6 目的
「ひとつ質問していいか」
「なんだ?」
車を手動に切り替えて、飯田が運転している。けだるげな雰囲気は、あのはきはきした熱血少女とは思えず、どちらかといえば見た目よりも老けて見えた。
「君の話を要約すると、俺の監視と護衛のために、研究所に入り込んだんだよな」
「まあ、そうだな」
ならばなぜ。
「なんで、拘束されてるんだ?」
先ほどと同じく、両手両足ふさがれて芋虫のように後部座席に転がっている。まだ、目が自由なだけ先ほどよりましかもしれない。と、いっても転がされて外の景色など見えないが。
「逃げられると面倒」
至極簡潔に答えてくれた。
こうして、けっこうな時間、不安定な状態で転がったままで。
連れてこられた場所は、豪奢な部屋だった。駐車場と直通になっていることから、高級マンションの類だろう。
「はーい、ハカセ。ちょっと待っててね」
と、飯田は服を脱ぎ始めてそのままシャワーに向かった。
「恥じらいを持たんか」
「そりゃそうだわな」
後ろから、同意の声がする。
桜井は身をよじる。
ランニングを着た小汚い中年男が、興味深そうに桜井を見ている。ペンの先で桜井をつつく。
「へえ、あんたが桜井博士の孫ですかい」
「一応、俺も桜井ハカセなんですけどね」
と、転がった桜井を起こし、拘束された手足を解放する。
「ども」
「いやいや、うちの嬢ちゃんは荒っぽいからね」
「で、あんたは誰ですか」
「これは失礼」
俺は金山というものです、と。
某大手民間警備会社の名前が入っていた。
「おう、長風呂だな」
「なにやってんの」
「親睦深めてんの」
飯田がホットパンツにタンクトップと、とてもはしたない恰好ででてきた。
床に酒瓶と缶を転がしている。桜井はビールを、金山は日本酒を飲んでいた。
一応、形だけと、片手だけは手錠をかけられ、柱につながれている。
「妙に図太いな」
「誘拐慣れしてるもんでな」
どうでもいい自慢である。
正直、酒を飲まなければやっていけないだろう。
爆破事件の詳細は、ニュースと金山という男から詳細を聞いた。
とくに重傷者もおらず、被害は器物だけで終わっている。
まあ、あの助手と中年男のことだから心配する必要ないだろう。
研究室には、今までの資料と試作として作った操作装置があったわけだが、バックアップは実家に帰るたびにとってあるので問題ない。三日分の資料など大したことない。
ただ、心配なのは、今後研究が続けられるかということだった。飯田は、政局の変化だといってくれた。
薄汚い中年に理由を聞くと、飯田に直接聞けといわれた。
「一体、どういうことなんだ」
「それは、私がハカセの護衛になる経緯からはじまるけど」
桜井を独占する、もとい護衛する目的は、彼の祖父が残した桜井システムが大きく関わっている。
孫という立場もあって、謎の多い桜井システムの第一人者は祖父亡き後、桜井となっている。
侵略者が知的生命体なのか、それは降り立った当初から話題になっていたことだった。
巨大な化け物たちは、まるで甲虫の卵のような形のものもあれば、木の実のようなもの、または動物を模したモニュメントに似た形のものもあった。
兵器なのか、生物なのか。
それが生物ではないかと言われるようになったのは、偶然、侵略者の電気活動を読み取ったことから始まる。脳波を読み取るゴーグルが、つけてもいないのに微かな反応を示していたのだ。
他の地域に比べ、樹海にある日本の侵略者は、そこにたどり着くまでに障害物が多いため、軍がより近づいてデータを取る傾向にある。
偶然とはいえ、平和ボケした国が今まで手をこまねいていた侵略者に報いる鍵を手に入れたのだ。
桜井システムに反応したということは、人間と同じく思考があるのかもしれない。
もし、あるとすれば、対話の可能性もできるかもしれない。
そこで必要になるのは、桜井システムのもう一つの側面、世界中の人間の脳波を集めた膨大な情報量である。
十八体分の侵略者の電気信号と、のべ百億人をこえる人間の脳波を比べたら、なにかわかるのではないか、と。
藁をもすがる気分なのだろう。
と、いうわけで、民間警備会社から派遣された飯田が研究所に入ったわけだ。今の時代、警察よりも警備会社のほうが補償もきき、重宝されている。
ご丁寧に、桜井好みの理想の熱血主人公に擬態してくれた。
「どうせなら、ちゃんとした少年はいなかったのか」
「まさか、私がなるとは思わねえよ」
ものすごく疲れた目をされた。
ああ、あの活きの良い熱血主人公の目はどこへいったのだろう。
「まさか、他のやつらが全員落ちるとは思わないからね」
金山は温めたピザを持ってきていった。
桜井は、ピーマンののっていない一片をもらう。
「誰だよ、テストに歴代勇者シリーズの主人公の名前を書けってだしたのは」
「それは、俺だ」
飯田が射殺さんばかりの目線で睨み付けてくる。
こわいので目をそらす。
「じゃあ、使徒の名前を五つ以上書けってのは?」
「それは、澤田だな」
「うるち米品種ひとめぼれの両親を答えろってのは」
「ああ。たしか、外装担当のやつだな。実家がコメ農家らしい。仲良くするとお歳暮に新米が届くぞ」
呆れを通り越して、疲れた顔をする誘拐犯もとい民間警備会社勤務のふたりである。
「変人研究所ってのは本当だな」
「失礼な」
ところで、そんなテストをクリアした飯田だが、少なくともそんなマニアックな問題を八割以上正答できたということになる。
それをつっこみたくなったが、今度はヒールのとがった靴で踏みつけられそうなので、やめておいた。
桜井はぼさぼさの頭をかきむしる。眼鏡をとり、レンズをティッシュで拭く。
「つまり、俺がその翻訳とやらを試せば、とりあえず問題ないわけだ」
「なんだか、察しが良すぎて不気味だな」
「失敬な」
実は、熱血少年時の飯田を録画して、特撮ものの冒頭風に編集していたりしたが、そのうち嫌がらせに使おうかと、悪いことが頭によぎった。
「それくらいで、終わるくらいならさっさと終わらせような」
桜井は、つながれた左手をあげた。