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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

婚約破棄の腹いせに、悪魔を召喚した結果

作者: 星乃 明
掲載日:2026/03/04

✶ちょっと文章を整えました(2026/03/05)


「今なんて?ビクトル」


素っ頓狂な私の声は思いのほか、会場に響いた。


ここは王立貴族学院の大ホール。


今まさに、卒業式が終わったところだ。


「まったく。相も変わらずうるさいやつだな。仕方ないからもう一度言ってやる。お前と結婚するつもりは無いって言ったんだ」


私の前に立ったビクトルが、自慢の金髪をかき上げる。


そしてふっと不敵に笑い、私の姿を無遠慮に見つめた。


「お前のような女、王子たるこの僕に相応しくないだろう?」


私はハッとして自分の格好を見下ろした。


レースのついた、たっぷりとしたフリフリの桃色のドレス。


至る所に花の形の装飾や、リボンが縫い付けられている。


まるで子供用のドレスのようだ。


「何言ってるの!?貴方がこれを送ってきたんじゃない!」


「人のせいにするな。僕がなぜお前なんかにドレスを送らないといけないんだ」


婚約者として、それはそれで問題のある発言だと思うが。


「じゃあ誰よ!私だってこんなドレス…!」


涙が滲んで、私はドレスを握り締めた。


ビクトルが私に物を贈ったのは、数える程しか無い。


その大半が、仲の良かった幼い頃の思い出だ。


学園に入学してから、私たちは段々と疎遠になった。


送った手紙の返事も、パーティの招待状も無視され、誕生日は祝われることすらなかった。


たまのデートもずっと不機嫌な顔をしてさっさと解散しようとし、そのうちすっぽかされるようになった。


学園ではそもそもカリキュラムが違うし、校舎も別なのですれ違うことすらない。


そうして迎えた卒業式の前の日、突然これが届いたのだ。


中身は確かに、酷かった。


でも考えてみれば、幼い頃の私はこんなドレスを好んで着ていたのだ。


幼い頃の記憶のままビクトルがこれを選んで贈ってくれたのだと思い、私は止めようとする家族や侍女達を説き伏せてこれを着た。


「悪いが僕にはもう愛する人がいるんだ」


「………は?」


俯く私を無視して、ビクトルはほぼ笑みを浮かべて振り返った。


伸ばされたビクトルの手に、私じゃない女の手が絡まる。


美しい桃色のドレスを着た小柄な女が、頬を赤く染めてそこにいた。


「僕はお前と婚約破棄して、このマドリーヌと結婚する」


ビクトルの隣に並んだマドリーヌのドレスは、私のドレスとそっくりだった。


ただ一つ違うのは、そのドレスが小柄で甘い顔立ちのマドリーヌには、良く似合っていたということだ。


私はどちらかと言うと背が高く、スッキリとした顔立ちをしている。


髪は黒く、瞳は緑色。


桃色の華やかなドレスは、成長した今では似合わない。


ぶるぶると手が震えた。


俯く私に、マドリーヌがそっと近づいて来た。


白いレースに包まれた手が、ゆっくりと私の肩にかかる。


「申し訳ありません、エルメローズ様。でも、私たちは真実の愛を見つけたのです」


にたり。


私だけ見えるように、マドリーヌは笑って見せた。


「そのドレス…気に入って貰えたかしら」


マドリーヌの囁きに、私は。


自分の中で、何かが切れるのを感じた。


ふつふつと体の奥底から力が湧き上がってくる。


手始めに、一番近くの腹だ。


拳を固く握りしめ、全身の筋肉を使い、下から上に突き上げる。


「ぐおっふ!?」


なにやら桃色の塊が呻いて宙を舞ったが、気にしない。


「おい貴様!?なにを…!」


うるさく喚く口はどうしようか。


よし、ひとまず黙らせよう。


「お、おい!ぶっ!ちょ、ヤメ…っ!」


顔の中心を目掛けて、右、左、右、左、ワンツー、ワンツー!


