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4 恩恵


ロボ研の食堂はまずい。

とてもまずい。


カレーはスープのようであり、ラーメンにはチャーシューではなくハムがのる。

学生時代の学食のそれよりも悪い。

冷凍ものを解凍しただけの食事がなぜあんなにまずいのか不思議でならない。カレーは一晩煮込めといいたい。


なんでも自動化オートメーションするのは勝手だが、最低限のレベルは保ってもらいたい。


なので、桜井はいつも自販機で売ってあるレーションとサプリで食事を済ます。味気ないが、まずいというほどでもない。


隣に座る里中は、泥のようなコーヒーを入れる味覚の持ち主なので、半熟なのか生焼けなのかわからないオムライスをおいしそうに頬張っている。

澤田は水っぽいカレーをさしておいしくもなさそうに食べる。


澤田とは仲が良いとも悪いともいえないが、一緒にいることが多い。つまり、互いに友人が少ないということだ。

助手はいつも一緒にいるからどうでもいい。


「おまえ、貧乳好きだろ」

「なぜそうなる」


澤田がスプーンで桜井をさす。


「ってか巨乳嫌いだろ」

「それは、肯定する」


以前、付き合っていた女性がそれだった。

変わり者の桜井も、それなりに若かったわけで、向こうから近づいてきたら悪い気はしない。

若かったのだ。


それでもって、家に呼ぶようになったころ、


「勝手にネット口座から金引き落としてるのを発見した」


桜井の祖父が亡くなってまもなくのころだ。

どうりで端末をいじっているときに、やたらくっついてみていると思ったら。実家のパソコンということもあって、セキュリティは甘かったのだ。


別に祖父のことを話したことはなかった。知っていて近づいてきたのだろう。


「なんでお金がないの、って逆切れして出て行った」


その際、飾られた模型を投げつけられた。物の価値がわかっていないようで、祖父の残した遺産は古い日本家屋と大量のプラモだった。壊したものが、今は生産中止で数百万の値打ちがついているとは思ってなかっただろう。祖父は、趣味に金をかけるひとだった。


自分だけの被害であれば何もする気はなかったが、祖母の大切にしていた指輪が盗まれたと知ったら被害届を出さないわけにはいかなかった。


あとから聞いた話によると、前科があり、執行猶予中だったらしい。


いわゆる地雷を踏んでいた。


哀れな目が二組、こちらを見ている。


「あの、私、六十五のBですから」

「ああ、聞いてないから」


里中女史の言葉をスルーし、レーションに入っているクラッカーを頬張る。

里中は里中で、別の地雷にみえる。


おかげで女性関係など、面倒なことに興味が持てず、思う存分趣味に走って生きることができるようになった。

ある意味幸運かもしれない。


「かわいそうな奴だな」

「おまえもな」


脳内にしか、彼女いなくて。

澤田は「うらやましいだろ」と、胸を張るが、豊かな腹のほうが飛び出ていた。


はいはい、と無視して桜井は立体モニターを見た。


番組では、いつもの侵略者ニュースが流れていた。

コメンテイターが、なんだかロボ研の悪口を言っていた気がするが、桜井は無視してレーションのコンビーフをパンにのせて食べた。






「結果はかわらんな」


その後、脳波をいくら調べても、飯田の操作系との相性はかわらなかった。


困ったものだ。

このままでは、熱血主人公に赤いマフラーをつけてもらい、意気揚々と機体に乗り込んでもらうことができなくなってしまう。


正規パイロットの席は三つ、ロボの試作は三号機までである。

十人全員分作ってしまえといいたいところだが、予算が足りぬ。

ただでさえ、巨大玩具工場といわれるロボ研なのだから。


一回の演習で八桁の血税が消える、素敵なくらい維持費がかかる。


演習のついでに、爆炎を背景にポスターを作りたかったが、重火器の使用はない。

意味がないからだ。


侵略者たちにはきかない。


その手の武器は、ここ二十年で試すだけためした。

重火器を使うなら、最初から空爆をしたほうが効率がよいのである。


なので武器は、刃物。鉄をバターのように切るナイフを使う。摩擦抵抗を減らした刃を使った超音波ナイフだ。物理攻撃は比較的有効であるというのが、軍の見解のためそういう選択を取ったのだ。

