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7 桜井博士


桜井システムの中枢に入るには、いくつかの過程を踏まねばならない。

一番簡単な方法は、実家の量子コンピューターから直接アクセスする方法であるが、それをやるとちとまずい。


なので、金山が持ってきた端末を使うことにした。


だいぶいじってあるらしく、随分マニアックな作りになっている。容量を最大限に大きくしてあるのは嬉しい。


桜井はひとりで行きたかったが、飯田も同行することになった。

予想はしていたが仕方ない。


飯田たちはかなりの権限が与えられているらしい。下手すれば、お堅い場所に連れて行かれて衆人環視のまま電脳空間に入るものかと思ったが。


おそらくだが、飯田には記録装置がつけられていることだろう。

あとで、脳みその中をのぞかれるのかもしれないと思うと、少しだけ飯田に同情した。


リクライミングチェアに横たわり、ゴーグルと取り付け、スイッチをオンにした。








「じいちゃん、久しぶり」


桜井は、なにもない空間でひとり煙管をふかせる作務衣の老人にこういった。


三十以上のポイントをとびながら、ようやく目的の場所にたどりついた。

実家から入れば、数回で済むところだったのだが。


「じいちゃん?」


飯田は目をぱちくりさせる。

たしか、桜井の祖父はなくなったはずだ。では、もうひとりのほうだろうか、と。


「おうよ。ずいぶん、色っぽいねえちゃん連れてるな」


畳に囲炉裏、古臭い部屋にうつりかわる。いぶしがかった趣味の良い部屋であるが、棚に並べられた大量のプラモデルとVHSがまったく残念なことである。


老人は骨董品のブラウン管テレビをつける。言うまでもなく、無駄に熱血したロボットアニメが映し出される。

周りには、元気な子どもがたくさんいる。

多国籍で、巻髪金髪もいれば、直毛黒髪も、アフロもいる。


「なんか、また増えてないか」

「おうよ、全種コンプリートだ」

「人権侵害に聞こえる言葉はやめれ。こっちの怖いのにちくられっぞ」

「それは怖い」


祖父は新しく入った子どもをひざにのせている。小麦色の肌と黒い髪をした少年だ、東南アジアの子どもだろうか。


「どういうことだ。桜井博士がなんで」


飯田が目を見開いている。


「俺も桜井ハカセなんですけどね」


祖父は十年ほど前に死んだ。

死因は、ガンである。

今の時代、治らぬ病ではない。悪くなった臓器などいくらでも取り換えられる。最悪、機械化を施せばよい。


祖父は延命を断った。

自然のままで死ぬことにした。


いくつもの研究機関、企業が祖父の遺体を引き取りたいと申し出た。偉大なる物理学者のように、脳みそをスライスする気だったのかもしれない。


なので、遠慮なく火葬した。


桜井システムは、特許が切れた今でもブラックボックスの残る謎めいたものだった。

ひとの脳波を読みとる、すなわち、人権侵害につながる諸刃の剣は、その特殊性から開発者以外に本質を知らされることはなかった。

特許といっても、これの場合、公開されるのはそれを使用する方法までで、それから先のまったく同じシステムを作るところまでは含まれていない。


つまり、当初、祖父の構築したプログラムをまったくいじることなく利用しているということになる。


そうなると、経年による劣化が起こりそうなものだが、それを自己修復するプログラムもともに作ったのだ。


それが、量子コンピューターを買った理由であり、その修復プログラムは桜井と飯田の目の前で茶をすすっていた。


「珍しくもない。頭の中をトレースするだけだからな」


祖父は死を選んだわけでなく、ただ、老後の隠居先に電脳空間を選んだに過ぎない。

別に違法ではなく、わざわざ国に許可をとるものでもない。ただ、よほどうまくトレースできないと、たまにバグがでるものなので、多くの人間はバグ保険なるものにかかり、情報を提供している。


