沈黙の果てに
奉行所の取り調べは数日に及んだ。島村与力も鉄斎も、あらゆる切り口から問い詰めたが、隼雄は依頼主の名だけは頑として口にしなかった。
夜半の牢で、同心が水を持って行った際も、彼は薄く笑うばかりで何も言わない。
「これ以上は時間の無駄だ」
ある夜、吟味方の上役がそう吐き捨てた。
「命を取っても依頼主は掴めぬ。むしろこれ以上生かせば、裏の連中に奪われる危険がある」
翌朝、隼雄は市中引き回しの上、刑場で斬首された。
見物に来た町人たちのざわめきの中、彼は最後まで平然と立ち、打ち首の直前に鉄斎の方を一瞥した。
その目は、敗者のものではなかった。
(……最後まで、己の掟を守ったか)
鉄斎は胸の奥で呟いた。
正しいかどうかは別だ。だがあの眼差しには、何かを貫いた者だけが持つ硬さがあった。
それは鉄斎の中の“獣”が、静かに共鳴する感覚でもあった。
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【商屋の影】
数日後、鉄斎は護衛して守った商家「大津屋」に足を運んだ。
表向きは絹や薬種を扱う老舗だが、奉行所から正式に調べよとの命は出ていない。
これは鉄斎の独断だった。
「これはこれは……あの時の御用聞き様」
出迎えたのは、柔らかな笑顔を浮かべた番頭だ。
だがその笑顔の奥に、何か計算の匂いがあった。
「先日の襲撃、災難であったな。怪我はなかったか」鉄斎が探るように問う。
「えぇ、おかげさまで。しかし物騒な世の中ですな……」
商家の奥座敷に通された鉄斎は、周囲を一瞥する。
壁には遠国の地図、帳場には藩札や小判が山のように積まれている。
そして、帳簿の端にさらりと記された不可解な品目――「南蛮薬粉」「漆黒丸」。
(薬種……か? いや、これはただの薬じゃねぇな)
鉄斎は瞬時に、戦や暗殺にも使われる毒薬の名を思い出した。
「これは商いの一部でございます。珍しい薬でして、遠国の藩とも取引が……」
番頭が笑みを崩さぬまま言う。
その瞬間、鉄斎は悟った。
この商屋は、裏でいくつもの藩と金と物資を繋ぐ“節”だ。
隼雄が命を狙った理由も、ここに絡んでいる――。
だが証拠はまだない。下手に踏み込めば、奉行所内の協力派と妨害派の均衡を崩すだけだ。
(……まずは泳がせるか)
鉄斎は表情を崩さぬまま、茶を飲み干した。
だが胸の奥で、“獣”は牙を鳴らしていた。




