魔日常
「おっ、そういえば今日最新刊の発売日じゃん。相変わらずジャケ絵上手いよな、この作者。」
学校の帰り道に近所の本屋を覗いてみたら、偶然にも最新刊である『酒呑童子の肴』22巻を見つけてしまった。グルメ漫画にも関わらず、22巻も続く超人気ベストセラーである。
夕飯時に飯テロを食らうのは非常にまずい、と頭の中で考えつつも身体はカバンの奥底に潜む財布を漁り始めていた。
「これ、お願いします。」
「まいどー。一点で820円になりまーす。」
昨今の漫画は高校生の財布に優しくない。漫画一冊が自販機のジュース七本、エナドリ四本とほぼ同額に匹敵する。
……………そう考えるとエナドリって結構高くないか?
「30円のお釣りです。あざましたー。」
若干言葉遣いが雑な店員から十円玉を受け取り、外へと出た。
物価高に悩まされ、酒と肴が恋しい今日この頃、夕焼けに染まった空に浮かぶ一番星を眺めながら帰路に着くのだった。
♢
「ただいま~」
「お帰りなさい、春。夕飯出来てるから荷物置いたらさっさと食べちゃって。」
「お兄ちゃんお帰りー。」
そんなこんなで我が家である朝倉家に帰宅。
あ、妹の帆夏がまた勝手に俺が買った漫画を読んでやがる。お前もバイトしているんだからちょっとぐらい金払え。
今すぐ言及したいところだったが、母さんに怒られる方がよっぽど酷い目に遭う。
心の中で歯軋りしつつ、洗面台で手洗いを済ませ食卓へと向かうのだった。
「ビーフシチュー美味ー!あとここに赤ワインとカマンベールチーズがあれば4巻の晩餐会を再現できるというのに…………。」
「あんた未成年なのに何言ってんのよ。」
「ちなみに、お母さんはちょっとだけ楽しませてもらったわよ。」
敬意の欠片もない妹の戯言とボルドー型のワインボトルを目の前でちらつかせマウントを取る母。
まったく、ろくでもない女性陣である。
「またそうやって自分の事棚に上げてるー。漫画の内容を必死に再現しようと躍起になってるお兄ちゃんの方がキモイんですけどー。」
「はぁ?そしたらその漫画今すぐ返してもらってもいいんですけどー?というか、お前もバイトの給料もらってんだから閲覧料よこせ!タダ読みするな!」
突然始まった言い争いに両者が夢中になっていると、咄嗟に嫌な予感を感じた。
そしてその予感は帆夏も感じ取っていた。
「…………早く食べないと、ビーフシチュー冷めちゃうわよ?」
「は、はーい。」
「わ、わたしもう二階行くねー。」
兄妹ともに、この家で培ってきた危機察知能力に関しては敏感であった。
怒りが頂点に達する前に冷めかけたシチューとパンを急いで飲み込み、味わう暇もなく食器を片付ける羽目になった。
何とか危機は回避できたものの、帆夏には逃げられてしまった。くそぅ。
♢
「はぁー疲れた。漫画読まんとやってらんねー。」
漫画をパラパラとめくりながら階段を上り、自室に籠って続きを読み始める。
『まさか、貴様……………あの究極食材を入手したというのか!?』
『何をそんなに驚いている。あの鳥野郎如き、人間でも狩れるだろう?現にオレの好敵手も自分で調理していたしな。』
『(くそっ、このままでは負けてしまう…………!なんとか他の手を打たねば……………)』
『こ~れは一体どうなっている!?まさか周防選手、このまま打つ手無く敗北か!?』
「ライバル戦はもちろんだけど、モブ戦で圧倒するシーンもやっぱいいよなぁ。………………え、何こいつ毒薬仕込んでんの?流石にバレるでしょ。」
夜風がカーテンを揺らす。
『…………どうやら貴様はワタシを本気にさせたようだ。今ここで、料理人として全力を尽くす!!』
『それは見物だな。せいぜい足掻くがよい。』
「お前、さっき相手の鍋に毒仕込んでたよね?なんでそんなに清々しいセリフ言えるんだよ。」
というか、いつからこの部屋の窓開いていたんだ?
