どんな名作もあらすじを読めば満足してしまう
世の中には無数の“名作”が転がっている。
人々はそんな名作たちに飛びつき、楽しむなり感動するなりするのだろう。
だけど、俺は違った。
どんな名作も、あらすじさえ読んでしまえばそれでなんだか満足してしまって実際に見ることはしない。
例えば、邦画の名作とされる『せめて一目だけ』という作品がある。
巷じゃ「何度見ても泣ける」なんて言われており、人々はその評判を聞いて、実際に作品を見るのだろう。
でも、俺は名作と言われる作品はとっととあらすじを読んでしまう。今の時代、ネットで検索すればネタバレがいくらでも転がってるし。
ちなみにこんな内容だ。
仕事人間の中年である主人公は、それが災いして妻から離婚され、娘とも離れることになる。しかも、会社の業績も悪化し、リストラの対象になってしまう。職を失った主人公は日雇い仕事で食いつなぎ、色んな人と知り合う。そんな時、別れた娘から結婚式の招待状が届いた。主人公は最初は行かないつもりだったが、周囲からの声もあり、精一杯のオシャレをして式場に出向く。とはいえ直前ですくんでしまい、なかなか会場に入ることができない。それでもせめて娘を一目見たいと、勇気を振り絞る。ウェディングドレス姿の娘と目が合ったところでエンディング。
……なるほど。まあ確かに、感動的なのかもしれない。最後はめでたしで終わるしな。まとめちゃうと、色々と不幸なおっさんが娘の結婚式に行くだけの話って気もするけど。
いずれにせよ、ストーリーは分かったわけだし、俺は満足だ。もう見る気は起きない。
名作をほんの数分で楽しめる。どうだい、究極のタイパじゃないか。
小説だってそうだ。名作と言われる『地獄の救世主』って小説がある。
あらすじはこうだ。地獄に落ちた主人公が閻魔大王から「亡者を100人救えば生き返らせてやろう」と言われ、張り切る。亡者には色んな奴がいる。子供を遺して死んだ奴、現世の誰かに復讐したい奴、未だに自分が死んだと思ってない奴……。亡者たちを救ううち、主人公も成長していく。やがて100人救うのを達成し、生き返れることになるが、主人公は「これからも地獄で亡者を救いたい」と地獄に残る決断をする。
……そういう話ね。地獄で亡者を救ってきた奴が最後に本当に“地獄の救世主”になってタイトル回収もバッチリだ。ただ、地獄に残ったままって微妙にハッピーエンド感ないよな。ビターエンドとでもいうべきか?
この通り、1ページも読んでないのに、俺は名作小説を一冊読破することができた。
まだまだあるぞ。
TVドラマ『見捨てるものか』、これも名作と言われている。
舞台はウイルスによるパンデミックが起こった世界で、主人公はワクチンなどの研究者。政府はウイルス感染者を見捨てる決断をし、患者らは死ぬまで隔離されることになる。主人公も本来は安全地帯に逃げられたのだが、患者たちを見捨てることはできず、感染覚悟で隔離地域に乗り込み、ワクチン開発を行う。主人公もウイルスに冒されてしまうが、何とかワクチン開発に成功し、大勢を救う。だが、主人公は助からなかった。
立派な主人公だ。自分の命と引き換えに大勢を救うなんて、まさしくヒーローだ。でもどうせなら主人公も助かって欲しかったなぁなんて思ってしまう。そこが不満かな。
まあ、俺は一話も見てないんだけど。
『魔王とふたりで』これも名作漫画だ。主人公である勇者とヒロインの魔王は本来殺し合う宿命なのだが、一緒に旅をして、あちこちで世直しみたいなことをする。最終的には、勇者と魔王が殺し合う宿命を定めた神を二人で倒し、そのまま結ばれる。1ページも読んでないけど、読んだ気分になれた。
