大津屋監視
隼雄が処刑された翌週、鉄斎は再び大津屋の門前に立っていた。
あの日見た帳簿の記憶が、脳裏にこびりついて離れない。南蛮薬粉、漆黒丸――毒にも薬にもなる代物を、正規の商いとして扱える筋など限られている。
奉行所に報告すれば、妨害派が証拠潰しに動くのは目に見えていた。ならば自分で動くしかない。
鉄斎は七日間、大津屋の周囲に張り付いた。
昼は往来の人混みに紛れ、夜は路地の陰から灯りの消える時刻を見届ける。
だが、一見した限りでは何も起こらない。
荷の出入りも帳簿通り、番頭も女中もいつも通りだ。
(……尻尾を出す気配がねぇ。だが、気配が無いのは逆に臭ぇ)
八日目、鉄斎はあえて行動を変えた。
毎日、堂々と大津屋の暖簾をくぐり、茶を飲み、世間話をし、店先の客や奉公人の顔をじっくり眺める。
商家にとって、これは立派な“圧”だ。
「いやぁ、またお越しでございますか」
番頭の笑顔は変わらぬが、その声には僅かな張り詰めが混じっていた。
「最近は暇でな……こうして町を見回るしかすることがねぇ」
鉄斎は笑いながらも、目は笑っていなかった。
日を追うごとに、奉公人の動きがぎこちなくなる。
帳場に積まれていた藩札は、いつの間にか奥へ下げられ、奥座敷の襖は固く閉ざされたままだ。
そして十日目の晩。
鉄斎がわざと帰る素振りを見せ、路地の影から様子を窺うと、裏口から数人の男が現れた。
風呂敷包みを抱え、周囲を気にしながら小走りで夜の町へ消えていく。
(……動いたな)
鉄斎は静かに彼らの後を追った。
包みの中身が毒か、武器か、それとも文か――まだ分からない。
だが、この瞬間、七日の沈黙が破れたのだった。




