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5 地雷

久しぶりの誘拐だ、と桜井は思った。

祖父があまりに有名なため、桜井は幾度となく攫われそうになったのだ。


祖父の死後、残った遺産はほとんど研究機関に寄付することを公にしたため、面倒事は極端に減ったのだが、昔近づいてきた彼女のように、桜井を金づるだと思う人間はいまだいるのだ。


桜井の孫、それがごく一般的な彼の呼び名だった。


桜井という名は、いまだ自分のものではなく、祖父のことを示しているのだと感じてしまう。


予想通りに桜井は身体を拘束され目隠しされると、何もない部屋に連れてこられた。窓も家具もない、真っ白な部屋だった。


飯田といえば、なぜか自分を捕まえている男に耳打ちしていた。


なにをしている。


「ちょっとでかけてきます。ハカセ」


男はにやりと笑うと、桜井だけを部屋に残し、飯田を連れてドアの電子ロックを閉める。


桜井は芋虫のように転がったまま、首を傾げたが、なんで飯田だけ連れて行かれたのか理由がひらめくと、ばたばたと身体を動かした。


すっかり忘れていた。

飯田は女性だったわけだ。


帰省することもあって、いつもつけているベストは着用していなかった。


つまりとてもまずい状況なのだ。






暴れすぎて足がつってからどれくらいたっただろう。

何もない白い空間というのは、変化がなさ過ぎて時間の経過が麻痺してしまう。


開いたドアの音を聞いて、振り返ると、


「おまたせしました」


涼しい顔をした飯田がいた。

倒れている桜井を起こし、手足にかけられた錠を電子キーで開ける。

さすが主人公キャラだ。


「俺がヒロインだったら、確実に惚れてるな」

「ハカセ、なんだか失礼なこといってますよ」


屈託のない笑みを浮かべる飯田の手には、電子キーの他にスタン警棒を持っていた。さきほどの男から失敬したのだろう。

なんというか、恐ろしい。無駄に張り出した脂肪分は伊達じゃない。

そして、それに騙される野郎どもは馬鹿だ、馬鹿としかいいようがない。ああ、元被害者がいうのだから間違いない。


それにしても。


「なんか、慣れてないか?」

「そうすかね。あっ、廊下に出たら、私のあとにぴったりついてください。監視カメラに映るんで」


なんだか、うまくスルーされた気がするが、桜井は飯田に大人しくついていくしかなかった。






妙に手馴れた飯田は、あまりに手際がよすぎて普段の熱血ぶりから想像できなかった。なんというか、戦隊ものでいえば、レッドというより、ブラックやシルバーといった六人目の戦士的な隠密行動なのだ。ロボオタ桜井はもちろん特撮も、趣味の範囲内である。


「さすがに、あそこ通らなければならないっすね」


壁に隠れて、向こうでテレビを見ている男たちをみる。

出口はあそこを通らなければいけない。


ここで待っていてください、と飯田に制止され、桜井は黙って壁の後ろから眺める。


「なにを言っている、ここは俺が」


などと、青臭い台詞ははかない。それを言うのは、ヒーローの仕事であり、力なきもやし男は足手まといにならないように見ているほうが賢いのだ。


熱血ヒーローにあこがれるが、それになりたいわけじゃない。

なりたくても、なれるものじゃない。


案の定、飯田はひとりで仕事をこなしていく。

気持ちの良いくらい手際の良い作業だ。


隙をついて、一人ノックダウンさせると、次々と片付けていく。


空手とは違う、踵を軸にしているのでムエタイの動きだろうか。

器用に拳や蹴りを相手の顎を狙い沈めていく。脳を揺らせば、どんなに肉体改造を施していても脳震盪は防げない。


全員が床に這いつくばったところで、飯田は桜井にこちらに来いとうながす。


「さすがだな」

「そりゃ、筆記でとれない分は、実技で挽回しましたからね」


飯田は散らかったテーブルの上からキーを探すと、ドアのロックを外す。


桜井は、ふとニュースに目がいった。

なにやら、大きな事件が起きているらしい。


「冗談だろ」


映し出されたニュースを見て、桜井は驚きを隠せない。


見慣れた研究所が、煙を上げていた。

録画放送の映像で、発生時刻は桜井と飯田が研究所を出た直後のようである。


「意外と早かったな」


飯田は、クーラーボックスからボトルを取り出すと、口に含んだ。当たり前のようにくつろいでいる。


意味がわからない。


「表向きはこうして、一時、解散させようというところかな」

「まったく意味がわからないんだが」

「政治情勢だよ。世の中、移り変わるもんだ」


下手な敬語さえ使わない。

なにかふっきれたかのような口ぶりだ。


なんだか、おかしい。

そういえば、今日の飯田はなんだかいつもと雰囲気が違っていた。


「おかげでもう下手な演技する必要もないか」


飯田は、とがった髪に残ったボトルの水をかける。

硬質の髪がふやけ、落ちてきた分長く見える。

少年らしくみせていたトレードマークが一つ消える。


「ったく、やってらんね」


口が悪い。

元々、敬語は下手だったが、それとは違う。


頬に張っていた絆創膏をはがす。

そこに傷痕はなく、かわりに泣きぼくろがあらわれた。


元々、ガサツな雰囲気は醸し出していたが、それとこれとは少し雰囲気が違う。

少年的な風貌が一変し、蓮っ葉な空気を醸し出す。


生気に満ち溢れた目は気だるげにかわり、屈託のない笑みを浮かべた唇は艶めかしく濡れていた。


少年のように見ていたが、飯田は少年ではない。

よく忘れてしまうが本当のことだ。


呆然とする桜井の前に、飯田は空になったボトルを床に転がす。

後ろには、倒れた男たちがひくついている。ご丁寧に両肩の関節を外してくれたようだ。素人の仕事ではない。


「くだらないごっこ遊びに付き合ってあげたんだから、おとなしくついてきてくんない」


ほんと、恥ずかしかった、あれは、とぼやいている。


「なんのことをいっている?」

「わかんない?任務しごととはいえ、あんな馬鹿恥ずかしい演技してやったんだけど」


口調に女性らしさは感じられなかったが、元気な少年のような雰囲気は微塵も残っていない。


「とりあえず、おとなしくついてきてくんない」


語尾に疑問符はなかった。

有無を言わせないということか。


「こっちも仕事だし、こうなれば研究所にもどるわけにもいかないっしょ」


いつのまにか壁際に追いやられ、丹田を靴のかかとで踏みつけられている。髪をわしづかみにされている。


なんだこの構図は。

まったく主人公らしくない。


加えて、踏まれている場所が大変居心地が悪い。


「そこはあんまり踏まないでほしいのだが」

「そういわれると、踏みたくなるな」


天邪鬼なことをいい、艶めかしく笑う。


熱血主人公ヒーローというより、敵の女幹部というのがふさわしい。もしくは、女スパイというところか。

かなりサディスティックな対応である。


どうやら、桜井は人生二度目の地雷を踏んでいたらしい。



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