がある。
「なんか、リウ小ちゃくなった?」
そっちが大きくなったのに。勘違いしないでほしい。私だって身長だいぶ伸びたんだから。
再会の喜びの言葉も彼にかけられないまま、泣き叫んだ。
街中だって忘れて、昼間だって忘れて、泣きじゃくった。
だって嬉しい。
死に目にも会えなくて、別れてしまった。
もう一度会えるだなんて思ってなかった。
そのとき、つい足元を見た。
大丈夫。彼にはちゃんと足があった。
「泣き止んで〜リウ。そんなに泣かないでよ」
泣くに決まってるじゃんか。死んだはずの人間がこうして戻ってきたのだから。逆に泣かないほうがおかしいと思う。
私が小さいときよく彼は私の頭をなでてくれた。そのときと同じように今、彼は私の頭をなでた。
外も中身も彼は彼だった。
「ねえ、久しぶりに会ったんだし、顔見せてよ。いつまでも泣いてないで」
私の体を自分の体から離した彼。そして、うつむく私の顔をのぞく。
近くでよくよく彼の顔を見たら、やっぱり変わっていた。すごく大人になってる。
流れ落ちる涙をふき取ってくれた。そして、くすりと微笑む。
「泣き虫なの変わってないね」
こつん、と額をぶつけて真っ直ぐ私の目を見た。直視されたら、恥ずかしくなってきてつい視線をそらしてしまう。
「声聞かせて?」
もう一度『ね?』と彼は聞く。
震える口元を一生懸命に動かし、どうにか発した言葉は、
「どうしてっ!!」
まったく意味が理解できなかった。予想通り彼もきょとんとしている。
「何が?」
「……どうしてっ!何でここにいるのっ!」
余計に彼を困らせてしまったようだ。『ええと……』と返す言葉に困っている。
数秒して、
「何で?」
と、返ってきた。かみ合わない会話が続いている。
帰ってきてくれたのは嬉しい、嬉しいけれど彼は死んだはずではなかったのか。
「だって……死んだんでしょ?」
目の前にいる人にそんな質問はないだろう、と思いながらもとにかく話すことに必死なので言葉を選んでいる余裕などなかった。
返答に困るかと思いえば、彼は馬鹿笑いしだした。
今度は私のほうが、目が点になった。ついでに、涙も止まってしまった。
戸惑っていると、一度私の顔を見て、そしてまた笑い出す。涙まで流して。
私のさっきの質問もどうかと思うが、この笑い方の犯罪だろう。ひどい。
「何?リウは俺が死んだって思ってたの?」
いつのまにか、彼は自分を『僕』から『俺』と言うようになっていた。
まだ、笑っている。必死に笑いを隠しているつもりだろうが、バレバレだ。
「だって……階段から落ちて死んだんでしょ?」
その命の呆気なさにも涙していたというのに。
彼はまた馬鹿笑いしだした。
なら、私が今まで流した涙はなんだったんだろう。
「リウ……面白い……」
「馬鹿!リズの馬鹿!」
やり場のない気持ちを彼の体を殴ってどうにかした。
『痛い』なんて心にも思ってない言葉を吐きながら私の腕を掴んで殴るのを阻止する。
「確かに階段から落ちたよ。でも死んでない。ほら、その証拠に俺はちゃんとリウの前にいるじゃん」
ごもっともな意見なのだが、納得ができない。
「頭の打ち所が悪かったのも確か。だから、遠いところにある病院にずっといたんだよ。早く帰ってくるつもりだったんだけど、リハビリとかに時間かかっちゃって、こんな遅くなったんだ」
今まで流した涙はなんだったんだろう。
外に出られなくなるぐらい落ち込んだ時間もなんだったんだろう。
結婚しようって言われた教会の鐘が鳴るたびに思い出した記憶も、全部全部なんだったんだろう。
「見ないうちにリウ、綺麗になったね。初めわからなかったもん」
かあっと顔が赤くなってきた。こんな恥ずかしい台詞を言う人ではなかったし、そんなこと言われたことなかったし。
「本物……?」
「うん……本物」
再確認する必要もなかったけど、つい確認した。そして、予想通りの答えが返ってきた。
やっと、彼に笑顔を見せることができた。
彼も私の笑顔に連鎖するように優しく笑った。
「ねえ、リウ」
ぽんっと彼の手が私の頭に添えられる。
「久しぶりに帰ってきたら街がだいぶ変わっててびっくりしたんだ。だから、遊びに行きがてら案内頼んでいい?」
そんなの、聞くまでもない質問なのに。
「うんっ。じゃあ、行こっ!」
くんと彼の腕を引っ張ると、逆に彼に引っ張られた。何事かと彼を見上げると、
「そんな薄着で外出たら風邪ひいちゃうよ。上に何か着ておいで」
と、言われた瞬間、北風にあおられて一瞬にして体の芯まで冷やされてしまった。
心に余裕ができたので、寒さを感じることができたようだ。
彼にすぐ戻ってくると伝え、自分の部屋へ猛ダッシュ。かけっぱなしのコートを手に取り、家を飛び出した。
こんな時期に私が家の外に行くだなんて、前代未聞だ。
外で、もう一度彼に抱きつく。
「本当、変わったのは見た目だけだね」
ゆっくり彼の手が私の手に絡められた。
「行こっか」
今まで親にも見せたことないような笑顔で笑って、元気よくうなずいた。
外はクリスマスでも、私の心は晴れ晴れして春の陽気だ。
まだまだ序章ですので…。女の子がリウ、男の子がリズって名前です。年令は十代後半程度。…参考までにどうぞ。批評、感想は大歓迎ですよっ!!