大津屋の闇
十日目の夜、鉄斎は裏路地の闇に潜み、息を殺していた。
大津屋の裏口から出てきた三人の男。全員が町人風だが、歩きの間合いや腰の沈み方が素人ではない。
腰に差した竹棒のような荷は、重さの割に慎重に扱われている。
(中身は……壊れやすいか、危ない代物か)
月の明かりに照らされ、彼らの風呂敷包みが一瞬、角張った形を見せた。
鉄斎は足音を消し、十間ほどの距離を保ちながら尾行する。
時折、男の一人が振り返る。
そのたびに鉄斎は塀の影や樽の裏へと身を滑らせ、気配を断った。
男たちは表通りを避け、細い裏道を縫うように進む。
やがて城下の外れ、土蔵の並ぶ一角に辿り着く。
門の前にはすでに馬が二頭繋がれており、その傍らには一人の武士が立っていた。
年の頃は四十半ば、袴の縫い込みの質と佩刀の鍔から見て、ただの用心棒ではない。
(……あの面、見覚えがあるな)
武士が灯りの下に立った瞬間、鉄斎の脳裏に名前が浮かぶ。
北町奉行所の勘定方吟味役――高井主膳。
上級役人の中でも、藩や商家との金のやり取りを一手に握る立場だ。
主膳は男たちから風呂敷包みを受け取り、土蔵の中へと運ばせる。
その口元はわずかに笑みを含んでいるが、目は冷たく光っていた。
鉄斎は土蔵の裏手に回り込み、板壁の隙間から中を覗く。
そこでは包みが解かれ、中身が現れていた。
(……火薬、か)
南蛮渡りの黒色火薬、しかも上質な粉末だ。
大砲にも鉄砲にも使えるが、これほどの量を許可なく動かすのは、戦支度か反乱の準備と同義だ。
高井主膳は火薬の袋を一つ手に取り、指先で軽く揉みほぐす。
そして傍らの男に低く言い放った。
「次は二十貫だ。西国筋からも急かされておる。大津屋には急がせろ」
「はっ」
町人が頭を下げ、蔵を出ていく。
鉄斎は息を飲む。
奉行所の上級役人が、火薬を裏で流している――その背後に何があるかは分からない。だが、大津屋がただの商家ではなく、藩や役所の裏資金ルートであることは、これで確定した。
尾行を続ければ全貌を掴めるかもしれない。
だが、ここで動かねば火薬は闇に消える。
(……証拠を押さえる)
鉄斎は腰の刀に手をかけ、土蔵の板戸を蹴破った。
闇の中、主膳と二人の町人が振り返る。
「何奴――!」
町人の一人が飛びかかってくるが、鉄斎の拳が顎を撃ち抜き、そのまま地面に沈めた。
もう一人は腰の短刀を抜いたが、鉄斎の柄頭が側頭部を打ち、白目を剥いて倒れる。
残った主膳は一歩後ずさり、懐から短筒を抜いた。
火花と轟音。だが弾は逸れ、壁板に深くめり込む。
鉄斎は間合いを詰め、手首を捻り上げると短筒を奪い、逆手に持ち替えてこめかみに突きつけた。
「……これは何の真似だ、高井主膳殿」
「貴様に答える義理はない。下郎が」
主膳の目には怯えよりも怒りが宿っていた。
鉄斎は口元を歪めた。
「ならば奉行所で聞こうじゃねぇか。火薬のことも、大津屋のこともな」
火薬袋を押収し、主膳を縄で縛り上げる。
夜風に火薬の匂いが漂い、城下の闇がさらに深く沈んでいくようだった。