最後は下から上へ、肘を曲げたまま。


全ての筋肉を引き絞り、全身全霊の力を込めて。


「へぶしッッッ!?」


私の拳は寸分違わず、ビクトルの顎を撃ち抜いた。


鼻血を吹きながら、ビクトルがゆっくりと仰向けに倒れて行く。


「ふーーーっ」


息を吐きながら、力を抜く。


騒然となっていた会場から、何故かパラパラと拍手が起きた。


そして私は我に返る。


「っ、きゃーーー!!!」


それからの事は、よく、覚えていない。



私は今、馬車に乗っている。


公爵家の紋章のついた、豪華な馬車だ。


非常に快適で、長距離の移動に適している。


窓の外にはのんびりとした田園風景が広がっており、遠くには雄大な山々が連なっている。


王都から北西にある、ティアリーゼ公爵家の領地だ。


「…なんでこんなことに」


行儀悪く窓に肘をついてボヤくと、前に座っていた侍女のサーシャが呆れた顔をした。


「それはお嬢様が、ビクトル殿下をボコボコにしたからです」


「…覚えてないもの」


「もう、お嬢様!王家からのお咎めが無かっただけ、良かったでは無いですか!普通なら牢獄行きですよ」


王家の血を引く名門貴族にして筆頭公爵家の令嬢を、牢獄にぶち込むわけにはいかなかったのか。


それとも浮気された私に同情してくれたのだろうか。


なんにせよ私はあの後無事に婚約破棄され、頭を冷やせと言われて領地行きの馬車に放り込まれた。


「…あの女、一体何者なの?」


思い出しただけでもムカムカしてくる。


ビクトルのことを考えると、怒りは更に倍だ。


「マドリーヌ・ポルテは男爵家の庶子で、不思議な力があると最近では聖女と呼ばれているそうですよ」


「聖女ぉ!?あの女が!?」


「お嬢様!」


侍女に窘められ、肩をすくめる。


「聖女、ねぇ…」


そういえば肩に触れられて目が合った瞬間、不思議な感覚があった。


体の奥底から、何かが湧き上がってくるような。


「ともかく、王都はお嬢様の話題で持ち切りです。領地で少し時間を置くのは良いことだと思います」


「そうねぇ…」


分からないことを考えるのはやめよう。


だんだんと近づいてくる領都を見つめながら、私はあの二人のことを頭から追い出した。


ティアリーゼ公爵領は王都から半日の距離にある。


小麦栽培と酪農が盛んで、特に小麦は品質が高いと評判だ。


その他にも、バターやチーズを多く生産している。


割と平坦な土地であり気候も穏やかで治安も良い。


国中でも人気が高く、移住希望者は後を絶たない。


領邸に到着した私を、先代公爵と夫人、つまり祖父母が出迎えてくれた。


「よく来たな」


「大変だったわねぇローズ。ゆっくり休んでいきなさい」


「ありがとうございます!おじい様、おばあ様」


通された私の部屋は、きちんと手入れが行き届いていた。


幼い頃気に入っていたぬいぐるみが、飾り棚にそっと並んでいる。


「疲れたから、ちょっと一休みするわ。夕食の頃に起こしてくれる?」


「かしこまりました、お嬢様。ゆっくりお休み下さい」


サーシャが微笑んで、そっと退出していく。


私はベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちた。


夕食には、私の大好きなものばかりが並んだ。


久々に会う祖父母とたくさんのことを話し、私の中のビクトルとマドリーヌへの怒りはだんだんと小さくなって行った。


過ぎたことはもう仕方がない。


忘れよう。


湯浴みを終え、静かな廊下を歩きながら、窓の外に目をやる。


常にギラギラとした王都では、こんなにも綺麗に星は出ない。


「こんど、星を見に行きましょうか」


「まあ!それは良いですね」


サーシャとそんな会話をしていると、不意に何かが聞こえた気がした。


「…?ねえサーシャ、今なにか聞こえなかった?」


「いえ?なにも」


サーシャが首を傾げる。


分かれた廊下の先にあるのは、図書室だ。


「…変ねぇ。誰かに呼ばれた気がしたんだけど」


「怖いことを仰らないでくださいお嬢様!早くお部屋に参りましょう!」


サーシャの顔が青ざめる。


私は笑いながらサーシャと手を繋いだ。


「わかったわ。ほら、行きましょう」


涙目のサーシャと共に部屋に戻り、私はゆっくりとベッドに入る。


「では、お休みなさいませお嬢様」


「うん、おやすみ」


夕食前に寝たのにも関わらず、すぐに睡魔が襲ってきた。


『…来い…来い…俺の元に…俺はここだ………にゃ』


眠りに落ちる直前、不思議な声が頭に響く。


(にゃ…?…だれなの…?わたしを…よんでいるの…?)


応えようとするが声も出ず、体も動かない。


こうして私は、呆気なく睡魔に敗北した。



次の日、私は図書室の扉を開けた。


初老の司書が軽く頭を下げる。


「今日はずっとここにいるから、サーシャはもう休みにしていいわよ」


「かしこまりました。では、飲み物だけ用意しておきますね。あと、ちゃんと昼食は取ってくださいねお嬢様。夕食までには帰りますから!」


冷たいお茶のポットを置いて、るんるん、とサーシャが出ていく。


私は適当な本棚から数冊の本を抜き取り、静かに窓際の席に座った。


小さく窓を開けると、爽やかな風がカーテンを揺らす。


表紙を開き、私はあっという間に物語の世界に飛び込んでいった。


何時間経ったのだろうか。


私は持っていた本を閉じ、テーブルに置いた。


少し凝った体をほぐす。


三時間ほど読書に没頭していたようだ。


「お嬢様、読み終えた本はこちらへどうぞ。後ほど戻しておきますので」


「ありがとう。お願いするわ」


司書に本を預け、また本棚を見て回る。


目に付いた本を抱えながら歩き回っていると、ふと古い本棚の片隅に一冊の手帳が挟まっていることに気付いた。


黒い革表紙に、金色の装飾。


気になって手に取り中を開くと、エルデローズ・ティアリーゼと署名があった。


私とよく似た名前の、数代前のご先祖さまの名前だった。


中には幼い字で、他愛もない日常の記録が綴られている。


『お父様が誕生日に、手帳をくださった!かっこよく私の名前を書いてくれた!もうすぐお姉さんだもの。日記を書こうかしら』


興味をそそられ、近くの椅子に座ってパラパラと中を確認していると、ふとあるページが目に付いた。


『今日は森にピクニックに行った。とても充実した一日だった。でも帰り道、不思議な声を聞く。なんだか助けを呼んでいるみたい。でも、一緒に行った友達には聞こえていないみたい。怖くなったから、急いで帰ることにした』


『また声が聞こえた。場所はこの前ピクニックに行った森と、おうちの間くらい。周りは放牧地で、特に何も無いのに。侍女のマヤに聞いても、聞こえていないみたい。怖い。なんなんだろう』


『今日も同じところから、声が聞こえた。今度はハッキリ、助けてくれって!どうしよう。どうすればいいのかな』


数日間に渡って、謎の声の事が書かれている。


『内緒で家を抜け出してきた。声の正体を確かめてやる!』


その日から日付は数日間飛んでいた。


『この数日間、とても大変だった。家を抜け出したことをとても怒られた。でも、助けてよかったと思う。私は後悔なんてしていない』


『名前は、リュシールにした。真っ黒で、真っ赤な目。不思議な力を持っている。大人たちに、リュシールの姿は見えてないみたい』


『どうして信じてくれないの?私は、嘘なんてついてないのに』


『リュシールの本当の体は、まだ閉じ込められているらしい。私が見ているのは、魔法で作り出した幻なんだって』


『お父様もお母様も、友達も、誰も信じてくれない!』


『今日、とっても嫌なことがあった。お城に呼ばれて、初めて会った男の子に髪の毛を引っ張られたの』


『嫌だ!婚約なんて!あんな意地悪な子と結婚なんてしたくない!』


『みんな大っ嫌い!!!』


『助けて!リュシール!』


字は徐々に乱れ、この一文を最後に途切れた。


そして、数ページの白紙が続く。


『久しぶりにこの手帳を開く。いったい何年経っただろうか。婚約者は相変わらず、浮気ばかり繰り返している。私を無視したり、暴言も当たり前。あんな男と結婚しなければならないなんて。いっその事全てを捨てて、逃げ出してしまいたい』


その整った字にはもう、かつての幼さは微塵もなかった。


『久しぶりに、リュシールのことを思い出した。いつの間にか声も聞こえなくなり、姿を見ることは無くなった。私が王都に行ってしまったからだろうか。今ならわかる。リュシールは恐らく、悪魔と呼ばれる類のものだ。でも、それでもいい。リュシール。もう一度、貴方に会いたい』


