2 誤算
ロボットを作るといっても、理想と同じものを作ることなどできない。
その点、桜井も重々承知している。
まず、気になったのは駆動式についてだ。
ロボはロボらしく、機械的であってこそ美徳である。その昔、自動車や列車が変形し、ロボットになるという代物があったのだが、それを踏まえるとカルダン駆動方式が理想的だと桜井は思う。
だが、採用されたのは澤田のすすめた人工筋肉だった。
すでにパワードスーツや小型ロボットで使われているそれが採用されるのは、理性としては納得できる。
カルダン駆動方式だと、やはり機械的になりすぎる点も否めない。
理性としてはわかっている。
同志と思われがちな桜井と澤田であるが、実は一線を引くところがある。
桜井は二十世紀後半におけるより機械的なロボット、澤田はそのあとに生まれた生物的フォルムを有したロボットを愛している。
同じロボオタといっても引けないところだ。
それでは合体できないじゃないか、といえば、カルダン駆動方式もかわらんだろ、といわれた。
工夫すればできないこともないのだろうが、せいぜい接続箇所が数か所である。二体までなら合体可能だが、三体目ともなると難しい。インフレのごとく強くなるロボット、それは泡と消える。
もちろん、合体の件は、議会で却下になるだろうが、だからとて夢は最後まであきらめるものではない。
人工筋肉が採用されたことで調子にのった澤田は、ロボットの外装もまた生物的にしようともくろんでいたが、それは許されなかった。
いい気味である。
外装は重金属、それは譲れない。
と、言いたいところだが、ここにも待ったがかかる。
重金属は重い。
燃費が悪く、関節や人工筋線維の摩耗が激しくなるという。
では、代替になにを使う気だ、と詰め寄ったところ渡されたのは、軽くて堅いおなじみのものだった。
プラスチックである。
いや、正確には可塑性物質というわけでなく、大義の意味でのプラスチック。ここでは、植物由来の高分子物質といっておく。
材料はとうもろこしである。
エコである。土に戻せば数か月で分解されるそうだ。
また、耐熱性、耐水性にすぐれ、メンテナンスさえ行えば、金属よりもかなり使い勝手のよい素材らしい。
家畜のえさでロボを作る気か、ロボにエコを求めるな、とお偉いさんに殴りかかりそうになるのを、助手の里中にはがいじめにされる。ああ、丁寧に説明をくわえると、桜井は女性ひとりに取り押さえられるほどのもやしである。
あまりの桜井の暴れっぷりに、お偉いさんは「わかった、どうにかしよう」といってその場は事なきを得たが、のちに材料がとうもろこしから米に変わるだけだった。
だからなんだというのだ。
ちなみに、国産にこだわる別の技術者が、使用される米に外国産が混じっていたことに腹をたて、原材料は国産ひとめぼれ百パーセントになったというのはどうでもいい話である。
なんでそこは受け入れられるんだ。
装甲に使われる素材は、やたら長い横文字だったが、原材料と形状から『せんべい』としか誰も呼ばない。
ああ、せんべいだ。他になんという。
他にも、ロケットパンチは却下され、大きさもスーパーロボットではなくリアルロボットサイズ。外装のデザインは赤と金を基調としたかったのに、樹海に行くのに派手すぎると、迷彩色。地味すぎる。
そんなわけで、桜井の意見が真っ当に通ったのは、ロボットを遠隔操作式でなくパイロット式にしたことくらいだ。
つけくわえていうならば、三十歳未満という年齢制限付き。本当ならば、二十歳以下としたかったが、贅沢は言えない。
桜井の担当は、ロボットの操作系にあたる。
人間のように二足歩行を行うというのは、簡単なようで高度な行為だ。すでに二足歩行型の小型ロボットは一世紀以上昔に作られていたが、それをより大型化し、より人間的に動かすのは課題が残るものであった。
桜井は脳波とロボ操作を直結する方式をとった。正直、気に食わない方式であるが、より確実にロボ作りに取り組むには仕方ないことだった。あとで、形だけのコックピットを作り上げればいいことであるし。
しかし、これの原型となるシステムを作ったのは、桜井の祖父であり、そのブラックボックス部分を知っているのは桜井ひとりのみであることが役に立つ。
「これはより感受性豊かな、つまり多感な若者ほど大きく作用するシステムだ」
と、でっちあげた。
理由は、ロボにおっさんが乗ってもおもしろくない。それだけだ。
いや、おっさんが悪いとは言わない。むしろ、好敵手には必要な素材である。しかし、主人公格の機体にのるのは、無駄に熱血した青少年であるべきだという持論がある。これは譲れない。
というわけで、ロボ自体が気に入らない仕上がりにできたところで、一縷の望みをかけて最終面接を行ったわけだったが。
飯田睦実。
あまりに理想的過ぎて、たったひとつのことが許せない。
そういうこともある。
「俺のY染色体なら、いくらでもあげるのに」
「な、なんですか。セクハラですよ」
隣でココアを飲む里中女史が、なにか勘違いしている。
そういう意味ではない。
いや、そういう意味ではないので、髪を指に巻きながらもじもじしないでほしい。上目使いでこちらを見るな。
顔を赤らめる天然女を無視し、桜井は飲み終えた紙コップを再生マークの入ったごみ箱に捨てる。
面接の結果、採用者は十名。
これから一年間、正規パイロットになるための訓練を受ける。
その中に飯田睦実も含まれる。含ませた。ああ、ごり押しだ。
桜井の推した人物は、飯田を含めて三人しかいなかったので簡単にことはすんだ。
ちなみに、残りふたりは、クールな長髪美形タイプとややずんぐりした三枚目タイプである。二号機、三号機も視野にいれなければならない。
高等学校の卒業と合わせて、こちらの研究所に配属になる。
それまでに桜井のすることは。
ネットで美容整形外科を探すことだった。
タイやモロッコへ行く必要など、前世紀の話で、今は国内でもけっこう安価にやってくれる。もちろん、費用をけちるつもりはないし、変なところを紹介するつもりもない。
知り合いの外科医に話を聞いてみるのもいいかもしれない。
大切なパイロットである、無下にしたくない。