電気を付けた記憶もあまり無いような…………………まあいいや。
そんなことには気に留めず、このまま一気読みしよう。
『っクク………………はーはっはっは!!!酒呑童子よ、ハグレキノコ毒を入れた料理を審査員に食べさせたな!?これでお前は料理人失格、人殺しの鬼だああぁぁぁ!!!』
『ふむ………………なるほど。お前が最後の味付けを手伝ってくれたのだな。』
『はーはっはっは………………え?』
『失礼、酒呑童子殿。この微かに舌を刺激する香辛料は………………ひょっとしてデトック草でしょうか?』
『一部正解だ。正確にはデトック草の新芽のエキスを使っている。ハグレキノコの毒を単に解毒するだけでは料理が不味くなっちまう。が、新芽の状態でじっくり抽出したエキスと合わせると………………毒素が抜けて旨味が綺麗に濃縮される。俺が実験したところ、大体の毒キノコはこのエキスを振りかけるだけで十分美味しく食えるようになった。』
『き、貴様……………』
『逆に毒が無ければ料理が不味くなっちまってたからな。オレの料理に毒を入れてくれて助かったぜ、周防。』
「うわ、酒吞童子のウィンクえっぐ。夢女子とか全員ここで死ぬだろ。」
こうして周防は捕まり、その場で料理人プレートを剝奪された。第二ステージではさらなる試練が酒呑童子を待ち受けるのだった……。
♢
「あ~読み切った読み切った。この漫画、切りの良いところで終わるから満足感あるよなー」
明日も朝早くから委員会の仕事があるのだ。あの時の俺がチョキを出していたら風紀委員なんぞ引き受けることにはならなかったのに…………。
なぜ朝から他人のヘイトを買うような仕事に取り掛かる必要があるのだろうか。金髪ピアス登校してるヤンキーに一般人が注意できるわけないっての。噂が広がり、カースト最底辺に叩きつけられる未来が視えた。
そう、僕はさすらいの占い師。実は未来が視えるのさ!
………はぁ、生徒だって見えないカーストに縛られながら生きていることを教師陣はもっと自覚した方が良い。
思わずため息をつきながら、椅子の背もたれに寄りかかって伸びをした。
伸ばした左手が、何かに当たったことに気が付いた。
………気が付いてしまった。
「っと、手が当たって……………」
『………………』
目が合ったので、思わず会釈した。
一瞬、不審者かと思ったけれども、角と尻尾が付いていたから違うみたい。
は?
♢
なんか、すげーでっかくて、全身黒いやつが、漫画を覗き見てて、さっき目が合って、今もずっと見てきて。
いやいや一旦落ち着け。まずは基本の深呼吸。すーはー。
ついでに素数も数えておく。2、3、5、7、11、じゅうさん。
……こういうのってさ、漫画の中の主人公が飛び出してくるとか、普通そういうパターンじゃないの?脈絡が無さすぎてどこから突っ込めばいいんですかね。
『………………?』
「えっ、この本のことで………ございますか?あ、はい。これはですね、漫画というものでして、この料理は作者様が考えなさった架空の食べ物でして……」
変な敬語になっているのはこの際気にしていられない。この悪魔のラスボスっぽいやつ怒らせたら、俺の人生マジで終わるから。あと、なんか尻尾ゆらゆら揺れてるのは何。
『…………。』
不意に黒い怪物が指パッチンするや否や、なんと漫画の中の料理が飛び出してきたのだ!