『私は昔、半分しか貴方を助けられなかった。今度こそ、貴方を助けたい』


そこからは、悪魔に関する記述が続いていた。


悪魔に関する歴史から始まり、怪しげな儀式や呪文、魔法陣の書き方などがびっしりと書き込まれている。


「悪魔…?そんなものが本当に実在するの…?」


エルデローズはこの国の国王と結婚し、史上最も偉大なる王妃だったと歴史に名を残した。


その功績のお陰でティアリーゼ公爵家は磐石な支持基盤を獲得し、現代に至るまでこの国の筆頭公爵家として王家も無視できない一大勢力となって発展している。


逆にエルデローズの伴侶だった当時の国王は、酒と女に溺れて国政を放り出し、様々な問題を引き起こした暗君だった。


『やっと、全ての封印を解く方法がわかった。何年もかかってしまった。歳をとった私を、リュシールは分かってくれるかしら』


最後の方のページには、そんな言葉と共に美しい魔法陣が描かれていた。


下には古代語で、呪文のようなものが書かれている。


私はそっとその一文をなぞった。


不意に、窓の外から鐘の音が聞こえてくる。


お昼の鐘だ。


私は咄嗟に手帳を服の下に隠し、そのまま図書室を後にした。


何となく、誰かに見られてはいけない。


そんな気がした。



昼食の後、私は適当な理由を付けて部屋に引きこもった。


取り出した手帳をそっとテーブルに置く。


それから本棚から、古代語の辞書を取り出した。


「…ちょっと試してみるくらいなら、いいわよね」


ほんの、好奇心だった。


魔法は大昔、古代文明の崩壊と共に失われたとされている。


今や魔法使いや精霊、悪魔などは創作物の中の存在だ。


私はウキウキと辞書を開いた。


魔法陣の下に書かれた呪文は、それほど難しいものではなかった。


三十分後、私はメモに書き写した呪文を満足気に見直した。


「悪魔なんて…本当にいるのかしら」


もし、本当に悪魔がいるのなら。


「うーん、悪魔があのクソッタレ共に一泡吹かせてくれるといいんだけど…。ええと───」


私は手帳の魔法陣に手を添えた。


【我は今、汝の封印を解かん。我が願いを聞き届けよ】


不意に、部屋の温度がスっと寒くなった気がした。


風もないのに、窓がカタカタと鳴る。


【黒き門を越え、我が前に姿を現せ】


言い終えた途端、バチリ、と手に静電気が流れた。


私は咄嗟に手を離す。


「いたっ!」


人差し指がピリピリと痺れ、指の腹に小さく血が浮かんだ。


「なに?一体…」


魔法陣に、じわりと血が染みていく。


私は机の前に立ち尽くした。


いつの間にか、部屋は元の温かさを取り戻している。


昼下がりの穏やかな日差しが眩しかった。


しばらく待っても、特に何も起こらない。


「…ふぅ…そうよね。本当に悪魔なんて、いるわけないものね」


私はそっと肩を落とした。


手帳を閉じ、辞書とメモを片付ける。


その時、不意にどこからか声がした。


「良くぞ封印を解いてくれた。契約は成立だ」


低く、愉悦を含んだ声が鼓膜の裏側を撫でた。


「誰!?」


振り返っても、誰もいない。


「我が名は、───リ─ユ────シル─────。我が友であるエルデローズの子孫よ。お前の願いを聞き届けよう。お前の元婚約者と浮気相手に、制裁を加えればいいのだな!任せておけ!」


声は私の頭の中に朗々と響いた。


名前を名乗っていたようだが、人間の耳には聞き取れない言葉だった。


唯一聞き取れた単語を組み合わせた結果が、リュシールだったのだろう。


「では吉報を待て!」


びゅう、と風が吹き抜ける。


「ちょ、ちょっと!」


バタンと勝手に窓が開き、黒い何かが猛スピードで部屋から出て行った。


「ま、待って!待ってお願い!私の話を聞いて!?」


慌てて手を伸ばすも、もう遅い。


黒い影は意気揚々と公爵邸を飛び出し、ふっと消えてしまった。


残されたのは、乱れた部屋と呆然とする私だけ。


「ど、どうしよう…」


いつの間にか人差し指の爪に、小さな黒い星が浮かんでいた。


契約の証なのだろうか。


「…私、とんでもないことをしてしまったかもしれない…」


リュシールは制裁といった。


何をするつもりだろうか。


流石の私も、あの二人が死ぬことを望んだりはしていない。


私はおろおろと部屋の中を歩き回った。


エルデローズの手帳には、悪魔は契約者に対価を求めると書いてあった。


しかしリュシールはなんの話しもしないまま、すっ飛んでいってしまった。


向かった先は王都だろうか。


「か、帰らなきゃ!」


慌てて部屋を飛び出すと、ちょうど帰ってきたサーシャが廊下にいた。


「あ、お嬢様!ちょうどよかっ…」


「ちょうど良かった!サーシャ、王都へ帰るわよ!!!」


「え!?お嬢様!?」


ドレスをたくし上げ、廊下を走る。


「廊下を走らないでくださいお嬢様ぁぁぁ!!!」


私のあまりの勢いに尻もちをついたサーシャの声が、公爵邸に響き渡った。


騒ぎを聞きつけて出てきた祖父母に急用ができたと言って、私は馬に飛び乗る。


「サーシャは荷物を持って馬車で追ってきて!」


馬を飛ばせば王都まで三時間。


日が沈むまでには公爵家のタウンハウスに着けるはずだ。


「行くわよ!」


護衛の騎士が慌てて馬に合図を出す。


「お、お待ちくださいお嬢様ぁぁぁ!!!」


サーシャの声が遠ざかる。


(ごめんサーシャ!でも今、それどころじゃないの!)


ドレス姿で馬を駆り疾走する姿を、通り過ぎる領民が驚いた顔で見送った。


「あれまぁ。お転婆お嬢を久々に見たねぇ」


「いつだったか、お前のとこの娘に絡んでいた酔っ払いを叩きのめしたこともあったねぇ」


「あんなでも未来の王妃様だもんねぇ」


「バッカ知らないのか?婚約破棄されたらしいぞ」


「なに!?いったいお嬢は何をやったんだ!?」


「なんでも王子が浮気して、相手共々ボコボコにしたとかなんとか」


「あれまぁ…」


のどかな公爵領に、こうして噂が広がって行く。


そんなことはつゆ知らず、私はひたすらに王都を目指して街道を駆けた。


(戻ってきて!リュシール!)


