双子の盗人 伝次郎源次郎
江戸の外れ、暗がりの長屋で源次郎と伝次郎は静かに息を潜めていた。
二人は瓜二つの双子で、見間違うほどそっくりだった。荒んだ顔に鋭い目。
彼らの家は両親が酒に溺れ、八人いる兄弟の長男として、幼い頃から食い物や換金できる物を盗むしかなかった。
「兄貴、また今日も空っぽだ」
伝次郎が小声で言うと、源次郎は軽く眉を寄せた。
「仕方ねえだろ。俺らがいなきゃ、あの家はとうに潰れてる」
盗みは生きるための手段であり、家族を守る最後の砦だった。
しかし盗みの被害は日増しに拡大し、奉行所はついに二人の手配書を貼り出した。
「双子の盗人、源次郎・伝次郎──捕縛せよ」
鉄斎は手配書を見つめながら、胸にわだかまる思いを抑えきれなかった。
「家族を守るためとはいえ、盗みは盗みだ……」
その夜、鉄斎は源次郎と伝次郎がよく現れるという辻を見張っていた。
月明かりの下、二人の影がゆらりと揺れる。
「兄弟でも、盗人は盗人。縄につける」
覚悟を決め、鉄斎は静かに歩み寄った。
「源次郎、伝次郎、お前らを捕まえに来た」
二人は一瞬驚き、次の瞬間、逃げ出した。
追いかける鉄斎の足音が路地に響く。
数度の角を曲がり、隠れられそうな場所を次々と潰していく。
逃げ場は狭まっていき、ついに行き止まりの古井戸の脇で二人は立ち止まった。
「もう逃げられねえ……」
源次郎が諦めたように言う。
伝次郎も深く息をつき、縄を差し出した。
鉄斎は縄を掛けながら、二人の疲れた顔を見つめた。
「盗みは悪だ。だがお前らの苦しみも分かる」
静かに呟き、二人を奉行所へ引き渡した。
奉行所の暗い土間で、源次郎と伝次郎は震えていた。
十五歳前後の若さながら、盗みの罪は重く、奉行所は厳しい判決を下した。
「……重罪に処す。町の秩序を乱した責は重大である」
二人は声を上げて泣いた。
悲しみ、恐怖、そして何よりも自分たちがこの先どうなるのか分からない絶望に震えていた。
その夜、鉄斎は酒の席で言葉少なに杯を傾けていた。
胸に引っかかるものは消えず、兄弟のことを考え続けていた。
「……親を見に行くしかねえ」
翌日、鉄斎は長屋の薄暗い一角に足を踏み入れた。
そこには、酒に溺れた両親がいた。改心の気配はなく、酒臭い息を吐きながら子供たちにも盗みを強要している様子だった。
「……こいつらのせいで、あいつらはここまで堕ちたのか」
怒りが湧き上がった。鉄斎は拳を握り、言葉を荒げた。
「お前たちが子供を潰している!」
両親は酒に酔って反抗するだけだった。
堪えきれず、鉄斎は拳を振るい、二人の身体に打ち込んだ。
殴られ、倒れ、呻く両親の姿を見下ろしながら、鉄斎は思った。
「これでも改心しねえなら、あとはもう……」
その日の夜、鉄斎はいつもの酒屋へ戻った。
酒は喉を通るが、後味はひどく悪かった。
心の中に、解けない暗い影が落ちていた。
「これが、俺の『日銭』か」
呟き、杯を空にした。
明日もまた、日銭を稼ぐために、鉄斎は江戸の闇へと足を踏み入れた。