いつもバカにしてくる幼馴染は、俺の成長になぜか曇ってしまう。
中学三年の5月半ばのテスト返却日。
生徒たちが少しずつ受験に向けて意識し出す頃だ。
そんな中、亀井 竹久は今日も当たり前のように遅刻してきた。
これで通算100回目の遅刻だ。
「亀井、お前はまた遅刻か。お前、いい加減にしろ!」
「ふあ~あ」
竹久は叱責する担任の前でわざとらしく欠伸をする。
反省の意思は全く見られない。
「タケくーん。まーた寝坊?」
幼馴染の鹿島 瀬奈は欠伸する竹久に対し、バカにするようなトーンで質問した。
傍から見れば、感じの悪い女でしかない。
「ああ、三度寝した」
まるで誇らしげに返答する竹久。
彼は冷ややかなクラスメイトの視線も気にせず、堂々と席に着いた。
態度の悪い竹久と、性格の悪い瀬奈。
二人の関係に進展が見られたのは、竹久の些細な努力がきっかけだった。
授業が始まると、次々とテストが返却されていく。
「進路は大丈夫だろうか?」
「親に怒られないだろうか?」
「赤点取ったら部活の参加を止められるかも?」
その度に多数の生徒が一喜一憂する。
そうした中、瀬奈は余裕の表情を浮かべていた。
彼女の五科目合計は482点。
今回も学年トップに躍り出る点数だ。
竹久は合計で286点。
平均点よりやや下。
あまり褒められた結果ではない。
だが、二年次の定期試験はいずれも五科目合計で200点未満。
これまでの竹久と比較すれば、ありえないほどの高得点だ。
全てのテストが返却された次の休み時間。
竹久の席に瀬奈がやってきた。
「タケくんの点数はどうだった?」
「合計286点」
「えっ、タケくんなのに?」
いつものように揶揄おうとした瀬奈だったが、予想を大きく超える点数に驚くばかりだった。
「ははっ、驚いたろ?」
「何かあったの?」
「一夜漬けしたらどれくらい点数取れるのかって気になってさ、試しにやってみたら思った以上に取れちゃったんだよな」
「えぇ……」
瀬奈の表情が曇る。
まるで竹久がバカであってほしいかのように……
「おっ、もしかして俺以下の点数を取ったか?」
「そんなわけないじゃん!」
瀬奈は一旦自分の席に戻り、答案用紙を持って戻ってきた。
「私がタケくんに負けるわけないでしょ!」
そして、自慢するかのように答案用紙を見せつけた。
「相変わらず面白みのない点数」
「ふふんっ! 笑われるのはタケくんだけでいいの!」
「たまには俺も笑ってやりたいんだけどな」
とはいえ、瀬奈を上回ろうとは思わなかった。
瀬奈より良い成績を取れても、それは自分が頑張っただけ。
瀬奈をバカと笑う理由にはならない。
だから竹久が頑張る理由にはならなかった。
放課後。
帰りのホームルームが終わるとすぐに瀬奈が駆け寄ってきた。
「一緒に帰ろっ?」
「部活は?」
「今日は休む」
「珍しいな」
「なんかそんな気分になっちゃったからさ」
「ふーん、まいっか!」
竹久は瀬奈が何を考えているのか分からない。
そもそも深く考えようともしなかった。
下校する途中、狭い道を歩いていた二人の傍を車が何台も通り過ぎる。
その度に瀬奈は竹久に身体を寄せていた。
「瀬奈、さっきからどうしたんだ?」
竹久は感情の機微に疎い。
それでも瀬奈の様子がおかしいことに気づいた。
「今回のテスト、タケくんにしては頑張ってたじゃん?」
「それがどうしたんだ?」
「不安になっちゃったんだよね」
「ははっ、俺が学年一位の座を奪いに来るのが怖い、ってことか?」
大した点数じゃないとはいえ、勉強したのは一日だけだ。
それでほぼ平均点を取れたんだから、実は自分が天才かもしれない。
瀬奈はそんな自分に負けるのが怖いんだ。