呆気にとられる自分にとって代わり、脳内の宮川〇輔が「えええええええぇぇぇぇぇぇ~~~!!!」と絶叫してくれていた。
と言うか待って、すごく香ばしくていい匂い。本当に飯テロ食らうとは思わなかった。
どこからともなく器と割り箸を取り出して、黒いのが手渡ししてくる。
「もらって………いいのでしょうか?」
『……。』
肯定された気がする。
まずは一緒に美味い飯でも食って、親交を深めようってか。酒呑童子さんの名言にも確かそんなセリフがあった気がした、うん。
その後、黒いラスボスと鍋料理を堪能した。悪魔も割り箸使えるんだとか、顔の近くで急に食材消えるの怖いとか、これって最後の晩餐かなとか、余計な思考で埋め尽くされかけたけど、肉団子が物凄く美味かったことだけは鮮明に覚えていた。
♢
「あの、本日はありがとうございました。またの機会があれば、ぜひ食事に誘ってください。それでは!」
手を振って、ぎこちない笑顔で見送る。
大丈夫、きっと夜中に一人で食事するのが寂しかっただけだよね。もう窓から帰っていいからね。
『……………………。』
首をかしげている。
かしげたいのはこっちだよ!!
………こうなったらしょうがない。覚悟を決めて目の前の悪魔に問いかける。
「あの、どうしてこんな場所に来られたのでしょうか?ここは別段、珍しい物も無い一般家庭の一室ですけれど…………」
『………?』
「ひょっとして自分でも分からない感じ、ですかね?」
『………。』
ふむふむ、なるほど。
分からないことが分かった。収穫なんぞ無かった。
「えー、じゃあ次の質問。あなたはこれからどうしたいですか?元の場所に帰る目的があるなら、自分に出来ることがあれば………………って何、なに!?」
『………。』
急に脇ごと抱えられ持ち上げられた。
え、本当に死ぬの、俺?よく分からない悪魔に頭から食べられて死ぬの?待って、命だけは本当に勘弁してください。
自分にはまだ読みかけの漫画が……………………いや、読み切ったんだった。
じゃあ充実した高校生活を……………………いや、明日は風紀委員の仕事だった。
恋愛だって、ほら……………………いや、何でもないです。
せめて家族に遺言を……………………いや、たぶん誰も聞かないな。
思い返すと、平凡な人生だったな。きっとこれから先を見据えても、俺は平凡な人生を歩み続けるのだろう。
勉強もバイトも趣味も全部ほどほどで。
体裁整えて生きてきて。
友達付き合いも大して無くて。
クラスで良い意味でも悪い意味でも目立った経験なんてさらさら無い。
なんだか恐怖と情けなさで涙が出てきた。
ヒーロー願望とかは持ち合わせてないけれど、彩りある人生を送りたかった。
両親にもいっぱい迷惑かけたのに、まだ何も恩返しできていない。
親不孝者で本当にごめんなさい。母さん、父さん。
帆夏のこと、俺の分まで精一杯大切にしてあげてください。
それでは。
「……………んぇ?食べるんじゃなかったの?」
『…………♪』
服の中に顔を突っ込まれた。何してんの。
あ、これ………………猫吸いならぬ、「人間吸い」ってやつ?