心の中で、リュシールの名前を叫びながら。



「お父様!!!」


執務室の扉を開けると、公爵である父はちょうど葉巻を加えたところだった。


「ローズ!?いきなりなんだはしたない!いやそれよりも、領地に行ったのではなかったのか!?」


「それどころじゃありません!…と言うかお父様、禁煙したはずでは…?」


思わずじとりした目で父を睨みつける。


「も、もちろんだとも!?」


絶対に嘘だ。


半眼になりながら、私は持ってきた手帳を父の机に置いた。


「これ、見覚えは?」


「ん、なんだいきなり…これは…エルデローズ様の日記か」


「はい。領邸の図書室で見つけました」


「ほう…こんなものがあったとは…エルデローズ様は我が家の英雄だ。お前の名を付ける時もだな…」


「はいはい。それは何度も聞きました。で、中身を読んだんですけれどね」


髭を撫でながら語り始めようとする父を制し、悪魔に関する記述のところを開く。


「む、これは一体…」


「悪魔の封印を解く方法が書かれています」


「なに?悪魔…?はっはっは!そんなものこの世に存在するなど…」


「そうですよね。私もそう思ってました。で、ちょっと解読してみたんですよ」


最後のページを開き、魔法陣を見せる。


「なんだと!?お前、万が一何かあったらどうするんだまったく…いいか?お前は昔から無鉄砲で…」


「はいはい、すみません。で、呪文を唱えたらですね」


つらつらと説教が続きそうだったので、それをぶった斬る。


「はっはっは!まさか、本当に悪魔の召喚に成功したとでも言うつもりか?」


「はい。そうです」


「そうだよな!いくらなんでもそんな非現実的な…なに!?」


父が勢いよく立ち上がったせいで、椅子が倒れる。


「悪魔の封印が解けて、契約が成立しました。悪魔は今、ビクトル王子とその浮気相手に危害を加えようとしているかもしれません」


しばしの沈黙。


そして私はスっと両耳を塞いだ。


「な、な、な…こ、この、大バカモノーーーッッッ!!!」


その日、父の絶叫は屋敷を揺らした。


「…落ち着かれましたか?」


父がクマのようにノシノシと執務室を歩き回るのを尻目に、私はお茶を啜った。


人間、自分よりも慌てふためいている人を見れば冷静さを取り戻すものである。


「おま、お前…お前と言うやつは…」


ブツブツ言いながら、父は疲れたように私の前のソファに腰掛けた。


「はぁ、まったく…それで…どうするつもりなんだ?」


「…どうしましょう」


私はことりと首を傾げた。


ガックリと父が項垂れる。


「殿下に警告しようにも、悪魔に狙われているなどと言っても信じてもらえんだろう…。ひとまず、異変が起きていないか確認しよう」


「お父様は、信じてくれるのですか」


「…当たり前だ。お前は、嘘を言うような子ではない」


ずっと立ち上がった父は、穏やかな目で私を見つめた。


「とりあえず、今日はゆっくり休みなさい」



夜遅く到着したサーシャに泣かれ、母に拳骨と説教をくらい、私は夕食抜きの罰を受けた。


くるくると音を立てるお腹を抱えながら、ベッドの中で丸くなる。


寝ようとしても、お腹が減っているせいか全く眠れない。


ゴロゴロと寝返りを繰り返していると、不意に爪の先がキラリと光った。


「え?」


慌てて起き上がると、目の前でポン、と煙が上がる。


「よう。エルメローズ」


煙と共に現れたのは、真っ黒な艶やかな毛並みの猫だった。


血のように赤い瞳に、同じ色のリボン。


黄金の鈴がついている。


私はその猫に、見覚えがあった。


公爵邸の一室に飾られた、猫を抱いて穏やかに微笑む、老婦人の絵画。


エルデローズが亡くなる数年前に描かれた絵画だ。


「貴方が、リュシール…?」


「いかにも!我は偉大なる黒猫、───リ─ユ────シル─────!さあ娘!我を崇め…へぶっ!」


「あ、アンタぁぁぁ!!!」


首根っこを掴まれたリュシールが、間抜けな声をあげる。


だが、気になんてしてやるもんか。


「待てって言ったのに!なんでさっさと行っちゃうのよ!?まだ何もしていないでしょうね!?」


「ちょ、やめ、きもちわる…うぇぇ…」


しばらくガクガクと揺さぶったあと、私はぐったりとしたリュシールから手を離した。


べシャリとベッドに伏せ、リュシールは目を回している。


「ちゃんと一から説明して!!!」


「わかった、わかったから…ちょっと休ませろ…」


しばらくして、リュシールはやっとの事で体を起こした。


「まったく。流石はエルデローズの生まれ変わり。そっくりだにゃあ」


「え!?ちょっと待って、どういうこと!?」


くしくしと顔を擦ったリュシールが、なにやらとんでもない爆弾を投下した気がする。


「ん?あぁ、お前がエルデローズの生まれ変わりってことか?安心しろ、魂の話だにゃん」


「魂って…」


「お前の魂は、エルデローズと全く同じものだにゃん。まあその辺は神の領域だから俺は詳しくないんだが。記憶なんかは引き継いでいないみたいだけど、体質や細かな癖なんかは、良く似ているにゃん」


「それって、よくある話なの?」


「魂は巡り巡って別の生き物に生まれ変わるにゃ。全くの赤の他人や動物なんかになることが多いけど…今回のは結構珍しいケースだにゃあ」


「そうなんだ…」


私はぽすりとベッドに座り込んだ。


「俺はエルデが死んだ後、自らその手帳に自分のことを封印したにゃ。エルデが最後に、子孫が大変な時に手を貸してやってくれと願ったから。そしてお前は俺の声を聞き、見事に俺の封印を解いた!だから俺はお前の願いを叶えてやるにゃん!」


すくっと立ち上がった黒猫は、やる気に満ち溢れた様子でまた走り出そうとした。


私は慌ててその首根っこをもう一度掴む。


「ちょ、ちょっと待ってよ!とりあえず落ち着いて!今日は遅いから、もう休みましょう?ほら、ここに寝て…」


クッションを引き寄せて、リュシールをそっと上に乗せる。


「そうか?まあ、今日かけた呪いの効果はしばらくしないと発動しないからな。それを確認してからでもいいか」


柔らかなクッションを前足でふみふみしながら、リュシールは言った。


「…ちょっと待って?呪い?今日?かけた?」


「ああ!久々だったから苦戦したけど、ちゃーんと呪ってきたぞ!」


きらん!と音がしそうな笑みを浮かべ、リュシールが得意げに胸を張った。


なんだか頭痛がして、私はベッドに倒れ込む。


「…頭がパンクしそうだわ…リュシール、明日、ちゃんと話そう…」


「まあいいだろう。しっかり休め。エルメ」


しゅるりと振られる尾を目で追ううち、私はゆっくりと眠りに落ちた。


「良い夢を」


霞む視界の中で、黒猫が丸くなった。


何とも衝撃的な、一日の終わりだった。



なんだろう。


とても暖かい。


もふもふしている。


陽だまりの匂いだ。


抱き締めたそれに頬擦りをし、はっと目が覚めた。


「リュ、リュシール!」


私の腕の中で、白目を向いた黒猫が桜色の舌をぺろんと出し、グッタリとしている。


「ごめんなさい!リュシール、大丈夫!?」


「大丈夫だ…」


よろよろと起き上がった黒猫が、ぴょん、とベッドから飛び降りた。


床に座って、乱れた毛並みを整えている。


すると、扉が小さくノックされた。


「おはようございますお嬢様。お目覚めですか?」


「え、ええ!ちょっと待ってね」


私は慌ててリュシールに近付き、小さな声で言った。


「リュシール!いきなり猫がいたら、サーシャが驚くわ!どこかに隠れられる?」


「もちろん。お前の体のどこかに、契約印があるはずだ。見せてくれるか」


「契約印?もしかして、これ?」


そっと人差し指の爪を見せる。


黒い星がきらりと光った。


「そうそう。やっぱりエルデと同じところだな」


そう言ったリュシールは、瞬きのうちに黒い星に吸い込まれて行った。


「契約印は悪魔と、悪魔と契約した奴にしか見えない。安心しろ」


頭の中にリュシールの声が響く。


「わかったわ」


私はほっとして、扉の前のサーシャに声をかけた。


「おはよう、サーシャ」


「おはようございますお嬢様。そんな所でどうされましたか?」


部屋の真ん中に突っ立っていた私を見て、サーシャが首を傾げる。


「お、お腹がすいちゃってね…」


「ふふ、料理長がお嬢様が可哀想だと言って、フレンチトーストにしたみたいですよ」


「本当?早く食べたいわ!」


朝の身支度を整え、軽い足取りで食堂へ向かう。


(そういえば、エルデは朝が苦手だったにゃあ)


「そうなの?」


「お嬢様?なんでございますか?」


「あっ!なんでもないわ!」


不意に頭の中に響いたリュシールの声に、思わず反応してしまった。


(心の中で話したいことを思い浮かべるだけでいいにゃ)


(…わかったわ)


食堂へ入ると、父と母が既に席についていた。


「おはようございますお父様、お母様」


「おはよう、ローズ」


「おはよう。今日はあなたの大好物よ」


食卓の上には、ふっくらと焼かれたフレンチトーストが用意されている。


バニラアイスとバターが添えられていて、その上にたっぷりと蜂蜜がかかっていた。


「美味しそう!いただきます!」


じゅわりと甘いフレンチトーストに、カリカリベーコンの乗ったサラダ、そして濃いブラックコーヒー。


私の大好きなメニューだ。


「ローズ」


既に朝食を終えて食後のお茶を飲んでいた母が、ゆっくりと口を開いた。


「昨日の夜、旦那様から聞いたわ。あなたって子は本当に昔から無鉄砲なんだから…今ビクトル殿下とマドリーヌ男爵令嬢の安否を確認しているから、今日は家にいて頂戴。それからその…呼び出された悪魔について、もっと詳しいことは分からないの?物語の中だと、よく対価を求められると書いてあるけれど…あなたまさか…」


母の顔色は悪かった。


目の下に隈が浮かんでいる。


私はそっとカトラリーを置いた。


心の中でリュシールに話しかける。


(…リュシール、どうしたらいい?)