「なんだ、それは」


信じられないと、飯田が頭をかかえる。


「いいとこだぞ。うるさい勧誘も来んしな」


あとは婆さんがこっちに来てくれたら、というが、祖母にはそんなもの興味はない。わずらわしいからやらない、と生前に振られている。


祖父は人の悪い笑みを浮かべた。

生身の身体はないものの、祖父そのものである。


桜井博士こと祖父に会えるのは、おそらく桜井ひとりだけである。

電脳空間の中で、ランダムに居を移す老人の行動パターンは、桜井くらいにしか予想がつかず、なおかつ、いらぬ訪問者と祖父が判断すれば、すぐに消えてしまう。


きっと、飯田だけでここをたずねていたら、声をかける前に消えていただろう。


今後、飯田が祖父のことを報告したら、数多くの人間が電脳空間に漂う爺をおいかけることとなろうが、つかまることはないと断言できる。


電脳空間の中でもっとも幅をきかせているのが桜井システムであり、そのシステムに勝てるものなどいないだろう。


桜井には趣味の合う爺だが、他人にとってみればつけ入る隙もない飄々とした賢人なのだから。


「じいちゃん、頼みがあんだけど」


口に出すのも面倒だと、祖父の肩に触れる。指先から言いたいことを瞬時に伝えると、祖父は、うむと唸った。


「それは、怖いねえちゃんだな。うちの孫をいじめないでやってくれ」

「いじめてません」


そんな孫を気遣う祖父であるが、目線は無駄な脂肪分に釘づけになっている。

まるっきり生前のままだ。


「おーい、フジ」


祖父は、東洋人の様相をした子どもを呼ぶ。


「なんだよ、じいちゃん。あっ、桜井が来てる。新しいプラモ作ろうぜ」

「よう、今日は忙しいから後な」


たまに、実家のパソコンをいじらなくてはいけない理由は、この少年が原因である。

ロボ談義をたまにしてやらないと、しつこいくらいメールを送ってくるのだ。


「フジ、ちょいと案内してやってくれないか」

「わかったよ、じいちゃん」


桜井はフジに引っ張られる。飯田もそのあとについてくる。


「いつもどおり、制限時間は十五分だからな」

「わーってるよ」


飯田が首を傾げる。


「何が十五分なんだ?」

「使用制限だよ。電気代がかかるからな」

「電気代?」


休止状態の量子コンピューターを一時的にフル起動させないといけない。

あまり長時間使うと、電気代が恐ろしいことになるのである。祖母に何度も怒られて、幾度となく捨てられそうになった。


普段、家で使うときは、半休止状態から入るので問題ないが、膨大な演算能力が必要な場合仕方がない。


フジが連れてきた場所は、ふすまの前でそこをあけると、何もない空間に巨大なディスプレイとキーボードが一つだけ浮かんでいた。


ここが、中枢といわれる場所である。


桜井はキーボードを叩いた。






「おい、どうしたんだ?」


飯田が声をかける。

桜井の流れるような指の動きは止まっていた。


エンターキーを押すと、ディスプレイに零と壱が並び、流れて、そして消える。


「これを見てみろ」


空間に投影されたディスプレイに羅列された文字をさす。


十八体の侵略者たちから読み取った電気活動を、人間の脳波に当てはめて翻訳したものだ。

世界中の言語が入り混じり、読み取れない部分も生じているが、断片を読み取ることができる。


「侵略者たちは、……子どもだと?」


並べられた単語から、飯田はそのように読み取った。


「ああ。種とか、卵の状態のな。孵化までにおそらく三十年はかかる」


地球に降り立ったのは、大気に窒素が豊富なため。

人口過密地域に降り立ったのは、そこが比較的二酸化炭素濃度が高いため。クリーンエネルギーを使っていたとしても、やはり文化的生活をすればそうならざるをえない。


奇妙なあの巨大な怪物は、窒素と二酸化炭素と水を栄養とする生命体だった。

栄養源から見れば、植物に近いものといえる。


人類の攻撃に反応していたのは、外皮。一体一体を包むそれは、化け物の母体がわが子を守るために作った防衛機能だった。


その反撃能力は、やはり軍のハト派の思惑通りで、自分から攻撃することはない。


最初の一撃は、地球襲来時におどろいた子どもたちに、外皮の防衛機能が反応した、いわば事故だったようである。


桜井は端末にさわろうとしない。

マザーコンピューターの画面が次第に小さくなっていく。

虫食いが広がっている。


制限時間が近いのだろう。


「これでおまえたちは何をしたかった」

「対話といいたいところだが、できれば記憶を上書きをして同士討ちさせたかった」


意外なほど素直に飯田が答える。

真実にショックを受けているためかもしれない。


「そんなことしなくても、あと三十年は何も起こらない」

「なにをいってる」


襟首をつかむ飯田にひるむことなく桜井は続ける。

アバターでも、つかまれる感覚は脳にフィードバックされる。


「せっかく紛争とか面倒なことなくなったのに、共通の敵がいなくなればまた、そういうのが始まるんじゃないのか?」


事実、ここ二十年間で大きな紛争は起きていない。

仮定として、ここ二十年の戦争死者数と、襲来者たちに与えられた被害のトータルを比べるとどうなるだろうか。


桜井は、身内に被害者はおらず、安穏と生きてきたから、そのようにとらえられるのかもしれない。

ひとによっては、これは許せない選択だろう。


第三者の目から見て、今後のことを考えた結果、そんな結論を桜井はとる。


これを飯田から、お偉いがたにつないだらどうなるだろうか。

ことなかれ主義のお国柄を信じたい。


「それは」


手がゆるんだということは、それは肯定なのだろう。


「せっかく、人類共通の敵っていう最高の存在がいるのに、俺がなんか下手な扱いして、違う火種が生まれたらどうする?」

「なにいってる」


二度目だ。

しかし、飯田は首をしめることはなかった。


「俺は主人公タイプじゃない。むしろ、渋い裏方だ。こういうのには向いてない」


桜井はにやりと笑うと、白衣のポケットから潰れたメンソールをとりだした。レトロなライターで火をつけると、大きく肺に煙を入れた。


「三十年後、研究室の最高責任者になった俺が、作ったロボたちを、パイロットたちを見送る。いい絵じゃないか」

「馬鹿だろ、おまえ」

「男とは馬鹿やってなんぼの生き物だ」


飯田は頭を抱えて、ため息をついた。


画面がどんどん消えていく。


それを嬉しそうに桜井は眺める。

飯田は仏頂面だが、なにをしようともしない。

そういうことなのだろう。


最後の一片が消えると、桜井はメンソールを携帯灰皿に押し付けた。


「やはり、巨大な敵は巨大ロボで倒さなくては」

「おまえ。研究所は解体じゃないのか」

「なければ作る。問題ない」


飯田は豊かな胸を隠すように腕組みをする。

対して、胸をはるように仁王立ちをする桜井。


壊れゆく電脳空間のなかで、ふたりのアバターは静かに消えていった。




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