そんな想像を膨らませ、竹久は浮かれ気味に訊ねた。
「そんなわけないじゃん!」
瀬奈はきっぱりと否定する。
「タケくんにはちょっぴりダメなままでいてほしいって思ったの」
「何で?」
「そのほうが可愛がれるじゃん」
「俺は瀬奈のマゾペットかよ!」
「ぷっ!」
瀬奈は思わず吹き出す。
竹久の解釈は決して間違っていないが、あまりに語弊のある表現だった。
「変なこと言った?」
「うん。絶対モテない言葉選びだと思うよ」
でも瀬奈はそんな竹久に安心した。
たとえ他の女と付き合うようになっても、どうせすぐに破局する。
自分以外の心を射止めることはないと思ったからだ。
「別にいいよ。彼女作ろうとか思ってないし」
「良かった」
「えっ?」
「だって、タケくんは私のものだもん」
竹久の意思も確認せずに彼女気取りする瀬奈。
でも嫌じゃなかった。
瀬奈はふざけたことを言っても、ある程度は笑って済ませてくれる。
将来がどうとか一々うるさいことは言わない。
遅刻しても笑うだけ。
彼女は何も成長を期待しないのだ。
だから、男友達よりも気楽に付き合えた。
「瀬奈……」
ただ、不思議に思うことがある。
どうしていつも人前で自分をバカにするのか?
竹久には理解できなかった。
「その割に瀬奈は人前で俺をバカにするよな?」
竹久をバカにする瀬奈の言動は、たまに周囲の人間がいじめと受け取ることさえある。
あれが好意の裏返しだったとは思えない。
「ごめんね」
「責めてはねーよ。ただちょっと気になったんだよ」
「私がいなきゃ生きていけないって思わせたかったの」
瀬奈が人前で竹久をバカにしていたのは、打算によるモラハラだった。
竹久の自己肯定感を下げて、自分への依存心を植え付ける。
そうして自分から離れられないようにしようとしていたのだ。
自立できる自信を身に付けたなら、その時は自分の時間を優先するかもしれない。
選べる立場になれば、他の女に気移りするかもしれない。
進学後のコミュニティに満たされて、自分のことを後回しにするかもしれない。
将来は仕事のことだけ考えるようになるかもしれない。
そうして、いつかは自分の傍を離れてしまう。
瀬奈はそんな未来を迎えたくなかったらしい。
「やっと瀬奈をバカだと笑える理由が見つかったよ」
「何でよ!」
「ストレートに言ってくれりゃ良かったじゃん。俺、甘えられるなら、いくらでも甘えちゃうし」
「タケくんって、男としてのプライドがないの?」
「あるわけないじゃん。大体そんなプライドがあったらもっと努力してるし、瀬奈の態度にブチギレてんだろ!」
「あはははっ、言われてみればそうかも」
竹久は積極的に依存したいと願っている。
その本心を知った瀬奈は、表情から不安の色が消えていた。
「これからは瀬奈のことも笑えそうだ」
「タケくんじゃないんだよ。私がそんな隙を見せると思ってる?」
「今日は隙だらけだ」
「今日だけだよ」
「ほんとかな?」
竹久は意地悪く笑う。
気を遣わなくていい。
雑に接してもいい。
それが瀬奈の魅力だ。
竹久はその魅力を余すことなく味わおうとしていた。
「ほんとだよ。それにずっと隙だらけだったら、揶揄い甲斐がないでしょ?」
「そうかもな」
「ふふっ。これからも一緒に楽しもうね」
「もちろんだ」
向上心を求められない。
面倒な配慮をしなくていい。
これまでとあまり変わらない関係で、恋人の属性を付与するだけ。
竹久はそうありたかった。
二人はキスやハグなど恋人らしいアクションをすぐに取ることはなかった。
これまでに築いてきた関係性があるのだ。
恋人らしさを演じなくていい。
何もすることなく、普通に歩いて帰宅する。
それが信頼であり、安心の表れだったのだ。




