龍治という運び屋
山あいの村に、龍治という若い男がいた。
父は木こりだったが、山での事故で片足を失い、以来酒に溺れるようになった。
母は器量良しだったが、家計を支えるため町の茶屋で働き、帰る頃には夜が明けることも多かった。
幼い頃の龍治は、両親の背中を見て「早く金を稼ぎ、家を楽にしたい」と願っていた。
しかし、現実はそう甘くなかった。
村の仕事は賃金が安く、父はまともに働けず、母の稼ぎは借金の利子で消えた。
やがて龍治は、力自慢を買われて山賊まがいの運び屋を始める。
山の抜け道を知り尽くした龍治は、荷を追う役人をまくことも朝飯前だった。
だがその荷は、塩や布だけではない。
鉄斎が調べたところ、近ごろ村に流れ込む武具や禁制品の一部は、龍治の手を経ていた。
村人たちは「龍治は悪くない、あれは家を助けるためだ」と口を揃えたが、鉄斎は知っていた。
どんな理由があろうと、刀や鉄砲が流れれば人が死ぬ――その責任は運んだ者にもある。
夜明け前、鉄斎は龍治の小屋を訪れた。
父は酔いつぶれて畳に転がり、母は寝間着姿で火鉢にあたっていた。
鉄斎が「龍治はどこだ」と問うと、母は目を逸らし、父は舌打ちをして寝返りを打った。
鉄斎は何も言わず外へ出ると、山道の入り口で龍治を待ち伏せた。
「……鉄斎か」
「荷を置け、龍治」
「これは村のもんを食わせるためだ。お前に何が分かる!」
「わかるさ。俺もそうやって道を外しかけた。だがな――引き返すには、捕まるしかない時もある」
龍治は一瞬だけ目を伏せたが、次の瞬間には腰の刀を抜いた。
短い応酬の末、鉄斎は龍治の手首を打ち、荷もろとも縛り上げた。
村人たちは物陰からその光景を見ていたが、誰も声をかけなかった。
牢に放り込まれた龍治は、向かいの房の双子の盗人――源次郎と伝次郎――に見下ろされた。
「おお、運び屋じゃねぇか。とうとう足がついたか」
「親孝行もほどほどにしねぇと、こうなるんだなぁ」
龍治は睨み返したが、何も言い返せなかった。
鉄斎は牢の前に立ち、静かに告げた。
「ここで終わるな、龍治。家を救うなら、もっとまっとうなやり方を探せ」
その背を見送る龍治の顔には、悔しさとわずかな安堵が入り混じっていた。