(エルメが良いなら、俺が姿を見せて説明してやるにゃん)


(いいの?)


(もちろん。俺はエルデに子孫を守ってくれと託されたんだにゃ。こいつらも、ティアリーゼ公爵家の子孫に違いないからな)


(じゃあ、お願いするわ)


ピカリと、黒い星が光った。


そして。


「恐れおののけ!我こそ偉大なる黒猫にして、ティアリーゼ公爵家の守護者!名を───リ─ユ────シル─────である!遠慮なくリュシール様と呼ぶがいいにゃ!!」


テーブルの上に仁王立ちになり、リュシールが高らかに言って胸を張った。


突如として現れた黒猫が、二本足で立って腰に手を当てている。


驚いた父が読んでいた新聞を引きちぎり、母の手からカップが転げ落ちた。


二人とも目を見開き、口をぽかりと開けたまま硬直している。


私はやれやれと肩を落とした。


「どうした?遠慮なく崇めるにゃ!」


「あ、あ、貴方が悪魔なの!?」


「如何にも!」


「しゅ、守護者とは、いったい…?」


動揺する両親を尻目に、私は残った朝食を平らげる。


そしてゆっくり立ち上がった。


「とりあえず、場所を移しましょう」


ひとまず、家族会議を始めよう。



「…つまりこの黒猫は大昔にエルデローズ様と契約した悪魔で、子孫を守るように頼まれた、と?」


「その通りにゃ」


「そして昨日エルメローズが封印を解き、契約者になって、もう既にビクトル王子とマドリーヌ男爵令嬢を呪ってきた、と」


「感謝しろにゃん」


誇らしげなリュシールを前に父は額に手を当て、何やらブツブツ言いながら考え込んでしまった。


母は引き攣った顔をしながら黒猫を凝視している。


微かに手が震えているので、まだ動揺しているのだろう。


「…契約とは、代償が伴うものなのか?」


父がふっと顔を上げた。


「まさか、娘の命を奪ったりなど…」


「俺とエルデは対等な友達だったからそんな契約は結んでないし、エルメにもそれは引き継がれてない。でも一応、対価は必要にゃ」


「そ、それはなんなの!?もし代われるなら私が…!!」


母ががばりと身を乗り出す。


「それはだな…ズバリ、甘いものだにゃん!!!」


「…へっ…?」


淑女の鏡と称賛される母の口から、聞いたこともないような間抜けな声が漏れた。


「今日食べていたあれはなんだ!?ふわふわでトロトロ、カリカリで、とても美味そうだった!俺にも食わせろ!!」


「そ、そんなものでいいの?」


私も思わず身を乗り出す。


「そんなものとはなんにゃ。甘くて美味いものはこの世界で最も尊いものなんだぞ!」


私は内心、寿命が縮んだりするのかとヒヤヒヤしていた。


拍子抜けも拍子抜けである。


「…わかった。君がそう言うなら」


父がゆっくりと頷いた。


「対価はわかったわ。それで、昨日二人になんの呪いをかけたの?」


問題はそこだ。


私の命が脅かされることがないことはわかった。


だが王子の命の危機ともなると、流石に放置はできない。


黒猫は母が取り敢えずと差し出したお茶菓子のクッキーにかぶりつくと、口元に欠片をつけたまま自慢げに言った。


「だんだん髪の毛が抜けていく呪いと、ニキビが出来やすくなって治りも遅くなる呪いにゃ!」


なにそれ。


ものすごく嫌だ。


「この呪いはじわじわ効いてくるにゃん。楽しみにしておけよ!」


「…命を奪う呪いとかは…?」


「?アイツらを殺したいのか?それはさすがに、今の契約じゃ無理だにゃあ」


「あ、出来はするんだ…」


クッキーが無くなったので、母が角砂糖を差し出した。


リュシールはふんふんと匂いを嗅ぎ、ひとかじりする。


そして、クワッ!と目を見開いた。


「砂糖の塊にゃん!?これはさすがにいらないにゃ!!」


「あっ!ごめんなさい」


二個目の角砂糖はそっと皿に戻された。


「心配せずとも、一日最低一回おやつを貰えば大丈夫にゃん」


母はそれを聞いて、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「悪魔が魂を代価に求めるなんて、戦争が多くて魔法が生きていた時代の話にゃん。そもそも悪魔は人間がそう呼んでいるだけで、元は聖霊なのにゃ。戦争に疲れた聖霊が人間から魔法を取り上げて神の世界に帰る時、なんとな〜くで残った奴らを人間がそう呼ぶようになっただけにゃ」


「じゃあ、貴方は聖霊ってことなの?」


「その通りだにゃ。でも悪魔の方がかっこいいから、悪魔でいいにゃん」


なんだその理由。


私は脱力して背もたれにもたれかかった。


父と母も、気の抜けた顔をしている。


そしてしれっと、この世から魔法が消えた謎が説き明かされてしまった。


幾人もの考古学者が、生涯を捧げて追い求めてきた謎なのに。


「それで…呪いの効果はいつ頃に現れるんだ?」


いち早く気を取り直した父が、ニヤリと笑う。


「そうだにゃあ。あと二、三日もすれば、わかると思うにゃん」


想像でもしたのか、リュシールがで忍び笑いを漏らす。


母は頬に手を当て、首を傾げた。


「ハゲとニキビはちょっと…いえかなり、嫌よねぇ」


私も、嫌だ。



あの暴力女、エルメローズとの婚約が破棄されてから、一週間が経った。


マドリーヌの不思議な力で、顔の怪我は綺麗さっぱり消え去った。


今日も僕は鏡の前で、自慢の金髪に櫛を入れる。


あの女は昔からそうだった。


遊び、勉強、運動、武道、乗馬…。


そのどれをとっても、はるか僕の先を行く。


普通なら王族を立てるものだというのに!


幼い頃は確かに、仲が良かった。


だが学園に入学し、愛しいマドリーヌと出会ってから全てが変わった。


女とはかくあるべきだ!