知らんけど。
あと俺の涙返せ。
♢
あーもう本当に恥ずかしい姿晒した。
全部こいつのせいだ。今すぐボコす、と心の中で思った。実際には吸われるがままの状態だけど。
「(でも逆に、自分って死ぬ間際に家族の幸せをしっかり願える人間だったんだな。まだまだ自分も捨てたもんじゃない。少しほっとしたかも。)」
嫌なことは全部プラスに置き換える。ポジティブシンキング is 最強。
それより、そろそろ下ろしてくれませんかね。眠気の限界が近づいてきている。
『…………。』
名残惜しそうにしてもダメです。流石に眠い………から……。
抱えられたまま、ベッドに横たわる。
いや、だから暑いから抱き着くのやめろって。
………ひんやり冷たくなった。
もう何でもいいや、冷たくて寝心地いい………し。
おやすみ世界。
♢
星の軌道から逸れた流星に導かれるがままに、ワレは新たなる惑星へと飛び立ち、この地へと降り立った。
空中を遊覧し、世界を眺めると数多の人間たちが生息していた。
決して珍しいことでは無い。この惑星も人間で溢れかえっているようだ。
興味本位で降りてきたものの、ワレの好奇心を満たしてくれるものは存在するのだろうか。
この世界の法則に従った占星術を用いて、星々に運命を辿らせる。
「ままー、見て!ながれぼし!!」
「あら、本当。お願い事、叶うといいわね。」
「夕焼けのこの時間帯に流れ星だなんて珍しいな。」
「お、流れ星じゃん。はっぴー。」
各地に散らばった星が目の前の光景を映し出す。
特段興味深いものは無かった。
以前の惑星での探索も相まって、ハードルが少し高くなってしまったか。
どちらにせよ、この惑星に長く留まる理由は無さそうだ。次の惑星はどこにしようか。
「一番星、し、し…………………シシャモ。もんじゃ焼き。きつねうど…………じゃなくて絹さや。や………」
解き放った星の一つに、そこらの人間とは異なる感性を持つ人間が映し出されていた。
食べ物縛りで一人しりとりを行っている個体だ。可愛そうに、余程腹を空かせているのだろう。
あの個体に施したら次の行き先を考えるとしよう。そう思い立ち、解き放った星々を回収し、あの個体が住む家へ一直線に向かった。
♢
こうしてワレは、別段珍しい物も無い一般家庭の一室へと侵入した。
もっとも、その頃には施しをする必要は無くなっていたが。
例の個体は謎の本に夢中になっており、ワレに気付かずそのまま本を読み進めているようだ。
こうして近場で見ているとごく一般的な生体をしている。感性は少々特殊だが、状況を踏まえればそこまでおかしくはない。
……………ごく一般的、のはず。
この個体に興味が湧くのは何故であろうか。この世界でも、それなりに面白い個体や異常な個体も見つけたはずであるのに。
既視感、とはまた異なる感覚というべきか。恐らく別の惑星で遭遇したことではないだろう。世界間を移動できる人間は二人ほど見かけたことがあるが、この個体がそのような特別な力を持っているわけでもない。
それでは、一体…………
「っと、手が当たって……………」
『うむ…………。』
ひとまず会話を試みるとしよう。
♢
それからというもの、この個体と意思疎通を図ろうとしたが、どうやらワレの言葉が通じていないよう様子。言語は会得できているはずだが、隙を見て直接神経回路を繋げないと伝わらないのだろうか?
ひどく動揺しているようなので、とりあえず本の中の絵を具現化させて食べ物を施した。美味そうに食べていたのでなんとか好印象は与えられただろう。
手を振りながら何か伝えようとしているが、その真意は分からない。
ならば、こちらから探るまで。
多少の抵抗が見受けられたが、どうやら諦めてくれたようだ。脇を抱え、心音に集中する。
…………程よい柔らかさと体温の温かさに包まれて心地良い。この個体特有の体質なのだろうか。以前はこれといって特に何も感じなかった気がするが。
まあ良い。
ひとまず疑問を棚上げし、感触に浸りつつ深層心理を紐解いていく。
ドクドクドクドク
ドク、ドク、ドク、
ドク………ドク………………
「(猫吸いならぬ、人間吸いってやつ?……………あと俺の涙返せ。)」
成功。
先程とは異なる言葉遣いでワレを責め立てるが、ようやく本心を把握できた。何度か試せば心音を直接聞かずとも読めるようになるだろう。
もっとも、この個体に対してはこの方法で心を読み解くに限るが。
現在、対象は疲労困憊で眠たげな様子。もう少し心音を聞いていたかったが断られてしまった。
それならば眠っている間に神経回路を改造してしまおう。同時にこの個体の記憶も読み漁る。
「(いや、暑いから抱き着くのやめろって。)」
…………まさか施術計画が勘付かれたか?