名作アニメ『レゼル』。レゼルという魔法使いの女の子が活躍するアニメ。主人公が大人気で「レゼる」なんてネットミームまで生まれた。なんやかんやあって迫りくる隕石を魔法で打ち壊して地球を救う。ただし、代償として魔法は使えなくなってしまうというエンド。全24話の一話も見ていないけど、あらすじは分かったからもう見る必要はない。
こんな具合に俺は、あらゆる名作をあらすじだけ読んで満足してきた。
やがて、こんな俺も老境に差し掛かる。
体のあちこちにガタがきて、思うように動けなくなり、病を患っていることも分かり、己の死期を悟る。
いわば人生のラストスパート。静かに過ごすことになりそうだ。
ふと、たまたま立ち寄った店で『せめて一目だけ』のDVDを買ってみた。いくら名作といっても古い作品だから、数百円程度で投げ売りされていた。
すでにあらすじは知っている。離婚された主人公が色々あって娘の結婚式を見に行くだけの話。途中で飽きちゃうかもしれないが、そうなったらそうなっただ。
映画が始まった……。
泣いた。
ボロボロに泣いてしまった。
あらすじは知ってるのに、最後どうなるかは知ってるのにメチャクチャ感動した。
まず、やはり演技がいい。主人公の俳優さんは名優と言われるだけあって、家族と会社に見捨てられくたびれた中年を見事に演じ切っている。
そんな夫に幾分かの情はありつつも愛想を尽かした元妻役の演技も最高だ。
仕事にしか興味がなかった父をそれでも嫌いになれない娘役の女優さんも素晴らしい。
日雇い仕事の中、主人公にさまざまなアドバイスをくれた仲間たちも、みんな実在するかのような温かみを感じられた。
結婚式に向かったものの、自分に娘の晴れ姿を見る資格があるのか主人公が躊躇するシーンは完全に感情移入してしまって、涙が止まらない
最後、娘と目が合うシーンは号泣してしまった。
スタッフロール中は拍手しっぱなしだった。
……見てよかった。
さすが「何度見ても泣ける」と言われるだけのことはある。年食ったのもあるだろうが、すっかり泣かされてしまった。
これをきっかけに小説『地獄の救世主』も読んでみる。
こちらもあらすじは知っているのだが、読後感は実によかった。
最初は地獄にいるべき極悪人だった主人公が亡者を救うにつれ、少しずつ心が洗われていく様子が丁寧に描かれているし、地獄に残る決断をしたのにも説得力がある。これがビターエンド? そんなわけあるか。どう見てもハッピーエンドじゃないか。
さらにはドラマ『見捨てるものか』、漫画『魔王とふたりで』、アニメ『レゼル』……どれも名作と言われるだけあってよかった。この年で10代のレゼルちゃんに恋しちゃったもん。
俺は名作をあらすじだけで楽しみ、内容を全て理解した気になってたけど、とんでもない。
あらすじだけ読んで満足できるわけがなかったんだ。
ここでふと思う。
俺は一体いくつの名作をこうやってあらすじだけで楽しんできたんだろう。
10や20じゃきかない。あらすじなんかじゃとても満足できない。全部ちゃんと見たい、読みたい、満足したい。
急速に猛烈な後悔が襲い始める。
俺はなんてバカなことをしてしまったんだ。名作の存在を知ったあの時、ちゃんと見ていれば、読んでいれば……悔やんでも悔やみきれない。
俺は今までの人生を取り戻すため、あらすじだけ知っている名作たちをむさぼるように見始めた。
だけど、その全てを堪能するにはあまりにも時間が足りない。足らなさすぎる。
俺に残された命はもう残りわずかなんだ。
ああっ、俺はなんてバカなことを……!
神様、お願いです。俺を若返らせて下さい。そうしたら、名作をあらすじだけで楽しむなんてバカな真似はしません。
もちろん、願いが叶うわけがない。そんな奇跡は起こりはしない。
自分の命の終わりは見えている。あらすじだけ知っている名作たちはまだまだ残っている。
俺は絶叫した。
「死にたくないっ……! まだ死にたくないっ……! うあああああっ……!!!」
完
お読み下さいましてありがとうございました。