マドリーヌはか弱く、柔らかく(何がとは言わないが)、従順で、儚い。


対してあの女は図太く、平で硬く(どこがとは言わないが)、強情で、強かだ。


鼻歌混じりにそんなことを考えていると、不意に、何かがぱさりと地面に落ちた。


「ん?なんだ…?え…」


床に散らばっていたのは、金色に輝く糸の束だった。


いや、糸ではない。


これは。


顔を上げ、鏡を見つめる。


「ぼ、ぼぼ、僕の髪の毛がァァァ!?!?!?」


その日、ビクトル・リンドバーグの絶叫が、城を揺らした。



「何よこれ…何よこれ…!なんなのよこれぇぇぇ!!!」


あたしは手鏡を覗き込み、叫んだ。


肌にポツポツと赤や白の発疹が浮かび、血が浮かんでいる所すらある。


「どういうこと!?いったいどういうことなの!?」


あたしは鏡を壁に投げつけた。


「お、落ち着くっぽ、ご主人様…」


ベッドの下の暗がりから声がする。


あたしはそれに向かって、化粧水の瓶を投げつけた。


「あんた、ちゃんとあたしに魔法かけてるんでしょうね!?対価を貰ってるくせに仕事をまともに出来ないなんて、なんて役たたずなの!?」


「そ、そんなことをいわれても、これは…」


「うるさい!いいから早くあたしの肌を治しなさい!!!」


あたしは乱暴に椅子に座り、爪を噛んだ。


「くそ、くそ、くそ…ようやく、王子が手に入ったのに。ようやくあの目障りな女を陥れたのに!こんな…こんな顔じゃ、いったいなんで…」


ベッドの下から、くすんくすんと鳴き声が漏れた。


「早くしなさいこのグズ!!!」


近くにあった香水の瓶を引っ掴む。


投げつけられて割れた小瓶から、噎せ返るような甘い匂いが立ち上った。


「このままじゃ絶対終わらない…あたしはこの国の頂点に立つ女なの…」


薄暗く荒れた部屋には、何かの啜り泣く声と、呪詛のような声が不気味に渦巻いていた。



「ねえ、ところで…」


公爵邸の中庭で優雅なティータイムを過ごしていた私は、ふとした疑問を口にした。


「東洋の言葉で、人を呪わば穴二つっていうのがあるんだけれど…あの二人に呪いをかけたことで、私にもなにか副作用のような…なにかがあるのかしら」


幸せそうにマフィンにかぶりついていたリュシールが顔を上げる。


「まぁ、全くないとは言えないにゃ」


「え!?ちょっと、一体何なの!?」


思わずリュシールの首根っこを引っ掴んだ。


ぐえっとリュシールが呻き声を上げる。


「ほ、ほんの、ほんのちょっと…」


「ほんのちょっと、何よ!?」


「犬に嫌われるようになるににゃん」


がっくり、である。


「なに、それ…」


「俺は猫の悪魔だにゃん。猫と犬は、昔から相性が悪いからにゃあ。契約者にもちょっと影響が出ると思うにゃ」


「呪いの反動とかは無いって事?」


「直接命に関わる呪いならいざ知れず、あの二人にかけたイタズラ程度の軽い呪いなら問題ないにゃ」


「…ならいいんだけど」


犬に嫌われる。


…ちょっと悲しい。


落ち込む私に、リュシールが慌てて言った。


「猫が平気な犬になら問題ないにゃ!」


たまに遊んでいる、うちの使用人が飼っているあの犬は、どうだっただろうか。


彼の実家では、猫も一緒に飼っていたと聞いた気がするけれど。


今度確認してみよう。


そう決意して、私はまたお茶を飲んだ。


ビクトルとマドリーヌの体に、とんでもない異変が起きているなんて露知らず。


そんな私を見て、リュシールはマフィンを平らげて満足気に香箱を組んだ。


ヒクヒクと桜色の鼻を動かしながら、穏やかな日差しにとろりと目を細める。


「いい天気だにゃあ」


「ええ、本当に」



数日後。


その手紙は、朝早くに公爵邸に届いた。


差出人はビクトルの母、つまりこの国の王妃である。


中には、今回のお詫びがしたいから公爵夫人とともに是非登城して欲しいというものだった。


王妃は母の親友でもあるし、小さい頃から可愛がってくれた。


「貴方が嫌なら、私だけ顔を出してくるわよ?」


母が心配そうな顔をしたが、とりあえず行ってみることにする。


サーシャが張り切って用意したのは、美しい淡い黄色のドレスだった。


繊細なレースとパールで彩られた、スッキリとしたシルエット。


アクセサリーのメインは瞳と同じ色のエメラルドだ。


髪は緩く編み込まれ、パールと花の飾りが散らされる。


「お綺麗です!お嬢様」


サーシャがうっとりとしながら言った。


卒業式の日の、例の桃色のドレスを見たサーシャの荒れようはとんでもなかった。


あのドレスはその後、サーシャの手によって引きちぎられ、今は調理場の油拭きや、汚いところの掃除用として大活躍しているらしい。


「ありがとうサーシャ」


涙ぐむサーシャを伴い、母と共に馬車に乗り込む。


こうして私は、久しぶりの王宮に向かうのだった。


城に着いた私たちは、早速サロンに通された。


廊下ですれ違う貴族たちから、何故だかちらちらとの視線を向けられる。


なんだか恐れられているような気がしないでもなかったが、うん、まあ気のせいだ。


そういう事にしておこう。


サロンに入るなり、駆け寄ってきた王妃に抱きしめられた。


「ああ、ローズ!よく来てくれたわ、本当にごめんなさい!手は痛くない?ちゃんと眠れている?」


「はい、王妃様。大丈夫ですわ」


王妃は少し、窶れた感がある。


母が心配そうにその背中を撫でた。


「エリーザ。貴方こそ大丈夫なの?顔色が悪いわ」


「あぁ、リリアン。本当にごめんなさい、私の育て方が悪かったばっかりに…」


「すぎたことは仕方がないわよ。とりあえず座りましょう」


王妃は母の手をぎゅっと握ったまま、ソファに腰掛けた。


この二人は親戚同士で、姉妹のように育ってきた仲だ。


顔立ちや雰囲気が良く似ている。


「今、ビクトルは謹慎させているの。廃嫡は決定しているわ。本当にごめんなさい…貴方にお義母さんと呼ばれるのを楽しみにしていたのに…」


今の王家に、女子はいない。


親戚筋も男ばかりなので、女の子が欲しかった王妃は本当に小さい頃から、私のことを可愛がってくれた。


母が産後体調を崩した際、ちょうど第二王子の育児中だった王妃が私に母乳を与えてくれたくらいだ。


私はソファから立ち上がり、席を移動した。


王妃の隣にそっと座る。


大きいとはいえ、大人三人が座るには少し狭いけれど。


「王妃様は、私の第二のお母様です。今までも、これからもずっと。それは変わりませんわ…」


「ローズ…」


震える背中をそっとさすった。


「これは…いったいどういう状況ですか?」


その時、入口から声がした。


見ると、背の高い男が一人、驚いた顔をして立っている。


「アスラン…?」


鮮やかな青い騎士服に身を包んだ第二王子、アスラン・リンドバーグ。