気を紛らわすためにも要望に応えて自身の体温を下げておく。
しばらくすると寝息が聞こえ始めた。これで大丈夫だろう。
オペレーション開始。
対象の後頭部に両手を侵入させた。
♢
なんか変な夢見た。頭の中をぐるぐる掻き回される夢。
お陰で気分がよろしくないのだが、それに対して隣の黒い奴は安らかに眠ってやがる。
というかこれも夢であってほしかった。
『ワレは眠ってなどおらぬ。お前が起きるまで横になっていただけだ、春。』
………キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!
「春ー!!アンタの声、下まで響いていてうるさいわよ!!それより時間は大丈夫なのー?」
「えっ時間……………………やっべぇ、すぐ降りる!!!」
時計の針は無慈悲にも八時を過ぎかけていた。目覚まし時計?そんなの設定する時間無かっただろどう見ても!!あぁ不味い不味いマズイ聞きたいことがいっぱいあるというのに今はとにかく時間が無い。あと十分で支度して飯食って登校して………………いやどう考えても無理じゃね。遅刻してもサボっても風紀担当の矢賀センに絶対怒られるってあーもう詰んでる。
『困っているなら、時間でも止めるか?』
しかも矢賀センって普通に他の生徒たちの前でも怒鳴りつけてくるタイプで……………………今、なんと?
『時間を止めれば解決する話だろう。違うか、春?』
「………そんなこと出来んの?」
『無論。』
ラスボスが両手を叩いた瞬間、小鳥の声や生活音が瞬時に掻き消された。
窓の外を覗くと、写真でその瞬間を切り取ったかのようにあらゆる物体が停止していた。階段を駆け下りて様子も確認すると、母も食器を片付ける姿勢で完全に止まっていた。
マジで止めやがった、時間。
普段からファンタジー物にも触れてるし、昨日のこともあってすんなり受け入れられたけど…………本当にコイツ何者。
というか待てよ。時間停止って大抵の場合、制限時間とか………
「あったりする?」
『特段無い。試したことは無いが、何百年何千年でも可能だろう。』
「うそん。」
あー、これ絶対逆らっちゃいけない奴だ。ラスボス超えてこいつは神だわ。
でもどうして俺のためにそんな能力使ってくれるのか。もしかして、俺の日頃の行いが良かったとか?
『興味本位。あと、お前は抱きしめた時に心地よい。』
悲報!!今日から俺は!!神様の抱き枕!!
正確には昨日から!!
というか最初から好感度MAXなのも不気味すぎて怖いんですけど。
何がお気に召したのか知らないけど、どうせ逆らえないしもう好きにしてくれ。
『………春はあたたかい。』
たぶん、春より春の東風の方が暖かいと思う。
♢
その後は支度を整えて、朝食の時間だけ時間停止を解除してもらった。一瞬で食べ終わったら変な勘繰りされるだろうし、念のためね。こいつの存在が家族にバレると面倒なことになりそう。
『ワレの存在を観測することは基本的に不可能。仮に顕現しても、その場で常識を改良してしまえば問題は起こらないだろう。』
「んぐふ!?ゴホッ!!ゴホッ!!ケホッ…………」
「ほら、そんなに急いで食べるからむせるのよ。」
「お母さん、お兄ちゃんは委員会に遅刻しそうだから今頑張って早食いしているんだよー。」
あのさあ、この空間に倫理観無い奴多すぎだろ。さっきからちょくちょく心読まれている気がするし。
速達便で道徳の教科書送り付けたろか?
