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第XXX話:世界一不器用な「ただの礼」

 アステル特別自治領の最高級居住区。


 その一等地にそびえ立つ白亜の豪邸。


 それは、単にきらびやかに飾り立てられた貴族の邸宅ではなかった。


 純白の魔導大理石で組まれた外壁には、超伝導回路の美しいブルーラインが静かに明滅している。敷地内には、自動で気温と湿度を最適化する気候制御結界(エアコン)が常時展開。さらに地熱発電所から直接電力をバイパスされたこの邸宅は、24時間自動防衛迎撃システムを完備し、ガラス窓一枚にいたるまでチタン合金並みの強度を誇るプラズマ装甲が施された「要塞」でもあった。


 アステルの最先端オーバーテクノロジーが結集した「超ハイテクスマート宮殿」――それこそが、国家最高幹部となったボルスに与えられた報酬だった。


 その白亜の門柱の前に、一台のボロボロの馬車が停まった。


 中からおそるおそる降りてきたのは、ツギハギだらけの服を着た年配の女性と、小さくて痩せ細った五人の子どもたちだった。


「にーちゃん……ここ、お城だべか?」


「うぉぉ……ピカピカで目が痛ぇだ!」


「ボ、ボルスや……お前、お国で出世したのは手紙で知っていたけど、まさかこんな……」


 震える家族を、真新しい特注の高級スーツ――アステル国土交通省トップの証――を着たボルスが、誇らしげに、そして優しく抱きとめた。


「おふくろ、チビども。よく今まで田舎で耐えてくれたな。今日からここが、俺たちの家だ」


 家族の麗しき再会を、少し離れた場所から腕を組んで眺めていた晶は、白衣のポケットから『魔導スマートキー』を無造作に放り投げた。


 銀色のカードを慌てて受け取り、ハッとして居住まいを正すボルス。そんな彼に対し、晶はミニスカ軍服から伸びる無防備な生足を、落ち着かなさそうにわずかにモジモジさせながら口を開く。


「……勘違いするな、ボルス。これは個人的なプレゼントでも、依怙贔屓えこひいきではない。私が死んでいた時、最後までポッドを守り抜いたことに対する『ただの礼』だ。あの時、お前が消費したHPおよび精神的慰謝料を、自由に使えるようになった今の国庫で等価交換しただけだ。――くれぐれも、変な色気を起こすなよ?」


 やや早口に、捲し立てるように釘を刺す晶。


(やれやれ、マスターのツンデレは変わらずですか。あの時は、私の遺体(からだ)を守り抜いてくれてありがとう……素純にそう言えばいいじゃないですか)


 晶の横に立つ秘書官(ルナ)は、晶の不器用な早口を聞きながら、内心呆れ果てていた。


「ははっ、やっぱ社長の器のデカさには敵わねぇや!」


 ボルスは、恥ずかしそうに、しかし、爽やかな笑顔で頭を掻いた。


 そのやり取りを見て、おふくろさんの目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。


「ああ……聖女様……っ! うちの馬鹿息子が、本当に、本当にお世話になって……っ。命を救っていただいた上に、こんなお城のような家まで……っ!」


 おふくろさんは、土下座せんばかりの勢いで晶の手をギュッと握りしめる。


 長年の過酷な畑仕事でひび割れた、タコだらけの手。その泥臭くも温かい感触に、晶は少しだけ目を丸くしたあと――いつもの鋭い覇王の気配を、ふっと和らげた。


「……頭を上げてください、お母様。礼を言うのは私の方です」


 晶は、土下座しようとする母親の肩を優しく支え、アイスブルーの瞳で真っ着くに見つめ返した。


「ボルスは、私がいちばん苦しい時に命がけで盾となってくれた恩人。我が国にとって、いえ、私にとって、かけがえのない人材です。彼のような、誠実でタフな男を育ててくれたこと……私からも、心から感謝させてください」


 その真摯で嘘偽りのない言葉に、おふくろさんはついに声を上げて泣き崩れた。


 すると、感動的な空気を一瞬でぶち破るように、五人の弟・妹たちがいっせいに「にーちゃんを助けてくれた女神様だー!」と歓声を上げ、晶のミニスカ軍服から伸びる無防備な生足に、わちゃわちゃとしがみついてきた。


「ち、違う! 私は聖女でも女神でもない! それにこれは先行投資……って、こらお前達! 足にすがるな、鼻水を太ももに擦りつけるな!」


『魅了(極)』のバフも相まって、完全に神様扱いされてパニックに陥る晶。


 そこへ突然、豪邸の奥へ探検に向かっていた弟のひとりが、なぜか素っ裸になって泣き叫びながらリビングに転がり出てきた。


「ひぇぇぇッ! にーちゃん! 風呂場に入ったら、壁からいい匂いがする泡の化け物が噴き出してきたべぇぇ!」


「なっ!? ば、化け物だと!?」


「落ち着け馬鹿者! あれは『自動洗体システム』だ! お前たちの体に付着した泥と雑菌をセンサーが感知して、最適温度で自動洗浄しているだけだ!」


 晶の必死のツッコミも虚しく、今度はキッチンの方から妹の震える声が響く。


「お、お兄ちゃん……壁の箱のレバーを引いたら、見たこともない料理が、ガシャンって勝手に出てきたダよ……! この家には、飯の神様が住んでおるべ……!」


「おお! さすが社長の技術力テクノロジーだ! みんな、ありがたく飯の神様を拝むんだ!」


「「「神様ぁぁーっ!!」」」


 ルナ監修・管理の自動給食システム(全自動食堂)に向かって、床にひれ伏して拝み倒すボルスの家族。


「だから違う!! それはただの栄養補給システムだ! お前たちのQOLを上げて健康寿命を延ばし、十年後に我が国の優秀な『労働力』として回収するための、ただの投資だからな!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ晶の横で、ルナが眼鏡をクイッと押し上げる。


「了解しました。マスターの『不器用すぎる愛(ツンデレ語録)』を、アステル建国史の公式ログに記録しました」


「ルナ、お前ふざけるのも大概にしろよ! 今すぐそのログをフォーマットしろ、今すぐだ!!!」


 大陸一の頭脳を持つ理系覇王の絶叫が、アステルの青空に虚しく響き渡った。


 その騒がしい怒号を耳にしながら、ボルスはふと、己の大きく分厚い手のひらを見つめた。


 ――ただのしがない重戦士として田舎を飛び出し、明日の宿代にも困って泥水をすすりながら、一端の冒険者になった。晶の部下になってからは、ようやく故郷へ仕送りもできるようになった。そしてあの第零格納庫で、ベルナンド達の襲撃から血反吐を吐きながら主の柩を護り続けた、傷だらけの手。


 あの泥臭い日々のすべてが、いま、この白亜の宮殿へと真っ直ぐに繋がっていた。


 全自動食堂を神のように拝み倒す家族の傍らで、ボルスは胸のカードキーをそっと、しかし強く握りしめる。


 相変わらず顔を真っ赤にしてルナとギャーギャーと言い合っている、世界一不器用で、世界一優しい我が主の背中を――彼はただ、誇らしげに見つめていた。


(社長、ありがとうございます。このボルス、命ある限り貴女を支え、お守りしましょう!)



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