ビクトルよりも薄い色の金髪が、陽の光できらきらと輝いている。


「留学中じゃなかったの!?いつ帰ってきたの?」


会うのは何年ぶりだろうか。


思わず立ち上がって駆け寄ると、澄んだクリアブルーの瞳が瞬いた。


「兄上の事があって、呼び戻されたんだ。大変だったな。ローズは大丈夫なのか?」


「ええ、まあ…もう気にしてないわ」


記憶にある幼い頃のアスランは、女の子と見間違うくらいの可愛らしい顔立ちをしていた。


今はすっかり男らしくなり、引き締まった体つきをしている。


その時、私の目の端を何かが掠めた。


黒い星だ。


慰めるように私の肩に乗せられたアスランの左手首の内側に、小さな黒い星が浮かんでいる。


「っ!アスラン!これ…!」


思わずその手を掴むと、アスランは目を見開いた。


「ローズ、お前これ…見えるのか!?」



アスランに呼ばれ出てきたのは、美しい魚の姿をした悪魔だった。


長いヒレが優雅に空中を舞う。


陽の光で、青い鱗がきらりと光る。


アスランは留学先でこの魚の悪魔、ブルーベルと出会ったらしい。


汚れた泉に囚われていたところを助けたのだとか。


「悪魔と呼ばれるのは好きじゃありませんわ。わたくしは誇り高き聖霊ですのよ」


ブルーベルがそう言ったので、そう呼ぶべきだろう。


「そこのあなた。あなたからも強い聖霊の気配を感じます。契約しているのでしょう?」


ブルーベルはゆらゆらと私の周りを回った。


「…どういうこと?ローズが悪魔…いえ、聖霊と…?」


王妃が混乱している。


私は全てを説明した方がいいと決意し、リュシールに声をかけた。


「リュシール、出てきてくれる?」


すぐさま出てきたリュシールは、私の肩に乗って頬に顔を擦り付けて来る。


そしてチラリとブルーベルに目をやった。


「よう、久しぶりだにゃあ」


「あら、貴方だったのね」


二人はどうやら顔見知りのようだ。


「王妃様、ちゃんと一から、説明しますね」


それから私は、なるべく詳しく説明を始めた。


王妃はじっと耳を傾けている。


婚約破棄の後のこと、図書室で見つけたエルデローズの手記こと、悪魔のこと。


そして、呪いのこと。


今わかっていることを全て話し終えてから、王妃はしばらく無言になった。


「…わかったわ。アスラン。あなたと…ブルーベルさんは契約を結んでいるのよね?対価というのは、どういうものなの?」


ブルーベルが空中を舞う。


その周りには、水の玉がいくつも浮いていた。


「わたくしが求める対価は、美味しいお水ですわ。この国のお水はとっても美味しい。素晴らしいことですわ」


「まあ、お水…?お茶なんかは、いかがかしら?」


王妃がそっとポットを差し出す。


ブルーベルが尾を振ると、そこからお茶が小さな球体になって浮かび上がった。


その雫を飲み込んだ後、ブルーベルがくるりと舞う。


「こんなに美味しいものは初めてですわ。気に入りました!」


とても嬉しそうだ。


「あら、よかったわ」


お茶は王妃の趣味でもある。


「こんど違う茶葉でも入れてあげるわね」


「まあ嬉しい!アスランじゃなくて、王妃様と契約したら良かったわ!」


そんなことをしていると、廊下が騒がしくなった。


焦った使用人たちの声が響く。


何事かと声の方を見ていると、突然サロンの扉が開いた。


荒々しい足音を立ててやって来たのは、ビクトルだ。


何故かシーツを被り、それをズルズルと引き摺っている。


「ビクトル!あなた謹慎中の筈でしょう!部屋に戻りなさい!それになんなのその格好、は…えっ」


王妃が素早く立ち上がる。


厳しい王妃の言葉が、不意に消えた。


はらりと床に落ちたシーツ。


その内側には、金色の何かが沢山張り付いている。


「び、ビクトル…あなた、それ…」


顕になったビクトルの頭部は、禿げた部分と無事な部分が混在して斑になっていた。


顔中に青紫の痣が無数に浮き出て、酷い有様だ。


「おまえの…お前のせいだ!!!」


黙ってフラフラと近付いてきたビクトルは、突然大声を上げて私に殴りかかった。


隣にいたアスランがすぐさま立ち塞がり、ビクトルの拳をがっちりと受け止める。


「兄上!おやめ下さい!」


「うるさい!この女が全て悪いんだ!何もかもお前のせいだ!!!」


「元は兄上がローズを裏切って、浮気なんてするからではないですか!」


「うるさい!黙れ黙れ黙れ!!!」


ビクトルが無茶苦茶に暴れて手を振り回す。


しかしアスランはそれを容易にいなし、肩を突き飛ばした。


「ブルーベル!拘束してくれ!」


「いいわよお」


ブルーベルがくるりと回った。


水の輪が倒れ込んだビクトルに絡みつく。


「な、なんだ!?動けない…お前の仕業か!?」


ビクトルには自分に絡み付く水が見えていないようだ。


藻掻くビクトルが大声で喚く。


その時。


「一体なんの騒ぎだ!?」


威厳のある声とともに、国王がやって来た。


その後ろには父が立っている。


国王は床に転がったビクトルを睨み、一喝した。


「ビクトル!謹慎中の身の上でありながら騒ぎを起こすなど、何を考えている!もういい、お前にはほとほと失望した。衛兵!こやつを牢屋にぶち込んでおけ!」


国王の合図で数人の騎士が入室し、ビクトルを担ぎ上げた。


水の拘束はいつの間にか消え去っている。


ビクトルは往生際悪くもがきながら私に罵詈雑言を浴びせかけていたが、リュシールが尾をふっと振ると口が縫い付けられたように無言になった。


こうしてサロンには静けさが戻った。


「すまなかったな、ローズ。日を改めて、また話をしよう」


「かしこまりました、国王陛下」


「聖霊と呪いのことは、俺が説明しておく」


隣にやってきたアスランが、小さな声で囁いた。


「わかった。ありがとう」


「またな」


にっと笑った顔に、幼い頃の面影が重なる。


小さく跳ねた心臓を、私は気の所為だと無視することにした。



母は父と帰ってくるらしいので、私はサーシャを伴って馬車乗り場を目指した。


静かな廊下に、二人分の足音が響く。


しかし、不意に背後でどさりと何かが倒れる音がした。


「サーシャ?」


振り返ると、サーシャが廊下に崩れ落ちている。


「サーシャ!!!」


駆け寄って抱き起こす。


顔を覗き込むと、サーシャは穏やかな顔で眠っているようだった。


ほっと胸を撫で下ろす。


その時、別れた廊下の角から、桃色のドレスを着た女が姿を見せた。


「ごきげんよう、エルメローズ様」


ゆらりと現れたのは、マドリーヌだった。


派手な帽子を被り、垂れ下がったレースで顔を隠している。


そして何故か、人参を握りしめていた。


(人参…?なんで…?)