結局、外野の声を無視しながら朝食を食べ進めることになった。これ以上変なこと言われる前にさっさと家出よう。
朝倉春が退出しました。
邪神(仮)が退出しました。
♢
春の穏やかな空気と川のせせらぎが長閑な雰囲気を生みだしています。近年は温暖化の影響もあり少しだけ日差しが強く、犬の散歩をする人の額にも汗が浮かんでおり……………
嘘です。時が止まっているので風情も何もございません。
あと五分しかないからどちらにせよ外の景色なんて楽しめないけど。
優雅に登校しながら、今朝の出来事を邪神に尋ねる。
「というかさ、いつから言葉が通じるようになったの。何かした?」
『昨晩、春が眠りについている間に脳内の神経回廊を改良させてもらった。これによって思考も読み取ることができるようになった。記憶の方は「プライバシー」とやらに配慮して、少し覗いた程度だから安心してほしい。』
「あー…………、うん。ソレハアンシンダナー」
にぱーってオノマトペが使われそうな純粋無垢な笑顔。
そんな顔して話す内容じゃないんよ。あとそれ、改良じゃなくて改竄ね。
思考の方にもプライバシーを適用してほしかったし、早めに正しい倫理観を覚えさせておかないと、取り返しのつかない事態を引き起こしそうな予感がする。
「まず、どんなに合理的な事であっても相手に干渉する場合は必ず最初に許可を取ろうね。」
『確か「承認プロセス」という名の概念であったか。』
「……あー、知らないけど多分そんなやつ。言葉だけ覚えても意味が無いことを自覚しようね。あと普通の人間の場合、脳みそを弄らせてって頼まれても嫌悪感で拒否されるからね。これ、人間の倫理観としての常識。」
『……………ふむ。一例として参考になった。感謝する。』
パターン暗記するものじゃないから。道徳は暗記科目みたいな発言しているけど、どこからそんな情報仕入れたんだよ。
まぁ納得してくれただけでも良しとするか。
「迷ったら俺に判断委ねてくれれば大丈夫。というか、むしろ積極的に相談して。」
『心得た、春。』
「…………ってそうだ、思い出した!あと名前!お前の名前なんて言うの?」
今更感があるが、自己紹介どころじゃなかったと言い訳しておく。
『名に関しては特に定めておらぬ。ワレが行き着いた世界に生きる者共に名付けられたことは何度かあったが。「ジャ/siン」や「□’%♯)-(ィ※」とも呼ばれていた時期もあったことだ。』
「へ、へぇ。そうなんだ。」
ちゃっかり別の世界にも放浪してるし、原住民に邪神(?)呼ばわりされてないか?
第一印象って大事だね。
「じゃあ邪神って呼んでも別に問題は無いわけか……」
『うむ。しかし、「ジャ/siン」はワレにとってもあまり良い思い出は少ない名。ワレに反乱を起こした生物たちを落ち着かせようと隕石を降らせたら、その惑星が粉々に崩れてしまった。ワレが初めてミスを犯してしまった時の名だ。』
被告人の供述に、情状酌量の余地は見当たりませんでした。
やってること完全に邪神じゃん!!これの手綱を握ろって、前世の俺はどんな大罪を犯した!?
邪神って名付けたら、絶対ここもその惑星の二の舞になるって。不吉どころの話じゃない。
校門前を歩きながら、なんとか新しい名前を必死に絞り出す。靴を履き替え、廊下を歩く。
あ、矢賀センの次に嫌いな先生。大荷物抱えて大変そうに。
バナナの皮置いたら滑らないかなって思っちゃった。実際にやらなくていいからね邪神(仮)くん。
うーん、一応思いついたけど………………。
♢
教室には既に自分以外に二人の生徒がいた。
一人は奥平さん。クラス替えで初めて一緒になり、あまり関わりが無いけど確か生物委員じゃなかったっけ。
もう一人は坂本くん。こちらも初めてで、委員会には所属していないけれどいつも朝早く来ているイメージがある。今日は読書じゃなくて勉強しているみたい。
さて、そろそろ発表しますか。
止まった時間の中で声高に宣言する。
「というわけで、邪神?に変わり、新しい名前を考えました!」
『うむ。「アノン」という名か。ワレは、ワレ自身も知らぬ謎が多い故、なかなか悪くない名だ。』
「…………」
ごめん、もう帰ってくれない?
名前の由来は
未知→unknown→アンノウン→アノン
です。
初投稿です。