もちろん桜井は、身の丈ほどもある剣にしようと提案したら、却下された。


まったくつまらない。

大剣も爆発もロケットパンチもなくて、なにが見ものになるというのだ。


ここ最近、ロボ研の予算が減らされている気がする。ようやく、ロボが形になりはじめたというのに。


表向き、タカ派を気取っている国のお偉いさんがたになにか変化があったというのか。政局なるものが世の中にあるものだが、それによって男の浪漫が潰えるようなら断固抗議しなくてはならない。


世の中、上手くいかないことだらけである。






桜井の通勤についてだが、研究所のはからいで送迎がついている。

桜井は、免許は持っておらず、公共交通機関もあまり通らない研究所なので、言葉に甘えている。

早く空間転移装置とか開発されればいいのに。


いっそ寮に住んだほうが早いのだが、祖父の残した端末が実家に置いてあるため通いを選んでいる。

莫大な情報処理能力をもつ量子コンピューターで、実家の地下に保管されている。

国の中枢に入り込むことも可能だと、祖父は悪がきの顔で言っていた。


趣味のプラモだけで、莫大な特許料が消えるわけがなく、ほとんどがこれに消えたといえる。個人で買える代物ではない。


どういう流通を使って買ったのかは知らないが、国内にある量子コンピューターは計五台といわれている。どれも所有しているのは、国や大企業であり、その中に桜井のうちのものは含まれていない。

祖父が死んでからは、桜井のみが知ることである。ちなみに祖母は、ただのでかい箱だという認識だ。


桜井が今の地位にいるのも、祖父の恩恵をいまだ受けていることに他ならない。


ああ見えてデリケートなものなので、たまに動かしてやらないとすねるのだ。


「おつかれさまです」

「ああ、ありがとう」


いつものように挨拶をして乗り込むが、普段の運転手とは違った。

今日は休みなのだろうか。


「ええ、今日は有給らしくて。かわりに臨時で」

「そうなのか」


車の自動化はとうにできあがった技術なのだが、現行の法律では、免許を持つ人間がいないと操作できないようになっている。


外を眺めると、やたら元気ないきものがこちらに近づいてきた。


「ハカセ。お帰りですか」


赤いバンダナがとてもよく似合いそうな少年、もとい少女がきた。

なにもいわずとも、『ハカセ』と呼んでくれる。うん、『博士』ではなく、『ハカセ』なのだ。


「ああ。帰るところだ。飯田くんは?」

「ええ。一時帰宅っすよ。親父が一度帰れっていうんで」


あいかわらず下手な敬語を使ってくる。発音によっては下っ端臭のする喋り方だが、本人の雰囲気がそれをさせないのがよい。


MTBを片手で支えている。

ここから街中までけっこう距離はある。


「のってくか?」

「えっ?いいんですか」


一応聞いてみただけだが、飯田は乗り気のようだ。

てっきり、自力で帰るとでもいうと思ったのだが。


いった手前断るわけにもいかない。

怪訝な顔をする運転手にたのみ、飯田を乗せる。

MTBはトランクに入れた。


「じゃあ、住所教えてくれ」

「たぶん、ハカセの家よりずっと先だと思うので、後でいいっすよ」


それならば、と桜井の家を先によるように運転手に伝えた。地図が車にインプットされているので、操作パネルを押してもらうだけでいい。

なかなか割のいい仕事である。


なので、新入りでも道を間違えることなどないはずなのだが。






なぜだか、見たこともない場所に車はすすんでくれたらしい。

ご丁寧に車の窓から見える景色をすり替えてくれたので、降りるまで気が付かなかった。


たとえていうならば、秘密結社が危ないブツの取引する場所に使うような、港の空き倉庫のような。


周りにはご丁寧に、いかついおにいさんたちがたくさんいる。

おのおの、もやし男を脅すには十分すぎる武器を携えていた。

指を動かすたびに機械音が響くので、サイボーグがいるのだろう。


「誘拐ってやつですかね?」

「たぶん」


桜井と飯田は、両手をあげて背中合わせになっていた。

飯田にいきなり飛び掛かる短絡思考が搭載されていなかったことを意外に感じながら、助かったとおもった。



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