私はサーシャを抱き締めた。


「…貴方に、名前呼びを許可した覚えはないわ」


下がりたくても、サーシャを抱えたままだと流石に動けない。


「私の侍女に何をしたの!?」


「ふふ、相変わらず、お高く止まっちゃって…安心しなさい、眠ってるだけよ。あたしの目的は、あんただけだもの」


そしてマドリーヌは、何もない場所に持っていた人参を投げつけた。


「ほら、さっさとしなさい!こいつを殺すのよ!!!」


人参が転がった箇所から、ぼんやりと何かが姿を見せる。


それはボロボロ毛並みの、小さな狸だった。


がっちりと首輪がかけられて、ところどころ怪我をして血が滲んでいる。


「む、むり、無理ですよぅ。ぼくの力じゃ、そんなこと出来ないぽ…」


「うるさい!!!いいからやりなさい!!!もっと酷い目にあってもいいの!?」


怒鳴りつけられ、狸はますます小さくなった。


業を煮やしたマドリーヌが、走り寄って狸の頭を引っ掴む。


そして思い切り私の方に投げつけてきた。


「きゃ!」


サーシャに覆いかぶさり、顔を伏せる。


その時。


爪の先の星が光った。


現れた黒い影が立ち塞がる。


「リュシー、ル…?」


高い背丈。


漆黒の軍服に、金の装飾の着いた豪奢なマント。


彩られたルビーがきらりと光る。


「我が契約者に危害を加えようとするとは、なんて愚かな!しかも敬うべき聖霊に非道な仕打ち…許される事ではないぞ!!!」


轟くような怒鳴り声に、マドリーヌがへたり込んだ。


「もう許さぬ!この俺がお前の魂を地獄に落としてやろう!!!」


黒い風が吹き荒れた。


窓が揺れ、空気が冷える。


廊下に落ちた影から、無数の手が伸びた。


「いやぁぁぁ!なに!?なんなのこれ!!!」


手は容赦なくマドリーヌの体に絡みついていく。


「助けて!やめて!!!」


ぱさりと落ちた帽子が転がる。


顕になった顔は、酷く荒れてボロボロだった。


マドリーヌの体がずるりと影に沈む。


「いやぁぁぁ!!!」


悲鳴を残し、マドリーヌの姿は完全に消えた。


廊下が元の静かな様子を取り戻す。


私は吹き飛ばされて転がってきた狸とサーシャ抱き締めながら、遠のきそうになる意識を必死で保とうとした。


「リュ、シール…」


「エルメ、もう大丈夫だ。いいから、休め」


屈んで私の顔を覗き込んだ男が、穏やかな顔で言う。


美しい、赤い瞳が輝いている。


そして私は、意識を失った。


黒猫が鳴く声を聴きながら。



私が目を覚ましたのは、次の日の昼だった。


慌てて使用人を呼び出すと、サーシャも目を覚まし、念の為休んでいるようだ。


父と母は不在だった。


軽食を取り、部屋に戻る。


そしてリュシールに呼びかけた。


すると。


「リュシール様なら、今お城に行ってるぽ」


ベッドの下から、モゾモゾと毛玉が這い出てくる。


あのときマドリーヌと一緒にいた狸だった。


「あ、あなた…!?」


「はい。ぼくの名前、あの人はつけてくれなかったぽ。お好きに呼んで欲しいぽ」


「えっと、聖霊の本当の名前?は、なんて言うの?」


告げられた名前は、やはり半分も聞き取れなかった。


「うーん、じゃあ、ブランジェって呼ぶわね」


狸、茶色、つまりブラウン。


安直だが、小さな狸は嬉しそうに頷いた。


「何があったのか、説明してもらってもいいかしら」


「はいですぽ」


ブランジェを抱き上げ、ベッドに座る。


そしてブランジェは話し始めた。


事の始まりは数年前、ポルテ男爵の愛人だった女が亡くなり、マドリーヌが男爵家に迎え入れられる前のことだった。


隣国の小さな村で生活していたマドリーヌは、ある日畑から小さな石像を掘り当てた。


その中ではブランジェが眠りについており、目が覚めたブランジェはマドリーヌと契約を結んだのだという。


その頃は、美味しい野菜を対価にした、ただの話し相手のような関係だったそうだ。


きっかけは、ささやかな事だった。


容姿の事で虐められたマドリーヌを可哀想に思ったブランジェは、ちょっとした魔法を使った。


力のあまり強くないブランジェの魔法は、幻でマドリーヌの肌を少し綺麗に見せるだけの筈だったという。


不運だったのは、マドリーヌが魔法の効きやすい体質だったということだ。


魔法は実際に肌に影響を与え、マドリーヌは見る見るうちに綺麗になった。


そしてマドリーヌを通して、魔法は他の人にも影響を与えるようになった。


ちょっとした怪我も治せるようになり、聖女と呼ばれた。


男爵家から迎えが来る頃、マドリーヌはブランジェに暴力を振るい、無理やり魔法を使わせるようになっていた。


結ばれた契約は、双方の合意がないと滅多なことでは解除できない。


こうしてブランジェは、マドリーヌに命じられるがまま、魔法を使った。


ビクトルに魔法をかけることもあったらしい。


小さな体を震わせて、ブランジェがポロポロと涙を零した。


その背中をそっと撫でる。


不意に鈴の音がして、空中からリュシールが姿を見せた。


いつもの、黒猫の姿だ。


鼻をすすったブランジェが顔を上げる。


「おかえりなさいですぽ、聖霊王様」


「その呼び方はやめるにゃ。俺はリュシールという立派な名前があるにゃん」


リュシールはぽふりとブランジェの頭に手を置く。


「うん、契約は破棄されてる。もう大丈夫にゃ」


「はい。ありがとうございます」


リュシールは満足気に頷き、私の顔を見つめた。


「エルメは、大丈夫かにゃ?」


「うん…あのとき、助けてくれたのはやっぱり、リュシールなのね」


「そうにゃ。あれは俺のもうひとつの姿だにゃん」


「聖霊の、王様なの?」


リュシールはちょっと首を傾げた。


「聖霊に、明確な王は居ないにゃ。神から生まれた始まりの聖霊で、特に強い力を持ったものが他の聖霊たちから王と呼ばれたりするんにゃ」


「そうなんだ…」


少しの沈黙の後、リュシールが口を開く。


「あの女は、そこのチビの力を悪用していた。それが俺のかけた軽い呪いを暴走させ、一層深いものになった。悪用された魔法は精神に影響を及ぼす。魂も救いようのないほど穢れていた。聖霊を虐め、魔法を悪用した報いにゃん」


すりすり、と艶やかな毛並みが私の頬を撫でる。


「エルメが気にする必要は、ないにゃ」


「うん…ありがとう」


目の前で、人が消えた。


悪夢のように。


でもマドリーヌは、それだけの事をしたのだ。


忘れよう。


私はそう心に誓った。



マドリーヌの魔法は、ビクトルの精神を深く汚染していたらしい。


マドリーヌとブランジェの契約が無くなったことで、全ての影響が消え去った。


しかし、問題を起こしたことには変わらない。


廃嫡され、辺境に送られる事が決まったという。


出立の日、私は一通の手紙を受け取った。


中にはたった一言、すまなかったの文字。


それから、私が昔好きだった花が一輪。


私は黙って花を握りしめ、静かに遠ざかっていく馬車を見送った。


隣にはそっと、アスランが寄り添う。


私たちの薬指には、お揃いの指輪が光っていた。



とある城の一角。


たくさんの絵画が飾られている。


一際目立つ絵には、アスランとエルメローズが描かれている。


その周りを青い尾びれを揺らめかせた魚が舞い、足元には黒猫が寄り添う。


その隣の絵では、狸を抱き締めた少女が満面の笑みを浮かべていた。


エルメローズ王妃の、もっとも信頼の厚かった侍女の絵だそうだ。


これらの絵の作者は辺境の地で絵に没頭し、その才能を開花させ高い評価を受けたそうだ。


やがてその地は芸術の都と呼ばれるほどに発展し、作者は今でも英雄として語り継がれている。


文武両道、才色兼備と称えられたエルメローズ王妃は、芸術分野だけは不得意だったと、子孫たちは城に飾られた絵を見上げて笑いあった。


✶良ければ高評価よろしくにゃんฅ^•ω•^ฅ

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